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労働所得と資本所得──ピケティ『21世紀の資本』を読む(7) [本]

 正月を迎え、ゆっくり読んでいます。大著なので、なかなか進みません。それにむずかしい部分は、避けて通りがちになりますから、さほど厳密な要約ではありません。しかし、要約しておかないと、すぐ忘れてしまうので、これは先に進むためのメモでもあります。老人力は進展するばかり、困ったものです。
 いまは、だいたい半分をすぎたところ。暇ですから、先を急ぐ必要もありません。
 これまで、労働所得と資本所得が、経済格差をもたらす源になっているということをみてきました。今回は、そのふたつの源について、もう少し詳しくみていくことにします。
 その前に、20世紀後半の社会の特徴は、「先進国が不労所得生活者の社会から経営者の社会へ」と移行したことだと、著者が指摘している点に注目しましょう。つまり、この時代に資本と経営が分離されたといってよいでしょう。資本所得と労働所得はきちんと分けられるようになりました。経営者は会社から高額の報酬(労働所得)を得るようになります。
 そのことを念頭において、まず労働所得について、です。
 賃金格差は、教育・技術レベルのちがいから生じると、よくいわれます。高度の教育を受け、高い技術力を有する労働者は、高い賃金を得る可能性が高いというわけです。この事実を著者も認めています。
 ただし問題は、多くの国で、教育や技術を習得する機会が国民全体に公平に与えられず、有名校の学生は、概して裕福な家庭の子弟によって占められてしまうということです。そのいっぽう、賃金格差の少ない北欧諸国は、教育システムにおいても比較的平等で、緻密なことで知られています。
 著者はまた、最低賃金が賃金格差に影響をもたらすことを指摘しています。最低賃金が上がれば、賃金格差は圧縮されます。とはいえ、最低賃金は底辺層の底上げに寄与しても、最上位にはさほど影響を与えないといいます。
 賃金における20世紀のイノベーションは、賃金が日払いから月払いに変わったことだ、と著者は書いています。固定賃金制が定着しました。これによって労働者は法的な身分を保証され、予想可能な安定収入を得られるようになりました。
 賃金格差を減らしていくためには、こうした賃金方式を維持しつつ、教育の機会を広げるとともに、(雇用に影響を与えない範囲で)最低賃金を上昇させていかなければならない、と著者は述べています。
 米国で超高額労働所得者が増えるのは1980年以降のことです。とりわけトップ1%層の報酬が爆発的に増えています。なぜ、トップ1%層だけに、とりわけ高額な報酬が集中するのかについては、論理的な説明がつかない、と著者はいいます。
 スーパー経営者という言い方がされています。スーパーの経営者ではなく、いわば超能力経営者ですね。とりわけ英語圏におけるスーパー経営者層への高額報酬こそが、アングロ・サクソン諸国で、ここ数十年、労働所得の格差を広げている原因だ、と著者は断言します。
 日本でもヨーロッパでも、1%層の報酬は増えています。しかし、それは米国、カナダ、イギリス、オーストラリアほどではありません。米国では1%層が総所得の20%近くを得ているのにたいして、日本やフランスでは1%層が得ているのは総所得の9%ほどです。
 それでも平均賃金が停滞するなか、唯一大きく報酬を伸ばしたのがこの1%層だという点には注目すべきでしょう。
 米国は昔からヨーロッパよりも不平等だったわけではありません。20世紀はじめには、ヨーロッパのほうが、はるかに所得格差が大きかったのです。もっとも、ヨーロッパの最高額所得層を支えたのは、資本(資産)所得でした。
 著者は所得格差の流れを、次のようにまとめています。

〈米国は1900-1910年にはヨーロッパより格差が小さかったが、1950-60年にヨーロッパより少し格差が大きくなり、2000-2010年にははるかに大きくなった〉

 これはわれわれの実感でもあります。所得格差はジニ係数よりも、トップ10%層(とりわけ1%層)と中間の40%層、下層の50%層の所得割合がどう推移しているかによって判断されるべきだ、というのはそのとおりでしょう。
 本書では日本に関するデータがあまり示されていません。それでも、日本もこの数十年、所得格差が広がっているというのは、まずまちがいないのではないでしょうか。
 著者は超高額所得者の報酬が、きわめて恣意的に決められていると怒っています。

〈自分の給与を自分で決める立場の人は、自分自身に対して甘くなる……人間というのはそういうものだし、特に必要な情報が客観的に見てひどく不完全であればなおさらだ。重役たちがレジに「手を突っ込んでいる」と非難するのは行き過ぎかもしれないが、このたとえはアダム・スミスの市場の「見えざる手」というたとえよりはたぶん適切だ〉

 さらに著者は、最高限界所得税率の引き下げが、最高経営層への報酬決定に大きな影響をおよぼしたと指摘しています。「最高経営層にとって報酬の大幅な増額を求めるインセンティブは以前より強くなってしまった」。この数十年来、賃金の伸びが低く抑えられるなかで、超能力経営者はまさに「濡れ手に粟」で大金を手にしていたというのです。
 次に、資本(資産)所有による所得の分析に移りましょう。
 歴史的にみれば、20世紀半ばに総所得格差が縮まったのは、資産からの所得の格差が減ったからだ、と著者は指摘します。それはふたつの世界大戦と大恐慌が原因でした。しかし、現在はふたたび富(資産)による格差が増大しようとしているといいます。
 どの社会でも富(資産)はトップ10%層に集中しています。フランスでは1900-1910年に、トップ10%層が90%の富を所有していました。それはフランスにかぎらずイギリスでも同じです。米国の割合はそれよりも多少低く、80%ほどです。とはいえ、ロックフェラーやカーネギー、モルガンなどが空前の富を集めていたのはまちがいありません。当時の識者は、米国が開拓時代の平等な精神を失いつつあると嘆いていたといいます。
 こうした富の集中度は1910-50年のあいだに低下します。フランスではトップ10%層のシェアが70%、イギリスでは75%、そして米国では65%程度となります。減った分は、人口の4割を占める世襲中流階級が資産を増やしたためと考えられますが、残り5割の下層の富はシェアとしてはまったく増えていません。
 いずれにしても20世紀半ば以降の特徴は、世襲中流階級が出現したことだといえるでしょう。加えて、トップ10%層がいまだに国全体の富の大半を掌握していることに注目すべきです。さらに米国では1980年代以降、トップ10パーセント層の富のシェアが70%以上に上昇したことも特徴的です。
「伝統的な農耕社会と、第1次世界大戦以前のほぼすべての社会で富が超集中していた第一の原因は、これらが低成長社会で、資本収益率(r)が経済成長率(g)に比べ、ほぼ常に著しく高かったことだ」と著者は述べています。
 資本収益率が経済成長率よりも高ければ、資本(資産)所得をかなり消費したとしても、資産がかなり蓄積され、金持ちはさらに金持ちになって、所得格差がさらに広がるというイメージはよくわかります。経済成長率が低ければ、労働所得自体、伸びませんからね。
 大きな富が世代から世代に受け継がれる「相続社会」で、資本(資産)収益率が経済成長率より高ければ、富はさらに蓄積され、経済格差はさらに広がっていきます。
 資本収益率が経済成長率より高いのは、論理的必然ではなく、歴史的事実だ、と著者は述べています。税がなければ、資本収益率は4−5%というのが著者の見方です。しかし、例外的に1−1.5%まで下がったことがあります。それは1913−1950年に大きなキャピタル・ロスが生じたときです。恐慌と戦争、そして植民地の解放が影響しているのでしょう。
 その後、資本収益率は次第に回復し、3−4%となります。世界的にみると、20世紀後半は経済成長率(g)が、資本収益率(r)を上回る時期がつづきました。しかし、20世紀は例外的な時期で、著者はrがgを上回る一般的な傾向が歴史的現実として生じてくるだろうと予測しています。
 すると、これからは格差がいっそう拡大する時代にはいっていくのでしょうか。
 ややこしい理論的な部分は割愛しましょう。
 20世紀に富が拡散し、経済格差が縮まった理由を、著者は次のようにみています。
 ひとつは、国富の4分の1から3分の1を占めるようになった世襲中流階級が出現したこと。
 もうひとつは、利子、利潤、地代などの資本所得と労働所得にたいする課税です。1950−1980年にかけて、富裕国では資本所得にたいする税率が30%になったといいます。とうぜん資本の純収益は圧縮され、富が再分配されることになります。
 所得にたいする累進税も、富の分散にある程度、効果をもたらしました。国によって大きなちがいはありますが、相続についても累進相続税が課せられるようになっています。
 要するに「20世紀の政府が資本と所得に高い税率で課税を始めたこと」。これがかつてのような富の集中を防ぐことになった要因だった、と著者は指摘します。とはいえ、いまだに経済格差が大きいことは、疑いもない事実です。
「近代的成長、あるいは市場経済の本質に、何やら富の格差を将来的に減らし、調和のとれた安定をもたらすような力があると考えるのは幻想だ」と、著者は指摘します。
 だとすれば、どうするべきかが、次の課題となります。
 つづきはまた。

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