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史心をもつということ [柳田国男の昭和]

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[シエナの街角にて(2009年12月)]

《連載151》
『くにのあゆみ』に刺激されて、独自の歴史教科案をもつにいたった国男が、実際には社会科教科書づくりに傾斜していくのは、それなりの背景がある。
『柳田国男伝』は当時の状況をこう説明する。

〈昭和22年(1947)、六三制の教育課程が発足し、戦後の新しい学校教育が始まった。新教育の目玉としての社会科は、準備期間を経て、同年9月から授業が始まることになっていた。社会科とは、アメリカのsocial studiesの翻訳で、従来の地理・歴史・公民を統合し民主教育を行う総合教科と位置づけられ、多くの人びとの熱い視線をあびていたのである〉

 社会科がGHQの戦後教育改革によって、従来の臣民教育を一新する民主教育の核として位置づけられていたことがわかる。教科書はまだつくられていなかった。
 当初、はたらきかけたのは成城学園の現場の教師である。柴田勝などが、一度国男に相談してみようと思い、二十数名の教師が柳田邸を訪れ、4月9日と16日の2回にわたって国男の話を聞いた。
 その記録は同年10月に成城教育研究所から発行されたパンフレット『柳田国男先生談話 社会科の新構想』に収録されているが、その前に雑誌「教育改造」でも、そのときの模様が「柳田国男先生をめぐる座談会」と題されて、菊地喜栄治の印象とともに抄録されている。ちなみに菊地は柴田とともに成城学園の教師をしていたが、国男とは以前から親交があった。
 最初に「社会科」という翻訳語について、国男はこう話している。

〈アメリカでは、お母さんの使う言葉も、学問上使う言葉も同じだから都合がよい。日本では、まるで家庭に通用しない言葉を使うのでこまる。社会科などといっても、聴き手がまるで新しいもののような感じを持ちはしないか。それを叩きこわさなければいけない。社会科とは「世の中」といっていることと同じだということを力説しなければならぬ〉

 これをみると、社会という概念が戦後になるまで日本では定着していなかったことがわかる。当時、「社会」がイメージさせるものは「社会主義」にほかならず、成城学園で「社会」の時間割を発表したら、生徒に「先生、社会ってなあに」と聞かれて困ったというエピソードもあったほどだ。それを国男は「世の中」の道を学ぶのが「社会科」ではないか、とまず提起したのである。
 英語でいうsocial studiesを民俗学流に読み替えていく国男の視点はあざやかで、それは国語や歴史に対するとらえ方と同じだったといってよい。
 何度も書くけれども、国男が嫌ったのは詰めこみ教育、あるいは押しつけ教育だった。こんなふうに話している。

〈これまでのような心得おくべし。これだけは知っておくべし、といった指導態度を捨てて、自発的な知識を培養しなければならぬ。それには7、8歳の子どもが両親に向かって──それは何々、どうして──というごとき、腹を割った質問ができるように仕向けなければならぬであろう〉

 世間を知り、世間で生きていくための知恵を身につけることが、柳田「社会科」のめざすところだった。
 基本の「社会科」は世間を知るための入り口にすぎない。日本人の最大の欠点が「事大主義」にあると思っていた国男にとって、世間を知るというのは、何も世間に合わせるということではない。それは歴史を学び、みずからが判断する力を養うということなのである。
「史心」という言い方をしている。

〈国民全体に史心をもたせることが歴史教育の主たることです。……ものには歴史がある。現在すべてのものに原因のないものはない。現在と過去とすっかり同じものは一つもない。昔のものは今も変わっておるが、変わるものには変わるべき理由があって変わったのだ。それを子供に聴かれては答え、聴かれては答えしていく。……[このように]史心を養うということが歴史教育のいちばん主眼だというふうに進めてみたらどうかと思うのです〉

 国男のいう「世間」が固定的・絶対的な現在の社会水準を指すのでないことはあきらかだろう。それはみずからが切り開いていくべき場を意味していた。
「ものには歴史がある」「変わるものには変わるべき理由があって変わったのだ」──そのことを自覚することが「史心」にほかならなかった。世間を知るとは、みずからを周囲に合わせることではなく、みずからの日々の実践や判断に歴史的自覚をもつということだった。

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