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商業用語について──網野善彦『歴史を考えるヒント』から [商品世界論ノート]

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 近代以前の日本は農業社会だったというのは思い込みにすぎない、と網野善彦が書いている。

〈しかし、日本でも中世、とくに13世紀後半からは、信用経済といってもよいほどに、商業・金融が発達し、さまざまな手工業が広範に展開しており、近世を通じて、商工業は高度の経済社会といってもよいほどに発達していたことは間違いない〉

 小切手や手形、為替ということばも、そのころに生まれている。
 市場(いちば)や相場は、中世では、市庭(いちば)や相庭(そうば)と表記されていたという。
 庭とは共同作業をしたり、芸能を披露したりする場所を意味していた。朝廷もほんらいは朝庭であり、天皇が訴訟を採決したり、人びとに命令を下す広場を指していた。
 したがって、市場、いや市庭はそもそも「共同体を超えた交易の行われる場」であって、河原や中洲、浜、坂の途中など「境界領域」に立てられた。網野流にいえば、それは「無縁」の場だった。
「世俗の縁の切れた場所、『無縁の場』に物を投げ入れることによって初めて、人間は物を商品にすることができた」というのが、おもしろい。こうした市庭は縄文時代までさかのぼれるという。
 市庭は都市空間の原型といえるが、それはどこにでも出現した。市の立つときには、商人がやってきて、店を開いた。やがて、それが定期的なものとなり、酒屋や借上(かしあげ[金融業者])などの家(在家)が集まって、町が形成される。15世紀になると、そうした道に沿った場所には、飲み屋もでき、遊女もいた、と網野は書いている。
 市庭には売り手と買い手がいて、売買の値段が決められていた。そのときの値段を「和市」といったらしい。商人は、和市の高い場所を選んで、塩などを売ったとされる。15世紀後半になると、和市と同じ意味で、「相庭」(のちの相場)が使われるようになる。
 また寺などが地方から京都に銭を送るときには、現金ではなく「割符(さいふ)」が用いられていた。この割符を替銭屋にもっていって、一定の手数料を払うと、銭を引きだすことができる。
 古代の租庸調というのは、ややこしいのだが、租というのが直接、地方の役所に納める米だとすれば、調は朝廷に収める貢ぎもの、庸は朝廷に提供する労役ないし、その代わりとなる物品を指していたといえばいいのかもしれない。もちろん、すべて税にちがいない。
 古代の制度では、調庸の貢ぎものや物品は百姓が担いで、直接都に運んでいかなければならなかったという。その中身は米や布、絹、塩、特産品(たとえば鉄)など。しかし、それにはどうみても無理があり、10世紀半ばには、それぞれの国の国守が、百姓から調庸の税を集めて、それを朝廷に収める制度に変わった。こうして、次第に重層的な徴税請負システムができあがっていったという。
 朝廷から納税の指示を受けると、国守は請負人に徴税命令書(国符)をだし、それにもとづいて、請負人は現地の蔵から米や絹などの物資を調達し、運送業者を使って、それらを都に運んだ。網野によれば、国符は「切符」とも呼ばれ、手形のように通用したらしい。「お札(さつ)」もこれと似ている。
 ところで、手形や小切手などで使われる手というのは、そもそも何を指しているのだろうか。網野によると、手には交換の意味が含まれているという。
 たとえば、酒手とは車夫にわたすチップのことであり、塩手米とは塩をもらう約束で事前に渡す米のことだ。人手銭というのもあるらしい。これは人を売買するさいに払う銭のこと。
 いずれにせよ、手には交換の意味が含まれており、「14世紀にはすでに金融業者や商人の間で手形が自由に流通し、京都や鎌倉などに送金する際には、見知らぬ人の振りだした手形を買って送ることが可能なシステムができあがっていた」。
 物を貸して利息をとるのが金融だとすれば、その仕組みも弥生時代にすでに生まれていた。出挙(すいこ)というのがそれで、種籾を貸して、収穫した稲の一部を収めるというやり方だ。
ほんらい、出挙をおこなえたのは、神社仏閣だけだった。
 ところが、中世になると、銭貨が本格的に流通するようになり、銭を貸し付けて利子をとる仕組みが生まれる。これによって、高利貸が登場し、室町幕府はその弊害に対処するため、何度も徳政令を発することになる。
「近代以前の日本の商業・金融は、われわれが思っているよりもはるかに高度な発展を遂げていた」と網野は書いている。
 銭(貨幣)と商品の流れをもっと知りたい。

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