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眠りつづけるネコ [かりんの話]

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かりんはいつも眠っている。
東照宮の「眠り猫」みたいな顔をして眠っている。
最近まで「かりん」と自分の名前を呼ばれると、しっぽを振って応えていたが、けさはそれもおっくうらしい。
電気ストーブの前にうずくまり、しっぽを巻いたまま、じっとしている。
おとといの夕方からほとんど何も食べていない。
階段をのぼって2階にくるのも難儀な様子だ。
とはいえ、いつも穏やかな顔をして眠っている。

ぼくもわりによく眠るほうだ。
夜はだいたい10時ごろに寝て、5時に起きる。
3時か4時に目が覚めてしまうことも多いが、いろいろ考え事をしながら、5時までは蒲団のなかにいる。
ただ、昼間やたらと眠くなる。
とくにお昼前後がひどい。
そのまま30分ほど寝てしまえばすっきりするのだが、昼間、眠いままの気分をそのまま引きずって、夕方になってようやく頭の回転が戻ってくる。
傾眠症状がすでに始まっている。
眠りを誘われるのは、とくに会議の最中や本を読んでいるときだ。
「眠り猫」の魔法にかかったのかもしれない。

通勤電車で、引きつづき村上春樹の短編集『象の消滅』を読む。
「眠り」という小説がおもしろかった。
主人公は歯科医の妻で30歳そこそこ、かわいい男の子にも恵まれている。
彼女は金縛りに遭ったことがある。
ふと気づくと足元に老人が立っていた。
〈それはぴたりとした黒い服を着た、痩せた老人だった。髪は灰色で、短く、頬はこけていた。その老人が私の足元にじっと立っているのだ。老人は何も言わずに、鋭い目で私を凝視していた〉
彼女は「これは夢じゃない」と思う。
そして、この老人は「昔風の陶製の水差し」から、彼女の足に水をかけ続ける。
大きな悲鳴を上げたところで、目がさめると体が汗でぐっしょりと濡れていた。
その彼女が、あるときから眠くなくなる。
というより眠らなくなってしまうのだ。
そして夫と子どもが寝静まったあと、ソファに座って、ブランデーを飲みながら、トルストイの『アンナ・カレーニナ』やドストエフスキーの作品を明け方まで読みふけるようになる。
こうして眠らない日が2週間以上つづくうちに、彼女は「眠れないことを恐れなく」なり、「私は人生を拡大しているのだ」と思うようになる。

〈少なくとも今、私は人生を拡大している。これは素晴らしいことだった。手応えというものがそこにはある。自分がここで生きているという実感がある。私は消費されていない。少なくとも消費されていない部分の私がここに存在している〉
目を閉じると、覚醒した暗闇が迫り、彼女は眠りと死の関係について考える。
〈私はそれまで、眠りというものを死の一種の原型として捉えていた。つまり眠りの延長線上にあるものとして、死を想定していたのだ。死とは要するに、普通の眠りよりはずっと深く意識のない眠り――永遠の休息、ブラックアウトなのだ。私はそう思っていたのだ。
でもあるいはそうじゃないかもしれない、と私はふと思った。死とは、眠りなんかとはまったく違った種類の状況なのではないだろうか――それはあるいは私が今見ているような果てしなく深い覚醒した暗闇であるかもしれないのだ〉
そう考えて、こわくなった彼女は深夜のドライブにでかける。
港の公園にある広いパーキングに車を停める。
街灯に照らされたパーキングにはほかに車はない。
ドアをロックしたまま、ハンドルに手を乗せて、しばらくじっとしている。
突然、人の気配に気づく。
ふたりの男が車の両脇に立って、ガラス窓をこぶしでたたきはじめる。
彼女は逃げだそうとするが、車のエンジンがかからず、そのうえキーを床に落としてしまい、それが見つからない。
〈私はあきらめてシートにもたれ、両手で顔を覆う。そして泣く。……私はひとりで、この小さな箱に閉じ込められたままどこにも行けない。今は夜のいちばん深い時刻で、そして男たちは車を揺さぶりつづけている。彼らは私の車を倒そうとしているのだ〉
これがこの短編の最終部分だ。
わけがわからないと思うかもしれないが、これは村上春樹のみごとな傑作で、読者はかれのワンダーランドに乗せられて、ジェットコースターのように終着=出発点にたどりついたのである。
最後のシーンが、これも「金縛り」であることに気づけば謎は解ける。
何とうまいのだろうと思ってしまう。

かりんはいまどんな夢をみているのだろう。
もし死が終着点であると同時に出発点だとすれば、それは次の登場人物に夢――悪夢も含めて――を手渡すことなのだ。
そして、ぼくもきっと、かりんから何かを引き継ぐだろう。


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