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国際連盟の発足──美濃部達吉遠望(42) [美濃部達吉遠望]

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 1919年(大正8年)1月18日、第1次世界大戦の講和条約を作成するための会議がパリではじまった。会議には連合国側27カ国が参加した。
 アメリカはウィルソン大統領、イギリスはロイドジョージ首相、フランスはクレマンソー首相、イタリアはオルランド首相、日本は遅れて西園寺公望元首相が会議に加わった。
 ウィルソンは「民族自決」と「国際連盟」を掲げて、パリに乗り込んだ。ウィルソンにはもともとドイツを懲罰するつもりはない。「民族自決」といっても、植民地の解放を意図しているわけではない。敗れた帝国内の民族自立をうたっているにすぎなかった。
 これにたいし、連合国側、とくにフランスには敗戦国、とりわけドイツを懲罰するという姿勢が濃厚だった。
 ヴェルサイユ条約が結ばれるのは、ようやく6月になってからである。諸条約を併せ、これにより敗れた「帝国」(敗戦国と離脱国)は解体され、さまざまな独立国が誕生ないし復活した。
 旧ロシア帝国からは、ポーランド、フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア(バルト3国)が分離され、独立を勝ちとる。
 旧ハプスブルク帝国はオーストリアとハンガリー、チェコスロヴァキア、ユーゴスラヴィアに分割された。
 オスマン帝国は解体され、バルカン地域でも中東地域でも広大な領土を失うが、その後の戦いによって、ようやく現在のトルコの領域を確保する。
 そして、ドイツ帝国には気が遠くなるほどの賠償金が課せられ、その一部領土がフランスとポーランドに分割された。
 パリ講和会議は日本が経験した初の国際的外交の舞台となった。日本の基本方針は、ドイツが利権をもっていた中国の膠州湾租借地(青島)ならびに山東省、さらには赤道以北の南洋諸島を継承し、確保することに置かれていた。
 日本の要求にたいし、中国側の代表、顧維鈞は先の日華条約で決められた膠州湾租借地の返還を含め、山東省の利権も即時、中国に返還するよう求めた。
 日本側は膠州湾租借地はいずれ中国に返還するにしても、山東省の利権を含めて、ドイツから獲得した利権を認めなければ、国際連盟規約に調印しないと脅しをかけた。国際連盟が成り立たなくなることを恐れたアメリカ、フランス、イギリスの三大国は、けっきょく日本側の主張を受け入れることになった。
 国際連盟規約に人種差別撤廃条項を含めるよう求めた日本の提案は否決される。しかし、赤道以北の南洋諸島に関して、日本は最終的に国際連盟から委任統治権を認められることになった。
 帝国主義の時代、少なくとも帝国拡大の時代は終わろうとしていた。だが、日本はまだ露骨に領土拡張にこだわっている。
 欧州大戦(第1次世界大戦)の終結は、世界に永遠の平和をもたらさなかった。敗戦国、とくにドイツが戦勝国への憎悪を沈潜させたことはいうまでもない。それだけではない。世界じゅうに反帝国主義と民族自決の動きを拡大する契機となった。
 パリ講和会議の最中、朝鮮では3月1日に、いわゆる「三・一独立運動」が発生し、日本の軍事支配に反対するストライキや集会、デモが朝鮮全土に広がった。中国でも、日本の膠州湾、山東省支配に反対し、5月4日に北京を中心として、のちに「五・四運動」と称される暴動が発生した。
 国際連盟は1920年1月20日に発足した。国際協力によって国際平和を実現するための初の国際機関だったといってよい。だが、肝心の提案国アメリカは参加しなかった。議会での承認が得られなかったためである。
 国際連盟の本部はスイスのジュネーヴに置かれ、フランス、イギリス、イタリア、日本の4カ国が常任国となった。日本からは、よく知られる人物として、新渡戸稲造が事務局次長として、柳田国男が委任統治委員として国際連盟にかかわっている。

 美濃部達吉は1919年(大正8年)11月の『法学新報』に「国際連盟と憲法」という一文を掲載し、国際連盟の意義について論じている。この時点では主唱者のアメリカがとうぜん国際連盟に加入するものと考えられていた。
 達吉はいう。国際連盟は世界の主な列国が互いに協力して戦争の発生を防ぎ、国際法上の正義を維持するための国際機関である。それは、世界の平和を維持し、人類全般の幸福を推し進めるための一種の国家連合だ。
 達吉が国際連盟を評価していることはいうまでもない。
 国際連盟とはどういう組織なのか。
 国際連盟は総会、理事会、事務局(常設)の3つの機関を備え、国際問題を解決するために、加盟各国による決議を行う。各国はこの決議に従わなければならないが、連合各国はそれぞれ独立国であるから、連盟から脱退する権利をもっている。とはいえ、優先されるのは話し合いによる問題解決であり紛争の防止である。
 国際連盟は独立国相互の条約によって成立したものであって、加盟各国は連盟の成立によって、その独立を放棄したものではないことを達吉は強調している。この点は、アメリカ合衆国成立時に、アメリカの13州が合衆国憲法を認めることにより合衆国に帰属し、それによって一つの国家を組織することになったのと事情を異にしているという。
 国際連盟は多数国家の国際法上の結合であって、それ自体、一つの法人、つまり国家や帝国ではないし、超国家的な権利主体でもない。民法上でいえば、いわば組合のようなものだ、と達吉は解説している。
 国際連盟規約は講和条約とは独立した一種の協定であって、条約のように国どうしの権利と義務を定めたものではない。それでも、連盟規約にある軍備制限や委任統治に関する規定は、国内法とも関連してくるので、議会で付議するようにしてもよかった。
 達吉がそう述べるのは、帝国憲法においては、いかなる条約も議会の協賛をへることを必要とせず、条約の締結は無条件に天皇の大権に属するものとされていたからである。それでも、国家の運命にかかわり、また国内法にも影響する問題は、議会で討議する機会を設けても、立憲政治の本旨に反するものではなかったはずだ、と達吉はいう。
 なかには、国際連盟は国家の上に立って国家を支配する権力を有するものだとして、国家の主権が国際連盟によって制限されると主張する者もいた。だが、達吉はそもそも主権は無制限の権力ではなく、国家の権力にはおのずと制限があると切り返した。。
 国内的には、国家の権力は憲法をはじめとする法律によって制限されている。さらに国際的には、それは国際条約ならびに国際法によって制限される。従って、主権を無制限の権力と理解するのは誤りで、主権とはいわゆる独立性にほかならず、国家が他の権力に隷属せず、自主独立を保っていることを指している。
 国際連盟規約は国家権力、とりわけ戦争の権力に大きな制限を加えるものだが、それはほかの国際条約と同じく、国家の主権を制限するものではない。それは自らが規約を守ることを約束して、受け入れた制限なのである。
 達吉はいう。

〈国際連盟はまた決して国家以上に国家を支配すべき権力を設けて国家をしてその下に隷属せしめようとするものではない。国際連盟は単に世界の重(おも)なる文明国が国際法上の平和を保ち正義人道を維持することをもって列国共通の利益なりとし共同の機関を組織し相協力してその共同の目的を達しようとするのであって、連盟会議および連盟理事会はいずれも連盟各国の共同の機関にほかならぬ。〉

 達吉は世界平和を保つための機関として、国際連盟の意義を強調している。
 加盟各国が国際連盟の決議に従う義務をもつことはいうまでもないが、それはけっして国際連盟への服従を意味しないとも述べている。連盟各国は2年の予告をもって国際連盟を脱退することにより、いつでもその義務を脱することができる。
 国際連盟が国家の上に立って国家を支配する超国家的な権力団体でないことを達吉は強調する。
 国際連盟規約が帝国憲法に抵触しないかという点についても、達吉はさらに詳しく論じている。
 連盟規約によると、加盟各国は紛争解決にあたって戦争に訴えない義務を有する。また非加盟国が戦争に訴えた場合は、その国との国交を断絶する義務もある。さらには軍備制限と軍縮の義務、条約登録の義務(秘密条約の禁止)などもある。
 これらは天皇の宣戦大権、外交大権、陸海軍編制大権、さらには条約締結大権を拘束するものだ。しかし、これをもって、国際連盟が帝国憲法に抵触するとはいえない。そもそも天皇の大権が、憲法や国際法の制限を受けることはいうまでもないからだ。それは自ら加えた制限であって、他から加えられた制限ではない。従って、連盟規約による制限も憲法に抵触するものではない、と達吉は断言する。
 最後に達吉は委任統治の問題に触れている。
 国際連盟規約は、ドイツの旧植民地、旧オスマントルコ領の一部で、まだ独立を達しえない地域を後見する任務を、いくつかの先進国に委ねるとしていた。その地域が委任統治領である。
 達吉は委任統治領の領土権は、国際連盟に帰属すると理解する。しかし、国際連盟自体は超国家的な世界帝国というわけではなく、あくまでも連盟各国の共同機関であるにすぎない。そのため統治を受任された国は、自国の領土としてその地域を保有するのではなく、あくまでも連盟に代わって、その地域の統治を委ねられることになる。そして南洋諸島の場合は、「受任国領土の構成部分として」、その国法のもとに施政を行うことが認められていた。従って、南洋諸島の支配権は連盟理事会の決議に拘束されているとはいえ、それは日本が実質上、領土権を有するのとほとんど同じだ、と達吉は述べている。
 達吉は初の国際的平和維持機関である国際連盟の存在を高く評価していた。だが、国際連盟が世界平和の維持に成功することはない。第2次世界大戦の勃発を避けられなかったからである。

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