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価値論──メンガー『一般理論経済学』を読む(5) [商品世界論ノート]

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 ある財が価値をもつ(あるいは価値をもたない)というのは、いったい何を意味するのだろう。
 財が価値をもつのは、財にたいする需求がその支配可能数量より大きい場合である。この場合、財は経済財となる。
 逆に財が価値をもたないのは、財にたいする支配可能数量がその需求よりも大きい場合である。この場合、財は非経済財となる。
 メンガーは価値について、そんなふうに論じている。
 経済財と非経済財は固定されているわけではない。非経済財が経済財になり、価値をもつようになるケースは、たとえば木材や水が足りなくなった場合を考えてみればいいという。
 そこでメンガーはこんなふうに書いている。

〈財価値は、財のわれわれの欲望にたいする関連にもとづくのであって、財そのものにもとづくものではない。この関係が変化すれば、価値もまた発生したり消滅したりせざるを得ない。〉

 価値は人間の意識の外には存在しない。だが、価値は秘密めいたものではなく、正確に把握できるものだ。これがメンガーの考え方だ。
 価値は使用価値と交換価値に分類することができる。交易関係のない孤立経済のもとで存在するのは使用価値のみである。交易関係が生じて、はじめて交換価値が発生する。それによって、価値は使用価値と交換価値の二重性をもつことになる。
いっぽうで、使用価値はあるが交換価値のないもの、交換価値はあるが使用価値がないものも存在する。だが、それは例外であって、人間の経済生活においては、財が使用価値と交換価値の双方をもつ場合がほとんどであるという。
 財には使用価値があるのが前提である。だが、使用価値と交換価値のどちらを優先するかによって経済価値は変わってくる。
支配した財をもっぱら自己所有し、外部に譲渡しない場合には交換価値は発生しない。しかし、財を主に交易に回すとしたら、経済価値は交換価値が優先することになるだろう。
使用価値と交換価値のどちらを優先するかの選択は状況によって異なる。そこには経済性の法則がはたらく、とメンガーはいう。

 次に検討しなければならないのは、価値の大きさである。価値の大きさはどのように決まり、なぜちがいがあるのか、また価値の大きさはなぜ変動するのか。
 財はそれ自体で価値をもつわけではない。財はわれわれの欲望を満たすかぎりにおいて意味をもち(主観的契機)、そして、それはわれわれがどれだけの財を支配できるかに依存する(客観的契機)。
メンガーはそんなふうに述べている。
 人間の欲望が優先的に選ぶのは、みずからの生命維持にかかわる財である。それにつづくのが幸福度をより満たす財ということになるだろう。こうした選択は各自の置かれた状況や各自の個性に依存する。そして、欲望満足の度合いも人によって異なる。
 欲望の最大の対象となるのは食べ物だろう。人びとが食べるのは健康維持のためだけではない。食べる楽しみのために食べるのがふつうだ。
食欲は人によって異なる。だが、ある限界に達すると、食べることによる満足の度合いは下がっていく。このことは、住宅にしろ、何にしろ、ほかの財についてもいえる。
 ここからメンガーは、欲望の充足はある限度を超えると逓減していくという法則を導きだしている。さらに、それ以上となると、「外見上その欲望を満足させるものとみえるいかなる行為も、もはや人々にとっての意義を失い、むしろ煩わしさと苦痛になっていく段階にまでいたる」という。

 次に論じられるのが財の支配についてである。
 一定の欲望を満たすには、一定の財を支配しなければならない。そのとき、どれほど欲望を満たすかに応じて財は価値をもつことになる。
 だが、欲望はただひとつではない。たいていの場合は、「それぞれに一つだけの具体的欲望ではなく、それらの一つの複合体にたいして、またそれぞれに一つずつの財ではなく諸財の複合体の一数量が対応している」。
 ここでメンガーは孤立して経済を営む農民をモデルとして、話を進める。
その収穫が年に500キロの穀物だとすれば、かれはまずその大部分を家族の健康維持のためにあてる。だが、それだけではない。残りの一部でビールをつくったり、家畜を飼ったりするかもしれない。さらに翌年の種籾もとっておかなかればならない。さらに余裕があれば穀物を何か別の楽しみのために用いたりもする。
収穫した穀物の用途はさまざまで、そこからさまざまな財がつくられ、それによってさまざまな欲望が満たされることになる。ここでは支配される財が欲望(用途)に応じて配分され、別の財に転じることが示されている。
 さらにメンガーは、孤島に住む人や、漂流船に取り残された人を例にだして、そこでは限られた水や食料がいかに大きな価値をもつようになるかを説明している。孤島や漂流船では、希少な財が欲望をじゅうぶんに満たせないようになればなるほど、財の価値が増大することが示されるのだ。
 価値は支配可能な財と欲望との相対的な関係によって決まる。これによって、なぜダイヤモンドや金が高い価値をもち、なぜ通常、水がほとんど価値がないかを説明できる、とメンガーはいう。スミスからリカード(さらにはマルクス)にいたる労働価値説は否定されることになる。

 メンガーは財の質が価値におよぼす影響についても検討する。質のちがいは量によって代替できることもあるが、代替できない場合も多い。その場合は、質のちがいが欲望を満足させる度合いに差をもたらす。
 そこで、一般に「経済活動を行なう人はその需求の総量に達するまで、より劣った質の財は後回しにしてより上級な質の財ばかりを、自らの欲望の満足のためにとる」という傾向が導きだされる。この場合、最劣等の財は価値をもたない。
だが、もし優良な財と劣等な財が同時に需求される場合、両者のあいだには価値に差が生じることになる。それは欲望を満足させる度合いのちがいにもとづく。
 ここでメンガーが強調するのは、価値があくまでも主観的なものだということである。ある人にとって価値がある財も、別の人にとってはまったく価値がない場合もある。

〈価値はしたがって、たんにその本質からだけでなく、その尺度からしても主観的な本性をもつものである。財はつねに経済活動を行なう特定の主体にとって「価値」をもつものであり、しかしまた、特定のそうした主体にとってだけ一定の価値をもつのである。〉

 財が真実価値をもつことも擬制価値をもつこともあるのは、価値があくまでも主観的なものだからだ。ここからまた財の過大評価や過小評価が生じる理由も説明できる。
財の価値を論じるにあたっては、人間の錯誤や無知を考慮しないわけにはいかない。だが、たとえそうであったとしても、基本的に価値の判断には合目的な方向性がみられる、とメンガーは考えている。

 最後に論じられるのは、価値論の高次財への適応である。これまで価値の問題は、もっぱら直接的な欲望の満足にかかわる第1次財にのみ限定されていたが、それを高次財に拡大すると、いったいどのような法則がみてとれるかというわけである。
いうまでもなく、経済活動において第1次財を支配する(形成する)には、第2次財、第3次財といった高次財を必要とする。たとえば、パンをつくるには、まず小麦、さらにそれ以前に種籾と土地、耕作用具、労働力を必要とするというように。
 ここでは「高次財の価値は、その高次財が産出に役立つ低次財の予想価値によって条件づけられる」という法則が成り立つ、とメンガーはいう。
重要なのは、あくまでも第1次財の価値である。高次財は第1次財の産出に役立つかぎりで意義をもつ。メンガーのこの発想は高次財の価値が第1次財の価値を決定するという一見常識的な考え方とまるで逆だといえる。
 強調されるのは「高次財の予想価値の方が低次財の予想価値によって条件づけられる」ということである。ここでは、第1次財の価値が、次々と高次財の価値に移転されることが想定されている。
 ここには時間の要素がはいってくる。何カ月、何年後の第1次財への需求を予想して、先行的に高次財が形成されなければならない。そこで、高次財の価値を方向づけるのは、現時点における低次財の価値ではなく、将来における予想価値だという原理が成り立つ、とメンガーはいう。
 メンガーは高次財による低次財の(最終的には第1次財にいたる)形成を基本的に資本活動ととらえている。それは資本用役と企業者活動による時間の要素をともなう価値の形成であって、そこでは資本利用の価値(すなわち利潤)が発生するのがとうぜんだと理解する。利潤はいわば将来の不確実性にたいする保証である。だが、その利潤は将来予測の当否に左右される。
 最後に追加として、メンガーは土地用役、労働給付、資本用役の価値についても述べている。これはじっさいには、地代、労賃、資本利子(利潤)の形態をとるものだ。
 ここでもメンガーが強調するのは、土地用役、労働給付、資本用役がそれぞれ特有の性質をもっていたとしても、それらの価値は、他のすべての経済財と何ら異ならない法則(すなわち低次財にたいする需求の大きさに規定される)にしたがうということである。
労働の投下量や最低生活の保障、さらには搾取がそれらの価値を決定するわけではない。現代流にいえば、土地や労働力、あるいは利潤についても、あくまでも需要と供給がその価値を決定するというわけだ。ここには現代経済学、さらには現代社会を基礎づける考え方が示されている。

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