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第2波はくるのか──速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』散読(1) [本]

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 100年前のパンデミックに関連して、少し前に本ブログで、ジョン・バリーの『グレート・インフルエンザ』の内容を紹介した。
 だが、『グレート・インフルエンザ』には、日本のことは書かれていない。
 はたして、あのとき日本ではどのようなことがおこっていたのか。
 それを知りたくなり、ようやく本の貸し出しをしてくれるようになった図書館で、この本を借りてみた。次の予約がはいっているので、2週間以内に返却しなければならない。詳しくは読めないが、気になったところだけでもと思い、メモをとりはじめた。
 夏になって、2月以来の新型コロナウイルス騒動は、ようやく一段落した感があるが、心配なのははたしてことし秋から冬にかけての第2波があるのかどうかということだ。
 スペイン風邪と呼ばれることが多かった約100年前のインフルエンザ(当時の言い方では流行性感冒)と、今回の新型コロナを同等にみるわけにはいかない。インフルエンザとコロナはちがうかもしれない。それでも、かつての記録は何かの参考になるはずだ。
 1918(大正7)年から20(大正8)年にかけて、日本の状況はどうだったのか。
 当時は大日本帝国の時代である。帝国は内地と外地に分かれていた。内地の人口は1920年で約5600万人。加えて、日本が台湾と朝鮮を植民地とし、樺太を領有し、関東州を租借していたことを頭にいれておく必要がある。満州国が誕生するのは、もう少し後の1932年だ。
 有名な歴史人口学者である著者は、100年前のインフルエンザをいちおう「スペイン・インフルエンザ」と呼んでいる。とはいえ、前にも書いたように、このときのインフルエンザの発生地は、スペインではなく、アメリカのカンザス州だったと思われる。時期はおそらく1918年1月。主に第1次世界大戦中の兵士の移動によって、全世界に広がった。2年にわたって猛威をふるい、そのときの死者は最低限で見積もっても4000万ないし5000万人といわれる。
 もちろん、インフルエンザは日本にもやってきた。著者はそのときの日本での流行を3期にわけてふり返っている。すなわち、

(1)1918年4月─7月(先触れ)
(2)1918年秋─1919年春(前流行)=第1波
(3)1919年暮─1920年春(後流行)=第2波

 日本でインフルエンザの本格的流行がはじまるのは1918年秋からである。その年の4月から7月にかけても先触れがある。『グレート・インフルエンザ』のジョン・バリーによると、このときのインフルエンザ・ウイルスは5月に上海に到着していたという。だから、これを第1波としてもよいのだが、1918年春から夏にかけての流行は例年とさほど変わらず、死者数も急増したわけではない。
 そこで、ここでは1918年秋からの本格的流行を第1波とし、春の流行は先触れと理解しておくことにしよう。先触れから2、3カ月後、本格的な第1波がやってくる。
 インフルエンザの大流行は第1波だけでは収まらなかった。第1波の流行から7カ月後、おそれていた第2波がはじまる。先触れから数えれば、このとき日本は約2年にわたって、インフルエンザの波に2度、数え方によっては3度襲われたことになる。
 内務省の資料では、日本内地における第1波の患者は2116万8398人、死者は25万7363人、第2波の患者は241万2097人、死者12万7666人となっている。合計すると、患者2358万495人、死者38万5029人となる。
 第1波にくらべて、第2波の患者数はずっと少ないが、患者にたいする死者の割合は第2波のほうがずっと高かった。
 いずれにせよ、この内務省の資料にもとづいて、日本でのスペイン・インフルエンザによる死者数は約38万5000人という数字がまかり通っていた。
 だが、著者はこの死者数は過小評価だと明言する。統計上の不備があるうえに、隠れた死者数があるからだ。そこで、著者は例年と比較した超過死亡者数をもとに、スペイン・インフルエンザによる死者数を割りだし、それを月別、男女別、主要都市別、道府県、内地・外地にわけて、新たに計算しなおしている。
 その手法を紹介するのはやめておく。詳しい統計を示すのもわずらわしい。著者が計算しなおした1918年から20年にかけてのインフルエンザによる死者数だけを以下に示しておく。

  日本内地 45万3452人
  樺太 3749人
  朝鮮 23万4164人
  台湾 4万8866人
  総計 74万231人

 なお、このかん帝国内の人口は減っておらず、むしろ増えている。出生率が死亡率よりはるかに高かったからである。インフルエンザの流行は日本の人口を減少させるものではなかった。とはいえ、内地だけでも45万人以上が亡くなったというのは、やはりこのインフルエンザがただごとではなかったことをうかがわせる。
 歴史はくり返すわけではない。歴史を知るのは同じことをくり返さないためである。そして、できれば善きことを学ぶためである。
 だが、自然災害だけはくり返しやってくる。おそらく、今回のパンデミックも第2波、場合によっては第3波がやってくるだろう。
 それにどう対応するか。
 100年前、日本で何がおこっていたのかを、本書から学ぶなら、何らかの教訓が得られるかもしれない。
 以下はその簡単なまとめである。

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