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山片蟠桃補遺(1) [山片蟠桃補遺]

 2013年にトランスビューから『蟠桃の夢』という本を出版してから、なんとなくもやもやしたものがわだかまっていました。
 この本はもともとぼくのホームページ(いまは閉鎖)に連載していた「蟠桃」を4分の1程度にダイジェストしたものなのですが、やはりできるなら全体を復元したいという気持ちがあります。
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 そこで単行本とは別に私家版の電子書籍をつくろうかと思い立ったわけですが、そこで問題があることがわかりました。
 オリジナル版は400字にして、約1500枚あります。これをそのまま収録すると、その4分の1はどうしても単行本と重なってしまうのです。それを避けるには、ある程度は書きなおす必要があるのですが、そのエネルギーがはたしてあるかどうか。そこで考えあぐねてしまいました。
 蟠桃の『夢の代』やその他の草稿をもう一度読みなおすのも、ちょっとしんどい気がします。蟠桃にからむ人たち、たとえば中井竹山や履軒、麻田剛立、その他大勢のことももっと研究するとなると、それこそ気が遠くなりそうです。
 しかし、ひまといえば、ひまなので、ぼちぼちやってもいいかなと思いはじめています。もっとも、しろうと仕事なので、はたしてどこまで行けるかはわかりません。ぼく自身、もう蟠桃の亡くなった年に近づいています。
 このあいだ、93歳の父と会うため、3カ月ぶりにいなか(高砂市)に帰りました。その途中、蟠桃ゆかりの大阪を訪れ、高砂では蟠桃の生まれた村、神爪にも寄ってきました。
 まず蟠桃といえば懐徳堂ですね。
 その史跡が大阪の船場、今橋にあります。
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 蟠桃の勤めていた升屋は愛日小学校になり、その愛日小学校も廃校になって、いまは淀屋橋三井ビルになっています。梶木町(いまは北浜)の升屋から尼ヶ崎町(今橋)の懐徳堂までは、歩いて3、4分の距離でした。
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 住友が経営していた銅座の跡。いまは愛珠幼稚園になっています。
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 仙台藩の蔵屋敷は中之島の公会堂あたりにありました。
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 堂島の米会所跡。ここも蟠桃ゆかりの地です。
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 それから、蟠桃の生まれ故郷に。神爪(兵庫県高砂市)です。このあたりもマンションが増えました。
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 加古川からの疎水が流れています。
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 生石神社(石の宝殿)の一の鳥居。蟠桃の生まれた家はこの近くにありました。
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 蟠桃ゆかりの覚正寺。
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 ここには村人によってつくられた蟠桃の墓が移設されています。
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 そして、高砂の十輪寺。蟠桃とは関係なし。ここにはうちの墓があります。母の墓参りです。
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 寺内には遠縁の故加藤三七子さんの歌碑が立てられています。
 春愁の昨日死にたく今日生きたく。
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 さて、山片蟠桃については、ほぼ書き尽くした気もするのですが、これからは遠近法で、もう一度アプローチしてみようかと思うようになりました。それをあわよくば自主制作の電子版にするのが、ぼくの夢です。
 ところで、山片蟠桃ってだれと思われる方には、拙ブログの次のページをどうぞ。6年前、高砂コミュニティセンターでの講演です。

https://kimugoq.blog.ss-blog.jp/2013-11-17


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