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吉本隆明『共同幻想論』をめぐって(3) [われらの時代]

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[7月28日、船橋三番瀬海浜公園にて]
「憑人(ひょうじん、つきひと)論」を読んでみる。
 この章では、共同幻想とのからみで、「憑人」、すなわち何かにとりつかれて精神に異常をきたした人の話が紹介されている。
 人は何かにとりつかれることがある。それはけっして異常なことではなく、ごくふつうの経験で、柳田国男もそうした気質の強い人だった。
 何かにとりつかれるというのは、あくまでも比喩である。現在の脳生理学では、とうぜん何らかの科学的解釈がなされているだろう。
 しかし、かつて村里では、ふつうとは異なる人の行動や言辞は、何かにとりつかれたのが原因だと考えられていた。
 通常の人が幻聴や幻覚に襲われることもある。
『遠野物語』には、そんな話がいくつも収録されている。
 たとえば、奥山の小屋で眠っていたら、深夜に女の叫び声を聞いたような気がして、里に戻ってみたら、自分の妹がその息子に殺されていたとか。道で大病で寝込んでいるはずの老人と出会って、へんだなと思ったら、老人は寺の和尚のところにも行って世間話をしてきたという。すると、ふっと姿が見えなくなった。じつは、その日になくなっていたとか。
 こうした幻聴や幻覚は、一種の超感覚だが、以前から何かの予兆を感じていたことが、こうした超感覚を引き起こしたものと思われる。
 こんな話もある。
 吉本の要約によって引用してみよう(差別用語には目をつぶってください)。

〈遠野の町に芳公馬鹿という白痴がいた。此男は往来をあるきながら急に立ち留まり、石などを拾ってあたりの人家に投げつけて火事だと叫ぶことがあった。こうすると其晩か次の日に物を投げつけられた家は必ず火事になった。〉
〈柏崎の孫太郎という男は以前発狂して喪心状態になった男だが、或る日山に入って山神から術を得た後は、人の心中を読むようになった。その占い法は頼みにくる人と世間話をしているうちに、その人の顔をみずに心に浮んだことを云うのだが、当らずということはなかった。〉

 吉本によると、フロイトは遠感能力者とは、「いわば自己の心的な喪失を代償に、ほんのささいな対象の情感や動作を感じとって対象への移入を完全に行いうる能力」をもつ人のことだと考えていたという。
 芳公や孫太郎は、まさにそういう人物にあたる。かれらはふつうの村人が感じない死やわざわいの予兆を感じとっていた。
 前回述べたように、共同幻想が共同体全体を包む恐怖感に根ざしているとするなら、共同幻想は、共同体にこれから起こりうることへの予兆をもうひとつの柱にしているということができる。
 未来を知るのは神々だけである。しかし、神々はみずから語ることはない。予兆を示すとすれば、人に憑いて語るのである。
『遠野物語』には、狐に化かされる話が頻出する。だが、「物語」では、狐はすでに神の使いではなく、人に憑こうとして失敗する存在としてえがかれている。
 吉本はこう書いている。

〈……狐は人を《化かす》が、けっして人に《憑か》ない。《化かす》という概念は民俗譚のはんいにあるが、《憑く》という概念は不分明とはいえ個体と幻想性の分離の意識をふくむものである。そこでは巫覡[ふげき、かんなぎ]的な人物が分離して個体と共同体の幻想を媒介する専門的な憑人[ひょうじん、つきひと]となる。憑人は自身が精神病理学上の《異常》な個体であるとともに、自己の《異常》を自己統御することによって共同体の幻想へ架橋する。〉

『遠野物語』の世界では、狐はすでに神々の世界から追放され、悪さをする霊的な動物とみられるようになっている。というのも、すでに自己の「異常」をみずから統御できる巫覡が、神々のことばを伝える専門的存在として村里に君臨するようになったからである。
 かつて豊穣の予兆をもたらした狐にかかわる者は、いまや狐憑きの家と陰口をたたかれ、村から擯斥(ひんせき)される存在になってしまった。
 それでも、狐の威力は残っていた。とつぜん、ごくふつうの貧しい主婦にとりついて、人格を一変させ、みずから古来ゆかしき狐と称して、周囲を混乱にまきこむことがあった。
 狐は豊穣をもたらす先触れ、吉凶を占う存在だった。だが、いつしかそのような共同幻想は失われ、巫覡(ふげき、かんなぎ)と称すべき存在が共同体の未来を占う位置につこうとしていたのである。

 次の章「巫覡論」では、「いずな使い」などとして登場する、そんな巫覡の姿がえがかれている。
 最初に『遠野物語(拾遺)』から、こんな話が紹介されている。それは、兵営にいたとき、頭をぶつけて気を失った拍子に魂が離脱する経験をした青年の話だ。そのとき、青年は空を飛んで遠野に帰り、母や妻がくつろいでいる様子をみた。しかし、何か落ち着かない感じがして兵営に戻ったところで目が醒めた。青年は、後で家から、いきなり白服の若者がやってきて、炉のそばに座ったかと思うと消えてしまったという手紙を受け取る。
 ほかにも似た話が紹介されているが、吉本によれば、気を失った若者や病人が、「自己幻覚のなかで実在の自己を離れて遊行する」なかで、離脱した魂が向かうのは「村落共同体の共同幻想」そのものだ。
人が死の危機に直面したとき、魂が共同幻想に向かうのは、自己幻想が共同幻想と接続していることを意味している。
 こうしてみると、共同幻想が自己幻想に逆立するという吉本テーゼは、常に成立するとはかならずしもいえない。それは、国家が常におのれと対立するとはいえないのと同じことだ。
 共同幻想は自己幻想を包みこむと同時に、自己幻想によってはね返される二重性にさらされているとみるのが、より正確なとらえ方なのかもしれない。
 しかし、いまはややこしい論争をする場合ではないだろう。日常性のなかで、日常性から分離され、共同幻想の象徴に向かって遊行する存在が登場するのである。そうした存在が『遠野物語』や『拾遺』では「いずな使い」の話として紹介されている。
「いずな使い」とは何か。それは狐の象徴を操って人にさまざまな予言をする行者を指している。将来がどうなるかは、誰しも知りたいところ。人はできれば豊穣や大漁が実現することを願うだろう。そんな期待に応える予言者が「いずな使い」なのだ。
 だが、『遠野物語』に登場する「いずな使い」の話は、たいてい笑い話のうちに幕を閉じる。
 よくあたる行者から白い狐を買い取った村人が、最初は大金持ちになったが、すぐもとの貧乏に戻ってしまったとか、大漁の祈禱を頼まれた行者が、祈禱したものの魚はいっこうにとれず、漁師に海に放りこまれた。嫌気がさして川にはいったら、笠といっしょに狐が流れていって、いずなが解けたとか、そんな話である。
 とはいえ、ここでは自己幻覚にはいる媒体が、はっきり狐とされているところが、単なる離魂譚より高度な話になっている、と吉本はいう。ここでの狐は、やはり村の未来を教える共同幻想の象徴なのだ。
 そして、「はっきりと自己幻覚を獲取し、これを共同幻想に集中同化させる能力が、職業として分化し、したがって村落の地上的利害の問題と密着してあらわれていること」に、吉本は「いずな使い」の新しさをみている。
 いずな使いが能力を発揮するには、狐が霊力のある動物だという伝承が行き渡っていること、そして人の生死や収穫が自分たちの意志や努力ではいかんともしがたいものであると信じられていることが必要である。
 いずな使いは、こうした村落の共同幻想にみずからを同調させることで、共同体の未来を予言し、村民につけこむ。だが、その能力に限界があることはいうまでもない。かくて狐の零落がはじまる。
 狐はただの狐だと見破られたときに、共同幻想から追放される。そうした経緯は、女に化けていた狐が正体を見破られて斬り殺されるといった話にも転化していく。
 しかし、いずな使いが霊力を失ったあと、共同体ははたして予言者なくして存続しうるのか。それはありえない、と吉本は考えている。そして、いずな使いに代わって、新たな予言者として登場するのが「巫女」なのだととらえている。
 一寸先は闇といったのは、だれだったか。ともかく、どの人も先のことは見えないのだ。先に何が起こるかわからないまま、慣性にしたがって生きている。しかし、人が純粋な個人としては生きられず、家族や共同体とともに生きているのだとすれば、その家族や共同体の運命も、常に将来への不安にさらされているとみてよいだろう。
 外部空間への不安が共同幻想を生むのだとすれば、将来時間への不安もまた共同幻想を生む。古代の時間の闇に潜入してみれば、そうした不安のなかに登場してくるのが、巫女という存在なのだ。
「巫女」とはいったいいかなる存在なのか。それが次の課題になってくる。

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吉本隆明『共同幻想論』をめぐって(2) [われらの時代]

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[7月28日、市川の堀之内貝塚公園にて。このあと、キツネにだまされたように、車をこすってしまった。]
 心の問題としての国家が問われている。
 そのとっかかりとして、吉本が素材にしようとしたのが、柳田国男の『遠野物語』だった。岩手県の遠野に残されていた民話を、地元出身で、当時、早稲田の学生だった佐々木喜善が、当時農政官僚の柳田に語り、それを明治43年(1910年)に柳田がみごとな文章にまとめあげた。
 佐々木を柳田に紹介した作家の水野葉舟は、これを遠野の怪談と称し、語り手である佐々木自身もいなかの「お化け話」だと思っていた。
 すでに明治の終わりにあって、里に残された民間伝承は、かつてのふるさとを思わせるなつかしい話となっていた。そこには、あわただしい近代とはことなる里の生活の痕跡があちこちにちりばめられていたからである。
 そんな民間伝承である『遠野物語』を、はたして国家論として扱えるのだろうか。それは里に伝わった怪異な話であって、とても国家の発祥と結びつくとは思えない。吉本はなぜ遠野物語を国家論の射程に収めようとしたのだろうか。
 柳田自身は、当初、山には日本の先住民が暮らしており、その痕跡が山神山人伝説となったと考えていた。その仮説は、南方熊楠との論争をへて放棄されるが、聞き書きの『遠野物語』を記したときには、この物語を「山神山人の伝説」と考えていたのである。しかし、柳田はそのうち『遠野物語』が、日本近代の文脈において、民間の側から『古事記』を逆照射する潜在性を秘めていることに気づき、そんな思いを封印していくのである。
 山人=先住民説を捨てた柳田は、それ以降、民間伝承の収集を通じて、オシラサマに代表されるような、民衆生活と渾然一体となった民間信仰をさぐる方向へと舵をきっていく。
 問題は吉本がなぜ『遠野物語』を国家論の端緒として、取りあげようとしたかである。吉本好みの言い方をすれば、『遠野物語』は、天皇の物語である『古事記』とは逆立しているのである。『古事記』が支配する側の物語だとすれば、『遠野物語』は支配される側の物語である。
『古事記』が人を超越した神々の強さと力を示す物語だとすれば、『遠野物語』に登場するのは、こわいといっても山男、山女、山の神のたぐい、それに天狗やカッパ、雪女などの妖怪、それに猿、狼、熊、狐、蛇などの動物で、いずれも身近な存在である。それでも、吉本は『遠野物語』に国家と連関する心性を読みこもうとした。
 そこからは、どこか牽強付会、こじつけ、その結果としての難解さが生じたのではないだろうか。しかし、民衆の心性や信仰(共同幻想)が、いかに逆立した(言い換えれば抑圧的な)国家の成立と結びつくかという論理立ては、いかにも吉本好みだった。
 先入観をまじえず、『共同幻想論』を読み進めてみよう。
 吉本がまずとらえるのは『遠野物語』にえがかれる山人への恐怖である。
遠野の里は山に囲まれている。その山にはいった猟師は、夢うつつのうちに、山人に出会った。そんな話がいくつも伝えられている。それぞれの話には構造的にちがいがあるが、いちいち分析するのは骨が折れる。吉本による現代語訳で、ひとつだけ紹介しておこう。

〈村の娘が栗拾いに山に入ったまま帰らなくなった。家の者は死んだとおもって葬式もすませて数年すぎた。村の猟師があるとき山に入って偶然にこの女にあった。どうしてこんな山にいるのかと問うと、恐ろしい人にさらわれ妻にさせられた。にげ帰ろうとおもってもすこしも隙がない。その人はたけが大きく眼の光がすごい。子供も幾人か生んだけれど、食べるのか殺すのか皆もちさってしまう。ときどき四五人集って何か話し、どこかへいってしまう。食物など外からもってくるのだから町へも出るにちがいない。こう言っている間にも帰ってくるかも知れないというので猟師も怖ろしくなってそうそうににげ帰った。〉

 民話の時制は、そう遠くない昔のことで、いつのことかはわからない。しかし、いかにもありそうなこととして、おそらく老人から子どもたちに伝えられた。子どもたちは、むやみに山にはいると、おそろしい山人にさらわれるぞという教訓を受け止めたはずだ。
 吉本のいう「入眠幻覚」のうちに山男(天狗に似ている)に出会うという伝説は、ひとり山にはいって猟をする人を時折襲う山中の恐怖に由来している。それが、いかにもほんとうに山男がいるように語られ、聴く人に恐怖を与えるところが、みそである。
 実際に山男が集団でいて、人さらいをしたり、悪事をはたらいていたりするなら、その事実を確認するのが、近代の発想である。しかし、そんなことがなされないのは、それが昔話として語られるからである。
 にもかかわらず、語られただけでも恐怖は伝わってくる。その恐怖の正体は何か。
 吉本はこんなふうに書いている。

〈すべての怪異譚がそうであるように『遠野物語』の山人譚も高所崇拝の畏怖や憧憬を語っている伝承とはおもわれない。そこに崇拝や畏怖があるとすればきわめて地上的なものであり、他界、いいかえれば異郷や異族にたいする崇拝や畏怖であったというべきである。そして、その根源には村落共同体の禁制が無言の圧力でひかえていたとおもえる。〉

 山人は山の神ではない。それは異郷に住む異族を象徴する存在だ。里人は、それに恐怖や、時に崇拝をいだき、いわば幻想をいだいた。その幻想が、里に一種のタブー(禁制)を生むことになる。
 この展開がなぜ国家の発端と関係するのかといぶかる向きには、現代でもたとえば山人の代わりに、イメージとしてのアメリカ人やイタリア人、中国人、朝鮮人、アラブ人、アフリカ人などなどを思い浮かべてみればよい。ほとんどメディアを通じてでしか伝わってこない、かれらのイメージからは、崇拝であれ、畏怖であれ、恐怖であれ、嫌悪であれ、一種の幻想が生まれていることがわかる。その幻想をつくりだすものは、日本という国の共同幻想にほかならない。
 ぼく自身は、師の滝村隆一のことばを借りれば、国家即共同体こそが共同幻想の本質だと考えている。こうした共同幻想は、ひとつの共同体の別の共同体にたいする外部感覚(恐怖や崇拝)をもとに醸成されたものだ。共同幻想は時代とともに変化するだろう。そして、それが消えていくには、それこそミレニアム単位の射程を要するのではないだろうか。
 これが最初の「禁制論」から、ぼくが勝手に思うことである。
まだ、はじまったばかりだ。
「禁制論」では、共同体に法の前段階となるタブーが生まれたことが論じられた。
 次の「憑人(ひょうじん、つきひと)論」では、いささかいやしい里の神々が出現する。そして、それがまつりごとをつかさどる神へと変貌し、政治の原型がつくられていく気配が語られることになる。
それにしても、先は長い。やれやれ。はたして終わりまで行きつくだろうか。自信がない。

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吉本隆明『共同幻想論』をめぐって(1) [われらの時代]

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 1968年の吉本隆明である。『共同幻想論』は1968年12月5日に刊行された。それは奥付なので、実際の発売は11月だったろう。そのころ、ぼくは大学2年生で、早稲田の雄弁会にはいっていた。この本を買ったのは翌年春のことで、その奥付は「昭和44年2月20日4刷発行」となっている。ものすごい勢いで本が売れていたのだ。
 吉本隆明は思想の長距離ランナーだった。2012年に85歳で亡くなるまで、60年以上、思索をつづけ、うち40年ほどは日本の思想界のトップグループを走っていた。
 戦争中は愛国少年で、戦後は組合活動をするなかで共産党に疑問をいだくようになり、60年安保闘争では新左翼のブントを支持し、70年前後も学生運動への同調を失わず、80年代は不毛な左翼イデオロギーから脱却し、90年代以降はほぼ保守の立場をとるようになった。
『共同幻想論』を買ったのは、ここに新たな国家論と天皇制批判が展開されているにちがいないと予感したからだ。それまで、ぼくらが読んでいたのはエンゲルスの『家族、私有財産、および国家の原理』であったり、レーニンの『国家と革命』であったりで、いずれにせよマルクス主義の文献だった。
 しかし、そこには日本のことが書かれていなかった。これにたいし、吉本の『共同幻想論』では、柳田国男の『遠野物語』や『古事記』をベースにして、日本の国とは何かが展開されているように思われた。
 だが、むずかしくて、ほとんど何もわからなかったことを覚えている。それでも、サークルの部室では、対幻想とか共同幻想とかの用語を並べて、国家は共同幻想にすぎないんだよ、などと論じあっていた。思えば熱い時代だったのだ。
 あれから50年以上たったいま、この本からはどんな光景が立ち上ってくるだろうか。昔を思いおこしながら、いま一度、ゆっくりと読み直してみることにした。何か役にたつことを書こうというのではない。50年前の自分との対話みたいなものである。
 注意しなければならないのは、本書は吉本による日本国家論の端緒にすぎなかったということである。吉本自身も「後記」に、やっと国家の起源まで行きついたと語っている。しかし、そのあとも、文学的考察を中心に、1970年以降も吉本の日本国家論はつづいたというべきである。
 それをこころみに挙げてみると、「天皇および天皇制について」、「南島論」、「敗北の構造」、「家族・親族・共同体・国家」、「源実朝」、「近松論」、「初期歌謡論」、「最後の親鸞」、「源氏物語論」、「アジア的ということ」、「柳田国男論」、「西行論」、「良寛論」、「『本居宣長』を読む」、「母型論」、「アフリカ的段階について」など、じつに多彩な論考のかたちで、歴史的考察がくり広げられたとみてよい。
 したがって、『共同幻想論』を評価するには、マルクス主義国家論などとの比較を含め、その後の吉本思想の展開を考慮しなくてはならないはずなのだが、体力も知力もないなまけもののぼくには、とてもそんな大胆なこころみに着手する勇気がない。学生時代に読んだこの本を本棚から取りだして、懐旧にふけり、そのうち孫たちから、おじいちゃんのころはへんてこな時代だったねと懐かしんでもらえば、それでじゅうぶんである。
 前置きが長くなったけれど、何はともあれ読んでみることにしよう。
『共同幻想論』には長い「序」があるけれど、それは省略。「序」は吉本自身による本書の解説でもあるから、その内容は以下の紹介のなかに折りこんでいけばいいだろう。
 そこで、まずは「禁制論」から。
 国家とは何かが問われている。そのためには、まず国家の起源にさかのぼらなくてはならないという意識があらわれている。
 吉本がユニークなのは、国家を心の劇として、とらえようとしているところである。すなわち、自分にとって、国家とは何か。この問いは、みずからの戦争体験から生じたといってよい。
 そして、あのころ遠巻きながら学生運動にかかわっていたぼくらも、国家とは何かという問いを心にいだいていた。『共同幻想論』が爆発的に売れたのは、あのころ「国家とは何か」という吉本の問いが、若い世代にも共鳴をおこしたからにちがいない。
 吉本は、心とは何かを問うている。
 それはまず何といっても自分の心である。これを「自己幻想」と呼ぶことにする。
 心が欲望から生ずるとするなら、人は「自己幻想」を核としながら、その外部に性的な欲望にもとづく「対幻想」をもつはずであり、しかも、その「対幻想」に縛られることになる。対幻想は家族の世界をかたちづくるだろう。
 そして、さらにその外に「共同幻想」がやってくる。共同幻想は自己幻想を包もうとするという意味では、自己幻想にたいする抑圧としてはたらき、逆に自己幻想からの反発をも生む。共同幻想は国家や法、宗教、規範の世界をかたちづけるだろう。
 自己幻想と対幻想と共同幻想は、3層状に積み重なっているわけではない。むしろ層をなして球のようなかたちをしているとみてよいだろう。その中心の核が、狭い意味での自己幻想だとすれば、対幻想、共同幻想はその回りを囲む外側の層である。そして、その球は心の全体を示し、広い意味での自己幻想だともいえる。
 これはあくまでも吉本の仮説である。しかし、この仮説にもとづいて、吉本は思考実験を重ね、仮説を立証しようとしていた。
『共同幻想論』が難解なのは、ときにわれわれがその思考実験についていけなくなるからである。
 吉本はフロイトにもとづいて、未開社会の禁制すなわちタブーを論じるところからはじめている。国家論を未開社会のタブーからはじめるのは、なかなかユニークな着眼かもしれない。
 禁制、すなわちタブーとはどういうものなのだろう。
 タブーは人類学者の調査と研究によって明らかにされた現象である。未開種族には、近親相姦へのタブーや族長へのタブーが存在することが知られるようになった。
 フロイトは、こうしたタブーに強い関心をもった。強迫神経症とよく似ていると思ったからである。禁制のあるところには、強い願望があるというのが、臨床経験から得られたフロイトの仮説だった。
近親相姦へのタブーについて、フロイトはこう考える。
 ひとつの親族のなかで、もともと兄弟たちは、母や姉妹たちへの強い性的願望をもっている。そのとき、じゃまになるのは父の存在である。そのため父は排除される。しかし、いざ排除すると、こんどは女たちをめぐって、兄弟たちの激しい争いが生じてしまう。そこで、共同生活をつづけるには、近親性交禁止のおきてをつくらざるを得なくなる。こうして母系制ができあがるのだ、と。
 フロイトは一貫して、性を人間の本質とみているので、われわれからみれば、こうした論理は、かなり異様なこじつけのようにみえる。
 しかし、吉本は性的な心の劇としては、フロイトの仮説はおもしろいと評価する。ただ、問題は、フロイトが性的な関係を母系制という制度にそのまま延長してしまっているところだ、と述べる。
 吉本流の概念でいうと、フロイトは性的な「対幻想」と制度的な「共同幻想」を混同してしまっているということになる。
 もういっぽうの族長にたいするタブーはどうだろう。
 未開種族にとって、族長は崇拝と恐怖の存在にほかならない。族長には常人にないマナ(特別な力)があると信じられ、その意志に逆らうことは許されない。族長はさまざまなタブーによって包まれ、気楽に族長と接することはできない。とりわけ、近隣共同体との戦争がつづくときには、族長は、より強いマナをもつ王へと変身していくと考えられる。
 フロイトは、王のタブーが強烈すぎるゆえに、臣下との仲介役が必要となり、そこで、王と臣下とのあいだをつなぐ宰相が登場してくるとみている。
 そして、フロイトは、この考えを日本の古代王権にも適応して、王(天皇)は自分が神聖であるという重荷におしひしがれて、貴族に現実の政治をまかせるようになり、世襲的な天皇は宗教的な権威だけを世襲的にひきつぐようになった、と考えたという。
 だが、吉本はこれもこじつけではないかと疑う。強迫神経症の分析をそのまま拡張した想像上の仮説にすぎないからである。
 フロイトは人間を性的存在として把握する画期的な視点を打ちだした。だが、かれの論法をそのまま国家論に適用することは不可能である。なぜなら、フロイトには自己幻想と対幻想、共同幻想の区別と連関がなされていないからだ、と吉本は考えている。
 禁制(タブー)について、吉本はさらにこんな考察をくり広げる。
 事物であっても人であっても何かがタブーだというのはどういうことか。その何かが、怖れられたり崇拝されたりしていることはまちがいない。そして、タブーとなる何かは、かならず実像から離れ、ゆがんでとらえられている。
 王のように自身がタブー的存在である場合は、身体の生理的自然のみが自分がヒトであることを思い起こさせる。
 ふつうの人にとって、他者にたいする最初のタブーがあらわれるのは、性的対象としての異性にたいしてである。共同性にたいするタブーがあらわれるのは、その次だ。
 だいたいにおいて、人は共同性にたいするタブー(禁制)を受けいれている。こうした合意がなされた場合を、吉本は「黙契(もっけい)」と呼んでいる。
 純粋な禁制においては、それが禁制であることも意識されていない。しかし、黙契段階になると、禁制は禁制だと意識されたうえで、禁制が受けいれられている。
 黙契は習俗、すなわち慣性である。タブーがあっても、ふつう人は素知らぬ顔をして生きている。禁制と黙契は入り交じっている。
 だが、吉本ははっきりという。
「禁制が支配している共同性は、どんなに現代めかしていて真理にたいしてラディカルにみえても、じつは未開をともなった世界である」
 天皇制やマルクス主義にたいする批判である。
 こうした啖呵(たんか)に、あのころぼくらは拍手を送ったものだ。
 そして、吉本は日本国家論を解明するためには、フロイトやエンゲルス、レーニンではなく、日本の神話や民俗譚に戻らなくてはならないという地点に達する。
 とりわけ、生活と習俗の位相から共同性を解析するためには、日本の民俗譚を取りあげるにしくはない。こうして吉本は、当時、ほとんど忘れられていた柳田国男の『遠野物語』のなかに突入していくのである。
 長い話になりそうだ。

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ボードリヤール『消費社会の神話と構造』を読む(5) [商品世界論ノート]

 消費社会のつくった商品のひとつに余暇関連産業がある。
 しかし、そもそも時間とは何だろう。
 現在の時間概念について、ボードリヤールはこう述べている。

〈時間はあなたより前から存在していて、あなたを待っている。もし時間が労働のなかで疎外され奴隷化されているなら、あなたは「時間をもたない」。反対に時間が労働や拘束の外にあれば、あなたは「時間をもつ」。水や空気と同じように絶対的で譲渡不可能な次元である時間は、したがって余暇のなかで再び万人の私有財産となる。〉

 現代社会では、時間が生産システムの枠内で生産され、すべての財と同じ資格をもっている。つまり時間は財なのだ。時間は自由への渇望を内包している。だが、自由な時間は、そもそも強制と拘束の時間があってこそ生みだされるという矛盾にさらされている。余暇においても、消費社会の悲劇的逆説が貫徹しているわけだ。
 ヴァカンスはもちろん自由時間だが、それは労働時間の規範と拘束を前提として与えられたものだ。
 自由時間とは「何よりもまず時間を無駄にする自由、時間をつぶしたり、純粋に浪費したりする自由」によって支えられている。ヴァカンスという時間は、1年間汗を流してやっと手に入れたひとつの財であって、これを手放すわけにはいかない。ところが、余暇が自由だというのは幻想なのだ。そこには「自由」な時間があるわけではない。実際に存在するのは、限定された気晴らしの時間でしかない。
 したがって、余暇は疎外された労働のイデオロギーにほかならない。そのため、「余暇は自由時間の享受、充足、および機能的休息などというよりは、むしろ非生産的時間の消費として定義される」と、ボードリヤールはいう。
 ここでは、消費される自由時間が、生産の時間であるという逆転が生じる。それは生産に備える時間である。しかも、それ自体が生産の時間ともなる。すなわち、ここにレジャー産業が登場して、自由な消費者は、差異表示的、地位表示的、威信的な消費をおこなうのである。
 暇な時間を使い果たすのは、一種のポトラッチ(気前いい散財)である。そこでは、いわば社会的救霊がなされ、人びとは日ごろのうさを晴らす。
 労働が自由な労働力として「解放」され、消費が商品の自由な選択として「解放」されるように、余暇においては、時間が自由な商品として「解放」される。だからこそ、「余暇は時間を自由に使えることそのものではなく、この自由のポスターにすぎない」と、ボードリヤールはいうのである。

 消費社会の特徴は、財とサービスが豊かだというだけでなく、すべてがサービスをまとっていることである。モノはただ利用されるだけでなく、消費者に奉仕することをめざしている。ここに心づかいのシステムができあがる。
 財は財というだけではない。そこには隅々まで心づかいが行き渡っている。
 心づかいのシステムは健康保険や失業保険、年金などの公的制度によっても支えられている。こうした再分配政策も、社会がサービスと福祉に努めているという神話を植えつけることになる。
 いずれにせよ、消費社会では温かさと思いやり、微笑のコミュニケーションが重視される。広告のなかでも、消費されるのは親しみである。こうしたコミュニケーションが、現代のテクノクラシー社会の哲学、価値体系をつくっている。
 だが、こうした温かさの雰囲気は、制度的、経済的につくられたものである以上、ひずみを生まざるをえない、とボードリヤールはいう。サービスは欲求不満、あるいは下心と常に結びついている。
 サービスを生みだす社会は、第3次産業が主流となっている社会である。そこでは紋切り型の献身が、個性とあらがって、いかにもそれらしく演出され、時折、いやらしささえ感じさせる。
 それはアナウンスの仕方からしらけた微笑、ばか丁寧な態度にまで広がり、システム化された対応ともなる、とボードリヤールは手厳しい。
 割引や特価、セール、おまけ、景品なども、気づかいやサービスのあらわれなのだろうか。いやいや、そうではあるまい。
 とりわけ広告は要注意だ。広告は、ちょっとしたおまけを引きだす仕掛けである。そこでは万人のために無償の贈与が提供されているようにみえる。
 だが「広告のずるさ、それはいたるところで市場の論理を『カーゴ』(贈り物を積んだ船)の魔術にすりかえることにほかならない」と、ボードリヤールはいう。
 控えめな様子と気前のよさ、広告のつくりだすこうした雰囲気は、さらに消費せよという隠れた至上命令とワンセットになっている。
 ショーウインドウもそうした仕掛けのひとつである。ショーウインドウには、さまざまなモノと製品が、神聖な品々のように陳列されている。ショウウインドウをのぞくことによって、われわれは変化への適応性と社会への順応度をためされているかのようだ、とボードリヤールはいう。
 消費社会では、実業家も広告業者も、まるで病める消費者に手を差し伸べる医者や救済者のようなふりをして登場する。だが、かれらは福祉と社会全体の繁栄を唱えながら、かいがいしくはたらいて、たっぷり利益をあげるのである。
 ボードリヤールにいわせれば、それは気づかいの魔術的レトリックだ。こうしたレトリックは経済面だけではなく政治面でも広がっている。政治家は民主的なそぶりをよそおいながら、権力による国民のコントロールをおこなっているのだ。
 ボードリヤールは、消費社会においては「個人はもはや自律的価値の中心ではなく、流動的相互関係の過程における多様な関係の一項にすぎなくなる」とも述べている。
 安住の地はどこにもなく、すばやく反応する力が求められる。人は他者との交差点に位置する存在として、いかなる状況にも対応し、ヒエラルキーのコード化した階段をのぼっていかねばならない。
 伝統的個人の超越的自己実現という課題は、もはや遠い過去の目標である。いまでは、集団内部の人間関係が最大の関心事だ。
 消費社会特有の概念は「雰囲気」だも指摘している。消費社会では、脱イデオロギー的な関係性が重視され、関係の生産が求められる。何よりも、できるだけ多くの他者をひきつける戦略がだいじになってくるのだ。
「誠実さ」や「寛容」もまた現代社会を導くだいじなキーワードとなっている。だが、ここで提示されているのは、あくまでも誠実さや寛容の記号である。
 ボードリヤールははっきりという。
「消費社会、それは気づかいの社会であると同時に抑圧の社会であり、平和な社会であると同時に暴力の社会である」
 平穏無事な日常は、マスメディアの流す「暗示的暴力」を糧にして、輝きつづける。暴力や惨事は常に亡霊として払いのけられ、豊かな消費社会が不安定な均衡を保ちながら存続していくのだ。
 だが、バーチャルではない現実の暴力は統御不可能である。時に暴力は見境もなく、突発的で不可解なものとして発生する。じつはボードリヤールは豊かさと幸福の神話(強迫観念)が、こうした暴力を生んでいるのではないかと疑っている。
「貧困と窮乏化と搾取が生み出す暴力とは本質的に異なるこの暴力は、欲望のまったく肯定的側面によって排除され、隠蔽され、検閲された欲望の否定性の顕在的出現としての行為である」
 いわばシステム化された豊かな消費社会からはみだした欲望が暴力となって出現するのである。
 社会はこうしたアノミー的で統御不能な暴力を防ぐために、さまざまな公的サービスを提供したり、それを回避するための商品を生みだしたりする。だが、それはあくまでも調整と制御の機構であって、暴力が臨界点に達して爆発するのを完全に防げるわけではない。暴力は現代社会に深く根をおろしている。
そのいっぽうで、LSDやサイケデリック、禅、ヒッピーなど、非暴力のサブカルチャーも登場している。こうした若者たちの反社会的なコミューンは、はたして経済成長と消費の社会に取って代わるだろうか。
 それははなはだ疑問だ、とボードリヤールは考えている。
 ボードリヤールは、飢えが現在大きな世界的問題であるように、今後は疲労が世界的問題になるだろうとも述べている。慢性的で管理できない疲労は、管理できない暴力と並んで、豊かな社会にはつきものなのだ。
 この社会はストレスと緊張とドーピング(興奮剤)に満ちた社会なのだ。欲求の充足というプラス面を相殺するマイナス面が同時に発生している。
「消費社会の主役たちは疲れきっている」のだ。というのも、消費社会では「経済、知識、欲望、肉体、記号、衝動などあらゆるレベルで競争原理が貫徹し」、「すべてのものが差異化と超差異化の絶え間ない過程において交換価値として生産され」ているからである。
 それにたいする受動的抵抗が、疲労や鬱、ノイローゼとなって発現している。疲労とは潜在的異議申し立てなのだ、とボードリヤールはいう。だが、そうした異議申し立ては自分自身に向かうしかない。
 豊かな消費社会は、欲望の両義性を解体し分裂させる方向に向かう。それはさらなる欲求とその充足を追求するいっぽうで、身体の統御不能性、あるいは暴力へと走るのだ。その過程は、けっして修復されることがない。
 それでも、消費社会は消費社会を批判する言説をも取り込みながら、ますます膨張していく。

〈消費という特殊な様式のなかでは、超越性(商品のもつ物神的超越性も含めて)が失われてしまい、すべては記号秩序に包まれて存在している。……消費の主体は個人ではなくて、記号の秩序なのである。〉

 はっきりいうと、ボードリヤールは、消費社会の死以外に疎外を逃れる方法はないという結論に達している。
 だが、はたして、それは可能なのだろうか。
 ちなみに、消費社会を高く評価した晩年の吉本隆明は、『ハイ・イメージ論』で、ボードリヤールが「左翼インテリ特有の根拠のない感傷と大衆侮蔑的な言辞」をまきちらしているだけだ、と手厳しく批判して、こんなふうに述べている。

〈ボードリヤールは消費社会を誇張した象徴記号の世界で変形することで、資本主義社会の歴史的終焉のようにあつかっている。実質的にいえば産業の高次化をやりきれない不毛と不安の社会のように否定するスターリニズム知識人とすこしもちがった貌をしていないとおもえる。わたしには消費社会の画像が、わたしたちの感受性と理念に問いかけてくるものは、ボードリヤールがときに陥ちこんでいる退行による否定や欠如による否定とは似てもにつかぬものにおもえる。押しつけてくる肯定と、押しつけてくる格差の縮まり、平等への接近に、どんな精神の理念が対応を産みださなくてはならないか。ここではまったく未知のあたらしい課題が内在的に問われているとおもえる。〉

 ちょっと意味不明な部分はあるが、晩年ますます左翼嫌いになった吉本が、こんなふうにボードリヤールを全否定するのは、ちょっと悲しい。ぼくには、それほど消費社会や高度資本主義がすばらしいものとは思えないからである。それが大衆をばかにする左翼の感傷なのだといわれると、そうなのかなあと考えこんでしまうのだけれど……。
 1970年と1990年のあいだに、時代は大きく変化したのである。

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ボードリヤール『消費社会の神話と構造』を読む(4) [商品世界論ノート]

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 本書が刊行された1970年にまだパソコンはなかった。それでも新聞や雑誌、ラジオやテレビが、膨大な情報や広告を流し、消費者の関心をあおっていた。そんなマスメディア文化はいったい何をもたらしていたのだろうと問うところから、ボードリヤールは消費社会の実相に迫ろうとしている。
 メディアが現代の文化をつくっていることは否定しがたい。ボードリヤールは、メディアの最大の機能は「ルシクラージュ」、すなわち周期的更新だという。
 メディアの場では、流行も知識も風景も文化もニュースも常時、更新されていく。こうした更新は、日常生活にも影響をもたらし、広告と一体となって、消費を動かしていく。
 マスメディアが大衆に提供するのは、「最小共通文化」である。そのなかには芸術も含まれる。メディアを通じて、人びとはシャガールやピカソを知り、その複製画を買ったりもする。こうした文化の民主化はかならずしも否定さるべきではない。
 芸術、科学、音楽の雑誌や本を買うのは、同じ知識と教養をもつ読者の仲間入りをすることでもある。だが、それは社会的地位のコードとして消費されているのであって、文化は二次的な要素にすぎない、とボードリヤールはわりあい冷ややかな見方を示している。
「この時点で、文化はわれわれの日常生活の『雰囲気』をつくりあげるさまざまなメッセージ、モノ、イメージと同一の適応様式(つまり好奇心の様式)に従うことになる」
 文化は常に更新される。商業デザインも消費者を新たな雰囲気に同化させて、商品の売れ行きをよくするのが目的だ。そこに提示されるのは産業化された文化である。
 キッチュは、安物アクセサリーやみやげ物、民芸装飾品、造花など、擬似的なモノを指す。消費社会では、こうしたキッチュが氾濫するが、これも文化の一範疇である。
 キッチュは水増し的に拡大する。キッチュが生み出すのは文化変容の美学であり、モノのサブカルチャー化だとボードリヤールはいう。
 これにたいし、ガジェットは脱工業化社会の象徴である。ガジェットとは、大型機械に代わる小型装置のことであり、ボードリヤールはその代表としてタイプライターを挙げている。ほかに身の回りの家電製品を思い浮かべれば、ガジェットのたぐいにはことかかない。いまならさしずめノートパソコンやスマホがガジェットの代表ということになるだろう。
 消費社会は、キッチュやガジェットを次々に生みだしていく。
「ガジェットは、実用的でも象徴的でもなく遊び的なその使われ方によって規定される」。だとすれば、1970年ごろにはじまったガジェット化の流れは、ついに現在のデジタルマシーンに行きついたとみるべきだろう。
 ポップ・アートもまた消費社会の生んだ新たな芸術形式といえるだろう。ボードリヤールによれば、ポップ・アートは、署名入りの消費されるモノとしての独自の地位を追求したのだという。

〈ポップがもっともポップ的な企てにおいて行う活動は、われわれの「美的感情」とはかけ離れている。ポップは「クール」芸術であって、美的陶酔も感情的または象徴的合一(深い巻きこみ)も要求しないが、その代わりに一種の「抽象的巻きこみ」、道具への好奇心を要求する。この好奇心には子どもの頃の好奇心や発見の素朴な喜びのようなものが残っていることはいうまでもない。〉

 ポップ・アートに詳しくないぼくでも、この説明はなかなかポップ・アートの雰囲気をよく伝えているような気がする。
 テレビではニュースやドラマと広告が、注意深く配合されているという指摘も、いわれてみればそのとおりだ。
 マクルーハンのいうとおり、メディアはメッセージである。メディアのなかでは、ニュースがコマーシャルを、コマーシャルがニュースを指示し、実際の現実からとおざかっていく。
 世界は切り取られ、情報として記号化され商品化される。メディアが提供するのは世界の実体ではなく、一定のコードにしたがって細分化され濾過され、再解釈された記号としての世界である。
 そこでは現実を回避したイメージが形成される。そして、そのイメージに人は動かされるのだ。
その意味で、広告は現代のもっとも注目すべきマスメディアである。広告は消費者をつくりだし、モノやブランドからできた商品のメッセージを組織的に人びとの頭脳に埋めこんでいく。
 ブーアスティンは『幻影の時代』において、社会のコードとメディアの技術的操作によって、出来事や歴史や文化がイメージとしてつくられていく世界を論じた。
 そのことを踏まえて、ボードリヤールは、「マスメディア的消費を規定するのは、実在系をコードで置きかえるこの手続きの一般化なのである」という。なまの出来事は、メディアの記号的操作によって、整理されないかぎり、消費可能な商品とはならない。こうして、つくりもののリアリティが実体よりも優位に立つのだ。
 広告はモノをつくられた感動的なできごとのなかに埋めこんでいく。広告は真と偽のかなたに存在し、大衆はだまされることを喜ぶ。ボードリヤールによれば、それは「自己実現的予言」である。広告はくり返す魔術めいた予言によって、消費者をモノにいざなうのだ。
 ボードリヤールは消費社会の表層を次々と渡っていく。
 消費社会では、いまや肉体こそが大きな消費対象になっているという。
 マスメディアと広告を大きな回転軸としながら、消費社会は何もかもを商品化し、さまざまなキッチュやガジェットを生みだす。そして、ついに肉体をも消費戦略に組みこむことに成功したというわけだ。
 ところで、肉体といわれると、いまのぼくはリハビリしか思いつかないが、さすがに本書のとらえる1970年は時代もまだ若かった。あのころは禁欲の時代が終わり、肉体とセックスの解放が話題になっていたのだ。若さ、エレガンス、男と女、肉体にまつわる快楽の神話が世をおおっていた。
 資本主義社会では肉体は私有財産である。そこから肉体へのナルシシズムが生まれ、肉体を開発し、幸福や健康、美にあふれる記号として肉体をつくりあげる作業がはじまる。その目的は人間解放と自己完成というより、じつは他人との競争に勝つことなのである。
「肉体が投資されるのは、肉体に利潤を生ませるためである」とボードリヤールはいう。「要するに、肉体はひとつの資産として管理・整備され、社会的地位を表示するさまざまな記号の形式のひとつとして操作されるわけである」
 肉体こそが財産。ちょっとあざとい言い方かもしれないが、いわれてみれば、たしかにそうかもしれない。消費社会においては、肉体もまた商品化される。
 いまや男でも女でも、美しさとエロティシズムが肉体の倫理を導くようになる。美が流行の価値記号であるように、エロティシズムは肉体をきわだたせる純粋な記号なのだ。
 そして、この肉体の倫理はモノに浸透し、新たなモノを生みだしていく。マッサージやジム、美容院、温泉、化粧水などなど。ガジェットとしての健康器具やアクセサリーなど、挙げていくときりがない。「肉体、美しさ、エロティシズム、それらには売り上げを増やす力がある」
 精神主義から肉体主義へ。肉体主義はいまや神聖化されかねない、とボードリヤール。肉体はひとつのイデオロギーとして、消費を導く神話になっていく(ライザップ!)。
 現代は女性の解放が進められている時代だ。しかし、女性の「解放」が進むにつれて、女性が消費社会のなかで、自分自身を自分の肉体と取り違える傾向がますます強まっている、とボードリヤールはいう。
 女性や若者が以前より解放されたことはまちがいない。しかし、その「解放」は、いわばシステム化されており、消費社会を享受しつつも、社会的危険を除去するよう管理されているとも評している。
 肉体の時代は医療崇拝の時代でもある。「健康は今日では生き残るための生物学的な意味での至上命令である以上に、地位向上のための社会的至上命令となっている」
 肉体は仕事の道具であるとともに、威信を示す記号でもある。医者と薬は、治療のためだけではなく、文化としての役割をはたし、潜在的なマナ(神秘的な力を与えるもの)として、消費の対象となる。
 現代の消費社会においては、からだの線を美しく保つことが、一種の強迫観念となっている。そこには「抑圧的気づかい」さえみられる。なにせ、肉体は監視する必要がある危険なモノとなってしまったのだから。こういう皮肉は本書のあちこちにあふれている。
 肉体への気づかいは、衛生への強迫観念をともなっている。消毒、殺菌、予防を重視するのも現代の特徴だ。
 さらに肉体を管理するためのかずかずの商品が生みだされる。低カロリー食品や人工甘味料、ダイエット食品など。
 セックス産業も肉体をめぐる産業である。ここでは性そのものが消費の対象となっている。
 ここで、ボードリヤールは問う。
 性は伝統的タブーから解放され、自由になったのだろうか。
 そうではない。「性をエロスのシステムとして、消費の個人的・集団的機能として『解放』したのは、生産システムの論理そのものなのだ」。そこには深刻な矛盾が隠されている。
 エロチックな広告のイメージは、人をひきつける。だが、その目的は、唯一の真のメッセージであるブランドに人を誘導することだ。
 広告自体にはどこにも性的衝動は含まれていない。広告は記号としての幻覚が化石化した集合体なのだ。あらゆる形態の性は、組織的な検閲によって実体を失い、消費用具となってしまう。それはある意味では深刻な事態だ、とボードリヤールはいう。
 いまやセックスはその象徴性を失い、部分的な機能となって、私有財産としてひとりひとりに割り当てられている。すると性は使用価値と交換価値の図式に組みこまれ、欲求とその充足、技術と商品性だけが問われるようになってしまう。ここからは物象化された性の文化的形而上学がはじまることになる。
 消費社会のもとで、性が商品化されたことによって、人ははたして解放されたのだろうか、とボードリヤールは問いかけている。
 次回は最終回。

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ボードリヤール『消費社会の神話と構造』を読む(3) [商品世界論ノート]

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 消費の理論をめぐるボードリヤールの考察をさらに追ってみよう。
 経済学はこう考える。人間は欲求を授けられており、欲求は満足を与えてくれるモノへと向かう。そのときモノは効用をもつ。そして、モノの選好は、けっきょくのところ支払い能力をもつ需要(有効需要)にもとづいて決定される。
 いっぽう社会学者はこう考える。財の選択は、社会的・文化的にコントロールされている。しかも、消費者はみずからのヒエラルキーに応じて、財を選択する。それは特定の時代、社会の生活スタイルに応じてなされるから、消費者はかならずしも自律的、主体的に財を選択しているとはいえない。消費財の「スタンダード・パッケージ」を受けいれているのだ。
 経済学者と社会学者のとらえ方のちがいからは、欲求の条件づけという問題が発生する。ガルブレイスの考え方は、両者の相違に架橋しようとするものだ。
 現代資本主義の大問題は、過剰な生産力にたいし、いかに消費需要を喚起するかだ、とガルブレイスは考えている。そのためには、消費者の意思決定力を操作し、商品に目を向けさせなくてはならない。こうしてテクノストラクチャー(専門家集団)を擁する大企業が、人為的アクセルによって、人びとの欲求を昂進させ、需要を喚起することになる。
 その道具となるのが、広告、宣伝である。消費者の自由と主権は建前にすぎない、とガルブレイスはとらえている。
 ガルブレイスが言いたいのは、要するに、消費者はテクノストラクチャーが支配する生産者に踊らされているということである。
 ボードリヤールはガルブレイスのこうしたとらえ方に賛同しつつも、かれのピューリタニズム的発想に異論をはさむ。
 問題は倫理ではなく、システムなのである。ボードリヤールは、欲求のシステムは生産のシステムの産物であると考えている。
 生産の秩序は道具に代わって機械を生みだし、富とはことなる資本が誕生し、仕事とは異なる賃金労働力を生まれ、それによって欲求のシステムがつくられ、需要が生まれるのだ、とボードリヤールはいう。これはまさにマルクスの『資本論』の考え方と同じだといってよい。
 さらに、ボードリヤールにいわせれば、私がこのモノを買ったのはそれがほしかったからだというのは、同義反復であって、そこからはいかなる消費理論も生まれない。モノは単なる使用価値や効用ではなく、記号価値として理解されなければならない。たとえば「洗濯機[もちろん自動車も]は道具として用いられるとともに、幸福や威信等の要素としての役割を演じている」のだから。
 したがって、こういうべきだ。「欲求とはけっしてある特定のモノへの欲求ではなくて、差異への欲求(社会的な意味への欲望)であることを認めるなら、完全な満足などというものは存在しないし、したがって欲求の定義もけっして存在しない」。個々の欲求はつぎつぎとあらわれる意識の流れの中心という意味しかなさないことになる。
 さらにボードリヤールは、こう書いている。

〈消費は享受の機能ではなくて生産の機能であって、それゆえモノの生産とまったく同じように個人的ではなくて直接かつ全面的に集団的な機能だと考えるのが消費についての正しい見解である。〉

 ややこしい言い方だが、いわんとすることはわかる。
 消費は自然的で生物学的な過程ではない。それは生産システムに組みこまれた社会的プロセスであって、人は消費者として知らないうちに、集団的にこのプロセスに巻きこまれている。消費は単純にみずからの欲求と享受を満たすようにみえて、このシステムにおいては、じつは価値と序列の社会的秩序にしたがいながら商品の分配にあずかっているのだ。
 だから、ボードリヤールはこういう。

〈財や差異化された記号としてのモノの流通・購買・販売・取得は今日ではわれわれの言語活動でありコードであって、それによって社会全体が伝達しあい語りあっている。これが消費の構造でありその言語(ラング)である。個人的欲求と享受はこの言語(ラング)に比較すれば話し言葉(パロール)的効果でしかない。〉

 いきなり言語学や記号学の用語がでてきて、めんくらう。
 ボードリヤールは消費を言語活動にたとえている。社会のなかで、人は言語を用いながら生活している。そこでのコミュニケーションは、共通の音声や語彙、文法などの約束からなる言語(ラング)によって成り立っている。
 その言語と同じように、人は社会のなかで、現金やカードやビットコインや小切手などといったマネー媒体を使って生活しているのだ。その意味で、言語活動と経済活動、とりわけ消費活動はよく似ている。
 消費は生産の体系としての経済システムに組みこまれており、それは記号としてのマネー媒体によって営まれる商品の分配にほかならない。そして、消費によって実現される個人的欲求と享受は、個人としてならともかく、システム全体からみれば、副次的意味しかもたないというわけである。話し言葉(パロール)が生き生きしているとはいえ、言語(ラング)の一部でしかないように。
 さらに読み進めてみよう。
 ボードリヤールは、ウェーバーを念頭に置きながら、ピューリタニズムは資本の拡大を義務としたが、同じように消費を義務としていると皮肉っている。
 労働が義務であるように、消費もまた義務である。そこでは、ためすこと、楽しむこと、遊ぶことが、まさに強制されているのだ。消費には規制がなく、自由であるようにみえるが、じつは集団的で強制的で社会的なモラルであり、制度なのだ。
 消費は社会的訓練の場でもある。たとえば、人びとはクレジットをはじめ──品物はすぐ、支払いはあとで──、新しい支払い方法を学ぶことを余儀なくされる。消費者は常に新しい消費手段や商品の使用・享受方法を学びながら、拡大再生産される社会の流れについていくことを強いられているのだ。
 資本主義システムにとって、いまや消費者はかけがえのない存在となっている。消費行動はいっぽうで個人主義的価値観を増幅させるが、もういっぽうで責任とモラルを求められるようになる。消費の強制のあとは責任の強制がつづくというのは、新たな矛盾といえなくもない。
 だが、こうして消費者は生産システムによってだけではなく国家によってもコントロールされることになるのだ。消費者はおだてられ、祭りあげられるなか、忠実に消費者としての役割をはたしているのだ、とボードリヤールはいう。
 消費の基本的テーマは差異化と個性化である。だが、これは消費社会の呪文、宣伝文句なのだ、とボードリヤールは断言している。
 宣伝は差異化と個性化をうたう。しかし、実際にここに差異と個性が存在するわけではない。自分と他者を区別するのは、あるモデルと一体化すること、あるモードにもとづいて自己を特徴づけることにほかならない。それは現実の差異や特異性を放棄することでもある。そして、現実の生産過程はいくつかの商標のもと、いくつかのモデルをつくり、絶えざるモデル・チェンジをすることによって成り立っている。
 ボードリヤールによれば、差異化はむしろコードへの服属、組み込みを意味しているというのだ。
 人びとは日常的な学習を通じ、組み合わさった文化にもとづいて、みずからの個性や習慣を選び取り、それによって差異のコードに組みこまれるのだ。
 個性化はモノや財それ自体ではなく、差異のうえに成り立っている、とボードリヤールは強調する。つまり、差異化作用が先にあって、それにモノや財がついてくるのだ。その差異化作用は、社会的コードにもとづいてなされる。
 過剰なみせびらかし消費、上流階級趣味、お隣との比較、こうした高次の「メタ消費」が、実際の消費行動をかたちづくっている。
 消費行動を促しているのは、個人の欲求ではなく、じつはコードに支配された差異化の論理なのだ、というのがボードリヤールの考え方である。したがって、地位への順応は、同じヒエラルキーのコードを共有すること、記号(モノ、商品)を分かちあうことによってなされる。
 とはいえ、現代のヒエラルキーは生まれや血統、宗教によって分けられているのではない。記号のコードとして選好される消費の巨大な連合体として形成される。
 現代の資本主義において、消費とは諸個人を差異のシステムと記号のコードに組みこむことにほかならない、とボードリヤールはいう。そして、コードのレベルでは、モードの革命が日々おこっており、それが政治革命を不発に終わらせてしまう。こうして消費は人びとをゲームに参加させることによって、イデオロギーを無力化していく。
 消費社会は自己陶酔をもたらすナルシシズム社会でもある。女性はモデルとしての女性を記号として買いいれることによって、個性を実現するのだ。
 もちろん女性的モデルにたいして、男性的モデルもある。しかし、「今日いたるところで目につくのは女性的モデルが消費のあらゆる領域に拡大していることである」。
 ボードリヤールは、ここからさらに現代の消費の具体的な諸相へと向かうことになるが、それはまた次回ということにしよう。
 これまで紹介してきたところをみても、ボードリヤールが消費社会を手放しで称賛しているわけではないことがわかるだろう。消費社会は、1970年代に資本主義が高度化し、ますますシステム化されていくなかで出現した現象ととらえられていた。その見方はむしろ批判的、挑戦的だった。

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ボードリヤール『消費社会の神話と構造』を読む(2) [商品世界論ノート]

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 ボードリヤールは消費社会の別の側面にもふれている。
 それを断片的に紹介しておこう。
 ひとつは現代の消費社会が、個人の支出によってだけではなく、公的機関(政府や自治体)の支出によっても支えられていることである。公的支出は主に教育や文化、公共事業、社会保障、防衛などの分野にあてられている。
 ほんらい、公的支出は社会的機会の均等化をめざすことを目的としている。しかし、ボードリヤールによれば、それは社会的差別の解消にほとんど効果を上げていないという。とりわけ教育面では、世襲的な格差が大きい。再分配政策も社会的不平等の緩和にかならずしも寄与していない、と公共政策には厳しい見方をとっている。
 さらに、財の増加による豊かさが、公害をもたらしていることに言及するのも忘れていない。大気と水の汚染、生活環境の荒廃や騒音、自然破壊、自動車がもたらす心理的負担と事故、都市の人口過密、長時間通勤、競争による絶えざるストレス、長時間労働も、豊かな社会の副産物だ。
 社会の豊かさを示すとされるGDPには、経済成長のもたらすマイナス面や破壊を補償し回復するための費用も含まれている。そのいっぽう、カネにならない家事労働や学術研究、文化、精神活動はそこに含まれない。
 少なくとも、経済成長のプラス面とマイナス面がごちゃまぜに加算されるGDPはけっして豊かさを示す指標ではないのだ。消費社会は大きな代償の上に成り立っているが、GDPはその代償の大きさを隠蔽する魔術的な足し算であることを忘れてはいけない、とボードリヤールは釘を差す。
 消費社会は浪費社会でもある。それはゴミの文明を生みだしている。ボードリヤールは浪費自体を道徳的に糾弾するわけではない。ポトラッチをみてもわかるように、人類社会に浪費はつきものだった。
 ヒトには余分なものを貯めこむことで安心を得るという側面がある。「豊かさがひとつの価値となるためには、十分な豊かさではなく、あり余る豊かさが存在しなければならず、……浪費を解消したり取り除いたりできると思うのは幻想にすぎない」
 ポトラッチの香り、みせびらかし消費、無駄遣いが、現代の消費社会を活気づけている。宣伝は浪費をうながし、モノは持続するためではなく、はやばやと死滅するために生産される。モノの価値=時間を奪い取ることが、生産秩序の再生産を保証している。今日の社会では、無駄な消費が経済システムのなかに組みこまれている。
 ボードリヤールは浪費をやめて節約せよと主張するわけではない。消費社会においては、いやおうなく浪費が経済循環に組みこまれていることを認識しておくことがだいじだというのである。
 もう少し読み進めてみよう。
 消費を導く思想は幸福の追求だ、とボードリヤールはいう。幸福を求める権利は、だれにでも認められなければならない。その意味で、消費の権利は平等主義的で、民主主義的である。だれでもが「モノと記号によって計量することができる福利、物質的安楽」を求めることで、幸福になる権利をもっている。
 消費社会の特徴は、だれもがどんな商品にたいしても、平等で民主的な権利をもつことである。ただし、幸福を与えてくれる商品を購入できるおカネは、だれにでも平等に民主的に与えられているわけではない。
 経済成長は長期的には、所得の均等化と民主化をもたらすという見方は根強い。それによると、貧困は「残りカス」のようなもので、経済成長とともに、やがてなくなるという。
 だが、この見方にはボードリヤールは否定的である。実際には経済成長は、特権階級や社会的不平等、不均衡、ひずみを生みだしている。つまり、「富の絶対量がどうであろうとも、体系的不平等を含みつつ安定している」のが、消費社会の特徴なのだ、とかれはいう。
 だが、それは消費社会にかぎられた話ではない。「あらゆる社会は構造的過剰と構造的窮乏とに同時に結びついている」。したがって、経済成長は、われわれを豊かさから遠ざけもしなければ近づけもしないというのがほんとうだ。社会的差異と差別は常に再生産される。特権的少数者も生まれつづける。
 ボードリヤールの見方は、悲観的といえば悲観的だが、きわめて冷静でもある。
「全体として見れば、成長の社会は、民主主義の平等主義的原則(それは豊かさと福祉の神話によって支えられている)と特権と支配の秩序の維持という根本的至上命令との妥協から生じている」
 経済成長は所得の均等化をもたらし、さらに経済成長を後押しするかもしれない。かといって特権と支配権力はけっして弱体化されるわけではなく、むしろ強化されるというわけだ。
 ボードリヤールは社会主義を支持しているわけではない。だが、「[資本主義]システムは富と貧困を同時に生み出し、充足と同様不満を、進歩と同様公害[破壊]をも生み出すことなしには存続できない」という立場をとっており、ガルブレイスのような楽観的な資本主義修正論にくみしていない。
 差別をつくる社会論理は常にはたらいている。産業化によって都市の汚染や騒音、あわただしさが広がると、きれいな空気や緑地、水、静けさは特権階級にしか与えられない贅沢品になっていく。そのいっぽうで、環境の悪化に対応して、それを解消するための財やサービスが人工的につくられるようになる。その財やサービスも、だれもが自由に得られるわけではない。
 たしかに生活必需品のレベルでは均質化が進む。しかし、価値と効用は地滑り的に移動して、新しいヒエラルキーが生まれるのだ。たとえば住宅にしても、場所や居住空間のちがい(差別化)に、そうしたヒエラルキーが歴然と示されることになる。
 ボードリヤールは次のような例を挙げる。

〈肉体労働者と上級管理職の支出の間の差異は、生活必需品では100対135にすぎないが、住居設備では100対245、交通費では100対305、レジャーでは100対390となっている。ここに、均質な消費に関する量的な差を見るべきではなくて、これらの数字から、追求される財の質に結びついた社会的差別を読みとるべきなのである。〉

 これは1970年段階のフランスでの数字である。2020年の現在において、こうした比率は、はたして縮小しているだろうか。アメリカはいうまでもなく、フランスや日本でも、むしろ拡大しているのではないだろうか。
 かれはさらにいう。健康や空間や美や休暇や知識や文化への権利が口々にいわれるけれど、それはすでにそれらが失われていることを示しているのではないだろうか。そして、そうした権利を満たすために新たな商品がつくられ、新たな役所が生まれる。たとえば、保健省や観光庁、文化庁というように。システムの生み出す疲労が、それを癒やすための商品開発へとつながり、それがGDPを押し上げ、それを管理する役所をつくりだすという循環構造が生まれている。
「学校が文化的機会の均等化に役立たないように、消費もまた社会全体を均質化するわけではなく、社会内の差異を強化しさえする」とも述べている。消費にたいする平等と民主主義はまったく形式的、抽象的であって、じつはそこでは真の差別のシステムが機能しているというのだ。
 実際には商品への消費は個別にではなく集合的になされていて、「消費はひとつの階級制度」なのだ、とも書いている。「誰もが同じ教育を受ける機会をもたないように、誰もが同じモノをもっているわけではない」。知識と教養、文化、余暇も、「より苛酷でより狡猾な文化的隔離[差異化]の場にすぎない」と、ボードリヤールはさらにたたみかける。
 モノには地位の観念がまとわりついている。消費社会においては、自己の価値を証明するために、稀少なモノを所有しようという虚しい試みがどこまでもつづけられる。ここでは、商品は単に使用価値があるからではなく、「ヒエラルキーのなかの地位上の価値」をもつからこそ購入され、消費されるのだ。
 そのことは、おうおうにして気づかれない。「消費者は自分で自由に望みかつ選んだつもりで他人と異なる行動をするが、この行動が差異化の強制やある種のコードへの服従だとは思ってもいない」。強制された差異化や社会的コードの要請が、消費をうながしている。
 消費に限度がないのは、差異化の原則がはたらくからである。一般に消費は常に上から下に向けて更新されていき、けっして全面的均質化に向かうことはない。商品が大量生産されるようになるのは、高級品が高級品の部類に属さなくなってからである。
 差異化の消費力学は、差異を拡大する方向と、差異を縮小する方向とに同時的にはたらく。それにより、欲望や欲求は際限のないものとなり、コントロールできない構造的変数となっていく。
 ボードリヤールは、経済成長が生じるのは、欲求と財とのあいだにある種の不均衡が存在するからだとも述べている。成長社会は、財の供給に比べて、欲求が常に超過していることを前提としている。したがって、この経済システムは、心理的窮乏化と慢性的危機の状況を内在化させているといってもよい。
 加えて、宣伝が差異をイメージとしてつくりだし、欲求を刺激する。都市への人口集中もまた欲求の限りない発生をもたらす。この際限ない欲求はシステムによって生じたものだ。こうした心理的窮乏化を引き起こすことによって、不安定で目まぐるしいなか、資本主義的生産の秩序と拡大が保たれていく。
 その意味では、成長社会は豊かな社会と正反対だ、とボードリヤールは言い切る。それは特権と差別、構造的貧困を生み出す社会なのだ。

〈われわれの生産至上主義的産業社会は稀少性に支配されており、市場経済の特徴である稀少性という憑依観念につきまとわれている。われわれは生産すればするほど、豊富なモノの真っ只中でさえ、豊かさとよばれるであろう最終段階から確実に遠ざかっていく。〉

 ボードリヤールはサーリンズによる狩猟採集社会の研究をもちだして、未開人は絶対的には貧しかったにもかかわらず、真の豊かさを知っていたという。かれらは何も所有せず、労働もせず、暇をみつけて狩猟や採集をおこない、手に入れたものをみんなで分けあう。睡眠をじゅうぶんにとり、自然のもたらす富を信じて生きていた。将来のことなど心配せず、手に入れたものは浪費する。
 これは「競争と差異化のなかで、欠乏と無限の欲求の弁証法」によって揺り動かされる、われわれの「豊かな」社会とは大違いだ、とボードリヤールはいう。現代の「豊かな」社会では豊かさが失われており、それを取り戻すためにさらなる経済成長を求めるというのは、まさに倒錯した社会的論理ではないか。そんなふうにボードリヤールは書いている。

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ボードリヤール『消費社会の神話と構造』 を読む(1) [商品世界論ノート]

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 日本で消費社会がはじまったのは1970年代半ばとされるのが一般的だ。産業が発生して以来、消費は生産とともにあるのだから、消費の歴史ははるか昔にさかのぼる。
 消費社会の定義はむずかしい。多くの人びとが生理的欲求にとどまらず、高次の文化的・社会的欲求を満たせるようになった社会を消費社会と呼ぶということもできるが、それも画然とした定義ではない。あちこちのマーケットに必要以上にほしいものがあふれ、それを自由に買えるようになった社会をさしあたって消費社会と呼ぶことにでもしておこう。
 ジャン・ボードリヤール(1929〜2007)がフランスで本書『消費社会の神話と構造』を刊行したのは1970年のことである。今村仁司と塚原史の共訳で、日本語訳が出版されるのは1979年だから、日本で注目されて翻訳されるまで、そのかん、けっこう時間がたっている。
 とはいえ、そのかんに日本も消費社会に突入したともいえるわけで、本格的に消費社会とは何かを論じた本書は、日本でも広く読まれた。出版から50年たったいまでも、消費社会論の基本図書とされているが、難解な本としても知られる。
 1979年に日本で出版されてすぐにぼくもこの本を買った。読んだけれども、ほとんどついていけなかった。あれから40年たったいま、本棚に眠っていたこの本をもう一度読み返してみる気になった。
 ただし、日本で翻訳が出版された70年代終わりではなく、原書が実際にフランスで出版された年、日本では大学闘争が終わり、三島由紀夫が死んだ1970年あたりを念頭においてみたい。あのころは、政治の季節がすぎて、ふたたび経済の季節がはじまっていたのだ。
 ボードリヤールの消費社会論には68年の残り香が色濃くまとわりついている(師であるアンリ・ルフェーブルの影響も感じられる)。そのことは、末尾の文章をみてもあきらかだ。
 かれはこう書いている。

〈われわれはモノが無であることを知っている。モノの背後には、うつろな人間関係があり、膨大な規模で動員された生産力と社会的力が物象化されて浮きぼりにされる。ある日突然氾濫と解体の過程が始まり、1968年5月と同じように予測はできないが確実なやり方で、黒ミサならぬこの白いミサをぶち壊すのを待つことにしよう。〉

 黒ミサが悪魔をたたえるミサだとすれば、白いミサは神の神聖さをたたえるものだ。消費社会は、商品という神の神聖さをたたえる儀式の上に成り立っている。
 だが、虚妄な資本主義の上に成り立つ消費社会は、膨張に膨張を重ねたすえに、突然、爆発し、解体されていくにちがいないという予感をボードリヤールは提示している。それがあたっているかどうかは別にして、それは1968年5月の経験から導かれた予感だったといってまちがいないだろう(そして、たしかに現在のコロナ禍は、消費社会の突然の「氾濫と解体」をもたらしているともいえそうだ)。
 いっぽうで、ボードリヤールはもうひとつの予感にさらされていた。われわれは、これまでに経験したことのない時代を迎えつつあるのではないか。じつは、それが「消費社会」と呼ばれるものだったのだ。ボードリヤールの感性は、消費社会に引きつけられながら、同時に強く反発していく。消費社会の神話と構造という言い方がされるのは、そのためだろう。
 前置きはさておく。例によって、暇な年寄りの読書だから、とりとめもなく、気ままにのんびりと進んでいく。わからないところは飛ばし読みしてしまうから、精密さは保証しない。途中の投げだしもありうる。
 それでは、ぼちぼち出発しよう。
 
 豊かになったヒトは、いまやどの時代よりもモノに取り囲まれている。モノがあふれている。われわれはモノの時代に生きている、とボードリヤールは書いている。ここは乳と蜜のかわりに、商品があふれる現代のカナンの谷だ。
 山と積まれた商品は、単に有用性を備えた個々の商品の集積ではない。「消費者はもはや特殊の有用性にあるモノと関わるのではなく、全体としての意味ゆえにモノのセットとかかわることになる」
 この言い方もよくわかる。
 たとえば、現代的なそれなりの生活を送るためには、洗濯機だけではじゅうぶんではない。冷蔵庫やガスコンロも必要だし、食洗機もほしくなってくるかもしれない。その意味では、モノはひとつではなく、ひとつながりの超モノの姿を隠しているのだ。
 ショッピングセンターやモールでは、消費の記号というべき商品が、万華鏡のようにちりばめられている。そこにはカフェや映画館、書店もあり、安物の雑貨、家具、衣類、食品もそろっている。
 エアコンのきいた建物のなか、人びとは中央の遊歩道(モール)をぶらぶらしながら、店先に無造作に陳列されている品々を見て回る。それ自体が楽しみである。ここでは何でも揃っているし、ほしい品物が見つかれば、クレジットカードで買えばよい。
 そんなショッピングセンターの姿を描きながら、ボードリヤールは「われわれは日常生活の全面的な組織化、均質化としての消費の中心にいる」と書いている。
 そして、ここでは「常春の気候のなかで『雰囲気』の永遠の組み合わせが繰り返される」。つまり、ショッピングセンターを歩きながら、人びとは季節ごとの「雰囲気」を買って、それを生活に取り入れることになるわけだ。
 ボードリヤールは、消費行動には、豊かさや喜びが自然の恩寵として与えられるのを待つといった魔術的心性がどこかに秘められているとも指摘している。
 消費において期待されているのは、現実ではなく、イメージや記号である。たとえば実際に戦場に行くのは嫌だが、シューティングゲームをしたいとか、牛を殺すのは嫌だが、うまい牛肉を食べたいとか。
「体験のレベルでは、消費は現実的・社会的・歴史的な世界をできるかぎり排除することを安全のための最大の指標としている」
 ここでは商品が記号によってあらわされるということが重要である。商品は多くの他の商品とともに店頭に並べられ、個々に価格やデザイン、流行、姿形などといった記号によって、人びとを幻惑している。だから、実際に消費者が買うのは、商品の使用価値や効用ではなく、その記号なのだ、とボードリヤールは考える。
 消費の場所は日常生活である。日常生活は内輪の閉ざされた場であると同時に、仕事や余暇やメディアによって外部に開かれている。日常性は増殖する「超越性」(政治や社会、文化)がもたらすイメージと、記号としてのモノである商品を絶えず栄養分としなければならない。
 極論すれば、たとえば災害や事故のニュースをテレビでみながら、ワインを飲んでいるといった場面を想像すればよい、とボードリヤールはいう。「消費社会は、脅かされ包囲された豊かなエルサレムたらんと欲しているのだ」
 いかにもフランス人らしい、このあたりのエスプリのきいた言い回しは、『日常生活批判』で知られる師のアンリ・ルフェーブルへの賛辞ともなっている。
 ここで、わずらわしいかもしれないが、少しばかり私見を加えておく。
 商品を記号ととらえるのは、ボードリヤールの卓見である。商品は店先で(ネット上でもかまわないが)、いわばピカピカ光って消費者を幻惑する記号であり、モノ(物象)である。それはマネー媒体によって購入されるのを待っている。
 だが、商品は、購入される前に消費されてはならないし、もちろん盗まれてもならない。じつは、商品と消費のあいだには、大きな関門が待ち受けている。商品は購入しなければ消費できないのだ。
 ヒトは消費しなければ生きていけないのだから、消費は常に人類とともにあった行動である。しかし、消費社会の特徴は、ヒトがみずから採取し、あるいはつくりだした有用物ではなく、資本によってつくられた商品をもっぱら消費する社会だということである。その意味で、それは資本主義の高度な段階を表象している。
 商品はマネー媒体によって購入できるモノであり、記号である。そこでは、人間の労働の一部さえ、モノ化したサービスとして購入することができる。
 商品世界はモノ化(物象化)、記号化された商品をつくりだし、それをどこまでも拡大していく傾向をもっている。
 さらに商品世界がめざすのは、時間と空間の可能な限りの圧縮である。たとえば食料となる米や野菜や肉を育てるのも時間がかかることだし、それらを空間的に移動するのもたいへんな手間を必要とする。しかし、モノ化され記号化(ブランドもそうだ)された商品は、おカネを払いさえすれば、たちどころに消費者の手元に届く。その時間と空間の広がりは、いまやグローバルだ。
 そんな不思議ともいえる商品世界の現在を、日常生活の次元から「消費社会」としてとらえかえし、社会学的、人類学的に考察したのが、ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』だ、とぼくは考えている。
 まだ、ほんのとば口である。もっと先まで読もうと思っていたが、長くなりすぎたので、きょうはこのくらいにしておこう。

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鹿島茂『吉本隆明1968』を読む(3) [われらの時代]

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 高村光太郎論である。
 鹿島茂の本書は、大半が吉本の高村光太郎論にあてられている。
ところで、最初にことわっておかなければならないのは、ぼくが文学や詩にはまるでうとく、どちらかというとそれを敬遠していることである。そこで、高村光太郎論はきわめて大雑把に、言い換えればその概要だけを紹介するにとどめ、あまり深入りはしない。
 吉本隆明は1924(大正13)年に、東京月島で船大工の息子として生まれ、東京府立化学工業学校から米沢高等工業学校へと進んだ。戦時中は軍国少年となり、20歳のときに敗戦を迎えている。
敗戦を知って、「わたしは、ひどく悲しかった」と書いている。もし降伏を認めない反乱部隊があらわれたら、そこに参加するつもりだったともいう。
 そのころ、吉本は朝日新聞に載った高村光太郎の「一億の号泣」を読んで、高村が早くも「未来の文化」を作りあげることを歌っているのを知って、「異和感」を覚えた。それまで戦意高揚を歌ってきた高村は、なぜこんなにもあっさり変身できるのか。
 そこから吉本は、高村の詩的営為をたどりはじめる。
 高村光太郎は1906(明治39)年から1909(明治42)年にかけ、ニューヨーク、ロンドン、パリに留学し、彫刻や絵画、詩を学んでいる。ロダンの展覧会や邸宅にも訪れ、その作品に魅せられている。
 農商務省からの研究費も出たが、基本的には親がかり(父親は明治を代表する有名な彫刻家、高村光雲)の留学だったといってよい。
 高村光太郎はけっしてブルジョア息子ではない。父の光雲は、職人的な彫刻家だった。光太郎は欧米で貧乏暮らしと孤独を経験し、それに慣れることも知った。だが、欧米体験は、何よりも高村に芸術に生きることを教えたのである。
 世間は見えてこなくなる。それが帰国後、父との確執を生む。それでも日々の生活は父の収入をあてにしなくてはならなかった。
 鹿島茂はこれを「多重的父親殺し」と名づけている。たしかに、すねかじりといった、なまやさしいものではなさそうだ。
 西洋への留学体験は、高村にいわば芸術の普遍性への視座を与えた。そうであるがゆえに、日本の後進性、特殊性が目につくようになる。高村光太郎の場合、それは父光雲と、父の支配する家への複雑な感情となってあらわれる。
 その抵抗はデカダンスのかたちをとった。しかし、けっきょく、それは性的解放を含めて、下町情緒への沈潜へと向かわない。鹿島茂は、高村光太郎は「世界性と孤絶性の間で引き裂かれ、どうにも心の居場所(環境社会)を持ちえなかった」ととらえている。
 そこにあらわれたのが智恵子だった。そして、高村は智恵子とのあいだに、いわば「性のユートピア」をつくりあげようとした、と鹿島は解釈する。だが、それは夫は彫刻にはげみ、妻はキャンバスに向かうという、芸術家どうしのまったく現実的基盤をもたないユートピアだった。
 夫婦生活の破綻は必然だった。智恵子は光太郎から離れられず、実家も倒産するなかで、孤絶のなか、狂気に陥っていく。とはいえ、1931年に統合失調症を発症してから死亡するまでの7年間を含め、智恵子との結婚生活は24年間つづいた。
 そのかん、高村の思想には大きな変化が訪れていた。それは、インテリゲンチャ意識からの「庶民返り」だった。昭和にはいり、不況が深刻化するにつれ、大衆の意識は対外膨張を求めるようになっていた。
 高村にとって、昭和の初期は、金持ちだけが幅を利かせる腐敗堕落した世の中だと認識されていた。そして、智恵子との生活も破綻していくなか、高村はすべてが浄化される物語を求めた。それがいっぽうでは智恵子抄に結晶し、他方では戦争礼賛詩へ飛翔することになるのだ。
 下町出身という出自からしても、青年時代の思想性からしても、吉本は高村に親近性を感じていた。ちがいを感じていたとすれば、それは高村が西洋への留学経験をもち、智恵子という夢のような女性と暮らしたことにたいしてではない。異和感がやってきたとすれば、それは高村がいつしか詩人の役割を、世の浄化ととらえるようになったことにたいしてだったといってもよい。
 その異和感を感じたのは、吉本が、前にも述べたように、敗戦から2日後の1945年8月17日に朝日新聞に掲載された、「一億の号泣」という高村の詩を読んだときのことである。
 その最後の4行には、こう記されていた。

  鋼鉄の武器を失へる時
  精神の武器おのづから強からんとす
  真と美と到らざるなき我等が未来の文化こそ
  必ずこの号泣を母胎として其の形相を孕まん

 戦争は敗れた、これからは文化の時代だ、という高村の宣言に、吉本は、はじめて高村がこういう人だったのかとの思いをいだいた。いっさいは水に流され、忘失され、新たな道が示されていたことに吉本はおどろく。
 何かがちがっていた。
 そこから、吉本の自立への模索がはじまる。その苦闘が実ったのが、1966年10月に刊行された『自立の思想的拠点』だった、と鹿島はいう。
 吉本が自立の思想に達するのは「大衆の原像」を樹立することができたからである。
 吉本は知識人や前衛党によってとらえられる「大衆」は、現実の大衆ではなく、かくあるべき大衆にすぎないという。大衆は、まだ覚醒していない存在とみられていた。
 これにたいし、吉本はあるがままの大衆のイメージを立てる。
大衆とは、政治・社会情況がどうであろうと、自分たちの今日明日の生活を考える人びとのことである。
 いっぽう、吉本は、知識人を「幻想としての情況の世界水準にどこまでも上昇してゆくことができる存在」と定義する。
 ここでは、幻想をほとんどもたない大衆と、幻想の水準をどこまでも高めていくことのできる知識人が区別され、対比されている。
 これはあくまでも大衆と知識人の定義であり、善悪の判断をともなっているわけではない。大衆が正しく、知識人が悪いというのでもなく、知識人が正しく、大衆が悪いというのでもない。あくまでも、大衆と知識人のちがいが定義によって示されたにすぎない。
 吉本が批判するのは、前衛的な党が遅れた大衆を導くべきだというロシア的マルクス主義の考え方である。
 それだけではない。知識人のもたらす知識にたいする、吉本の不信感には根深いものがあるといってよい。
 そのひとつの例が天皇制イデオロギーだった。すなわち天皇の国のためにはたらき、死ねという思想。それは党のために、あるいは民主主義のために、はたらき、死ねという発想とも通じていた。
 おもてのことばには裏があった。言い換えれば、着飾ったことばは、うそにあふれているのだ。そのうそのなかに、人は遊ばされ、翻弄される。
 吉本によって立てられた「大衆の原像」という概念は、マルクスのいう下部構造と似ている。知識人がつくりあげる世界が上部構造である。この上部構造は下部構造を抜きにしては成り立たないが、一見それ自体で成立するかのような幻想を与えている。上部構造が存在しないというのではない。ただ上部構造を支える「大衆の原像」を忘れて、上部構造を語ることはできないのだ。
 実際には、純粋の大衆も純粋の知識人も存在しない。それと同じく上部構造と下部構造は画然と分けられず、相互浸透している。したがって、知識人の幻想と大衆の原像は、あくまでも理念的な区分である。
 その区分にもとづいて、吉本は日本のナショナリズムを分析している。近代日本の政治思想には、もちろんナショナリズムだけではなく、マルクス主義に代表されるインターナショナリズムの流れもある。しかし、大衆の心をつかんだのは、圧倒的にナショナリズムの流れだった。
 それは立身出世・刻苦勉励型の素朴なナショナリズムからはじまって、懐古的なロマン主義、さらには農本ファシズムや軍事ファシズムへと移行していく。だが、その下部構造には、大衆の置かれた日本的近代に翻弄される現実があった。
 ナショナリズムにもインターナショナリズムにも含まれるうそを見分けるには、「大衆の原像」を対置する以外になかった。そして、「大衆の原像」を発見することによって、吉本ははじめて「自立の思想」を見いだしたのだといってよい。
 吉本はむずかしい。いまでも、よくわからない。しかし、あのころぼくは吉本を斜め読みすることによって、思想のサーキット場をゴーカートでくぐり抜けているような気がしたものである。

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鹿島茂『吉本隆明1968』を読む(2) [われらの時代]

 吉本は第一論文集ともいえる『芸術的抵抗と挫折』(未来社、1959)で、「転向」の問題をとりあげている。
 転向とは一般に思想信条を変えることを指す。しかし、とりわけ共産主義者が共産主義を放棄することを、転向と呼んでいた。
 有名なのは1933年(昭和8年)に、日本共産党最高幹部だった佐野学と鍋山貞親が、獄中で転向を表明したことである。その声明文のなかで、かれらはコミンテルンの誤りを指摘し、共産主義運動から離脱すると述べていた。
 ふたりの幹部はなぜ運動からの離脱を表明したのか。もちろん官憲からの圧力があったためだが、好意的に解釈すれば、それはかれらがコミンテルンの方針が、あまりに日本の大衆の感情からかけ離れていることに気づいたためといってもいいだろう。言ってみれば、コミンテルンは日本共産党に、天皇制の打倒とソ連邦の守護(日本の敗北)を求めていたのだ。
 遅れた古い日本を倒し、社会主義の新しい国をつくること。共産主義にひかれた戦前──いやひょっとしたら戦後も──のインテリの深層意識には、そんな思いが根ざしていたのかもしれない。
 それを吉本は、インテリにみられる「知の遠方志向性」と呼んでいる。「知の遠方志向性」をもつと、「日本の社会機構や日常生活的な条件」がつまらぬものとみえてきて、そこからの脱却をはかろうとする。
 だが、現実を見据えることのない脱却は、孤絶した暴走や妄想を招くだけではないのか。そのことを、ぼくらは連合赤軍事件で、まざまざと経験することになる。
 佐野、鍋山の転向を嗤(わら)うことはできない。日本的現実に直面して転向した人びとは、原理原則に固執して非転向を貫いた人びとにくらべて劣っているわけではない、と吉本は考えた。コミンテルンの考え方がそもそもおかしいからである。
 転向問題は、権力への屈服か不服従かという単純な割り切り方では処理できない側面をかかえている。それが、吉本のとらえ方だったといえるだろう。
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 吉本の注目するのが、中野重治の転向だ。
 中野は1932年に検挙され、34年に転向して出獄した。
故郷に帰り、父と会って話したときのことを書いた小説が「村の家」である。
 父の「孫蔵」は主人公の勉次にこういう。

〈おまえがつかまったと聞いたときにゃ、おとっつぁんらは、死んでっくるものとしていっさい処理してきた。小塚原で骨になって帰るものと思て万事やってきたんじゃ……。〉

 勉次には返すことばがない。
 孫蔵はさらに「おとっつぁんは、そういう文筆なんぞは捨てべきじゃと思うんじゃ」と言い放つ。
 そう言われても、勉次は黙っている。
 そして、父がさらに話しつづけるのを聞いて、最後に「よくわかりますが、やはり書いて行きたいと思います」と答える。
 地に足がつかぬ息子を父がたしなめ、文筆活動などやめてしまえという。これにたいして、息子は「やはり書いて行きたい」と言い切る。
 ここには中野の並々ならぬ決意があらわれている。
 とはいえ、中野にとって、書くという行為は、これ以降、父の存在、言い換えればみずからをつくりあげてきた古き伝統を意識せずにはすまされなかったはずである。
 吉本はのちに、こうした〈父〉のような存在を「大衆の原像」という概念でいいあらわすようになる。
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 鹿島茂は、「転向論」と並んで、初期吉本の中核をなす論考が「芥川竜之介の死」だと書いている。
 ここでも吉本は、みずからの来歴と重ねあわせるように、芥川に接近する手法をとっている。
 吉本は1927年(昭和2年)の芥川の死は、けっして時代思想的な死ではないと明言する。すなわち、一部で評されるように、芥川は勃興するプロレタリア階級を前にして、ブルジョワの立場をとるか、プロレタリアの立場をとるかで煩悶し、その葛藤から自死したわけではないというのだ。
 それは「純然たる文学的な死」であって、芥川は関係妄想と被害妄想などの神経的な不安にとらえられて、命を絶つにいたった。その原因は、中産下層階級出身というみずからの出自を断ち切って、大インテリゲンチャになりすまそうとした無理によるものだという。吉本はまことに吉本らしい、そんな解釈をくだしている。
 吉本は芥川を自分と同じ下町の中産下層階級出身とみるところから、芥川龍之介論をはじめている。
 芥川についてこういう。
「彼は、作家的出発において、ごく自然に中流下層の庶民作家であり、放蕩のかわりに、知識によって生を無意味に蕩尽すれば足りた下町庶民のひとりであったのだ」
 これは、われわれが芥川にたいしてもつ一般的なイメージを根底からくつがえす観点といえるだろう。
 鹿島茂は「吉本は、芥川を語り論ずることによって、自分自身を分析し、自身にとっての問題を尖鋭化することになる」と記している。
 言い換えれば、吉本にとって芥川の死は他人事(ひとごと)ではなかったということである。
 芥川は出身の下層階級から乖離して、あたかも上層のエリートとして振る舞うことによる孤独と不安を感じていた。
 だからこそ、吉本はいう。

〈[「或阿呆の一生」に記された]「人生は一行のボオドレエルにも若(し)かない」という断言の背後には、かならずや百行のボオドレエルの詩も、下層庶民の生活の一こまにも若かないという痛切な自己処罰の鞭があったはずであった。芥川は自分を「或阿呆」と呼ぶことによって、この自己処罰は、彼の全生涯を覆っていたはずである。〉

 このあたりの啖呵(たんか)は、まことに小気味よい。詩だって? へん、笑わせんじゃないぜ、というわけだ。
 自身の出身にたいする自己嫌悪をもつ芥川は、中産下層階級の世界に戻れなかった。そのことが芥川の神経をむしばまずにはいられなかった。
 吉本はなぜそんなふうに芥川をえがいたのだろう。
 戦前、右翼少年だった吉本が、戦後、労働運動を通じて、左翼に転じたことはまちがいない。だが、それは偉大な思想、卓越した党に身をゆだねる、いわば戦前の天皇崇拝を裏返したようなスターリニズム左翼ではありえなかった。
 だとすれば、自分の出発点はどこにあるのだろう。
 転向と芥川の死を他山の石としながら、吉本は、エリートではなく大衆の立場に立って書きつづけることを決意する。
 けっして教条的ではない、そんな下町インテリの威勢のよさを、当時のぼくらはかっこいいと思っていた。

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