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『戦後世界経済史』(猪木武徳著)を読みながら(4) [商品世界論ノート]

 本書の第3章は「混合経済の成長過程」となっています。
 第1章の「あらまし」で、著者は戦後経済の特徴として「市場化の動きと公共部門の拡大」を挙げていましたね。この章はそれをさらに詳しく論述したものです。
 その中心テーマを論じる前に、著者は世界におけるアメリカ経済の地位が相対的に低下したことについて記しています。1970年代は戦後世界経済の転換期になりますが、それをもたらす前提として、アメリカ経済の低迷があったわけです。アメリカを追い上げたのは日本でした。
 その経済低迷の象徴として挙げられているのが、アメリカの鉄鋼業と自動車産業の衰退です。いずれもこれまでアメリカ経済を引っ張ってきた産業ですね。これがだんだんと厳しい状況に追いこまれていくようになりました。
 鉄鋼をみても、日本が1950年代半ばから徹底した技術革新に取り組むのに対し、アメリカはこれまでの生産方法のうえにあぐらをかいていました。自動車にしても同じです。アメリカの自動車業界は、日本のような徹底したコスト削減、品質管理、技術開発、燃費削減を怠り、世界での販売シェアを低下させていきます。
 この本を読むと、これまで経済をリードしていた産業の衰退が、人々の生活に与える影響がいかに大きいかが伝わってきます。著者は政府による補助金、経営者のおごり、労働組合による既得権の要求、それに低学歴の労働力が、産業の衰退に拍車をかけたと分析していますが、それでも、けっきょく最後のしわ寄せは労働者に向かうことはいうまでもありません。
 商品世界には、勝つか負けるかの激しい競争がうずまいています。勝っているときはいいのですが、問題は負けはじめたときです。はたしてこの負けは取り戻せるのか、それとも戦線から離脱せざるをえないのか。
 おそらく戦後経済が「公共部門の拡大」を余儀なくされるのは、商品世界における「市場化の動き」があまりにも激烈になることと裏腹の関係にあります。
 もともと国家の役割は防衛(戦争)と治安維持(警察)が中心でした。資本主義が盛んになるにつれて、これに経済活動の支援が加わります。さらに第二次世界大戦後は、経済社会全体のコントロールという役割が加わるのです。
 著者はこう書いています。

〈現代のリベラル・デモクラシー国家の国民は、政府が財政政策や金融政策を発動して、インフレを抑制し失業をなくすることは政府の当然の任務と考えている。しかし、1940年代まではこれは決して「理の当然」ではなかった〉

 戦後、実際に起きたことは何かといえば、サッカーが監督と選手が一丸となって勝利をめざすゲームであるように、国を単位としての経済の総力戦がはじまったわけです。インフレを抑制し、失業をなくすのは、その総力戦の痛みを緩和する手段だったにすぎないのかもしれません。
 競争の連続する商品世界は、社会を豊かにするいっぽうで、破滅的な光景をもたらします。これまでの相互扶助からなるムラは解体され、人々は自分で新たな仕事をつくるか、新たな職につくしかありませんでした。その仕事や職も常に競争にさらされていますから、経済状態によっては、いつ自分が路頭に迷うか、苦しい生活を強いられるか、わかったものではありません。
 商品世界においては、勝つ者だけに栄冠が与えられるのであって、その分、負ける者は不平をかこつしかありません。そうなると社会はどんどん荒廃していくでしょう。かつてのムラや家は解体されてしまいました。すると、国家が今度はムラや家の相互扶助的役割を果たさざるをえなくなるわけです。
 失業対策や医療・年金といった公共サービスが膨らんでくるのも戦後の特徴でした。著者はアメリカ、イギリス、フランス、イタリア、スウェーデンなどの実情を紹介しながら、いわゆる「福祉国家」の問題点をさぐっています。それはあまりの保護主義によって、企業の競争力が失われ、社会全体の活力が低下することに求められているようです。
 混合経済体制とは「市場経済を基調としつつも公共サービスの提供を重視する」制度を指すとされています。この体制はある程度の成功を収めましたが、それによって経済が停滞したり、あまりにも高い税金によって勤労意欲をそいだりするという弊害もあったようです。
 バランスをとるのはなかなかむずかしいものですね。とはいえ、この混合経済体制によって、何はともあれ戦後、先進国では比較的安定した豊かな経済社会が誕生したことはまちがいありません。それが転換期を迎えるのは1970年代のことですが、それはまた次回。

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