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伊東光晴『アベノミクス批判』を読む(2) [時事]

 アベノミクスによって長年続いた不況からの脱出をめざす、と安倍首相は威勢よくぶちあげた。そのためには、大量の国債を発行し、それを日銀が引き受けるという禁じ手を使うのもいとわなかった。
 いま日本経済は毎日カンフル剤を投与しなければ生き延びられない病人のような状態におちいっている。それで元気が戻ってきたかというと、そうではなくて、病人はやはり病人のままのようにみえる。
 円安だからといって輸出がものすごく伸びたわけでもない。株は上がったかもしれないが、それでもうかったのはごく一部の関係者くらいではないだろうか。
 それでも、もっとカンフル剤を打てと騒ぐ安倍首相は、いったい何を考えているのだろう。かつての経済成長をもう一度とでもいうのだろうか。
 前回につづいて、本書を斜め読みしてみる。
 著者はいまの日本はかつての日本とはちがうと断言する。
 生産年齢人口がプラスからマイナスへと転じているのだ。
「日本の生産年齢人口のピークは1995年であって、2010年までの15年間に7%減っている」。その傾向はこれからもつづく。
 だとすれば、長期的には自然成長率がゼロになるのは、とうぜんだという。
 そのいっぽうで、現在、労働条件は着実に悪化している。非正規労働者の割合が増え、賃金は低く抑えられ、所得格差が拡大している。
 生産年齢人口の減少は、必需品市場の縮小をもたらす。
 家電製品などの耐久消費財もすでに普及しつくしている。取り替え需要があるとしても、新規需要のような勢いはないだろう。
 乗用車にしても、国内市場は縮小している。
 住宅の空き家率は、ますます高まっている。「人口減少社会の下では、住宅需要の減少も時間の問題であろう」と、著者はいう。
 新しい技術進歩によって、新商品が生まれ、それが新たな需要を喚起する可能性はある。しかし、それも限界がある。もういいかげん、モノはあふれかえっているのだ。
 それでも有効需要を増やそうとすれば、あとは公共事業くらいしかない。国土強靱計画や2020年の東京オリンピックは絶好のチャンスだ、とエコノミストは騒いでいる。しかし、それはいっそうの国債累積と、挙げ句の果ての財政破綻をもたらさないか、と著者は危惧する。
 輸出が増大しても、いまは恩恵を受けるのは輸出企業だけで、それが全体にまで広がらない。1960年代には、輸出増が経済成長をもたらし、社会全体で賃金が上昇し、それが有効需要を増やし、さらなる成長と結びつくというプラスの循環がみられた。いまはそうした状況ではなくなってしまっている、と著者はいう。
 著者によれば、いま求められるのは「成長願望ではなく、成熟社会に見合った政策であり、人口減少社会に軟着陸するための英知であり、……財政が黒字になる構造改革と、……若年者に悲惨な生活を強いる派遣労働を禁止し、福祉社会を志向することである」。
 著者は日本の財政の現状をみると、社会保障関係費を減らすいっぽうで、消費税を引き上げざるをえないとみている。
 社会保障関係費は、年金、医療、介護、生活保護の4経費から成り立っているが、このうち減らせるのは年金だけだ。
 年金を減らす方法としては、年金支給年齢を65歳から70歳に引き上げること。ただし、そのためには、70歳まで働ける職場環境をつくらなければならない。
 いっぽうで、不公平税制の問題も相変わらず残っている。
 1990年代には法人税、所得税が引き下げられた。
 法人の7割が税金を納めていない。所得格差はますます広がる一方だ。
 労働政策も問題である。非正規労働者の割合が増えている。正社員になりたくても、正社員にしてもらえない非正規労働者が増えているのだ。その人たちの将来はいったいどうなるのだろう。不安が広がっている。
 25歳から31歳までをとると、非正規の比率は、1985年が男性3.2%、女性24.3%だった。それが2010年には男性13.3%、女性41.5%に拡大している。
 これが現実なのだ。非正規労働者の給与は正規労働者の3分の1といわれる。
「日本では、非正規雇用は、アルバイト、家計補助、定年後の人に限られるべきで、若い人であってはならない」と、著者は提言している。
 安倍政権になって、労働政策はどんどん後退している。このままいくと、正社員の割合はますます減りつづけるだろう。
 何かと経済成長を口にするアベノミクスはけっして人びとを幸せにしているわけではないのだ。いまは経済成長の幻想を追うよりも、解決しなければならない課題に、ひとつひとつ丁寧に目を向けるほうがだいじなのではないだろうか。

伊東光晴『アベノミクス批判』 を読む(1) [時事]

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 本書が発行されたのは、2014年7月のことだ。
 それから2年近くたっている。
 いわゆるアベノミクスについては、いまでも意外と評価が高いようにみえる。
 安倍政権の登場によって、人びとは何となく景気がよくなったように、あるいはこれから景気がよくなるように感じているのかもしれない。
 しかし、その実態はどうか。
 本書を読んでみることにした。
 アベノミクスの「第一の矢」は、「質的・量的金融緩和」によって、景気浮揚をはかることだとされている。
 日銀が大量に通貨を発行すると、物価が上がると見込まれ、景気に高揚感が生まれる。いっぽうで金利は下がるから、企業は設備投資をしやすくなり、これも景気をよくする。
 しかし、著者はこの考え方を批判する。
 物価が上がるとみれば、人びとはモノを急いで買うのではなく、かえって財布の紐をさらにきつくしめるかもしれない。
 企業についても、たとえ金利が下がっても、もうかるあてがなければ、そう簡単に設備投資に踏み切らないだろう。
 だから、金融緩和をしても、それが有効需要の増加につながるとはかぎらない。景気はたいしてよくならないだろう、というのがアベノミクスにたいする著者の判断である。
 すると、けっきょく金融の「異次元緩和」とは、何を意味するのだろう。
 それは、日銀が多額の国債を買うという禁じ手に踏み切ったということなのだ。これは、第2次世界大戦中に、日本がおこなったのと同じ金融政策である。
 政府が発行する長期国債を日銀が引き受けるというのだから、政府にとってはこれほど楽なことはない。それによって、政府は税収に頼らなくても、財政支出を増やすことができる。
 実際、著者は2012年から2014年までの日銀のバランスシートを持ちだして、検討を加えている。
 それによると、日銀の所有する長期国債は、2012年末が89兆円だったのが、2014年末には190兆円と急激に膨張している。
 同時に日銀は、上場投資信託(ETF)や上場不動産投資信託(JREIT)を3.5兆円以上も購入している。
 このことは、政府の財政をかなりの部分日銀が担っているだけではなく、投資信託市場を日銀が操作していることを意味している。
 いっぽうで、このバランスシートの特徴は、銀行が日銀に預け入れる当座預金が、2012年末に47兆円だったものが2014年末には175兆円へと急激に膨張していることである。
 日銀は銀行が所有している国債を買い取り、その代金を当座預金勘定に振り込む。銀行は利子のつかない当座預金を引き出し、企業に貸し付けることによって、利子を稼ぐ。企業は銀行からお金を借りて、設備投資をおこなう。それによって景気がよくなる。
 これがふつうに予想される経路である。ところが、日銀の国債保有高の増加にともなって、当座預金勘定も膨らんでいるということは、企業の設備投資意欲がきわめて低いということだ。景気はそれほどよくなっていない。
 すると、アベノミクスの効果は、株価の上昇と円安をもたらしたことに尽きるということになる。
 日本の株式市場の特徴は、海外投資家による取引が多いということだ、と著者はいう。その海外ファンドの動きが活発化するのは、安倍政権誕生以前の2012年10月からである。こうして、日経平均は2012年11月の8661円から、2013年5月の1万4180円へと劇的に回復した(2016年5月30日現在は1万7068円)。
 いっぽう対ドル為替相場は2012年11月13日に1ドル=79円37銭だったものが、2013年5月3日には1ドル=99円02銭へと20%も円安に動いている(2016年5月30日現在は1ドル=111円34銭)。
 為替が動く要因として、著者は財務当局による為替介入を指摘する。財務当局は円安のために円を売って、ドルなどを買い、ドルをアメリカの長期国債に換えているのだという。これならアメリカ政府から文句はでない。
 著者が強調するのは、株価上昇にしても円安にしても、アベノミクスとは関係がないということである。とはいえ、このあたりの説明はやはりふじゅうぶんといわざるをえない。その後の動きの説明がほしいところである。
 金融緩和と円安、株価の上昇はどこかで結びついているのではないだろうか。それは大企業に空前の利益をもたらした。しかし、その足元は千鳥足のようにおぼつかなく、景気回復の実感は、いまも得られていない。
 その理由についても、著者は説明しているが、それは次回ということにしよう。
 アベノミクスの特徴は、経済を動かすのは国家だという空虚な思い込みが見られることである。安倍首相が現在めざしているのは、消費税引き上げの再延期によって、参院選で与党3分の2の議席を確保し、憲法改正へと突き進むことだろう。あとは野となれ山となれの心境だろうか。
 

南シナ海問題──ビル・ヘイトン『南シナ海』をめぐって(2) [時事]

 もう少し、南シナ海の歴史を追っていく。
 本書によると、第2次世界大戦が終わった直後、南シナ海の領有に関しては、しばらく空白期があったという。だが、その後、猛烈な争奪戦がはじまった。
 まずはパラセル諸島(西沙諸島)。ここは海南島から350キロ、ベトナムのダナンからも350キロの地点にある。島の数は14だ。
 1947年1月、中国(共産党政権はまだ成立していない)の国民党政権は、南シナ海に軍艦を送り、パラセル諸島のウッディ島を占領した。しかし、当時まだベトナムを植民地としていたフランスも、これに対抗してウッディ島の西にあるパトル島を占領した。
 その後、国民党は台湾に逃亡し、フランスもベトナムから撤退する。そして、しばらくのあいだ、パラセル諸島は中国とベトナムが半分ずつ占領するかたちになった。
 スプラトリー諸島(南沙諸島)の場合は、もっと複雑だ。最初、1950年にスプラトリー諸島の領有を宣言したのは、フィリピン政府だった。しかし、実際に島を占拠したわけではなかった。
 そこにフィリピンの民間人がパラワン島(フィリピン領)の西方海域に乗り出し、スプラトリー諸島の一部を占領し、フリーダムランドと名づけた。
 これにたいし、中国政府(毛沢東政権)は反発、南沙諸島は中国領だと主張する。ベトナムも同じく諸島の領有権を主張した。そして、台湾もその抗議に加わった。
 こうして、フィリピンの民間人によるいくつかの島の領有は失敗に終わる。しかし、のちにフィリピン政府は、このときの民間人の行動にもとづいて、パラワン島に近い、スプラトリー諸島北東部の島々を1970年に占拠するのである。
 しかし、その前に台湾は、1956年からスプラトリー諸島のイツアバ島を占拠していた。
 そうこうするうちに、1973年に南ベトナムもスプラトリー諸島西部の10島を自国に編入し、おもだった島に軍を配置した。
 そのころ中国はまだスプラトリー諸島(南沙諸島)に進出していない。
 1970年代にはいって、ベトナムやフィリピンの動きが活発化したのは、スプラトリー諸島の周辺に石油があるとのうわさが流れたからである。
 中国はあせっていた。
 1974年、中国はそれまで南ベトナムと中国が半分ずつ分けあっていたパラセル諸島(西沙諸島)の全島を掌握するため、海軍の艦隊を動かした。
 これに驚いた南ベトナム政府は米軍に支援を求めつつ、その海域に艦船を派遣する。軍事衝突が発生した。
 圧倒的に優位だったのは中国側である。パラセル諸島はこれ以降、中国によって実効支配されることになった。
 中国によるパラセル諸島侵攻事件を受けて、南ベトナムはスプラトリー諸島の警備を強化する。しかし、まもなく南ベトナム政府は崩壊し、スプラトリー諸島の領有はベトナム統一政府に引き継がれることになった。
 1970年代後半、中国はパラセル諸島(西沙諸島)の基地を拡張し、その足場を固めた。次にねらうのは、現在ベトナムとフィリピン、台湾が分有している、南のスプラトリー諸島(南沙諸島)である。
 中国は遠征計画を練りはじめる。
 1984年にはスプラトリー諸島に艦船を派遣し、測量を実施した。
 中国があせったのは、ボルネオ島北部を支配するマレーシアが、1983年にスプラトリー諸島の領有権を主張し、実際にボルネオ島に近い礁をいくつも占拠したからである。
 1987年、中国は海軍の艦隊を派遣し、ベトナムがまだ占拠していなかったファイアリークロス礁とクアテロン礁を占拠し、ここを補強して島に変えた。
 中国軍はさらにほとんど水面下に没しているジョンソン礁、コリンズ礁などを占拠、さらに翌年にも3つの礁を占拠した。
 さらに中国はフィリピンの領域にもひそかに接近していた。
 1995年、フィリピンの占拠する島々の中央にある、馬蹄形の岩礁が中国軍によって占拠され、そこに何かが建設されているのが、フィリピンの船によって発見された。ミスチーフ礁である。1994年後半に占拠されていたことがわかったが、後の祭りだった。
 フィリピン政府はショックを受けた。ASEAN諸国は中国に厳重抗議したものの、中国と軍事的にことを構えるだけの度胸はなかった。
 こうして中国は9つの礁を占拠し、スプラトリー諸島(南沙諸島)に大きな足がかりを得た。
 中国が南沙諸島を占拠したといわれると、われわれはあたかも中国が南沙諸島全体を支配したと思いがちだ。
 だが、そうではない。南沙諸島最大のイツアバ島は台湾が占拠しているし、西側はベトナム、東側はフィリピン、南側はマレーシアによって押さえられている。
 現在、中国が占拠しているのは、40近くある島、礁、砂州のうち9つの礁にすぎない。南沙諸島の所有は入り組んでいる。問題は中国が占拠した礁を埋め立てて、軍事基地のようなものをつくっていることだ。
 その後の動きを本書に沿って簡単にまとめておこう。
 南シナ海での石油開発は期待されたものの、いまのところほとんど成果を挙げていない。
 石油の掘削をめぐって、各国間でさまざまな駆け引きがなされたのは事実である。とはいえ、著者のいうように「南シナ海はいま、海底に眠る石油ガスのためではなく、石油ガスの輸送路として重要な海になっているのだ」。
 中国の強引な動きにたいしては、ベトナムでもフィリピンでも、民衆のあいだからナショナリズムにもとづく抗議運動(その背景にあるのは恐怖)が巻き起こっている。
 2014年には、中国がパラセル諸島(西沙諸島)近辺で一方的な石油開発をはじめた。さらに、スカボロ—礁では、フィリピン側とのにらみあいがつづいた。
 こうしたことが、南シナ海での緊張を高めたことはまちがいない。
 しかし、フィリピンやベトナムにしても、中国との経済関係は密接である。ちいさな島の領有権をめぐって悶着があったとしても、中国とまともに対決しようとは思っていない。シンガポールは国民の4分の3、マレーシアも4分の1が中国系だから、そもそも中国と対決する考えはない。
 だから南シナ海問題で、実際に対決姿勢を強めているのは、二大大国であるアメリカと中国だけだ、と著者はいう。
 南シナ海をめぐって、米中間では激しい外交的駆け引きが展開されている。アメリカは内心ではASEAN諸国を反中国で結束させたいと願っているが、肝心のASEAN諸国のほうは気乗り薄だ。そもそも国によって対中姿勢はばらばらといってよい。
 アメリカが中国の南シナ海進出に世界戦略上の危惧をいだいていることはまちがいない。
 イラク・アフガニスタンからの撤退を表明したオバマ政権は、アジアへの回帰を唱え、さらにはリバランス政策なるものを打ちだした。
 リバランス政策には、アメリカが日本、韓国、東南アジア諸国、さらにはインドとの結びつきを強化し、それらの国々と結束することによって、中国とのあいだの均衡を取り直そうとするねらいがある。
 そのうえでアメリカが目標とするのは、南シナ海を米海軍の艦船が自由に航行する権利を中国に認めさせることである。
 中国は南シナ海は自分たちの領海だと主張している。アメリカはこれにたいし、自分たちが南シナ海から追いだされることを恐れている。これは国際社会のルールに反することだ。
 そして、外交の先には軍事がある。
 南シナ海周辺では、米軍と中国軍とのあいだで、イタチごっこがつづいている。
 中国が南シナ海を自分の管轄下におきたがっているのにたいし、アメリカは(とりわけ軍艦の)航行の自由を確保したいと願っている。そうした考え方のちがいが、南シナ海での武力衝突の可能性を引き起こしているのだ。
 軍事というのは、要するに戦争が起こった場合を想定し、それにどう対応するかをめぐる、さまざまな準備を指している。だから、あらゆる事態が想定され、軍備の開発は相手に応じて、どこまでも進む。
 アメリカは圧倒的な軍事的優位をいつまでも維持したいと願っている。それに中国が挑戦するのは許せないと思っているのがホンネだろう。
 中国の軍事力はアメリカより数段劣るというのが現実だ。もしアメリカと戦えば、中国軍はたたきのめされ、経済がたちまち崩壊することは、中国もじゅうぶん承知している。
 中国は南シナ海からアメリカを追いだしたいと願ってはいても、それを実行するだけの軍事能力がないのが現状だ、と著者も述べている。
 だが、南シナ海では、中国とアメリカとのあいだにかぎらず、周辺諸国とのあいだでも、軍事的な小競り合いが発生する可能性は常にあるといってよい。
 それをできるだけ避けるには、どうすればよいかが問われている。
 もうひとつ漁業資源の問題がある。
 南シナ海はマグロのとれる場所でもある。しかし、最近は中国を含む各国の乱獲が進み、漁獲高が減っている。だから、各国による漁業協定が必要になってくるのだが、中国はこれに参加しようとはしていない。
 さすがの中国も日本や韓国とは漁業協定を結んでいる。しかし、南シナ海では、各国の領有権問題が決着していない。おそらく、そう簡単に問題は解決しないだろう。これも、小競りあいを引き起こす要因である。
 著者はこう書いている。

〈緊張の続く南シナ海問題には、簡単な解決法は存在しない。どちらの側も武力対決は望んでいないが、領有権の主張で譲歩して緊張を緩和したいとも思っていない。〉

 そのとおりだろう。
 米軍の尻馬に乗って、南シナ海で日本の自衛隊が軽率に行動したりすれば、事態はますますややこしくなるだけだろう。みきわめがだいじである。

南シナ海問題──ビル・ヘイトン『南シナ海』 をめぐって(1) [時事]

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 南シナ海でいま何が起きているのか。
 伝えられるところでは、現在、中国は南シナ海を自国の海域と称し、占領した島々に次々と軍事基地を築いているという。中国はここでいったい何をしようとしているのだろうか。
 中国の強引な動きにたいして、南シナ海と接する周辺諸国──フィリピン、ベトナム、マレーシア、台湾、さらにはインドネシア──は警戒を強めている。それに加えて米国も中国に警告を発し、監視行動を実施している。
 南シナ海が緊張しているといわれても、どうも実感がわかない。そこで、たまたま図書館で見つけた本のページをめくってみた。
 すると、南シナ海が重要な地域であることがわかってくる。世界の天然ガスの半分、原油の3分の1はマラッカ海峡を経由し、南シナ海を通って、東の台湾、韓国、中国、日本へと運ばれているという。いっぽう、このルートは北東アジアでつくられる製品が西に流れていくルートでもある。
 自然は変わらないが、人は変わりつづける。だから、そこに歴史が生まれるのだろう。南シナ海もそんな場所だ。
 はるか古代から南シナ海では、海上ネットワークが築かれていた。それを築いたのは、いわば海の遊牧民とも呼ぶべき人びとである。
 そこにインド文明の影響を受けた東南アジアの王国がかぶさってくる。1世紀から5世紀にかけて、このあたりでは、インドとのあいだで、ビャクダンやカルダモン、樟脳、クローヴ、宝石、貴金属などが取引されていた。
 そのころ、現在のベトナム南部からカンボジアにかけて、扶南という王国が栄えていた。この国が栄えたのは、中国、インド、アラビア、ヨーロッパを結ぶ海のルートの一角を抑えていたからだ。
 中国人はアラビアの乳香や没薬(もつやく)を求めていた。ガラスや陶器、金属製品、象牙、サイの角、稀少鉱物も、南シナ海を渡った。
 中国の船が南シナ海にあらわれるのは10世紀になってからで、ごく遅かったという。どんと構えていれば、向こうから商品はやってくるというのが、中国が大国たるゆえんだったかもしれない。
 扶南のあと、ベトナムで栄えたのがチャンパである。海賊の興した国だ。東南アジアのほかの国々と同様、ヒンドゥー教や仏教の影響を強く受けていた。
 スマトラではシュリーヴィジャヤ王国が誕生する。この国はマラッカ海峡とスンダ海峡を押さえ、海上交易によって栄えた。中国人はこのあたりでとれるナマコを珍重していた。
 1998年、スマトラ島西部、ブリトゥン島の近辺で、826年(唐代中期)に沈んだアラブの船が発見された。その船には5万点以上の中国製陶器が積みこまれていた。それによって、そのころ、中国とペルシャ、アラビアとの交易が盛んだったことが実証された。こうした交易には、アラブ人やペルシャ人だけではなく、インド人やアルメニア人もかかわっていただろう。
 著者はこう書いている。

〈ペルシャからは真珠、じゅうたん、[コバルトブルーなどの]鉱物、アラビアからは乳香、ミルラ、ナツメヤシ、インドからは宝石やガラス製品、東南アジアからはスパイスや香料。こういう商品が、中国の陶器や絹や金属器と交換されていたのである。〉

 10世紀になると、中国では唐が滅び、福建省あたりには閩(びん)が興った。海洋貿易の国である。
 閩は970年に宋に吸収される。最初、海禁政策をとっていた宋は、11世紀後半から政策を転じ、海外貿易に乗りだした。
 しかし、その宋も女真族によって北部の支配権を奪われ、杭州に都を移すものの、1279年に滅亡し、モンゴル族が元朝を立てた。
 しかし、10世紀から13世紀にかけては、南シナ海交易の黄金時代だった、と著者は指摘する。
 その後、知られるのは明の鄭和(1371-1433)である。鄭和はインド洋を経て、東アフリカにいたるまで大航海をおこなった。だが、中国の海洋進出は、その後、急速にしぼんでしまう。
 だから、中国はけっして古くから南シナ海を支配していたわけではない、と著者はいう。
 南シナ海の周辺を支配していたのは、むしろ「インドの影響を受けた『マンダラ国家』群だった」。
 1世紀から4世紀にかけては扶南、6世紀から15世紀にかけてはベトナムのチャンパ、同じく7世紀から12世紀にかけてはスマトラのシュリーヴィジャヤ、9世紀前半から1460年代まではメコン下流のアンコール、そして12世紀から16世紀まではジャワのマジャパヒト、15世紀前半から16世紀前半まではマレー半島のマラッカという具合である。
 これらの国々は中国とインド、さらにはペルシャ、アラビアを結ぶことによって栄えた。
 したがって、南シナ海は古代から中国の海域だったという中国の主張は、事大主義の感があって、根拠に乏しいと言わざるをえない。

 それでは、近世以降はどうだったのだろう。近世以降、南シナ海は中国の海域になったのだろうか。
 そうではない。近世以降、南シナ海は西洋諸国の制するところとなったといってもよいからである。
 ポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマがインドに到着したのは1498年のことだ。その後、ポルトガルはゴアに拠点を置き、マラッカ海峡ルートを切り開き、香料諸島(現インドネシア)へと接近した。そしてついに1511年にマラッカを占領し、以来130年にわたって、この地を支配した。
 いっぽうマゼランがスペイン艦隊を率いて、太平洋を越えフィリピン諸島に到着するのは1521年のことだ。
 香料のありかをみつけたポルトガル人は、さらに絹と陶器の故郷を求めて、船を進める。そして、ついに東のはて、日本にまで到達するのだ。
 そのころ、中国の明朝は、福建省での貿易を解禁していた。それによって、それまで南シナ海を制していた東南アジアの商船に代わって、中国のジャンク船が海に乗りだした。東南アジア各地には、何万人もの福建人が進出し、チャイナタウンをつくって、交易に従事するようになった。
 1571年、スペインはマニラに拠点を築き、メキシコとのルートを確立し、いわゆるアカプルコ交易を開始する。マニラにメキシコの銀を運んで、中国の金、絹、陶磁器を手に入れるのだ。
 そこに割り込むのがオランダである。1600年にオランダ東インド会社(VOC)が設立されていた。
 17世紀はじめ、オランダは国際貿易を制する中心国へと成長する。東インド会社の本社はアムステルダムで、バタヴィア(現ジャカルタ)には、東の拠点が置かれた。そして、1641年にオランダはマラッカを占拠し、アジアでの貿易体制を固める。
 そのころ、中国では明が倒れ、清の時代となっていた。
 17世紀末、清は民間貿易を解禁し、それによって、多くの中国人商人が南シナ海方面へと進出していった。
 中国のいう「中沙諸島」黄岩島(台湾では民主礁)は、英語名ではスカボロ—礁と呼ばれる。1748年に英国船スカボロ—号がここで座礁したことにちなんで名づけられた。ここは現在、中国が実効支配している。
 1821年にパラセル諸島(西沙諸島)、スプラトリー諸島(南沙諸島)を海図にはじめて示したのは、イギリス東インド会社に雇われた測量学者ジェームズ・ホーロバラだった。
 このころインドに拠点を置くイギリスは、中国との貿易をますます拡大していた。いわゆる三角貿易がはじまっていた。イギリスは中国から茶を輸入し、インドに綿織物を輸出し、そしてインドからは中国にアヘンが輸出される。
 マラッカ海峡を制するために、イギリスは1819年にシンガポールを獲得し、ここに一大拠点を築いた。
 その後の動きをいちいち説明していたのでは切りがない。
 いくつかポイントだけを示しておこう。
 1840年と1860年には、二度のアヘン戦争が発生している。
 フランスは19世紀半ばから後半にかけて、現在のベトナム、カンボジア、ラオスを植民地にした。
 ドイツもまた、19世紀末に中国の青島を手に入れた。
 このころの動きをみると、南シナ海は中国固有の海域どころか、西洋列強が相乱れて行き来する海域になっていたといえるだろう。
 そこに乱入していったのが日本である。日本の実業家、西澤吉次は1907年から数年にわたって、プラタス島(東沙諸島の中心島、現在は台湾が実効支配)で、肥料にするグアノ(鳥糞石)の採掘をおこなった。
 危機感を覚えた清朝は、1909年にパラセル諸島(西沙諸島)に遠征し、ここを広東省の一部として、地図に書き加えた。
 1930年にはフランスの軍艦がスプラトリー諸島(南沙諸島)沖に到着し、その領有を宣言した。当時の中華民国政府はフランスに抗議するが、スプラトリー諸島をパラセル諸島ととりちがえるのが実情だったという。
 しかし、いずれにしても中国政府はこのころから地図の製作に力をいれはじめ、1935年に、南シナ海にある132の島が中国の領土だとぶちあげた。132の島は、パラセル諸島とスプラトリー諸島に属している。
 地図を製作したとき、中国は現地を実際に調査したわけではなかった。イギリスの地図に載っている島に中国名をつけて、それを中国領と宣言したという。
 しかし、その後、日中戦争、太平洋戦争がはじまると、南シナ海はこんどは日本の湖へと変わっていく。しかし、日本の勢力圏にはいったのは、さほど長い期間ではなかった。
 戦争が終わったあと、連合国のあいだでは、南シナ海の島々をどうするかという議論が巻き起こった。意見はなかなかまとまらなかった。
 そんなとき、1946年7月に、フィリピンがアメリカから独立する。フィリピン政府はさっそくスプラトリー諸島はフィリピンの勢力圏にあるとの声明を出した。
 これにたいし、フランス軍は掃海艇をスプラトリー諸島に派遣した。1946年10月には中国海軍がパラセル諸島とスプラトリー諸島にやってくる。西沙、東沙、南沙の名称はこのときに決められたのだという。
 1947年2月、中華民国はあらたな行政区域図を発表した。そこには大陸から巨大な舌のように伸びたU字型のラインが描かれていた。
 やがて中華民国の指導部は台湾へと脱出し、大陸では中華人民共和国が発足する。しかし、U字型ラインは共産政権のもとでも継承された。
 南シナ海における領土獲得競争がはじまるのは、むしろそれ以降だった、と著者は記している。
 南シナ海の歴史は一筋縄ではいかない。
 思わず長くなってしまった。
 つづきはまた。

安倍首相の記者会見で思うこと二、三 [時事]

 安保法制懇の答申を受けて、5月15日に安倍首相は記者会見を開き、集団的自衛権の必要性を2枚のパネルをもちいて説明した。
 ぼくは短いニュースしか見ていないけれど、要するにここで首相が示したかったのは、海外ではたらく日本人を守るためには、集団的自衛権はなくてはならないものだということだ。
 もう年だから、正直いって、政治の話にはわずらわされたくないという気持ちが強い。でもニュース解説者ばりのパネル説明になんだか違和感を覚えたので、そのことだけを書いておきたい。
 1枚目のパネルは「邦人輸送中の米輸送艦の防護」と題されている。ネットからそのイラストを拾わせてもらった。
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 首相はこのパネルを見せながら、こう説明する。

〈いまや海外に住む日本人は150万人、さらに年間1800万人の日本人が海外に出かけている時代だ。その場所で突然紛争が起きることも考えられる。そこから逃げようとする日本人を、同盟国の米国が救助、輸送しているとき、日本近海で攻撃があるかもしれない。このような場合でも日本人自身が攻撃を受けていなければ、日本人が乗っているこの米国の船を、日本の自衛隊は守ることができない〉

 紛争国が中国や北朝鮮と明記されているわけではない。でもパネルをみると、そんな気がしてくる。もし北朝鮮だとすれば、いわゆる朝鮮半島有事である。すると逃げてくる日本人は北朝鮮からではなく韓国から逃げてくるのだろう。
 この日本地図には北方4島が含まれているのに、沖縄が含まれていない。これは象徴的かもしれないと思いつつも、いまはあまり深く考えないことにする。でも、沖縄の人はこのパネルを見てどう思うだろう。
 ここに描かれているアメリカ人の男女はとてもやさしそうだ。軍人にはみえない。日本人の親子はお母さんと子ども、赤ちゃんで、肝心のお父さんの姿がない。お父さんは紛争に巻きこまれて死んでしまったのか、それとも早々と飛行機で日本に帰ってしまったのだろうか。
 しかし、ともかくパネルでは米国とどこかの国(たとえば中国か北朝鮮)のあいだで戦争が起こっている。そのとき当事国から救出された日本人を乗せた米国の輸送艦を、たとえば中国なり北朝鮮が攻撃しそうと思われるとき、日本の自衛隊が米軍の防護にあたり、武器を行使することも認められるべきだというのが首相の主張である。
 ぼくがまず感じるのは、この想定が無理やりつくられたケースではないかということである。日本人が当事国(中国でも韓国でも)から脱出するときは、ふつうは米国の軍艦ではなく、JALなりANAなり日本の民間航空を使うだろう。場合によっては日本人を助けるため、自衛隊がかけつけてもよさそうなものである。それを米軍に助けてもらうというのは、ちと情けない。
 日本人を助けた米軍を自衛隊が防護するというのも、手がこみいりすぎている。それに、軍事活動に従事している米軍の艦船が、逃げようとしている日本人をはたして簡単に乗せるだろうかという疑問もわく。そもそも中国人、朝鮮人、日本人は顔つきだけではほとんど区別さえできないのである。自衛隊もそうだが、有事にあって軍の艦船が多数の民間人を収容する事態は考えにくいのではないか。
 すると、このイラストが示している事態は、おそらく実際はこうである。米国がたとえば中国や北朝鮮と戦闘状態にはいったとき、自衛隊は米軍の指示のもと、米軍と協力して戦闘態勢にはいる。これが集団的自衛権の意味である。日本人の救出などというのは、とってつけた詭弁にすぎない。極東情勢の分析にも異論があるが、ここでそれを述べると長くなるので、やめておく。
 もうひとつの「駆け付け警護」と銘打ったパネル(イラスト)をみてみよう。
安倍会見02.jpg
 安倍首相はこんなふうに説明する。

〈……現在アジアで、アフリカで、たくさんの若者たちがボランティアなどの形で地域の平和や発展のために活動している。……しかし、彼らが突然、武装集団に襲われたとしても、この地域やこの国において活動している自衛隊は彼らを救うことができない。一緒に平和構築のために汗を流している、自衛隊と共に汗を流している他国の部隊から救助してもらいたいと連絡を受けても、日本の自衛隊は彼らを見捨てるしかない。これが現実だ〉

 海外で活動している日本のNGOやPKO要員を、PKO参加中の自衛隊部隊が守れないというのはおかしい。それはそのとおりだ。守れないなんて冷たいことをいわないで、守ればいいじゃないかと思う。
 しかし、はっきりいって、自衛隊のPKO部隊から遠く離れたところにいるNGOが武装テロ集団に襲われたときは、それを助けるのは至難のわざだろう。逆にもし、自衛隊のすぐ脇でNGOやPKO要員が活動している場合は、よほどのことがないかぎり、テロ集団がかれらを襲うことはないだろう。
 アルジェリアでテロ集団に襲われた日本人ビジネスマンにしても、イラクで殉職した外交官にしても、カンボジアで亡くなったボランティアにしても、エジプトでイスラム過激派に襲われた観光客にしても、シリアで亡くなったジャーナリストにしても、おそらく自衛隊が助けるのは無理だっただろう。
 むしろテロや人質事件は、PKOに自衛隊が参加している国や地域以外で発生することが多い。その場合、自衛隊はどうするのか。エジプトにせよ、シリアにせよ、イラクにせよ、突然、自衛隊がでかけていって、そこでいきなり日本人の救出活動なり、武装集団の排除にあたることは、いくらなんでもできないのではないだろうか。残念ながら、その場合は、当事国の軍なり警察なりに事態収拾をゆだねるしかないのである。
 だとすれば、このパネルが「集団的自衛権」の一例として示そうとしている事態はひとつしかない。つまり紛争地域でPKO活動をする米軍が武装集団に攻撃されたときに、自衛隊が武力でもって米軍の支援にかけつけるということである。このかけつける相手は、中国軍でも韓国軍でもないだろう。もちろん日本人のNGOでもない(その場合は「集団的」でなくても対応できるはずだ)。要するに、いままで以上に(つまり個別的自衛権の範囲を超えて)、自衛隊が海外で武力行使できるようにしようというのが、今回の「憲法解釈の変更」の意図なのである。
 安倍首相は、今回の記者会見で、「自衛隊が武力行使を目的として、湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは、これからも決してない」と弁明した。これは安保法制懇が想定した事態とは一線を画した発言である。「集団的自衛権」に歯止めをかけたと評価する向きもある。でも、ぼくなどはやはり安保法制懇の方針が本筋で、首相の弁明は詭弁ではないかと、やはり疑ってしまう。
 はっきりいって、憲法解釈の変更がなされようが、なされまいが、すでに日本は実態的には集団的自衛権を行使しているといってよいのだ。イラクへの自衛隊派遣にしても、インド洋での米艦船への給油をみても、これが集団的自衛権の行使でなくて、何だというのだろう。
 これに加えて、今回の憲法解釈の変更による、正式な「集団的自衛権」の容認が意味することはただひとつ。海外における自衛隊の武力行使を認めること、この一点に尽きる。
 米軍と日本軍(海外に出れば自衛隊は日本軍である)との関係はますます密接になるだろう。集団的自衛権が認められれば、安倍首相の弁明とは裏腹に、米軍の行くところ、かならず日本軍ありということになっていくだろう。
 建前上、「個別的自衛権」を主張しているかぎりは、米軍と一線を引くことも可能だった。米軍の軍事行動に疑義を感じた場合は、それに積極的に加わらなくてもよかった(しぶしぶでもよかった)。
 しかし、「集団的自衛権」をかかげる以上、日本軍はいまや米軍と一体である。それが首相のいう「平和国家」の意味なのだろう。

特定秘密保護法について [時事]

 いつのまにか、あれよあれよという間に、特定秘密保護法が成立してしまった。これからどうなるのか、不安が残る。政府はますます信用できなくなった。
 特定秘密保護法は安全保障やテロ、スパイに対応することが目的だというが、そもそも、なぜ急いでいまこの法律をつくるのかは、政府から一度も説明されたことがなかったように思う。
 なぜ、森まさこという少子化担当大臣が、この法案を担当したのかも、よくわからなかった。ほんらいなら、防衛大臣とか、外務大臣が表に立つべきなのに、なぜ、とつぜんそれまであまり知られていなかった女性大臣が登場してきたのか。そこにも、うさんくさいものを感じていた。
 安倍総理は女性重視といいながら、弁護士出身の女性政治家をうまく利用して、一見ソフトなイメージを打ちだし、強引にこの法案を通したのではないだろうか。森まさこという人は、自分でこの法案を担当したいと名乗りでたのだろうか。そうではあるまい。おそらく、総理に頼まれて、意気に感じ、職務を忠実に遂行しただけなのだ。
 要するに、ほんとうのことを言えないのが、この法律の秘密たるゆえんなのだ。防衛大臣や外務大臣、あるいは国家公安委員長が表に立つと、ことを生々しくしすぎるという配慮がどこかではたらいたのかもしれない。
 以下はぼくの憶測にすぎない。
 どうやら日米安保条約をより深化する日米軍事秘密協定が結ばれようとしている。憲法上、日本は軍隊をもてないことになっているが、予算面だけでみると、日本はすでに世界第5位の軍事大国なのである。新しい日米軍事条約は、在日米軍の指揮下に自衛隊を編入し、極東の軍事危機に対応するとともに、米軍の世界戦略に自衛隊の協力を求めようとするものだ。
 すでに米中冷戦がはじまっている。米軍は中国と北朝鮮を仮想敵国とする軍事戦略を練っており、ふだんから自衛隊を補助部隊として利用したいという構想をもっている。そのため日本側と綿密な打ち合わせをしなくてはならず、そのさい、米軍のつかんでいる情報を日本側に伝える必要もでてくる。それが「特定秘密」なのだ。
 中国側もまた日米の軍事態勢を必死で探ろうとするだろう。場合によっては、日本国内の反米グループを利用したテロに走る可能性もある。とうぜんスパイ活動もさかんになるだろう。特定秘密保護法はそうした動きを未然に封じるための動きとみられなくもない。
 しかし、憶測は憶測を呼び、さまざまな拡大解釈がなされうる。
 特定秘密保護法には、全国津々浦々から反対の声が巻き上がった。なかには、戦前の国家総動員態勢を連想し、ふたたびそうした時代がおとずれる危険性を訴える声もある。また、かつての治安維持法の時代を思い起こし、日本国憲法で保証されている言論の自由、国民の知る権利が奪われるのではないかと懸念する人もいる。その心配はよくわかるし、こんなブログを書いているぼく自身、いつか警察に逮捕されるのではないかという不安もなくはない。
 それでも特定秘密保護法とやらが成立したいま感じるのは、いよいよ戦時体制がはじまったなということである。
 日米中はつねに三角関係のなかにある。いいかえれば、どんなに好き嫌いがあっても、地理的にみて、日本の隣国がアメリカと中国だという事実は変えられない。日本は中国に攻め入り、アメリカとも戦争をしてきた。戦後がよき戦後といえたのは、日本が中国に攻め入ることも、アメリカと戦争することもなかったからである。すると、いま想定されているのは、中国が日本に攻め入り、アメリカと戦争することなのだろうか。できるなら、そういう事態は避けたいものである。
 日米の軍事態勢強化を前提とする特定秘密保護法の成立によって、米中冷戦はさらに本格化し、日中の緊張関係はより強まろうとしている。いま日本と中国とのパイプは切れかかっている。しかし、くり返すけれども、日本にとって中国は永遠の隣国なのだ。いったんこじれてしまうと、隣人関係ほどむずかしいものはないけれど、国との関係でも同じことがいえる。それでも、どこかで修復をはからねばならないだろう。
 日本と中国のパイプが途絶えようとしているいま、特定秘密保護法と日本版NSCなるもので、アメリカのCIAや軍を経由して、中国の情報ははいってくるかもしれない。しかし、それをうのみにするのは危険である(日中の対立をあおりながら、アメリカが漁夫の利を得ようとする可能性もある)。日米中の戦争を回避するために、いま日本はどういう平和構想を練るべきなのか。ほんとうに問われているのは、そのことなのだろう。
 日米中の関係を日米の軍事強化のみによって固めようとする方向は、新冷戦の思考法である。パシフィストといわれるかもしれないが、中国とはもう戦争したくないものだ(中国共産党は嫌いだが)。アジアの平和を保つ工夫を、うまい具合に提案してくれる人はいないものだろうか。不安はますます高まっている。

アベノミクスの罠 [時事]

資料238.jpg
アベノミクスについて、ふたたび考えてみます。
このところ、いっときの急激な円安、株高は一服した感はありますが、それでも昨年末にくらべると、日本の景気はずっとよくなっているようにみえます。
これから、ものが売れるようになり、物価もそこそこに収まって、経済が活発になって、企業の業績がよくなり、設備投資も増え、実質賃金も上昇すれば、それに越したことはありません。
しかし、はたしてそううまく行くものでしょうか。
『金融緩和の罠』(集英社新書)という本を、ぱらぱらめくってみました。この本は気鋭の政治学者、萱野稔人氏が3人のエコノミストと学者に、金融緩和政策の効果についてインタビューするというもので、きょう読んだのはBNPパリバ証券のチーフエコノミスト、河野龍太郎氏との対話です。
この本で印象的なのは、河野氏が政府に経済成長率を高める能力はなく、「財政政策は所得の前借りであり、金融政策は需要の前倒しである」と語っているところです。いまのところアベノミクスは大成功とみえても、そのうちツケが回ってくるというわけです。
それがどういうツケなのかを知る前に、そもそも日本経済の現状を河野氏がどうみているかを知っておく必要があります。
つづめていうと、日本においては1990年以降、生産年齢人口が減少し、そのことが個人消費の落ちこみだけではなく、設備投資の減少も招いているというのが河野氏の理解です。それによって、経済全体の需要が減り、デフレがつづいているというわけです。
こういう経済に対し、金融緩和で景気浮揚をはかろうとすると、(1)金融機関のマネーは国債に回って融資につながらず、(2)国債の追加発行に歯止めがきかなくなり、(3)社会保障制度や産業構造の改革がおろそかになり、(4)国の借金がとめどなく膨らみ、(5)土地や株価、原油、食料などのバブルを引き起こし、(6)最終的に国債価格の暴落と金融システムの不安定化、バブル崩壊を招くことになる、というのがその見立てだと思われます。
これは最悪のシナリオかもしれません。点火したロケットが上昇して、うまく軌道に乗らず、途中で空中分解してしまうという感じですね。前に紹介した高橋洋一氏の楽観的な見方と対極にあるといってもいいでしょう。
この先どうなるか、ぼくにはさっぱりわかりません。高橋氏と河野氏、どちらがあたっているのか、自信をもって答えられそうにありません。どちらもあたっているような、あたっていないような、というのがホンネです。
われわれ年金生活者にとっては、インフレは困ります。しかし黒田日銀総裁は2015年度には物価上昇率をほぼ2%にすると自信たっぷりに断言しています。これは消費税アップによる上昇率を除いた数字ですから、2015年度には物価は実際には現在と比べて5%程度上がることになるでしょう。これに対し、年金は上がらないでしょうから、生活は多少苦しくなり、とうぜん貯金をいま以上に取り崩していくということになります。ですからインフレといっても、おカネをどしどし使うというより、高齢者のあいだでは、むしろ節約モードが強まるのではないでしょうか。
参院選が終われば、社会保障制度の見直しが予定されているのも、不安材料です。これから年金が減ることは予想されても、増えることは考えられません。さらに老人ホームの費用が月50万円かかるなどと聞くと、はてさてどうしたものかと財布のヒモがますますきつくなります。年寄りが貯金をもっているといっても、それはいつまで生きるか、先が見通せないからです。せめて寝たきりにならないよう、からだを鍛えておこうというのがせいぜいの対策で、するとまた長生きするので、またおカネがかかると、笑えるような笑えないような悪循環がつづきます。こんな調子では、いずれにしても年寄りに日本経済復活のカギは見いだせそうにありませんね。
将来が不安なのは若い人たちも同じです。非正規雇用の割合が増えて、賃金格差が生じているのにくわえて、企業は利潤を確保するために、ますます人件費抑制に走っています。雇用者の年間平均賃金は1997年以降、下がるいっぽうです。安倍政権は2%のインフレ目標を唱えますが、問題はそれ以上にはたして実質賃金が上昇するかどうかということです。いや、消費増税を考えれば、5%以上の実質賃金上昇がなければ、生活水準は上昇せず、それがとても実現できそうにないとすれば、消費増税直前の駆け込み需要は別として、若い人たちの消費もあまり伸びないのではないでしょうか。いま百貨店などの消費が伸びているのは、いきなり株が上がってプチバブルにわいている小金持ちがものを買っているにすぎないのではないでしょうか。その反動もまた予想できます。
ものがあふれ、おカネがだぶつくなかで、多くの人はそこそこの満足を得ながら、将来に大きな不安をいだいています。人為的な貨幣価値の切り下げによって、円安株高になったのは、いわば最初のばくちに勝ったようなもので、喜んでいる人が多いでしょうが、しばらくして、その反動がどうめぐってくるか、わかったものではありません。
いずれにせよ、おカネのことばかり考えているのは、からだによくありません。そんなことより、くらしや仕事、町づくり、くにづくり、歴史や世界、宇宙に夢をはせたほうがいいに決まっています。いま日本人に欠けているのは、「幸福」より「夢」かもしれませんね。ふと、そんなことを思いました。

「アベノミクスで日本経済大躍進がやってくる」はほんとうか [時事]

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 アベノミクスとやらで、このところ円安・株高が進んでいます。
 そのおかげで投資信託の損を少しは取り戻した人も多いのではないかと思います。いっぽうで、ガソリンや小麦の価格もじわりじわりと上がりはじめているし、去年の夏とことしの夏では、同じ海外旅行でもことしのほうが、かなり費用がかかりそうというのはマイナスですね。
 いつもながらオカネに振りまわされてしまうのが世の常。年金生活のわが家では、世間の喧噪をよそに、節約モードがつづいています。なるべく病気をしないで、何とか食っていければ、それでじゅうぶんという毎日です。
 それでも不思議に思うのは、政権が代わったとたんに、あれよあれよという間の円安・株高です。たとえ年金暮らしのわが家でも、オカネの話はだいじです。どうして、こんなことが起こったのかを知りたくなり、高橋洋一の『アベノミクスで日本経済大躍進がやってくる』という本を買ってみました。
 景気をつけるのはいいことですが、「大躍進」というのはどうもね、と最初から「まゆつば」なのは、悪い癖。
 著者は日本で不況がつづいたのは日銀の責任が大きいと考えているようです。こう宣言しています。

〈でも、[黒田]新総裁のもとで日銀が「インフレ目標」達成のためにしっかりと金融緩和をつづければ、20年近く国民を苦しめてきたデフレは必ず終わります。停滞によって失われた富を取り戻すときがやってきたのです。アベノミクスで日本経済は復活し、大きく飛躍するのです〉

 ほんまかいな?と茶々をいれるのは、やめておきましょう。
 ぼくが興味があるのは、どうしてこの3、4カ月間で、これまで実現しなかった円安・株高が現実のものになったかということです。そして、それがどこまでつづくのか、さらに円安・株高が今後どういう影響をもたらすのか、についても知りたいと思いました。
 まだ少ししか読んでいないので、感想めいたことをいうのは早すぎるかもしれませんが、一読して湧くのは、これまで政府・日銀は円高・株安・デフレそれを克服する努力をおこたってきたのだという思いです。
 いままでは、経済が悪いのはアメリカのせいで、中国が台頭してきたことも、日本経済を空洞化させる要因になっている。だから、円高、株安、デフレも仕方ない。じっと堪えるしかないと思いこんでいたのではないでしょうか。
 したがって、最近の円安・株高も、日本経済がやっと本来の姿に戻りはじめたとみるべきなのかもしれません。
 2008年に110円だった対ドル為替レートが2011年には76円まで上昇したこと自体が異常でした。この間、株価は1万4000円からリーマン・ショック(2008年9月)後の7500円台をへて、2012年末にようやく8900円台まで戻したにすぎません。その間、デフレ(不自然な物価下落)がつづいたことも異常でした。
 国民の期待をになって、2009年9月に発足した民主党政権は、円高・株安・デフレを克服する有効な手段を打てないまま、強引に消費増税に向かう路線をひた走って、自壊しました。野田内閣は消費増税の成立だけに命をかける黒い情念にとりつかれた奇妙な内閣でした。民主党が国民に不人気な増税を決めてくれたおかげで、自民党は陰でほくそえんだにちがいありません。
 おそらく今回、安倍政権と日銀がとった政策は、アメリカのオバマ政権などがすでにおこなっていた金融緩和政策と歩調を合わせたということでしょう。たしかに、これまでも日銀は金融緩和をおこなっていました。しかし、それはおずおずとしたもので、今回のように踏みこんだ金融緩和でなかったことはたしかです。
 異常な円高・株安・デフレに、政府と日銀が立ち向かう姿勢を示したことは評価されるべきだと思います。ただし、それがはたして「日本経済大躍進」になるのかどうか、あるいは日銀が国債を大量に買うという禁じ手とも思える金融緩和政策が今後、何をもたらすのかについては慎重に見きわめていかねばなりません。
 著者は「通貨供給量が不足していることが、日本のデフレの原因」といい、「中央銀行が通貨供給量を増やせば物価は上がり、デフレを阻止できる」と宣言しています。
 そして、さらにこう述べています。

〈実質金利が低下すると、最も敏感に反応するのが資産市場です。日本の実質金利が低下すれば(そしてその際にアメリカの実質金利に変化がなければ)、円安ドル高となります。株式市場では株価が上昇します〉

 経済学の金融理論では、
  実質金利=名目金利−予想インフレ率

 という恒等式が成り立つそうです。
 どうもこのあたりの理屈が、ぼくはよくのみこめないのですが、著者によると、実質金利が為替と株価、物価を決定づけるということになります。
 つまりインフレになりそうだという予想が強ければ、実質金利が低くなり、デフレがつづくという予想が強くなれば、実質金利が高くなるというわけです。
 しかし、この議論は、卵が先かニワトリが先かという考え方に似ていませんか。実質金利を低くするにはインフレが来るぞと予想させることがだいじで、インフレを起こすためには実質金利を低くしなければならない。ぼくのような素人にはなかなかわかりにくい議論です。
 ぼく自身はこう考えています。
 人為的にオカネの価値を低下させれば、物価は上がり、為替相場は円安にふれ、株価は上昇する。
 デフレというのは、商品の価値に対して、貨幣の価値が高すぎる状態を指しています。逆にインフレは、商品の価値に対して、貨幣の価値が低すぎる状態を指すわけですね。ですから、国は通貨量を増やしたり減らしたりすることによって、デフレやインフレに対応するわけです。ただし、デフレやインフレが生じた根本原因をさぐることを忘れてはなりません。オカネはファントムみたいなものですからね。
 今回、政府はみずから発行した大量の国債を日銀に引き取らせ、その代わりお札をじゃんじゃんばらまきました。貨幣の価値は低下するわけです。するととうぜん円安になります。いまのところ、まだ物価は上がっていませんが、いずれは上昇していくでしょう。すると、ものを買おうという動きが強まり、経済活動が活発になり、企業の収益が上がると予想して、株価が上昇します。
 実際に企業の業績が上がると、賃金も上昇し、雇用も増え、新規の設備投資もおこなわれ、景気がよくなって、国内総生産(GDP)も上昇する。税収も増えていくので、財政問題も徐々に展望がみえてくる。おそらく政府が描いているのは、そういうシナリオでしょう。
 うまくいけばいいですが、劇薬に副作用はないのでしょうか。好事魔多しともいいますからね。冷静に見ていく必要があるでしょう。
 本書はまだぱらぱらと読んだだけですから、結論をいうのは尚早です。きょうはとりあえずの印象まで。

消費増税のあとにくるもの [時事]

オリンピックで国じゅうが盛り上がっているさなかを狙いすましたように、国会で5%の消費増税が決まってしまった。
ちっともうれしくない。
税金が増えて日本経済がよくなるとは、だれも思わないだろう。
それでも、この増税によって、1000兆円(普通国債では700兆円)を超える負債をかかえた国家財政は、少しは改善されるのだろうか。
少し前に野口悠紀雄の『消費増税では財政再建できない』を斜め読みした。
資料190.jpgうろ覚えでしかないのだが、単純計算して、5%増税で国庫には約10兆円の歳入増が見込まれると野口先生は計算していたと思う。
いま日本の歳入構造は異常で、全体の半分近い44兆円が新規国債発行でまかなわれている。
すると増税によって、国債発行が34兆円に減るかというと、さにあらず。
社会保障費、地方交付税、それに国債費(国債に対する利払い)も増えるから、実際は2兆円くらいしか減らない。
しかも10兆円の税収増は2年くらいしか効果を発揮せず、そのあとはいま以上に新規国債を発行しなければならないという。
素人のぼくにはこの計算があっているかどうか、わからない。
しかし、増税がうまくいっても新規国債発行額はさほど減らず、数年で元の木阿弥になってしまうことは理解できる。
しょせんは泥縄。あるいは焼け石に水。
新規国債で国債費をまかなうというのは、タコが自分の足を食っているのと同じだ。
どうやら今回の消費増税は、ほんの序の口で、野口先生によると、消費税を30%くらいにしないと国債発行をゼロにはできないらしい。

新規の国債発行を抑えなくてはならないのは、国の累積負債がそろそろ限度にきているからだ。
日本人の貯蓄総額からみて、あと400兆円くらいはだいじょうぶという考えもあるが、それでもこのまま行けば、長くてもあと10年で財政は破綻する。
財務省はおそらく、消費税20%のシナリオをすでに描いているはずだ。
たぶんヨーロッパがすでに20%だから、できないわけではないと見込んでいるのだろうが、それはとてもしんどい話だ。
だから、もし近々に消費税20%がいやなら、歳出で大きな割合を占める社会保障費をけずるほかないという議論が、またぞろ「改革」の名のもとにでてくるだろう。
野口先生の本も、消費増税では財政再建できないから、社会保障を見直すしかないというのが趣旨である。

社会保障は年金、医療、介護の3本柱から成り立っている。
これを減らすというのは、国ができるだけ福祉政策から手を引いて、福祉は個人の自主努力にまかせるということだ。
自分のめんどうは自分でみろというわけだ。
いや、もっと悪い。
これから国がやろうとしているのは、税金を増やし福祉を減らすことなのだ。
年金は現在、現役世代が高齢世代を支えるという仕組みになっている。
高齢者が増えて、現役が減ってくると、保険料では、とても支えきれなくなる。現在も、足りない分は税金でまかなわれているわけだが、その金額は増えるいっぽうだ。
そこで、野口先生の提案は、年金の支給開始年齢を70歳に引き上げ、しかもすでに支給されている人の年金に課税するか、給付額を削減するというものだ。
医療費についても、野口先生は、日本の医療費は公的部分の比率が高すぎるので、これを縮小すべきだという。
おそらく自由診療を増やすとか、医療費の個人負担を3割から5割にするとかが考えられているのだろう。
すると高齢化社会に見合って、医療分野の内需が拡大するから経済的にもプラスだという。このあたり、ちょっとまゆつばである。
もうひとつ介護についても、現在は介護医療保険でかえって介護サービスの支出が抑えられてしまっているという。だから公的な制度はほどほどにして、もっと介護がビジネスとして発展すれば、おカネのとれる分野になるはずだという。
何だか生きづらい世の中になってきた。
しかし、税金は増えて、福祉は減るというのが、やっぱりこれからの日本社会の現実なのだろう。
覚悟しなければならない。

ところが、それだけではおさまらない。
たとえ財政の収支バランスが改善されたとしても、膨大な国の借金は残っているからだ。これが最後にどうなるかという問題が残る。
永久国債という考え方もある。
しかし、おそらく財務省の戦略は、インフレを誘導して、借金の事実上の減額をはかるというものだ。
チャラにするというわけにもいかないだろうが、毎年3%くらいのインフレになり、それでも国債の利率を上げず、年金の物価スライド制もやめれば、次第に国の借金の額は減っていく。
ハイパーインフレになればなったで、それは仕方がない。
今回の消費増税のあと、国が考えているのは、おそらくそんなシナリオである。
ため息がでてくる。
日本は政治はいうにおよばず、このまま経済システムも人も老朽化していくのだろうか。
いままで栄華をきわめてきたのだから、それもよし。
下り坂なら下り坂で、何とか個々人が対処しなければならないだろう。
その覚悟が必要だ。
でも、これからの希望はやはり若い人たちだろう。
オリンピックを見ると、そんな気もする。
介護ビジネスも先端医療もいいけれど、やはり経済には若々しさがほしい。
経済の再生は、若い人たちが元気に活躍する時代がふたたびやってくるかどうかにかかっている。
オリンピックを見ながら、消費増税の話を聞くと、ついそんな感想をいだいてしまった。

4月13日のニューヨークタイムズ [時事]

きのう日本政府が福島第一の原発事故を、最悪のレベル7と発表した件について、きょうのニューヨークタイムズは、きわめて厳しい見方をした記事を流していました。海外メディアをいちいち気にすることもないのですが、日本国内の報道とあまりに論調がちがうので、参考までに紹介しておくことにしましょう。
日本政府や東電はこれまで事態は沈静しつつあるといいつづけてきたのに、なぜ1カ月たった時点で、原発事故で大量の放射性物質の放出があったと発表したのか、と記事はのっけから皮肉な口調です。
保安院の発表は、福島第一の放射能放出は、チェルノブイリ原発事故の10分の1だが、国際的な事故評価尺度(INES)にしたがって、レベル7としたというものです。ニューヨークタイムズは、これをみてもこれまでの日本のデータと評価がいかにでたらめであったかがわかるとして、政府はわざと発表を遅らせたのではないかとの疑いを露わにしています。
そして、原子力安全委員会の代谷誠治氏が、記者に対し、政府が放射能放出量データの発表を遅らせた理由を、観測数字のブレが大きすぎたことに加えて、こんなふうに説明したというのです。
「ほとんど心配がないと思われるときでも、外国人のなかには日本から逃げ出した人がいます。もしレベル7だとすぐにわかれば、パニックを引き起こしたかもしれない」
同紙は、きのうの記者会見で、菅首相が記者の質問に答えて、「都合の悪い情報を隠すような真似は一切していない」と発言したと紹介しています。
しかし、東京電力の松本純一原子力・立地本部長が当日の記者会見で、放射能漏れは完全には収まっておらず、ひょっとしたらチェルノブイリを超えるかもしれないと発言したことを大きく取り上げました。
これに対し、保安院の西山英彦審議官は夕方の記者会見で、「どういうことをおっしゃっているのかわからないが、東京電力としては最悪のシナリオを想定されたのだと思うし、自分たちが楽観的すぎると思われたくないのだろう」と弁解し、これから大きな放射能漏れはまずないとみていると語り、チェルノブイリほどの健康被害はないと強調したと伝えています。
記事ではSPEEDI(スピーディ)と呼ばれる放射能影響予測システムが存在することも紹介しています。この数字がなかなか公表されないのです。
ところが、記者の電話取材に対して、東京電力の関係者が「スピーディによると、福島第一から放出された放射能物質の量は、日本政府の公式発表よりずっと多く、チェルノブイリの半分近い値を示しているという話を聞いた」と語ったと書いています。
政府はこの情報はまちがいだとしていますが、保安院と原子力安全委員会のあいだで37万テラベクレルと63万テラベクレルと放出量の数字に食いちがいがあるのも事実です。
保安院が発表したチェルノブイリの10%程度という数字にもからくりがあるといいます。日本政府は、公式発表の2倍をチェルノブイリにおける実際の放出量と計算して、10%程度という数字を導きだしたというのです。
そして、記事は最後に、外部の見方では、福島においては低い評価でチェルノブイリの6%、高い評価で51%の放射能洩れがあったとされていると紹介しています。
必要以上に恐れることはないにしても、この原発事故を海外のメディアが厳しくとらえていることを頭にいれておくべきでしょう。