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永続する富裕層──ミラノヴィッチ『資本主義だけ残った』を読む(2) [商品世界論ノート]

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 著者のミラノヴィッチは資本主義を次のように定義する。
「資本主義とは、生産の大半が民間の生産手段によって行われ、資本が法的に自由な労働[力]を雇用し、[経済の]調整が分散化されたシステムのことだ」
 資本主義の原動力が投資にあり、その投資をおこなうのが、企業ないし個人企業家であることも追記されている。
 現在は、この資本主義にアメリカ型と中国型があるという。
 今回、論じられるのはアメリカ型資本主義(「リベラルな能力資本主義」)についてである。新自由主義的資本主義と解釈してもよいだろう。
 21世紀の新自由主義資本主義は、19世紀の古典的資本主義とも20世紀の社会民主主義的(ケインズ主義的)資本主義とも異なる。
 現在の特徴は、総所得に占める資本シェアが高くなったこと(逆にいえば労働シェアが低くなったこと)である。
 このことは資本から高い割合で所得を得る人が裕福になっていることを示している。しかも、資本所得が比較的少数の人間に集中しているならば、個人間の不平等は拡大する、と著者はいう。
そこで、資本主義においては、資本を多くもつ人間が金持ちになるというあたりまえの原則が導かれる。
 ここでいう資本とは「資産」と理解したほうが、わかりやすい。
 古典的資本主義においては、資本家と労働者ははっきりと分かれていた。しかし、現在の資本主義においてはそうではない。つまり、資本と経営が分離されたのだ。
 今日、金持ち階級のトップにいる人びとは働いていないわけではない。高給取りの経営者や企業幹部、投資銀行家、そのほか専門職のエリートとして勤勉に働いている。その意味で、かれらは賃金労働者だが、同時に大きな金融資産をもっている。
 総所得に占める資本シェアの割合が高まる(賃金シェアが低くなる)時代において、高い労働所得を得る個人が同時に高い資本所得を得る場合には、とうぜん不平等が拡大していく。
 しかも、この所得差は世代間に継承されやすい。すなわち金持ちの子は金持ちであり、貧乏人の子は貧乏になりやすい。さらに新自由主義時代の税制と教育制度が、この固定化を強化している。
 現在、不平等が拡大した要因には、たとえば高いスキルに支払われる賃金が上昇したこと、労働組合の交渉力が弱まったこと、同じ階層どうしの結婚が増えたこと、なども挙げられる。
 しかし、不平等の拡大は、むしろアメリカ型資本主義の構造的要因が大きい、と著者は考えている。
 ひとつは国民所得に占める資本所得の割合が増大していることだ。そのことが個人間の所得の不平等に直接影響を与えていることはまちがいない(つまり、より多く資産をもつ人がより多く収入を得るようになった)。
 もうひとつは資本(資産)所有の集中である。現在アメリカでは、もっとも裕福な10%があらゆる金融資産の90%以上を保有しているとされる。
この資本所有の集中と、資本所得の伸びが組みあわさると、不平等が拡大することはいうまでもない。
 加えて、金持ちの資産の収益率が高いことが挙げられる。
 アメリカの世帯の20%は資産がゼロかマイナス、中間層の60%は資産の3分の2が住居で、それ以外は主に年金に注ぎこまれている(しかも住宅資産の8割はローンだ)。
 だが、上位20%の層は、株式と金融商品が最大の資産で、住宅資産の割合は少ない。住宅バブルとその後の大不況(リーマンショック)はあったものの、この30年間、金持ち層は確実に所有資産からより高い収益を得てきた。
 さらに所得の上位10%、とりわけ上位1%は、高額の労働所得を受けとっていることが多く、これに資本所得が加わると、さらに大金持ちになる。かれらは同じ金持ちどうしで結婚する傾向が強いから、その財産はさらに増え、その子どもたちには多額の教育投資がなされ、世代間に所得と富が継承されていく。
 アメリカン・ドリームはあやしくなっている、と著者はいう。

〈彼ら[金持ちの子ども]はより大きな相続財産をあてにできるだけでなく、より高い教育、両親を介して得られるより高い社会資本、そのほかたくさんの無形の富の恩恵に浴するだろう。そのどれひとつとして貧困層の子どもは享受できない。〉

 アメリカでは1980年代以降、所得の不平等が拡大し、世代間移動性が低下している、と著者は指摘する。このことは、アメリカが新たな階級社会になったことを意味しているといってよいだろう。
 それでは、こうした大不平等を修正する社会政策は考えられないのだろうか。
 戦後から1980年ごろまでにかけ、富裕国では富の不平等が縮小する時期があった。それは強い労働組合、大衆教育、高い税金、政府による大幅な所得移転に支えられていた。
 だが、いまそれを再現するのはまず無理だ、と著者はいう。産業が製造業からサービス業に移行したため、労働者の組織化はむずかしくなった。大衆教育をこれ以上拡充するにも限界がある。税金をさらに引き上げるのは政治的にむずかしい。所得の再分配も限界がある。戦後の社会民主主義政策(ケインズ政策)はもはや行きづまってしまった。
 それでも、新しい目標を設定すべきである。
 著者はいう。
「資本とスキルの両方を国民全員にほぼ平等に授ける平等主義的な資本主義を私たちは目標とすべきである」
 はたして、そんなことが可能なのだろうか。
 根本は、資本と労働の恩恵をまったく平等に分配することである。それを達成するには資本の所有権を分散すること、労働のスキルにたいする報酬を平等化することが必要になってくる。
 資本の所有権を分散するには、中間層がもっと株や債権をもつようにすること(政府の税制優遇措置も必要だ)、さらには従業員持ち株制度によって労働者の資本保有を増やすこと、あるいは相続税への課税を強化することなどが考えられる。理屈としてはそうだが、こうした方策にはもちろん異論もあるだろう。
 著者は公立学校の質を改善することで、労働力の質を上昇させ、それによって賃金の不平等をなくすことも提案している。
 社会に年少者や病人、けが人、育児期間、失業者、高齢者が存在するかぎり、福祉はなくてはならないものだ。福祉システムが存続するには国民の参加が必要であり、全国民が社会保険を支払わねばならない。
 きわめて不平等で二極化した社会では、広範な福祉国家を維持するのはただでさえ容易ではない。さらに、グローバリゼーションと移民が福祉国家の存続をあやうくしている、と著者はいう。

〈かくて福祉大国は二種類の逆選択にさらされ、それはたがいを強化し合っている。国内では、貧乏人と金持ちの二極化が民間による社会サービスの提供を促し、政府の提供するサービスからの金持ちの撤退を招いている。そうなると、保険料が手の届かないほど高くなりかねない人だけがこのシステムに残り、彼らの多くもこのシステムから揃って抜け出しかねない。また国際的には、スキルの低い移民を呼び込むことで逆選択が働き、それが自国民の離脱を招いている。〉

 いずれにしても厳しい。福祉政策が困難に見舞われ、中間層の多くが没落し、不平等が拡大するなかで、富裕層だけが栄えるという構図が生まれつつある。
 驚くべきことに、富裕層は大きな政治的影響力をもっている、と著者はいう。その理由は、かれらが政党や選挙活動に多額の資金を提供しているからだ。金持ちが自分たちの出した金に見返りを期待するのは、あたりまえで、政治家も何らかのかたちでそれに報いている、と著者はいう。
 金持ちが政治献金をおこなうのは、それによって高額所得税率の引き下げや、企業減税、規制緩和など、かれらにとって有利な経済政策を得るためだ。それが実現されれば、富裕層はいつまでもその地位を保つことができる。
 アメリカの富裕層は子どもの教育にすこぶる熱心で、私立の高等教育を受けるために多額の教育費をそそぎこむ。入学するだけでも莫大な費用がかさむことが、かえって金持ちに有利な条件をもたらしている。
「[富裕層の]子どもは親が生きているうちに金を受けとり、資産を相続し、親の社会的資本からの恩恵にあずかるばかりか、幼稚園前の私立教育から始まって修士号や博士号にいたる優れた教育という桁外れの優位をスタート時から享受する」
 著者はピケティの調査に従って、フランスでは人口の12%から15%が、平均した労働者の生涯賃金より多くの相続資産を受けとっていることを明らかにしている。おそらく、アメリカではその割合はもっと高くなっている。
 一生働かなくても暮らすことができるほどの相続財産を受けとるこうした人びとが、「何も、またはほんのわずかしか相続しない人びとと比べて桁違いの優位を享受する」ことは、まちがいない、と著者はいう。
 とはいえ、上位層はかならずしも固定されているわけではない。それは補充され更新されているといってよい。
 いつの世でも、技術の進歩をうまく利用して、新たなビジネスモデルを創出し、新参者の扉を開いて、莫大な富を築く者がでてくるのだ。こうした新たな億万長者は、裕福な家の出が多いとはいえ、上位1%の出身者ではない。
 このことは、世代間に高い移動性があることを示すようにみえるかもしれない。だが、そうではないと著者はいう。
技術進歩がいったん減速し、新たな富を生むのが次第に困難になっていくと、上位層の永続性が強化され、上位層が固定され、不平等が拡大し、社会的移動性が低下するのだ、という。
 こうしてアメリカ型資本主義においては、経済的支配層が社会的トレンドに応じて、少しずつ更新されながらも、永続的にその地位を保っていく。
 著者は、こうした資本主義のあり方がいいとは、けっして思っていない。

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