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『万物の黎明』を読む(2) [商品世界ファイル]

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 ヨーロッパ中心主義が生まれたのは15世紀後半にポルトガルの艦隊がインド洋に進出し、スペインがアメリカ大陸を征服するようになってからだといいます。
 ヨーロッパ人の入植者はアメリカ先住民と接するなかで、かれらから多くの批判を受け、それによってヨーロッパの自画像の点検を迫られるようになった、と著者たちは指摘しています。ヨーロッパにおいて、社会的不平等がなぜ生まれたのかという問いもそのひとつです。
 アメリカの征服はキリスト教の名のもとに正当化されました。しかし、先住民と接するなかから、ヨーロッパ人は、人間の本来の姿は自由と平等なのだという考え方をいだくようになったというのです。このあたりの展開は、逆転の思想史ですね。
 そんなことはありえないと思う人たちに、著者たちは初期の宣教師や旅行者の記録を紹介します。かれらはヌーベルフランスと呼ばれていた五大湖周辺で活動し、アメリカ先住民と接触していました。
 異なる言語をもつ部族に分かれた先住民は、河川の流域に住み、トウモロコシやカボチャ、マメなどを収穫していました。採集や農耕はどちらも女性の役割で、男たちは狩猟と戦争に従事していたといいます。
 16世紀に入植したフランス人は砦を築き、先住民を「未開人」とみなしました。しかし、「未開人」のほうはというと、精神的に豊かである自分たちとちがって、ヨーロッパ人は貪欲で争ってばかりいる盗人や詐欺師のような存在だととらえていたというのです。17世紀のフランス人宣教師がそんなふうに証言しているそうです。
 本書には、当時のイエズス会宣教師の記録が延々と紹介されていますが、ここで強調されるのは、アメリカ先住民のほうがヨーロッパ人よりもよほど自由だったということです。首長との関係も対等で、司法もゆるやかでした。肉体はわがものであり、性の自由も享受されていました。
 その統治もよほど民主的でした。集会ではオープンな政治的討議と、雄弁で理性的な議論が展開され、恣意的な権力は拒否されました。ヨーロッパの啓蒙主義は、むしろこうした先住民の思想から学び、それを受け継いだものだ、と著者たちは考えているようです。
 ヨーロッパにくらべ、アメリカ先住民の社会はよほど自由で平等で、思いやりがあり、自立的でした。
 次に紹介されるのが、18世紀はじめにフランスのラオンタン男爵が残したウェンダット連邦の政治家カンディアロンクとの対話記録です。ウェンダット連邦は、イロコイ語を話す4部族の集合した共同体で、アメリカ五大湖周辺にありました。ヒューロン連合とも呼ばれています。
 雄弁家のカンディアロンクはラオンタン男爵に向かって、ヨーロッパ人の欠点を鋭く指摘します。ヨーロッパ人は諍(いさか)いに明け暮れ、助けあいの精神を欠き、権力に盲目的に服従するというのです。
尊大な宗教と懲罰的な法律で人を縛りつけるいっぽう、カネもうけに必死なのがヨーロッパ人だ。「利益追求に動かされた人間は、理性ある人間たりえない」と、先住民のカンディアロンクは断言します。
 ヨーロッパ文明のほうが、よほど非人間的なようにみえます。
 しかし、カンディアロンクのこうした見方にたいして、経済学者のテュルゴーは反論します。
 未開人の自由と平等は、かれらの優越性を示しているのではなく、むしろ劣等性のあらわれなのだ。かれらは自給自足していて、平等に貧しい。社会が発展してくれば、分業が進み、技術が進歩して、貧富の差があらわれるものだ、と。
 さらにテュルゴーは、狩猟から牧畜、農耕をへて、都市商業文明にいたる社会進化論を唱えました。
 ルソーの『人間不平等起源論』は、ヨーロッパでこうした社会進化論が盛んな時代に発表されたといいます。だからこそ、衝撃的でもあったわけです。ルソーは、もともと自然状態にあった人間が、文明が発達し、私的所有が一般化するとともに、競争と不平等のなかで寛大さを失っていったと論じます。
 フランス革命後、保守派の論客は、革命的テロルと全体主義をもたらしたとして、ルソーを非難します。かれらからみれば、ルソーこそが左翼的知識人のはじまりでした。
さらに、かれらは、ルソーの考え方の根拠には「愚かな未開人」を「高貴な未開人」ととらえるばかげた発想があると糾弾します。
 著者たちは、ルソーか反ルソーかといった論争には興味がないと言っています。また、きわめて多義的な「平等主義」という概念をめぐって、あれこれと論じるつもりもないとしています。「平等」の観念は、人類の歴史においては、ごく最近になって登場したものなのです。
 著者たちも「この世界がひどくまちがってしまった」という意識を濃厚にもっています。それでも問われていることは、人類の初期状態をできるだけ明確にとらえなおすことです。

〈考古学、人類学、および関連分野が蓄積してきた証拠は、以下のことを示唆している。先史時代の人びとは、自分たちの社会でなにが重要なのかきわめて具体的な考えをもっていたということ。そうした考えはきわめて多様であったこと。そしてそのような社会を一様に「平等主義的」と表現しても、それらの社会についてなにもわからないということ。〉

 こうした前提にたって、著者たちは旧石器時代以降の人類史を再検討していくことになります。

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