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インフレーションをめぐって──ガルブレイス『ゆたかな社会』を読む(7) [経済学]

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 もともとガルブレイスは「ゆたかな社会」には、インフレーションがつきものだと考えていた。それを克服しようとしても、そこには大きなジレンマがひそんでいるととらえていたのだ。だが、1998年の最終版(第5版)で、この考え方は誤りだったとしている。
 戦後はインフレの時代だった。しかし20世紀の終わりからは、低失業・低インフレ、低成長の時代がつづくようになったからである。
 その面では、たしかに時代が変わったのである。
 そもそもガルブレイスは、戦後インフレの仕組みを賃金・価格の相互作用としてとらえていた(ただし2度の石油ショックによる狂乱物価はあきらかにこれとは異なる)。
 全般に物価が上がると、労働組合は経営者と交渉して、賃金上昇を勝ちとる。すると、経営者は賃金上昇分をカバーするため、製品の価格を上げる。こうして価格の上昇が社会全体に波及すると、全般に物価が上がるため、労働組合は労働者の生活を守るため、ふたたび賃金上昇を要求せざるをえない。このようなプロセスがはじまると、賃金と物価の悪循環がはじまる。
 インフレが収まらなくなると、政府はそれに対応するため、金融政策や財政政策を発動する。景気の引き締めによって、物価の上昇は抑えられる。しかし、その結果、投資と消費の削減を招き、失業が増加する。物価と雇用はトレードオフの関係にあった。そのため、むやみな金融・財政政策はとれなかった。
 しかし、いまでは賃金・物価の悪循環はなくなりつつある、とガルブレイスはいう。それはひとつに労働組合が弱体化したためである。産業の中心は、いまや伝統的な産業からサービス業、通信業、ハイテク産業、娯楽産業などへと移ってしまった。労働組合が弱体化すると、賃金はなかなか上がらなくなる。こうして雇用水準が高いときでもインフレ率が低い状態がつづくようになった。
 最終的にガルブレイスは、そのように考えるようになった。
 こうした理解が正しいかどうかはわからない。
 ここでは、1998年の最終版を中心に、『ゆたかな社会』のインフレーション論を紹介しておくことにする。

 ガルブレイスはいう。
 戦争や内乱や飢饉のときにはインフレがつきものだった。しかし、いまでは平和と繁栄の時期にもインフレが居座るようになり、とくに戦後はインフレと共存する期間が長かった。
 一般にインフレは好ましくないとされる。価格の上昇は人を不安にさせるからだ。だが、その割にインフレを抑えようとする努力がなされなかったのは、インフレによって利益を得る人がいたのと、賃金の上昇がそれをカバーしたこと、さらに、それはいずれ収まると考えられてきたからだ。
 やがてそうもいかなくなって、政府が介入するようになった。しかし、それは不況のときほど真剣ではなかった。インフレは自然に収まるという考えは依然として根強かった。むしろ、へたに対策をとれば、不況をもたらすという恐れもあった。それでも、インフレはどこかで抑えなくてはならなかった。
 ガルブレイスが経済を寡占部門と競争部門に分けていることに注目すべきだろう。鉄鋼・機械・自動車・化学・非鉄金属などの寡占部門においては、計画的に生産費を価格に転嫁することができる。ところが農業などの競争部門では、生産者は決められた価格に従わなければならない。
 そのうえで、ガルブレイスは生産を増やしても、インフレの解決にはならないという。それは投資の増加につながり、需要を増やすことになって、かえって価格上昇に拍車をかけてしまうからだ。
 それに大企業は安易に生産を拡充しない。一定の需要があるかぎりできるだけ価格を維持しようとする(価格を上げるのは、むしろ需要が減った場合だ)。これにたいし、競争産業では需要に敏感に反応する。生産高を一定とすれば、需要が大きくなれば価格は上昇し、需要が小さくなれば価格は下落する(逆に需要が一定なら、供給の変化によって価格は上下する)。
 ここに登場するのが労働組合だ。そして、企業は賃上げを口実に価格を上げるのが常套手段になっている。ここから賃金と価格の上昇スパイラルがはじまるというわけだ。
 インフレでもっとも苦しむのは大企業体制に帰属する人びとではなく、自分を保護する後ろ盾をもたない個人やグループだ、とガルブレイスはいう。農民もインフレの悪影響を受ける。最大の被害者は年金生活者だろう。公務員も被害をこうむりやすい。自由職業の場合は、立場に応じてさまざまである。アメリカの弁護士や医者などはおそらくそのサービス料を上げることができる。
 インフレが人びとに与える影響はさまざまだ。しかし、いずれにせよ、インフレを統御しなければならないという意見が浮上し、政府が乗りださざるをえなくなる。
 ここで問題になるのは、需要水準を抑えるべきか、それとも賃金と物価の悪循環を断ち切るべきかということだ。両面作戦をとって、需要をある程度抑えながら、賃金・物価の悪循環を止めるなら、インフレは克服できる。しかし、そこにはジレンマがひそんでいる、とガルブレイスはいう。

 金融政策についてみていこう。
 ガルブレイスはいう。
 19世紀、イングランド銀行は公定歩合を動かすことによって、景気の安定をはかるようになった。政治とは一定の距離を保ちながら、金融政策によって経済をコントロールするという考え方が生まれたのは、このころからだ。
 金融政策の決定は舞台裏でおこなわれ、人びとはいつのまにかそれによって動かされる。そのため、金融政策は神秘的で魔術的なものとすらとらえられていた。
 インフレ退治を期待されたのも金融政策だった。利子率が上がれば貸付用資金の供給が減り、生産者や消費者の借入が減って、需要総額が抑制される。それによって価格は安定すると考えられた。
 だが、実際はそう理屈どおりにはいかなかった。多少利率が上がったところで、刺激された消費者の需要は減らなかったし、投資もさほど減らなかったからだ。金融政策の効果を台無しにする方策はいくつもあった。
 ただし、金融政策がはたらくとすれば、それは経済活動のなかでも、いちばん移り気な要素にたいしてであり、それが長期の投資だった、とガルブレイスはいう。すると、金融政策はきびしい不況を招くほどに投資を減らしてしまう危険性がある。そうした事態は避けなければならない。
 ガルブレイスはさらに、高金利は大企業より、建設業者や中小企業、農民に負担を強いることになると書いている。
 そこで、金融政策にたいするガルブレイスの見方は否定的なものとなる。

〈金融システムに魔法は存在しない。どんなにみごとに秘術めかして運用されたとしても、ゆたかな社会ではとうぜんとされる生産と雇用の責務と価格の安定性を調和させることはむずかしいのである。〉

 これはインフレ時代の発言だが、現在でもあてはまる教訓だろう。

 さらに進もう。次は財政政策だ。
 一般に保守派は金融政策を好み、リベラル派は財政政策を好むといわれる。
 財政政策は金融政策のような神秘性をもたず、簡明直裁に作用する。財制裁策でも、増税は景気の停滞をもたらす。賃上げは抑えられ、需要は減り、物価は安定する。その効果は金融政策より著しいほどだ。しかし、実際には増税政策が嫌われてきたことはいうまでもない。
 インフレ対策のために積極的な財政政策をとろうとすると、それは増税ということにならざるをえない。政府支出の削減はだいたいにおいて認められないからだ。それはかけ声だけで、実際には予算はむしろ膨らんでいく。
 不況対策としては減税と公共投資が広く受け入れられるのに、インフレ対策としての公共支出削減はなかなか認められない。増税もまた強い抵抗を受ける。
 増税(とりわけ金持ちへの課税)は所得分配に影響をもたらすため、保守派から強い抵抗を受ける。さらに増税は需要の減退をもたらすため、生産にもマイナス作用としてはたらき、ひいては失業を増やす可能性もある。そのため、インフレを抑えるために増税政策がとられることはまずない、とガルブレイスはいう。
 とはいえ、財政政策と賃金・価格統制を併用すれば、インフレには効果を発揮するかもしれない、とガルブレイスは述べている。こうした統制にたいする反発は根強い。だが、政府支出をある程度抑えながら、賃金・価格をの統制することは可能だと考えていた。
 インフレ対策としては、金融政策も財政政策も、それなりに大きな矛盾をかかえている。本書の最終版が刊行された1998年の段階では、幸い失業率は低く、インフレも抑えられているが、それがどこまでつづくかはわからない、とガルブレイスは述べている。インフレの問題はけっして終わったわけではないのだ。

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