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野口悠紀雄『日本経済入門』をめぐって(2) [時事]

 前回に引きつづき、日本経済の実態を数字で追っていくことにする。
(4)所得分配
 労働者の所得は賃金、資本家の所得は利子所得、配当所得、それに所有資産の価値増加分からなる。
 資本所得の営業余剰と雇用者所得の割合は、1955年に40%と40%だったものが、1995年には20%、55%となり、2000年以降はほぼ20%、50%で推移している。つまり、「長期トレンドでは、営業利益に対する従業員給与の比率は上昇」している。
 また日本の資本収益率は60年代には7%程度だったものが、70年代以降は4〜5%となり、90年代後半以降は3%程度になっている。とりわけ90年代前半以降は製造業の収益率低下がめだつ。資本収益率が低下したのは、新興国の工業化で、日本の製造業のビジネスモデルが時代遅れになったためだ。
 いっぽう日本の貯蓄率は1970年には30%を超えていたが、2012年には1%に低下した。その原因は、急速に高齢化が進んだためだ。貯蓄の取り崩しがはじまっている。
 ジニ係数でみると、日本では所得の不平等度が増している。格差を縮小するため、政策面でのさまざまな取り組みが必要だ、と著者は論じる。とりわけ、今後は資産課税が大きな課題になってくる。
(5)物価
 日本の消費者物価水準はほとんど輸入物価によって決定される。
 1990年以降の特徴は、新興国の工業化とIT革命によって工業製品の価格が大きく下落したことだ。いっぽうサービス価格は上昇している。その結果、80年代後半から、消費者物価はほとんど上昇せず、90年代末からマイナスとなることも多くなった。
 なお、現在の物価水準は1970年の3倍程度になっている。1970年と比べると、2008年までに工業製品価格は10分の1程度になったのにたいし、サービス価格は5倍程度になっている。
 工業製品価格が下落したのは、中国が工業化した影響が大きい。
 2008年のリーマンショックでも消費者物価はほとんど影響を受けなかった。むしろ、物価は上昇した。その原因は、原油価格が上昇したためであり、2014年以降、原油価格が下落すると、物価も下落している。
 ここから、著者は日本の物価は世界経済の条件によって外部的に決まる側面が強く、国内の需要減少が価格の下落(デフレ)を招いているという認識は誤りだと断定している。
 2013年以降の消費者物価指数をみると、2013年12月に物価は1.3%上昇している。これは景気の好循環がはじまったためではなく、円安の影響だ。このとき上がったのは電気代とガソリン代であって、そのほかの物価はほとんど上がっていない。
 円安が進むと輸入価格が上昇し、それによって消費者物価が上昇する。その結果、実質賃金が下落し、実質消費が低迷する。
 円安になると、輸出企業のドル建て利益は増加する。そのいっぽう、労働者の実質賃金は下落する。他方、政府も企業利益が増加するため、税収が増える。そのため、政府も企業も円安を歓迎するが、労働者にとって円安は歓迎すべきものではない、と著者は論じている。
 2014年秋には日本の輸入物価が大きく下落した。主な原因は原油価格の下落だ。資源価格の下落は日本に利益をもたらすはずだ。ところが、それを歓迎しない向きがあるのは不思議なことだ、と著者は首をかしげる。デフレ脱却というイデオロギーが、経済の見方をゆがめているという。
 原油価格の下落によって、2014年秋以降、物価は下落に転じた。ところが、ほんらいもっと下がってしかるべき物価が下がらず、原油価格の下落によって生じた利益は企業利益の増大と内部留保の拡大に回ってしまっている。
(6)金融政策
 2013年にはじまった異次元金融緩和政策は、円安をもたらしたものの、実体経済に影響を与えていない、と著者は論じている。
 1980年代までは、日本の金融は、家計の貯蓄が銀行を通じて民間企業の設備投資を支えるというかたちをとっていた。
 ところがバブル後の90年代になると、家計の資金供給が減るなかで、政府が公共投資を増大させ、その赤字を国債発行によって補うようになった。いっぽう企業は膨張した資産と負債を圧縮し、設備投資を減少させた。
 90年代半ば以降、家計の貯蓄率はさらに低下し、資金余剰幅が縮小する。他方、社会保障関連費が増大し、政府の資金不足は拡大した。
 長期金利(貸出約定平均金利)は1993年に4.5%を超えていた。それが95年には2%台、2001年には1%台になり、現在はほぼ1%になっている。
 短期金利は1990年にほぼ6%だったが、95年に1%、2016年10月には0.3%になっている。
 90年代の急速な金利低下は、消費者物価の低下を反映したものだという。金利の低下はほんらい経済に繁栄をもたらすはずだが、日本ではそうならなかった。不良債権問題の処理に加えて、新興工業国の工業化にうまく対応できなかったからである。
 2013年に日銀は異次元金融緩和措置を導入した。そのころ円安が生じ、株価が上昇したのは事実である。しかし、円安はそれ以前のユーロ圏の情勢変化によって生じたものだ、と著者はいう。
 円安によって企業の利益は増大した。とりわけ資本金1億円以上の輸出企業が大きな利益を得た。これにたいし、下請けや非製造業の利益はそれほど増えていない。しかし、輸出総量は増えなかったので、GDPは増大しなかった。いっぽう労働者の実質賃金は下落したため、実質消費は抑制され、実質経済成長率は低迷した。
 2013年の経済成長率が高かったのは(2.0%)、金融緩和のためではなく、公共事業の増加と、消費税引き上げ前の駆け込み需要で住宅投資が増えたためだ、と著者は書いている。
 さらに、金融緩和政策は、マネーストック(流通するおかねの残高)の増加をもたらしていない。
 日銀は2013年4月から年50兆円〜80兆円のペースで国債の買い入れをおこなっている。2016年段階で、その額は国債残高の34.9%(345兆円)となった(現在は40%、400兆円を突破)。
 しかし、マネーストックは、年平均で3.4%(3年間で89兆円)しか増えていない。異次元金融緩和で、国債をこれだけ買い入れているのに、この状態は「空回り」としかいいようのないものだ。
 異次元金融緩和は失敗した。それは資金需要がないためだ。金融を緩和しても(たとえマイナス金利にしても)、停滞した経済を活性化することはできない。それどころか、それはむしろ大きな悪影響をもたらしている、と著者は指摘する。
(7)労働力不足問題
 日本の労働力人口は。1950年代はじめには5000万人だったが、80年代には8000万人、95年には8700万人となった。だが、それ以降は低下がつづき、2014年には7800万人となっている。
 これにたいし、65歳以上の人口は、1975年には1000万人未満だったのに、80年に1000万人を超え、2012年には3000万人を突破し、2014年には約3300万人になっている。急速な高齢化が進んでいる。
 これからの問題は、総人口の減少よりも、年齢構成の変化だ、と著者はいう。生産年齢人口が減少しつづけるのはまちがいない。2015年の7700万人が、2060年には4400万人に減少すると予想されている。いっぽう高齢者人口は増えてくるから、社会保障面で深刻な問題が発生する。
 GDPにたいする社会保障費の割合は、2005年に4.0%だったものが、2010年には5.7%、2015年には6.2%に上昇している。この割合は今後も増えつづけ、現在の制度は破綻する恐れがある、と著者は指摘する。
 これにたいし、労働力人口は2030年には5683万人となると予想され、現在よりも1000万人減少する。これはたいへんな事態だ。
 高齢化にともない、医療・介護にたいする需要はまちがいなく増えてくる。75歳以上の人口は1960年に164万、80年で366万人だったが、2010年には1419万人にのぼり、2020年には1879万人になるとされている。それにともない、要支援、要介護の認定者は2012年に561万人にのぼっている。こうした人びとを介護するために多くの医療・介護従事者が必要になってくるのはいうまでもない。
 これからは人手の確保が大きな課題になってくる。出生率の上昇が容易ではないとすれば、外国から労働者を受け入れる以外にないだろう。根本的な発想の転換が必要になってくる、と著者は述べている。

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