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まだ過渡期なのか──シュンペーターをめぐって(8) [経済学]

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 社会主義ははたして機能しうるのかを考える場合には、とうぜん人的要素がかかわってくる。こうした人的要素を抜きにして、社会を公共的に管理することはできない、とシュンペーターはいう。
 シュンペーターは大企業中心の資本主義の時代をへることによって、はじめて社会主義は可能になるという青写真をえがいている。
 その社会主義の運営には、神のような能力など必要としないし、特別の倫理的高潔さすら必要としないという。もちろん精神改造や苦しい社会的適応なども不要である。
 まず農業についていうと、農業では、生産計画を設定し、土地使用を合理化し、農民への機械、種子、種畜、肥料を供給し、生産物の価格を確定し、この価格での生産物の買い上げをおこなうだけで、社会主義はじゅうぶんに達成される。
 労働者と勤め人の仕事もいままでと変わらない。仕事が終われば家庭に帰り、日常の営みをおこなう毎日がつづく。
 上層階層はどうだろうか。シュンペーターはブルジョアを追放せよなどとはいわない。むしろ、社会主義のもとで、かれらの指導的能力をよりいかすべきだという。
 社会主義者はおうおうにして自分たちが権力を握り、これまでの支配者を追放するのだと考えがちだ。だが、問われるのは、はたしてかれらに社会を引っぱっていく能力があるかどうかである。
 とはいえ、社会主義を考えるときには、巨大で包括的な官僚装置を想定せざるをえない。官僚はしばしば否定的に言及されがちだ。しかし、官僚は「近代の経済発展の不可避の捕捉物でもあり、社会主義共同体においてはいままでよりもいっそう必須のものとなるであろう」とシュンペーターはいう。しかし、それは民主主義によって支えられるものでなくてはならない。
 問題は事業運営の官僚的なやり方が、個々人の創意工夫を奪いがちだということである。それによって働く人びとは意欲を失い、努力しようという気をなくしてしまう。それは資本主義のもとでもありうることだろう。
 純粋に利他的な義務観念だけに依拠するのは非現実的である。人は利己心と無縁ではありえない。それでも働くことの喜びや社会的なやりがいといったものは存在し、社会主義共同体がそうした場となりやすいのも事実である。
 資本主義社会では金銭的利得が典型的な指標となり、社会的名声が他人にたいする優越感を生みだしている。だが、社会主義においては金銭よりもバッジ(名誉)のほうに値打ちが認められるようになるかもしれない、とシュンペーターはいう。。
 社会主義においても、人並みはずれた業績を成し遂げた人には、それなりの所得と待遇を与えるべきだろう。こうした刺激は、貴重な努力の推進力となる。だからといって、それが度を超したものである必要はない。
 社会主義経済においては、中央当局が国家資源の一部を直接配分することによって、新しい工場や設備を導入することができる。その必要性はあくまでも社会的に判断されることになるだろう。つまり社会主義においては、これまで私的企業に委ねられてきた投資を中央当局がおこなうことになるのである。
 もちろん、社会主義においても、生産装置は円滑に運用されなければならない。しかし、そこには利潤を求めるブルジョア雇用主にような監督や規律は存在しない。すると問題は、はたして社会主義が社会的利益のために、それなりの権威を保ちうるかということになる。
 権威による規律には自己規律と集団規律とがある。社会主義にとっても、こうした規律はとうぜん求められる。
 そして、社会主義秩序にたいする労働者の忠誠心は、資本主義秩序の場合よりも高いと考えられる。なぜなら社会主義的な経済政策は労働者に支持されるからだ。
 つまり、社会主義における規律は、資本主義の場合よりも、より自主的に保たれるとシュンペーターはみるわけだ。
 失業の不安はもはや解消される。普通以下の仕事しかできない人にたいしても、それなりの訓練がほどこされるだろう。それでも将来にたいする不安は残るし、これに政治がどう応えるかは社会主義においても大きな課題となる。
 ブルジョアの時代は終わった。いまや政府は労働者の味方となり、労働者の権利を擁護するようになった。
 いまや労働者の規律を導くのは、社会主義的管理者の仕事になった。中央当局の権威は絶対的であり、全経済エンジンの運行に責任をもち、それをくつがえすことは容易ではない。
 労働組合は一種の国家機関となり、これまで頻発していたストも減ると同時に、組合員も増えて、社会的利益を代表する機関となっていく。組合は工場の規律や配置転換をうながす役割をもはたすようになる。
 社会主義はまだ青写真でしかなく、それがいわば牧歌的社会主義であることをシュンペーターも認めていた。
 シュンペーターにとって、社会主義はあくまでも経済制度である。それが政治制度としての民主主義と両立するかどうかは、別の課題だった。社会主義と民主主義の関係は、あらためて論じられることになるだろう。

 資本主義秩序から社会主義秩序への移行期がどのような問題を引き起こすのかについてもシュンペーターは論じている。
 資本主義の発展は、経済過程を社会化していく傾向がある。農業を除いて、事業は巨大化した会社組織によって統轄されるようになり、進歩は緩慢となり、機械化され、計画化されていく。投資機会は減少し、利子率はゼロに近づく。産業の資産と管理は個人的性格を失い、集められた株式と債券を所有するにとどまってしまう。資本主義的動機や資本主義的基準はその活力を失う。こうした資本主義の成熟が社会主義への移行をうながすことになる、とシュンペーターはいう。
 しかし、社会主義への道がいつから、どのようにしてはじまるかは容易にはいえないという。資本主義秩序はみずからの力だけでは社会主義秩序に移行しないだろう。そこには憲法改正のような動きがともなわなければならない。
 資本主義の発展とともに、事物的にも精神的にも社会化の傾向はどんどん進んでいく。そして、その傾向が政治的な動きを生みだしていく、とシュンペーターはみる。
 資本主義が成熟した状態にある場合は、社会主義への移行は革命的にではなく平和的におこなわれるだろう。
 農民の所有権は守られ、小規模経営の手工業者や独立の小売商人はそれまでの仕事や商売を許される。株式や債券の所有者にたいしては、それが消滅する代わりに年金などのかたちで支払いがなされる。
 大規模企業の管理者は、よほどの場合を除いて、基本的にその地位を保証される。新しい企業の創設は禁止される。銀行はすべて中央機関の支店として位置づけられようになる。中央銀行は生産省とは独立のものとなり、金融機関の全般的監督をおこなうことになる。
 こうして中央当局は急激な変動を避けて、少しずつ支配権を獲得しながら、経済体制を軌道に乗せていく。当面、生産の調整がおこなわれるのは総生産量の5%程度である。人間の配置転換は大幅におこなわれるにちがいないが、それは大きな困難をともなわないだろう。経済体制の合理化が進められるのは、そのあとである。
 以上は高度資本主義が社会主義に移行する場合である。
 シュンペーターは次に資本主義が未成熟な社会にたいする社会主義原理の適用を論じる。
 未成熟とは、中小企業の数が多く、大企業がほとんど発展していない段階をさす。このような場合においては、新しい秩序の確立は革命によるほかない。
 ボリシェヴィズム革命では、革命的大衆が政府の中央官庁や政党本部、新聞社などを占拠し、そこに自分たちの同志を配備した。
 革命政権は銀行を接収し、それを財務省の監督下に置き、新たな銀行紙幣を発行するだろう。そのさい生じるインフレによって、貨幣や債券の所有者は財産を大きく減らすことになる。それに乗じて革命政府は社会化を遂行する。
 革命政府のもとでは、大産業はたちまち社会化され、残存する私的産業も次第に機能を停止する。社会への監視が強められる。
 はっきりと書いているわけではないが、シュンペーターはこうしたかたちでの移行を望んでいなかったようにみえる。だが、現実にはこうした暴力的移行のケースが数多くみられた。
 社会主義への移行期は、むしろ長期にわたるというのが、シュンペーターの展望だったといえるだろう。その移行期においても、社会主義者は説法と待望に甘んじるだけではなく、ある程度の社会化政策を実現できる、とシュンペーターはみた。
 その例として挙げるのが、たとえばイギリスである。イギリスでは電力にたいする国家管理や国家統制が求められていた。イギリス国民の優秀さからすれば、広範な国有化政策を実施することで、社会主義への一歩を踏みだすことができるだろう、とシュンペーターはいう。
 ほかに社会化できる分野としては、銀行や保険事業、鉄道や道路、自動車産業、鉱山(とりわけ炭坑)、鉄鋼産業、建築産業なども考えられる。兵器や船舶、食料貿易、その他も国有化産業の対象となりうるだろう。農民の地位を保全することを前提に、土地の国有化を検討することもひとつの課題だとシュンペーターは書いている。
 シュンペーターがこの本を書いた時代から80年近くが経過し、いまでは国営化から民営化への流れがごくとうぜんのように受け止められるようになった。
 社会主義はもはや時代遅れなのだろうか。
 そう断定するのは簡単である。しかし、その前に、社会主義といえばすぐに批判の的となる民主主義の問題を、戦時中のシュンペーターがどうとらえていたかをみていくことにしよう。

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