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ネコの行方 [かりんの話]

食欲が戻って猛然と食べはじめたかと思うと、次の日はどうも気分が悪いらしく、まったくえさを食べようとしない。
かりん(わが家のネコ)は、そんな毎日がつづいている。
きょうはヨーコさんが自転車の荷台にかりんを積んで、くわじま動物病院に注射を打ちにいってくれた。
2週間ほど前、インスリンのショックで、ほとんど死にかかったので、注射といっても肝臓の機能を改善し、吐き気を抑える程度が関の山だ。
通勤時間に村上春樹の短編集『象の消滅』を読みはじめる。
420ページのうち100ページほどしか読んでいないけれど、その冒頭「ねじまき鳥と火曜日の女たち」から村上春樹のワンダーランドが広がっている。
その世界は電話や路地、井戸、あるいは眠りを通じて、『不思議の国のアリス』のような異次元世界へとつながっている。
そこに登場する女性たちはどこか現実離れしているし、そこで交わされるあかぬけた会話もどこか空想めいている。
面白いと思う人もいるだろうし、つまらないと思う人もいるだろう。


「ねじ巻き鳥」の主人公は結婚したばかりだというのに、務めていた法律事務所をやめて、失業保険をもらっている。
妻はデザインスクールで事務の仕事をしながら、イラストを描いている。
オナガみたいにギイーと鳴く鳥は姿を見せるわけではない。
ただし、時の流れを司っている。
家で留守番をしていると、テレホン・セックスを誘うようなあやしげな電話がかかってきたりもする。
主人公の飼っているネコにはワタナベ・ノボルという人間みたいな名前がつけられているが、そのネコが4日ほど前からいなくなった。
路地の奥にある空き家にネコの集まる広場があると妻がいうので、妻が仕事に出たあと主人公は出口のない路地を伝って、空き家にネコを探しに行く。
その途中で不思議な女の子と出会い、たわいもない会話を交わすのだが、ネコは見あたらない。
女の子の側で日光浴をするうちに、眠くなっていく。
〈そんな暗闇の中で、ワタナベ・ノボルの4本の脚だけを思い浮かべた。足のうらにゴムのようなやわらかいふくらみがついた4本の静かな茶色の脚だ。そんな足が音もなくどこかの地面を踏みしめていた。
どこの地面だ。
でもそれは僕にはわからなかった。
あなたの頭の中のどこかに致命的な死角があるとは思わないの? と女は静かにいった〉
目が覚めると女の子はいなくなっていた。
家に帰り、夕飯の支度をするうちに妻が戻ってくる。
「きっと猫は死んじゃったのよ」という妻に、僕は「まさか」と答えるのだが、妻とのあいだで次第に口論になっていく。
〈僕は何かを言おうとしたが彼女が泣いているのを知ってやめた。そして風呂場の脱衣駕籠にバスタオルを放りこみ、台所に行って冷蔵庫からビールを出して飲んだ。出鱈目(でたらめ)な1日だった。出鱈目な年の、出鱈目な月の、出鱈目な1日だった。
ワタナベ・ノボル、お前はどこにいるのだ? と僕は思った。ねじまき鳥はお前のねじを巻かなかったのか?〉
この話は何とも要約しがたい。
でも何かすごく不安感がただよっている。
夕方、家に戻ると、いつも迎えにくるかりんが現れなかった。
ヨーコさんに聞いても、「さっきそこにいたのに」というばかりで、部屋の隅、ベッドの下を探してもいない。
ようやく、ふだん入らないこたつの中でじっとしているのを見つけた。
ごはんも食べないらしい。
かりんもこのままどこかに行ってしまうのだろうか。
胸がしめつけられる。


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