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これからの日中関係──ヴォーゲル『日中関係史』を読む(4) [本]

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【最悪の関係】
 2009年9月に首相の座についた鳩山由紀夫は、これまでのアメリカ依存に距離を置き、中国ともよりよい関係を築きたいと考えていた。
 9カ月後に鳩山のあとを継いだ菅直人も同じく中国との友好方針を堅持した。
 しかし、その民主党政権のもとで、日中関係は最悪の状態におちいる。
 2010年9月7日、尖閣諸島の北東で、海上保安庁の巡視船が中国籍のトロール船を発見し、退出を求めたところ、トロール船は巡視船に体当たりし、そのまま逃走しようとした。そこで海上保安庁の職員が2時間後、この船に乗り込み、船長と船員を連行した。船長は酒に酔っていた。
 中国政府は船長と船員の即時釈放を要求し、翌日、日本政府は船員とトロール船を中国に戻した。しかし、巡視船に体当たりした船長は事情聴取のため拘留された。
 その対抗措置として、中国は河北省で日本の建設会社の社員4人を逮捕する。中国国内では反日デモが発生。さらに中国政府は日本にたいするレアアース輸出を制限する措置をとった。
 2日後、日本政府は逮捕した船長を処分保留のまま釈放する。
 中国漁船衝突事件以後、中国のメディアは反日報道を繰り返した。
 2012年になると、東京都知事の石原慎太郎が挑発的な行動に出る。東京都が尖閣諸島を購入するため、基金をつのるというのだ。
 民主党の野田佳彦首相は石原の計画が中国を激怒させることを恐れ、ひそかに国による購入を決定する。朝日新聞がこれを尖閣諸島の「国有化」と報じると、中国はこれに猛反発し、中国国内各地で反日デモが発生、日本人の所有する商店や工場が襲撃された。尖閣諸島周辺も緊迫がつづいた。
 日中衝突の危険性が収まるのは2013年10月になってからである。

【経済関係の発展】
 2012年には習近平が中国共産党総書記になり、安倍晋三が日本の首相に選出された。
「安倍は従来どおり日米同盟を支持しながら、中国の感情を逆なですることも避けた」というのが、著者の評価である。
 それによって、日中対立は次第に収まってくる。
 政治的な緊張がつづいたにもかかわらず、日中間の貿易関係は発展していた。著者は「隣に世界最大の人口を抱える国があるという事実は、多くの面で日本にとって好運だった」と述べている。
 21世紀にはいってから十年以上、日本のGDPは1%前後でしか成長していなかったが、海外事業は年率5%以上伸びており、日本の対中貿易収支はほぼ黒字続きとなっている。
 海外事業収入と利益が国内事業を上回る日本企業が多くなっている。海外投資収益の国内環流額は2000年以降5倍となり、2014年には約5.6兆円となった。
 2016年10月時点で、中国に進出する日本企業は、アメリカの8400社より多く、約3万社となっている。かつてはローテクの軽工業製品製造が主だったが、いまでは重工業品やハイテク製品の製造が中心を占める。サービス業への投資割合も増えている。
 さらに、著者はこんなふうに書いている。

〈日中は政治的には敵対したが、日本の大手商社は中国全土に支店や支社を構え、その規模も対米事業と同じか、それ以上に成長していた。中国市場で最大手の日系商社、伊藤忠は、中国14都市に支社を構えている。伊藤忠に次ぐ三菱、三井、住友といった大手商社も、中国の全主要都市に支社や支店を構え、北京語や、場合によってはさらに方言まで話せる日本人社員が現地社員を指揮している。〉

 日系企業の活動が、中国のGDP増加に寄与している面は否定できない。
 それでも反日デモのようなリスクはある。そこで、日本企業はいまでは「チャイナ・プラス・ワン」の方策をとり、中国で愛国主義が暴発しても、他国の工場で増産して生産量を保つという柔軟な戦略をとるようになっている、と著者はいう。
 政治体制のちがいにもかかわらず、経済面での日中関係はきわめて密接なものとなっているのだ。

【緊張緩和?】
 2014年以降、日中間の緊張は徐々に緩和した。
 2014年11月に北京で開かれたAPEC首脳会議では、習近平も安倍晋三も、表向き厳しい表情で撮影に応じたが、じっさいにはなごやかにことばを交わしたという。
 2015年4月にインドネシアで開かれたアジア・アフリカ会議でも、25分間、日中首脳会談が開かれた。
 外交官どうしの接触も頻繁になっている。
 2010年に日中関係が緊張してから、日本人の中国旅行者は横ばいだが、来日する中国人の数は2013年以降、激増している。2018年時点で、中国人への訪日ビザ発給数は840万近くになった。
 こうした中国人観光客が日本の観光地やデパート、家電量販店などの売り上げに寄与していることはまちがいなく、また日本旅行を通じて、日本に好印象をもつ中国人の割合も増えている。
 いっぽう日本人の中国にたいする印象はさほど改善していない。尖閣問題にせよ、反日デモにせよ、中国から圧力をかけられたという思いが、中国への警戒感をいだかせているのだ。
 2018年10月には安倍首相が訪中し、習国家主席と会見した。中国はすでに突出した経済大国、軍事大国になっていた。安倍はこのとき「競争から協調へ、日中関係を新たな時代へ押し上げたい」と述べている。2019年6月には習近平がG20大阪サミットに参加するため来日。さらに2020年にあらためて日本を訪れたいという意向を示している。
 日本人はすでに中国人とあらゆる分野で深い関係性にもとづくネットワークを築いているが、中国と軍事的な協力関係を結ぶことはありえない。むしろ強国となった中国を目の前にして、日本はアメリカとの軍事的・政治的・経済的関係をより強固に維持していくだろう、というのが著者の見方である。
 こう書いている。

〈日中両国のつながりはすでに強いが、今後数十年でさらに拡大することが予想される。それでも、1870年代以降の日中間の歴史が、両国にとってなお大きな火種であることに変わりがない。日本にとって中国がどれだけ重要でも、それによって1945年以来に日米両国の築きあげた、深く前向きな結束が解けることはないのである。〉

 政冷経熱というのが、最近の日中関係をいいあらわすことばになっている。しかし、目標とすべきは政温経熱だ、と著者はいう。

〈歴史的に形成された感情の激しさを考えると、日中がすぐに信頼関係を育み、親友になれると考えるのは現実離している。それは数十年先の目標である。次の10年間に達成すべき妥当な目標は、両国が信頼できるパートナーになれるよう、明快で率直でビジネスライクな関係を良好に保つことだ。次の10年間で日中が「政熱」を享受できると期待するのは、非現実的である。しかし両国が、「一帯一路」のような構想や、環境問題解決のための共同プロジェクトや、多国籍組織において、もし協力関係を拡大しつづけることができるなら、「政温」を達成することは不可能ではない。〉

 ここには日中双方の見方だという著者の、冷静でかつ温かい見方がある。
 とはいえ、ぼくなどには中国の民主化を願う思いも強い。

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