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橋本治『二十世紀』を読んでみる(4) [本]

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 相変わらず、ぼちぼち橋本治の『二十世紀』を読んでいます。
 そのつづき。
橋本治流にいえば、歴史は、何かへん、バカじゃないの、と問いかけるところからはじまる。逆に、そう問いかけることが禁じられたり、無視されたりする時代はどこかおかしいということになる。権力が好き勝手なことをするときは、何かヘンで、バカなことが起きているにちがいないのだ。
 1930年代にはいろうとしている。
 早足で、そのころのことを見ておくことにしよう。
 1928年、日本でははじめて普通選挙が実施された。だが、この年には、同時に治安維持法も適用されている。普通選挙と左翼思想の取り締まりは一体となっていた。このあたりは、いかにも日本的だ。
 このころ軍部は満州を手に入れようとしている。そのため、邪魔になってきた張作霖を爆殺した。政府はこの事件を隠蔽しようとするが、真相は次第に漏れ伝わってくる。
 1929年、世界恐慌が発生する。橋本治によれば、恐慌とは、バブルがはじけることにほかならない。当時、アメリカは「世界一の工場主」であり、同時に「世界一の金持ち」だった。そのアメリカがこけると、世界中がみなこける。
 1930年、日本では浜口雄幸首相が右翼に襲われる。こうしたできごとをみると、いかにも日本は暗い時代に向かっていたようにみえる。
 しかし、暗い時代には、かえって明るいイベントが求められるのが不思議なところ。
 1930年は、関東大震災からの復興を祝う「帝都復興祭」の年でもあり、昭和天皇の即位式もあって、各地ではさまざまな行列が催されていた。
 円本ブームもあり、映画はまだサイレントながら、大流行。ラジオでは早慶戦が人気を博し、数々の歌謡曲がヒットしていた。映画館や芝居小屋の立ち並ぶ浅草はにぎわっていた。人びとは忍び寄るファシズムにおののいていたわけではなかった。
 そんな明るい雰囲気のなか、軍部は暴走する。
 1931年、満州事変が勃発する。当時は「満蒙は日本の生命線」という言い方がされていた。じつは、この「日本」とは韓国(朝鮮)のことだった、と橋本はいう。韓国こそが日本の要と考えられていた。日本人はなぜそれほど韓国がほしかったのか。それがひとつの謎である。
 帝国の妄想が膨らんで、日本はついに満州を攻略するにいたるのだが、じつは日本には満州を経営するだけの力はなかった。満州とは「ただ『勝った』という栄光の記憶」にすぎない、と橋本はいう。その栄光の記憶が日本を戦争に引きずりこんでいく元凶になる。
 1932年、軍部は国内でも暴走しはじめる。五・一五事件で犬養毅首相が暗殺されたあと、政府は軍に逆らえなくなる。
 1933年、ドイツではヒトラー政権が誕生する。
 第一次世界大戦後のいじめに、ドイツは切れた。それがナチスの台頭をもたらす。ヒトラーは賠償金の支払いを拒否し、孤立と戦争への道を選ぶことになる。ドイツ国民は、そんなヒトラーに喝采した。
 1934年、ドイツではヒトラーが全権を握り、ワイマール共和国が崩壊する。そのころ、アメリカでは禁酒法が廃止され、「健全な娯楽」として、ハリウッド映画が全盛を迎える。トーキーの時代がはじまっていた。
 1935年、ドイツではニュルンベルク法が制定され、ユダヤ人排除がはじまる。しかし、最初からユダヤ人絶滅政策がとられたわけではない。
「ユダヤ人、消えてなくなれ」というのが、庶民の感情である。ナチスはその感情につけこむ。
 それと同時に、ナチスはスラブ人をも排除の対象にした。ヒトラーはポーランドからスラブ人の土地を奪い、そこにドイツ人を入植させようと考えていた。それがまたドイツ人に支持される。
「スラブ人奴隷化殲滅計画の方が、ユダヤ人絶滅=皆殺しよりも先」だったと、橋本は注意をうながす。

〈人間のこわさというものは、その初めに極端で矛盾に満ちた方針を立てると、やがてそれに合わせてもっともっと極端な矛盾を冒し始め、その極端や矛盾を「極端」や「矛盾」と自覚しなくなるところにある。ポーランド人やユダヤ人を虐殺していたドイツ人達には、おそらく、自分達のしていることが殺人だという自覚はなかっただろう。……ポーランド人は強制収容所へ送られ、ユダヤ人も送られ、同性愛者も送られる。「自分達と違う者」は「いやな者、劣った者」で、そのレッテルを貼られた者は、みんな追放=処分の対象になる。矛盾と極端を容認した者は、やがてその矛盾と極端に合わせて、もっとひどいことを始める。〉

 何かへん、バカじゃないのという問いは圧殺されている。
 1936年、スペイン内戦がはじまる。スペインはその5年前に王政が倒れ、共和国になっている。だが、国内は分裂していた。1933年、フランコ率いる保守政党ファランヘ党が政権を握る。しかし、1936年に左派の諸勢力が人民戦線をつくり、政権を奪取し、保守派を放逐する。
 これにたいし、イタリアとドイツの後ろ盾を得たフランコが武装蜂起し、内戦が勃発するのだ。人民戦線はさまざまなグループの集まりだったが、スターリンがその主導権を握ろうとしたため、内部の対立が激しくなり、独立左派は抹殺された。けっきょく、スペインではフランコが人民戦線側を破り、その後、長期にわたる独裁政権を築くことになる。
 同じ1936年、日本では二・二六事件が発生する。これは陸軍の皇道派によるクーデターだったが、失敗に終わる。
 その後は統制派が軍を掌握し、事実上の軍事政権が確立する。軍は反乱軍を抑えただけではなく、政権をも握ったのだ。新たな軍事政権の最大の目標が満州の保全だったことはまちがいない。満州をより安定的なものにするために、軍は華北の一部を切り取る工作も辞さなかった。
 1937年7月7日、北京郊外の盧溝橋での衝突をきっかけに、日中戦争がはじまる。だが、当時は日中戦争と呼ばれていなかった。「北支事変」、「支那事変」という言い方がされていた。
 なぜ戦争でなく、事変なのだろうか。日本側は、それがあくまでも突発的な戦闘だとみていた。それに、中国の国民政府を認めていなかった。だから、国どうしの戦争ではないというわけである。
 日本は南京に傀儡政権をつくって、それを交渉相手にして、事態を収拾しようとこころみた。だが、そんなことが思い通りいくわけがなかった。

〈日本は、対戦相手の存在を無視して、この後も中国での戦闘を続ける。なるほど日本人の頭では、「戦争」ではない「事変」なのだ。相手国の存在を否定してかかる戦争などあってたまるものかと思うのだが、日本は、そのように中国を蔑視していたのである。〉

 侮蔑意識と傲慢さが、冷静な判断をできなくさせている。あとは破局まで突きすすむしかない。
 1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻する。これにたいしイギリスとフランスが宣戦布告し、第2次世界大戦がはじまる。
 その前に、ドイツはすでにオーストリアとチェコを併合していた。
 20世紀の大衆文化はこのころ黄金時代を迎えている。

〈不思議だが、人間というものは、豊かさの中で破滅への準備をするらしい。……第2次世界大戦前は「豊かな時代」だった。だからこそ戦争は起こったのだ。〉

 思わずうなってしまうフレーズである。
 1940年、中国との泥沼の戦争がつづくなか、日本ではいつのまにか戦時体制が敷かれていた。日本のファシズムには明確なポリシーがなく、いつはじまったかもわからない。
「『一歩踏み出した以上もう後戻りは出来ない』だけで前に進むから、いつの間にかとんでもないことになってしまっている」と、橋本はいう。
 1941年12月7日、日本軍は真珠湾を奇襲攻撃する。ナチスの破竹の勢いに便乗したともいえる。しかし、すでにナチスの党内はガタガタになっており、そのことに日本はまったく気づいていない。
 1942年6月のミッドウェー海戦で、日本はアメリカ軍から壊滅的な打撃を受ける。それ以降、日本は負け続けになり、「限界以上の無茶」を重ねて、ついに焼け野原になる。
 日米開戦前の日本には「アメリカか、ドイツか」の選択肢があり、どっちがトクかはバカでも分かるのに、「日本はバカ以下だった」と、橋本は明言する。
 1943年には、とつぜん東京市が廃止され、東京都が生まれる。行政の簡素化は軍事体制と無縁ではない。「東京が『東京市』のままだったら、東京ももう少し違ったものになっていただろう」と橋本は書いている。一見よさげな都構想なるものには、注意が必要だ。
 1944年は戦争以外、何もない、と橋本治は書く。
 6月6日には連合国軍がノルマンディに上陸し、ドイツ軍は防戦一方となる。ハリウッドはのちにこの時期の戦闘をテーマに数々の映画をつくりだす。映画はいかにも悪役のナチスそここぞとばかり描き出す。これ以降「ファシズムに勝利する自由主義」がハリウッドの定番となる(『スターウォーズ』にもその伝統は引き継がれる)。
 この年、日本も敗退を重ね、ついに11月にはB29による東京空襲がはじまる。
 1945年4月28日、ムッソリーニがコモ湖畔で処刑される。4月30日、ヒトラーがベルリンで自殺する。日本は8月15日に降伏。これにより30年つづいた「戦争の時代」は終わった。
 しかし、その後も、戦争状態は世界のどこかでくり返されることになる。

〈「危機」はあっても、実際上の戦争は起こらない。“周辺”は騒がしいまま、世界の“中心”は平和だった。ある意味で、歴史はゴールにたどり着いたのである。〉

 だが、ほんとうに歴史は終わったのだろうか。それが、橋本の次の問いかけである。

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