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南シナ海問題──ビル・ヘイトン『南シナ海』をめぐって(2) [時事]

 もう少し、南シナ海の歴史を追っていく。
 本書によると、第2次世界大戦が終わった直後、南シナ海の領有に関しては、しばらく空白期があったという。だが、その後、猛烈な争奪戦がはじまった。
 まずはパラセル諸島(西沙諸島)。ここは海南島から350キロ、ベトナムのダナンからも350キロの地点にある。島の数は14だ。
 1947年1月、中国(共産党政権はまだ成立していない)の国民党政権は、南シナ海に軍艦を送り、パラセル諸島のウッディ島を占領した。しかし、当時まだベトナムを植民地としていたフランスも、これに対抗してウッディ島の西にあるパトル島を占領した。
 その後、国民党は台湾に逃亡し、フランスもベトナムから撤退する。そして、しばらくのあいだ、パラセル諸島は中国とベトナムが半分ずつ占領するかたちになった。
 スプラトリー諸島(南沙諸島)の場合は、もっと複雑だ。最初、1950年にスプラトリー諸島の領有を宣言したのは、フィリピン政府だった。しかし、実際に島を占拠したわけではなかった。
 そこにフィリピンの民間人がパラワン島(フィリピン領)の西方海域に乗り出し、スプラトリー諸島の一部を占領し、フリーダムランドと名づけた。
 これにたいし、中国政府(毛沢東政権)は反発、南沙諸島は中国領だと主張する。ベトナムも同じく諸島の領有権を主張した。そして、台湾もその抗議に加わった。
 こうして、フィリピンの民間人によるいくつかの島の領有は失敗に終わる。しかし、のちにフィリピン政府は、このときの民間人の行動にもとづいて、パラワン島に近い、スプラトリー諸島北東部の島々を1970年に占拠するのである。
 しかし、その前に台湾は、1956年からスプラトリー諸島のイツアバ島を占拠していた。
 そうこうするうちに、1973年に南ベトナムもスプラトリー諸島西部の10島を自国に編入し、おもだった島に軍を配置した。
 そのころ中国はまだスプラトリー諸島(南沙諸島)に進出していない。
 1970年代にはいって、ベトナムやフィリピンの動きが活発化したのは、スプラトリー諸島の周辺に石油があるとのうわさが流れたからである。
 中国はあせっていた。
 1974年、中国はそれまで南ベトナムと中国が半分ずつ分けあっていたパラセル諸島(西沙諸島)の全島を掌握するため、海軍の艦隊を動かした。
 これに驚いた南ベトナム政府は米軍に支援を求めつつ、その海域に艦船を派遣する。軍事衝突が発生した。
 圧倒的に優位だったのは中国側である。パラセル諸島はこれ以降、中国によって実効支配されることになった。
 中国によるパラセル諸島侵攻事件を受けて、南ベトナムはスプラトリー諸島の警備を強化する。しかし、まもなく南ベトナム政府は崩壊し、スプラトリー諸島の領有はベトナム統一政府に引き継がれることになった。
 1970年代後半、中国はパラセル諸島(西沙諸島)の基地を拡張し、その足場を固めた。次にねらうのは、現在ベトナムとフィリピン、台湾が分有している、南のスプラトリー諸島(南沙諸島)である。
 中国は遠征計画を練りはじめる。
 1984年にはスプラトリー諸島に艦船を派遣し、測量を実施した。
 中国があせったのは、ボルネオ島北部を支配するマレーシアが、1983年にスプラトリー諸島の領有権を主張し、実際にボルネオ島に近い礁をいくつも占拠したからである。
 1987年、中国は海軍の艦隊を派遣し、ベトナムがまだ占拠していなかったファイアリークロス礁とクアテロン礁を占拠し、ここを補強して島に変えた。
 中国軍はさらにほとんど水面下に没しているジョンソン礁、コリンズ礁などを占拠、さらに翌年にも3つの礁を占拠した。
 さらに中国はフィリピンの領域にもひそかに接近していた。
 1995年、フィリピンの占拠する島々の中央にある、馬蹄形の岩礁が中国軍によって占拠され、そこに何かが建設されているのが、フィリピンの船によって発見された。ミスチーフ礁である。1994年後半に占拠されていたことがわかったが、後の祭りだった。
 フィリピン政府はショックを受けた。ASEAN諸国は中国に厳重抗議したものの、中国と軍事的にことを構えるだけの度胸はなかった。
 こうして中国は9つの礁を占拠し、スプラトリー諸島(南沙諸島)に大きな足がかりを得た。
 中国が南沙諸島を占拠したといわれると、われわれはあたかも中国が南沙諸島全体を支配したと思いがちだ。
 だが、そうではない。南沙諸島最大のイツアバ島は台湾が占拠しているし、西側はベトナム、東側はフィリピン、南側はマレーシアによって押さえられている。
 現在、中国が占拠しているのは、40近くある島、礁、砂州のうち9つの礁にすぎない。南沙諸島の所有は入り組んでいる。問題は中国が占拠した礁を埋め立てて、軍事基地のようなものをつくっていることだ。
 その後の動きを本書に沿って簡単にまとめておこう。
 南シナ海での石油開発は期待されたものの、いまのところほとんど成果を挙げていない。
 石油の掘削をめぐって、各国間でさまざまな駆け引きがなされたのは事実である。とはいえ、著者のいうように「南シナ海はいま、海底に眠る石油ガスのためではなく、石油ガスの輸送路として重要な海になっているのだ」。
 中国の強引な動きにたいしては、ベトナムでもフィリピンでも、民衆のあいだからナショナリズムにもとづく抗議運動(その背景にあるのは恐怖)が巻き起こっている。
 2014年には、中国がパラセル諸島(西沙諸島)近辺で一方的な石油開発をはじめた。さらに、スカボロ—礁では、フィリピン側とのにらみあいがつづいた。
 こうしたことが、南シナ海での緊張を高めたことはまちがいない。
 しかし、フィリピンやベトナムにしても、中国との経済関係は密接である。ちいさな島の領有権をめぐって悶着があったとしても、中国とまともに対決しようとは思っていない。シンガポールは国民の4分の3、マレーシアも4分の1が中国系だから、そもそも中国と対決する考えはない。
 だから南シナ海問題で、実際に対決姿勢を強めているのは、二大大国であるアメリカと中国だけだ、と著者はいう。
 南シナ海をめぐって、米中間では激しい外交的駆け引きが展開されている。アメリカは内心ではASEAN諸国を反中国で結束させたいと願っているが、肝心のASEAN諸国のほうは気乗り薄だ。そもそも国によって対中姿勢はばらばらといってよい。
 アメリカが中国の南シナ海進出に世界戦略上の危惧をいだいていることはまちがいない。
 イラク・アフガニスタンからの撤退を表明したオバマ政権は、アジアへの回帰を唱え、さらにはリバランス政策なるものを打ちだした。
 リバランス政策には、アメリカが日本、韓国、東南アジア諸国、さらにはインドとの結びつきを強化し、それらの国々と結束することによって、中国とのあいだの均衡を取り直そうとするねらいがある。
 そのうえでアメリカが目標とするのは、南シナ海を米海軍の艦船が自由に航行する権利を中国に認めさせることである。
 中国は南シナ海は自分たちの領海だと主張している。アメリカはこれにたいし、自分たちが南シナ海から追いだされることを恐れている。これは国際社会のルールに反することだ。
 そして、外交の先には軍事がある。
 南シナ海周辺では、米軍と中国軍とのあいだで、イタチごっこがつづいている。
 中国が南シナ海を自分の管轄下におきたがっているのにたいし、アメリカは(とりわけ軍艦の)航行の自由を確保したいと願っている。そうした考え方のちがいが、南シナ海での武力衝突の可能性を引き起こしているのだ。
 軍事というのは、要するに戦争が起こった場合を想定し、それにどう対応するかをめぐる、さまざまな準備を指している。だから、あらゆる事態が想定され、軍備の開発は相手に応じて、どこまでも進む。
 アメリカは圧倒的な軍事的優位をいつまでも維持したいと願っている。それに中国が挑戦するのは許せないと思っているのがホンネだろう。
 中国の軍事力はアメリカより数段劣るというのが現実だ。もしアメリカと戦えば、中国軍はたたきのめされ、経済がたちまち崩壊することは、中国もじゅうぶん承知している。
 中国は南シナ海からアメリカを追いだしたいと願ってはいても、それを実行するだけの軍事能力がないのが現状だ、と著者も述べている。
 だが、南シナ海では、中国とアメリカとのあいだにかぎらず、周辺諸国とのあいだでも、軍事的な小競り合いが発生する可能性は常にあるといってよい。
 それをできるだけ避けるには、どうすればよいかが問われている。
 もうひとつ漁業資源の問題がある。
 南シナ海はマグロのとれる場所でもある。しかし、最近は中国を含む各国の乱獲が進み、漁獲高が減っている。だから、各国による漁業協定が必要になってくるのだが、中国はこれに参加しようとはしていない。
 さすがの中国も日本や韓国とは漁業協定を結んでいる。しかし、南シナ海では、各国の領有権問題が決着していない。おそらく、そう簡単に問題は解決しないだろう。これも、小競りあいを引き起こす要因である。
 著者はこう書いている。

〈緊張の続く南シナ海問題には、簡単な解決法は存在しない。どちらの側も武力対決は望んでいないが、領有権の主張で譲歩して緊張を緩和したいとも思っていない。〉

 そのとおりだろう。
 米軍の尻馬に乗って、南シナ海で日本の自衛隊が軽率に行動したりすれば、事態はますますややこしくなるだけだろう。みきわめがだいじである。

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