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貨幣論(2)──メンガー『一般理論経済学』を読む(9) [商品世界論ノート]

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 つづいて、メンガーは貨幣の「機能」について述べる。
 交易の最古の形態は自発的な贈与、もしくは強制的な貢納のかたちをとった。そのさい提供されたのは高い使用価値をもつ財である。
 だが、交換が発展するにつれて、そうした財は貨幣へと移行する。それは資産の賠償、家族への給付などにもあてはまった。その理由は貨幣経済が発展するにつれ、「貨幣はどの経済主体にとっても必要となり、万人が需求をもつ資産対象となる」からだ、とメンガーは書いている。
 これは貨幣が、贈与、貢納(税)、賠償、保証などでも機能するようになることを示している。
 次は支払(清算)手段としての機能だ。貨幣は取得した財にたいする支払いや債務にたいする清算のために用いられる。ここでは貨幣は「商品および資本市場の一般的[交換]媒介者」としての役割をはたしている。
 貨幣には蓄蔵手段や資本形成(あるいは譲渡)のための機能もある。貨幣が蓄蔵手段としてすぐれているのは、「耐久性、稀少性、相対的な価値的安定性」をもつとともに「僅少な経費と手間で保管できる」からである。
 貨幣の蓄積は「動産的生産財の蓄積や資本形成」のためにも有効である。加えて、容易に輸送しやすいという点で、貨幣は「資産の空間的移動」にも適している、とメンガーは論じている。
 次に、貨幣は消費貸借業務をになう。貨幣は貸し付けられて、資本の一部として、あるいは消費の一部として利用されることになる。
 貨幣が「価格の指標」としての役割をはたすことも重要だ。
 ただし、注意しなければならない。よく貨幣は財の価値をあらわす「価格度量器」だという言い方がなされるが、メンガー自身は財の価格は契約当事者どうしの駆け引きによってなされるのであって、交換以前に財のなかに交換価値が含まれているかのように考えるのは空想の産物だと考えていた。
 とはいえ、貨幣が「財の交換価値の度量基準」となることによって、経済計算がより合理的におこなわれるようになったことはまちがいない。
 資産の評価や損害賠償の額にしても、市場における財価値の提示にしても、計算はより容易になった。収益の見積もりや消費の計画にしても同じである。貨幣による価値評価と計算によって、複雑な経済経営ははじめて成り立つ。
「こうして貨幣での財の評価は人々の経済的思考と行動にとってますます高い意義を獲得するようになる」と、メンガーは記している。
 重要なのは、貨幣が一種の価値尺度として機能し、財の交換価値の測定(評価)を可能にすることである。ただし、その評価は一方的な提示ではありえず、経済主体どうしの売買と経済計算によって定まることはいうまでもない、とメンガーは念を押す。
 いっぽう、貨幣の購買力が場所や時間によって異なることもたしかである。たとえば、ある場所で1000円で買えた品物が別の場所では2000円ださないと買えなかったり、1930年の1000円と2000年の1000円とでは価値が異なっていたりすることをメンガーは指摘しているわけだ。
 そこで、時間的にも空間的にも、普遍的かつ不変の交換価値をもつ財(貨幣に代わるもの)を探求しようとする試みがなされることになる。たしかにこうした「価値恒常性」をもつ財があれば、経済生活の不確実性は取り除かれるだろう。だが、それは不可能だ、とメンガーはいう。その理由は市場が常に動いているからである。
 とはいえ、貨幣の購買力の測定がなされれば、貨幣の交換価値が時間的・空間的にどのような差異をもつかが確定できるのも事実だ。
 たとえばロンドンとハンブルクで、小麦の値段が10年前と今でどのように異なっているかを測定してみる。それによって異なった市場空間での一般的価格水準の比較が導かれる。それは大まかな指数にすぎないが、そこからは少なくとも貨幣のもつ問題性があぶりだされるはずだ、とメンガーは述べている。
このことは現在にも通用する問題点だといえるだろう。
 貨幣の価値が時間や空間によって異なることは、いわば貨幣の外的交換価値にかかわる問題である。しかし、貨幣には「内的交換価値」にかかわる問題もある、とメンガーはいう。
 市場が貨幣の外的価値に変動をもたらすとしたら、貨幣の内的価値に変動をもたらすのは貨幣そのものの要因による。
 メンガー自身は「貨幣の流通量の変動、国民経済の流通手段にたいする需求の変動、貨幣金属の生産費用の増減、証券貨幣[紙幣]の使用の普及の増減等々の、価格形成の諸規定要因のうちもっぱら貨幣の側の要因におこる変化が貨幣と交換比率におよぼす深い影響を認識すること」がだいじだと述べている。
 ここで、メンガーは「恒常的な内的価値」をもつ財を確定することは可能だろうかという問いを発している。経済学的にみれば、けっして不可能ではないというのが、その答えのようにみえる。それは価格変化の影響力を貨幣とりわけ紙幣の流通量を調整することで相殺し、それによって価値の恒常的な流通手段を創出するこころみだといえる。
 もちろん、それができるのは中央銀行があってこそである。さらに、貨幣の安定化には世界的な取り組みが必要なことをメンガーは強調している。
 価格の変動は、その多くが貨幣の内在的価値の上昇ないし低下に原因を求められがちだが、購買財の貨幣価格が上昇ないし低下した可能性も排除できない。だが、そのどちらとは確実にいえない。財価格の変動は、一般的に購買財と貨幣の両方にはたらく要因の合成結果だ、とメンガーは論じる。

 以上述べたことをさらにまとめてみよう。
 貨幣の意義は、それが商品の売買でどれだけ役立つかによって決まる。貨幣の素材や形態はどうでもいい。
 貨幣は権力者の意志によってつくられるわけではないことをメンガーは強調する。

〈その財が財交換を媒介する交易対象の代表として、それによって交換を媒介されるそれ以外の交易対象の全体と対照的な位置にたつようになると、ただちに、またその限りでその財は貨幣になる。〉

 これが貨幣の本質である。
 要するに、貨幣において問われるのは、それが財の交易にじっさいに役立つかどうかである。加えて、貨幣が貨幣となるのは場所的・時間的限界の範囲内にかぎられていることにも留意しなければならない。
 貨幣の本質は交換媒介機能である。そして、交易が発展し、日常化するにつれて、貨幣に「価格指標および交換価値の度量標準」としての機能がつけ加わるとみるのが正しい、とメンガーはいう。
 貨幣は国家による「強制通用力」を付与されてはじめて貨幣になるというとらえ方をメンガーは批判している。
 貨幣が統一的でなければならないのは、交易を用意にするという必要性にもとづくものであって、国家の強制によるものではない。住民の意思にさからって、国家が無理やり貨幣を押しつけようとしても、そうした貨幣は通用しないか忌避されがちなのは、歴史の経験が示しているという。
 あらためていうと、貨幣が成立するのは、交易の過程において、財の交換を媒介する財とそれ以外の一般的な財とが分離されることによってであり、貨幣は国家により強制通用力を付与されてはじめて誕生するわけではないという考え方をメンガーはとっている。
 とはいえ、国家的強制がやむをえない場合もある。しかし、それは交易を整備し、発展させるかぎりにおいてである。
 むしろ「一国の貨幣制度は強制通用を実施する必要がなくなればなくなるほど、ますます完全になるといわざるをえない」というのがメンガーの立場だといえるだろう。

 最後に言及されるのが貨幣への需求についてである。
 交易が活発になり、交換媒体としての貨幣が生じると、貨幣自体への需求が発生する。そのため、交易のために貨幣を貯える必要もでてくる。
 経済が市場に依存する度合いが高くなればなるほど、用意すべき貨幣は大きくなる。その度合いは消費経済よりも営利経済のほうが大きくなるだろう。
 そこで、貨幣での支払いをより効率的かつ安全におこなうという点から、銀行が大きな業務をはたすようになる。
 残る問題は、国民経済全体にとって貨幣はどれくらい必要かということである。
 メンガーはこう述べている。

〈一国民経済の貨幣需求は、一国民の分業的に組織された個別経済および公共経済に必要な貨幣在高の総和であり、したがってそれらの貨幣在高の全体が国民経済の貨幣需求の究極的度量である。〉

 支払いのさいに使用される貨幣量はごくわずかにすぎない。だが、それだけではじゅうぶんではなく、さまざまな準備金が用意されなければならない。
 準備金が必要なのは「不確定で大多数の場合には実際には起こらない支払いを保証するために、国民経済を円滑に機能させるために」である。
 紙幣の弾力的な発行が「国民経済の流通手段への欲望の変動に、貨幣流通量を有効に適合させるという重要な機能を果たしている」ことはまちがいない。
紙幣の発行は、一国の現金の総流通量を間接的に増やすものといえるだろう。これにたいし、手形決済は現金の流通量を抑制する方向にはたらく。
 貨幣の需求は変化する。インフレやデフレの場合を考えてみればよい。
 一般に国民の裕福さが上昇すれば、一国民の貨幣需求は上昇する、とメンガーは書いている。それは財の交易が活発になり、支払いが増加するとともに、資本の活動も活発になるからである。
 だが、それとともに反対の作用もはたらく。信用(クレジット)経済や支払事務の簡素化、不経済な貨幣蓄蔵の削減などが促進されて、「国民経済の現金需求を相対的に減少させる効果」も生じる、とメンガーは述べている。
 これは現在にも通用する所論だろう。貨幣論の領域はまだまだ奥が深い。メンガーの貨幣論は、その重要な一歩を指し示したものといえるだろう。

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