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交換論──メンガー『一般理論経済学』を読む(5) [商品世界論ノート]

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 人間の経済社会は交換のうえに成り立っている。だが、交換が常になされるわけではない。交換は経済性の原理のもとでおこなわれているのであって、経済性に反する場合には基本的に交換は成立しない。アダム・スミスのように、人間には交換性向があるというだけでは、交換の問題はじゅうぶんに説明できない、とメンガーは考える。
 交換はどういう場合になされ、どういう場合にはなされないのか。交換の始原と本質を原理的に探るのが、ここでの目的だ。
 例によって、メンガーはモデルを設定するところからはじめている。
 小麦だけをつくる農民Aとワインだけをつくる農民Bがいるとする。Aにとっては小麦はありあまっているし、Bにとってはワインはありあまっている。Aは渇きを覚え、Bは腹をすかせている。
 このとき両者のあいだで、支配する(所有する)財の交換がなされれば、両者の欲望はより満たされることになるだろう。
 交換のなされる前提は何か。Aが自身の小麦よりもBのワインのほうにより大きな価値を感じ、またBが自身のワインよりもAの小麦のほうにより大きな価値を感じるのがまず最初だ。そして、それを双方が認めたうえで、財の移転が実行さえること、これが交換のなされる前提だという。
 つまり、「自分の欲望をできるかぎり完全に満足させようとする努力、自分たちの経済的状況を改善しようとする配慮」に導かれて、はじめて財の移転が生じることになる。
 交換は自己目的でも人間の本性でもない。「人々に交換をおこなわせる原理は、彼らの経済的活動を一般に導く原理、すなわち、自分たちの欲望を可能なかぎり完全に満足させようとする努力以外の何物でもない」とメンガーは論じる。
 このことは逆に、これ以上、欲望が満たされないだろうと判断されれば、あるいは自分たちの経済的状況がこれ以上改善されないだろうと判断されれば、交換が停止されることを意味している。
 メンガーはさらにモデルを用いて、この原理を説明する。
 Aは馬を6頭と乳牛を1頭もっている。これにたいし隣人のBは馬を1頭と乳牛を6頭もっている。馬は土地を耕したり、その他さまざまな用役に利用され、乳牛は牛乳や乳製品のために必要とされる。
 それぞれの経済的条件を捨象して、単純に比較すれば、AとBが支配する財の価値は以下のようにあらわされる。そのさい、所有する財の価値は、その数に応じて次第に減少するものと想定される。

[A]
馬 50 40 30 20 10 0
牛 50 ─ ─ ─ ─ ─
[B]
馬 50 ─ ─ ─ ─ ─
牛 50 40 30 20 10 0

 ここでAとBのあいだで、それぞれの財である馬と牛が1頭ずつ交換されれば、両者の経済状況は次のように改善される。

[A]
馬 50 40 30 20 10
牛 50 40 ─ ─ ─
[B]
馬 50 40 ─ ─ ─
牛 50 40 30 20 10

 馬と牛の交換によって、両者の経済状況が改善され、ともに経済的利益がつけ加わったことがわかる。そこで、2回目の交換がおこなわれる。その結果はどうなるか。

[A]
馬 50 40 30 20
牛 50 40 30 ─
[B]
馬 50 40 30 ─
牛 50 40 30 20

 2回目の交換でも、両者の経済状況はさらに改善され、ともに経済的利益がつけ加わっていることがわかる。
 だが、3回目となると、そうはいかない。両者の経済状況は、2回目と同じで、それ以上改善されない。
 にもかかわらず、さらに4回目、5回目と交換がくり返されると、経済状況は次第に元に戻り、さらに6回目となると、経済状況はスタート時点よりも悪化してしまう。
 メンガーは、こうしたモデルから、財の交換は一定限度までは双方の経済的利益を増進するが、それを超えるとその利益がふたたび減少していくという現象を引きだしている。
 交換はむやみやたらにおこなえばいいというものではなく、じっさいに人びとは無制限に交換をおこなっているわけではない、とメンガーはいう。

〈人々は実生活では、無制限に交換をおこなっているのではない。むしろ交換をおこなうのは特定の人々であり、彼らは、所与の時点ごとに、しかも、特定の財種類、またその時々の所与の経済的事情に応じて、それ以上の交換をさしひかえるある一定の限界に到達するのである。〉

 このことは諸国民全体の交易についてもいえる。
 生産が拡大され、財が更新されるにつれ、交換行動も次々と拡張されることはまちがいない。しかし、どこかで交換の経済的基礎がくみつくされて、財の交換がなされない時点がやってくる、とメンガーはいう。
 交易の自由化やさまざまな障害の除去によって、財の交易は盛んになるかもしれないが、それでも、それはいつか通常業務の軌道にはいり、交換による利益は段階的に逓減していく。
 それがメンガーの見通しだった。
 ここから市場と価格の理論が導かれる。それが次の課題だ。

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