SSブログ

ゴードン『アメリカ経済──成長の終焉』を読む(10) [商品世界論ノート]

 経済成長の源泉はイノベーションと技術革新であり、そこに資本と労働が投入されることによって経済発展が生ずる。起業家の役割はけっして無視できない。1970年以降のそうした起業家として、マイクロソフトのビル・ゲイツ、アップルのスティーブ・ジョブズ、アマゾンのジェフ・ベソス、グーグルのセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグなどの名前を挙げることができるだろう。アメリカで起業家が活躍できるのは、民主的な特許制度があるからである。
 ところで、ここで新たに開発された生産性の指標である全要素生産性(TFP)の伸び率を調べてみると、それが圧倒的に高かったのは1920〜70年であり、1.89という数字が出ている。これにたいし、1970年以降は、1970〜94年が0.57、1994〜2004年が1.03、2004〜14年が0.40となっている。
 1920〜70年は、第2次産業革命によって、経済が順調に成長した。1994年からの10年間が盛り返したのは、いわゆるデジタル革命(第3次産業革命)の成果があらわれたためである。このかん、インターネットやブラウザー、検索エンジン、電子商取引が普及した。しかし、その後2004年以降の指数は落ちこんでいる。
 第3次産業革命の成果は、通信分野と情報技術にかぎられる。通信分野を引っぱったのは携帯電話からスマホへの流れである。情報技術ではパソコンが普及するとともに、巨大なネット企業が誕生した。しかし、デジタル革命が生活の改善にもたらした分野は限られている、と著者はいう。
 たしかにパソコンはオフィスや家庭の環境を変え、たとえばそれまでの商品カタログも電子化された。スマホやタブレットが普及して、人どうしの連絡も容易になった。何もかも簡単にできるようになったのに、経済の成長はみられないのはどうしてだろう。
 小売業は停滞し、ATM化にもかかわらず銀行業界はかえって苦境におちいっている。家電の開発はほぼ終わり、スマホの進化もこれ以上、たいして期待できそうにない。
 経済の活力が低下したようにみえるのは、2005年以降、市場への新規企業の参入率が低くなり、それを越える割合で既存企業の退出率が増えているからだ。市場から退出する小売業者やサービス業者が多くなっている。いっぽうハイテク分野でも新規参入する企業が減っている。労働者のあいだでは新たな雇用機会が少なくなり、失業期間が長引くと職を得るのが、いちだんとむずかしくなっている。
 製造業の生産能力の伸び率は低下している。設備投資にも力強さがみられない。コンピュータの性能向上ペースも最近は鈍化している。
 将来のイノベーションとして考えられる分野としては、どのようなものがあるだろうか。技術楽観派が持ちだすのは、とりわけ人工知能(AI)分野である。具体的には、医療、小型ロボットと3D印刷、ビッグデータ、自動運転などがよく挙げられる。
 1940年から80年にかけ、医療技術は急速に進歩した。進歩はその後も緩慢ながらつづいている。がん特効薬の開発も進んでいる。認知症の治療薬にも関心が向けられている。わずかにせよ今後も平均余命は延びるだろう。
 ロボットの小型化、高性能化も進んでいる。ロボットは職場から労働者を排除するものではなく、むしろ人間とともに作業をおこなうものになるはずだ、と著者はいう。3D印刷の強みは、新しい設計モデルを比較的低コストでつくれることにあり、さまざまな分野での効果が期待されている。
 AIは人間に似た能力をもつコンピュータである。そのひとつの応用としてのビッグデータは、強力なマーケティング・ツールとして、さらに利用されるものとなるだろう。
 さらにAIは、最新の検索ツールを使って、大量のデータのなかから必要な情報を瞬時に見つけだす。だからといって、AIが完全に人間に代わるわけではない。「コンピュータが人間に代わって分析するケースもあるが、多くの場合、コンピュータは人間と共同で分析スピードを速め、より正確にする」
 そして、自動運転である。自動運転のメリットは、自動車事故の発生率をより低下させ、カーシェアリングの普及を促進し、それによってガソリン消費を減らし、大気汚染を改善することにある。さらに自動運転はトラック運転手の負担を減らし、配送の生産性を高める可能性もある。しかし、安全に走れるようになるまでには、まだまだ改善すべき課題が多い。
 こんなふうに将来のイノベーションには多くの期待すべき面がある。しかし、デジタル革命がそうであったように、そうしたイノベーションは1920年代から1970年代にかけてもたらされた生活の改善にくらべれば、派生的で微々たるものだ、と著者はみている。
 以下は、1970年代以降の問題についてだ。
 社会のすべての構成員が経済成長の成果を等しく享受できる保証はない。とりわけ1970年以降は所得格差が目立つようになってきた。イノベーションの効果は減退し、むしろさまざまな逆風が吹くようになった、と著者はいう。その逆風は、所得格差、教育、人口、政府債務の面で、とりわけ顕著になっている。
「すべての逆風を勘案したとき、1人あたり実質可処分所得の中央値の将来の伸び率は、プラスを維持するのがむずかしく、19世紀末以来のアメリカ国民の各世代が享受した伸び率を大幅に下回ることになろう」。これが将来にたいする著者の悲観的な見通しだ。
 1972年から2013年までの、所得上位10%と下位90%の人びとの実質所得の伸び率を調べてみよう。すると、この期間、上位10%の伸び率が1.42%にたいし、下位90%は−0.17%になっている。
 1917年以降の統計をみると、1972年までは、上位10%よりも下位90%の所得伸び率のほうが上回っていた。言い換えれば、このかんは、経済格差が徐々に縮まっていたことがわかる。ところが、1972年以降は、それが逆転し、上位10%と下位90%の所得格差が広がっているのだ。
「1970年代半ばを転換点に、低中所得層の賃金が着実に上昇していた時代が終わり、過去40年は、低所得層では賃金がほとんど伸びない反面、高所得層の賃金は高い伸びを示した」と著者は書いている。
 その原因を、著者は労働組合の衰退、輸入の増加、移民の流入に求めている。加えて、オートメーション化と実質最低賃金の低下も大きな要因として挙げられている。
 労働組合の組織率が低下したのは、製造業の雇用縮小と非正規雇用の増大が原因である。加えて、輸入品の増加が国内の雇用を代替し、中低熟練労働者の相対的賃金低下をもたらした。とくに1990年から2007年にかけては中国からの輸入が拡大した。
「輸入の浸透とアウトソーシングの増加は、グローバル化の複合効果であり、国内の雇用と賃金両面に影響を及ぼした」
 1995年から2005年にかけては移民の流入が目立つ。移民によって国内労働者の賃金は小幅に引き下げられ、高卒資格のない国内労働者に打撃を与えた。加えて、労働現場では自動化が進み、それによって賃金の高い製造業の雇用が失われ、下位労働者の所得が相対的に低下した。
 とはいえ、大量失業が発生したわけではない。「職業の構成が変わり、職業分布の上位と下位で雇用が創出される一方、中間部分の雇用が消失したのだ」
 専門職とマニュアル業務へと仕事が分極化し、中間部分の雇用が失われていったことがわかる。賃金の高い製造業の雇用は失われ、コンビニや外食産業、小売りやクリーニング業、管理仕事など比較的賃金の低い部分の雇用が増えていった。アメリカでは実質最低賃金も下がっているという。
 1940年代から50年代の所得税制は限界税率が90%と累進性が高かったが、レーガン政権は1980年代前半に累進性を見直し、減税の方向に舵を切った。その結果、最高経営責任者(CEO)と平均従業員の賃金格差は、1973年の23倍から2013年の257倍へと拡大することになった。
 ファストフードチェーンの従業員は、最低賃金すれすれの賃金で働いている。これにたいし、所得分布の最上位に属する人びとはヘッジファンドなどを利用してさらに資産を増やしている。
 中位グループはほとんど資産を増やすことができず、下位グループはますます資産を減らしている。「アメリカの下位80パーセントの所得層で実質資産が伸び悩んでいるという事実は、過去30年間、生活水準の向上のペースが鈍化したとの見方を裏付ける有力な証拠である」
 ここからは下位層の賃金が伸び悩むいっぽう、上位1%層の所得が押し上げられ、中間層の一部が下位層に転落しているという構図が浮かびあがってくる。
学歴は収入と関係がある。2000年以降、高卒者や高校中退者の賃金は緩やかに低下し、大卒者の賃金は伸び悩み、大学教育の必要がない職に就かざるをえない大卒者の割合も増えている。専門職をになうのは、いまや大学院卒業者である。
 しかも「教育が格差に及ぼす影響は、現世代の所得への直接的影響にとどまらない」。格差は世代間に引き継がれていく。「高所得世帯はほぼすべて、子どもを4年制大学に進学させるのに対し、最貧困層が子どもを進学させることは稀である」と、著者はいう。
 現在のアメリカの問題は、教育水準向上のスピードが低下していることとと、学費の高騰で低中所得層の子どもが大学に行けなくなっていることだ。全般的な学力低下も目立っている。「中等教育の悲惨な結果をみれば、教育が将来の経済成長の足かせになるのは間違いない」と、著者はいう。学生ローンによる負債が、卒業後も大きな負担になっている。
 人口問題もある。アメリカでは2007年から2015年にかけ、労働参加率が66.0%から62.6%に低下した。これはベビーブーム世代が退職したことが大きいという。労働参加率の低下は、とうぜん経済にも影響をもたらす。
 政府債務も大きな問題だ。それを処理するためには税収を増やすほかなく、そのことが可処分所得を低下させ、経済成長の逆風となることはまちがいない。
 所得格差の拡大は社会環境の劣化をもたらす。婚姻率の低下と片親家庭の増加は、恵まれた雇用機会が減っていることを繁栄している。「過去30年の賃金伸び悩みと結婚の意欲低下は相互に関連しあっている」
 賃金の相対的低下は犯罪の増加とも無縁ではない。「黒人の高卒中退者の3分の2は、40歳になるまでに少なくとも一度は刑務所に入る」との驚くべき指摘もある。
 さらに、グローバル化が格差を拡大する要因になっている。輸入品の増大によって、工場が閉鎖され、数百万の労働者が中程度の賃金を得る機会を奪われた。また国内に外国資本が誘致されても、安い労働力を求める外国企業の活動が、賃金の伸びを低下させる要因となっているという。
 地球温暖化などの環境問題もある。アメリカでは水平粉砕法で、掘削可能なガス田や油田が増えたため、エネルギー問題はまず心配ないといえるが、資源がどうなるかは、これからも大きな問題でありつづける。
 これらのことを勘案して、著者は2015年から2040年にかけてのトレンドを予測する。
 それによると、今後25年の年平均伸び率は、労働生産性が1.20%、1人あたりGDPが0.80%、1人あたりGDPの中央値が0.40%、1人あたり可処分所得の中央値が0.30%になるという。これはあくまでも予測だが、端的にいって、ほとんどゼロ成長の時代になるということだ。
 著者はこう書いている。

〈1770年まで、千年にわたって経済成長といったものはなかった。1870年までの過渡期の1世紀には、経済は緩やかに拡大し、アメリカの場合は、1970年までの革新の世紀にめざましい成長を遂げた。それ以降、成長は鈍化している。アメリカの成長が1970年以降、鈍化したのは、発明家がひらめかなくなったわけではないし、新しいアイデアが枯渇したわけでもない。食料、衣服、住宅、輸送、娯楽、通信、医療、労働環境など、生活の基本的な部分が、その時点で一定の水準に達してしまったからだ。〉

 つまり、経済はほぼ飽和状態に達し、AIが生活水準の向上にもたらす影響はかぎられているということだ。
 そのいっぽうで、著者は、いまでもアメリカは世界で優位性を保ち、その経済システムは堅固であり、こうした状態は少なくともあと25年はつづくと予想している。
 これからはゼロ成長の時代にはいっていくが、そのこと自体は問題ではない。むしろ、問題は経済格差が広がっていることである。これにたいし、政府は何らかの手を打たねばならないと著者は考えている。経済格差の拡大を圧縮し、さらなる平等を実現し、社会の一体感を保つために、政府は行動しなければならない。
 そのためには、次のような政策が考えられる。
 ひとつは上乗せ報酬にたいする課税、100万ドル以上の所得にたいする特別課税、そして相続時の金融資産にたいする課税強化である。そのいっぽうで、最低賃金の引き上げや、低所得層の所得税免除も考えるべきだ。
 機会の平等を高めるためには、教育の役割が何よりも重要である。まず幼児教育の充実がはかられねばならない。とりわけ貧困家庭でリスクにさらされている子どもにとっては、幼児教育が将来を左右する。政府は幼児教育にもっと予算をつぎ込むべきだ、と著者は主張する。
 中等・高等教育が重要なのはもちろんである。豊かな地域と貧しい地域とでは、現在、教育体制に格差がある。それを平等なものに変え、全般的に学力を向上させる必要がある。大学の学生ローン問題にも対処しなくてはならない。著者は、大学在学中は授業料がかからず、卒業後に所得に応じて返済するシステムができないかと考えている。
 著作権法や特許法、土地利用規制などによる規制や新規参入を制限する認可制度を見直す必要がある。「過度の規制を緩和することが、格差を縮小し、生産性の伸びを押し上げるうえで、実現可能な政策手段のひとつである」
 高スキルの移民を増やすことも必要だ。公平性を大幅に高めるため、租税優遇措置などを見直し、税制改革をおこなう必要がある。財政再建も欠かせない。そのためには所得上位層への課税、炭素税の導入などが考えられる。
 こうした政策をとるのは、経済格差をできるだけ圧縮することで、より公平で賢明な社会をつくるためである、と著者はいう。
 このままではいけないという真摯な思いが伝わってくる。

nice!(12)  コメント(0) 

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント