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蟹食へば・・・ [本]

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「蟹(カニ)食へば」のあとは「金がなくなる北陸路」とつづく。
 もちろん「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」のもじりである。
 こんな抱腹絶倒のパロディを28句並べ、それをネタにして、別宮貞徳先生が90歳にして、またもや新しい随想集を出版された。
 相変わらずお茶目、頭脳明晰、そしてお元気である。
 その内容は、昔の思い出にとどまらず、身辺雑記、アカデミックな論考、時評にもおよぶ。何よりも驚くのは、その博覧強記ぶり、そして関心の広さである。動物(とくに鳥や蝶)、植物、食べ物、飲み物、アメフト、映画、音楽(これはほとんどプロ)、そして専門の翻訳と日本語のリズムについて。
 ぼく自身、万一めでたく90歳を迎えることができたとしても、ここまで明朗闊達、思考鮮明でいられるだろうか。まったく自信がない。
 この本は長寿と健康を願う「お守り」としてもうってつけ。へたな神社の「厄除け」より効くこと、うたがいなし。
 うらやましい生き方の見本とすべきである。
 先生は遊びとスポーツが大好き、多趣味でもあり、ヴィオラも弾かれる。専門は英文学(上智大学文学部教授)で、辛口の翻訳批評は一世を風靡した。おかげで、日本の翻訳の水準がどれだけ上がったことか。
 驚いたことに、先生はただの1回も海外に行かれたことがない。
 こう書いておられる。

〈日本から外へは一歩も出たことがない。「異国の土にまみれず」なんて気取っているが、要するに住み心地のいい日本を離れて、不慣れな外国へなど別に行きたくないし、面倒でもあるからで、飛行機が大きらいで金輪際乗りたくないということもある。〉

 外国に行かなくても、日々、世界が先生のもとに押し寄せてくる。それに関心を向けるだけで、日々は充実したものとなる。何しろ、周辺から広がる世界は興味にあふれているのだから。それをユーモアとジョークをもって味わい、楽しむ。
 世間の常識、はやりすたり、商品世界の誘惑には染まらない。
「パソコンの害毒に染まらず」と書いておられる。テレビもサッカーとニュース、気象情報くらいしかご覧にならないとか。ケータイもいちおうもっているが、家族間の通話とメールのみ。
 原稿はいまも手書き。急ぎの場合は、それをファクスで送る。

〈車の運転はできないし、当然持ってもいない。コンビニには、今までやむを得ぬ買物で数回しか入ったことがない。スーパーも同じ。ただしデパートの地下がスーパーになっているところは別。食いしん坊だからデパ地下にはよく出かける。カップ麺を食べたことなし、回転ずしも食べたことなし、ファミリーレストランも居酒屋も行ったことなし。自動販売機もほとんど使ったことがなく、操作方法も説明を見ないとわからない。〉

「それでもちゃんと生きている」。
 たしかにいまの世の中、余分なものが多すぎるといえば、そのとおりである。余分なものを取りこみ、余分なものに取りこまれ、時間をつぶし、時間をつぶされるよりも、日々を静かに充実して生きるすべをみつけるほうが、よほど賢明ではないか。
 だから、つい、こんな感想もわいてくる。

〈先日電車内でふとあたりを見回すと、ずらっと座っている客の8割ぐらいが、左手にスマホを構え、無表情に指をちらちら動かしながら画面に目を注いでいた。一種異様な薄気味悪い風景だった。携帯もスマホもなくても日常の生活に大した支障の出ない人はぼくひとりではない。そんなにスマホいのちとばかりに抱えこんでしあわせなのかと思ったらそうでもないようで、「死にたい」とつぶやく人が続出し、身も知らぬ男から「じゃあいっしょに死のうか」と嘘八百に誘われ、あっさり殺される世の中である。〉

 同感である。
 先生は、日本人の欠陥はジョークが通じないことだ、とよくおっしゃる。
 名づけて、天孫降臨以来の緊張(テンション)民族。

〈学者にせよ、政治家にせよ、いや広く一般大衆にせよ、ふざけを許さないのは頭の中がこり固まって、いつも緊張しているせいではないか。余裕がない。遊びがない。遊びがないから切れやすい。〉

 こういうことを書くと、ふまじめだと怒るのが日本民族の特徴ともいえる。
 先生は「学問の勧め」ならぬ「ユーモアの勧め」を説かれる。

〈ユーモアは自分自身と対象を客観的に眺めることを可能にする。何ごともあまり密着していては、その全貌をとらえることができない。……離れてこそ全体のパースペクティブを的確に、つかむことができるというものである。〉

 ユーモアこそ長生きの秘訣なのではあるまいか。

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