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大阪の2児置き去り死亡事件について [時事]


きのう(8月22日)の朝日新聞で読んだ、大阪の2児置き去り死亡事件のことがなんだか気になってしかたがない。
事件が発覚したのは7月30日のこと。近所の通報を受けて、レスキュー隊が南堀江のマンションにかけつけたところ、ゴミの山となった部屋のなかで、3歳と1歳の幼児2人が、一部ミイラ化した状況で死んでいた。死後1カ月半は経過していたようにみられたという。
母親は6月9日、子どもたちに最後の食事を渡したあと、そのまま家に戻らなかった。23歳の彼女は、1年前に離婚し、風俗店で働いていたという。春ごろから交際中の男性らと外泊をくり返すようになり、数日に一度しか家に戻らなくなる。そして、最後にわずかな食事を置いただけで、子どもを部屋に閉じこめたままにして、家を出たのだ。子どもが餓死することはわかっていただろうから、明らかに故意の殺人である。
ひどい母親もいたものだ、それにしてももう少し何とかならなかったものかと思うのが、最初の印象である。だが、その経過を知ると、底知れぬものが見えてくる。
容疑者の父親は三重県の高校の体育教師で、母親と離別してから、あまり家庭を顧みなかったという。さびしかった娘は、中学時代からぐれはじめるが、それでも東京の高等専修学校を卒業し、地元の日本料理店で働きはじめ、そこで夫と知りあって結婚、ふたり子どもが生まれた。
だが、子どもができてからも、彼女の夜遊びは収まらなかった。あげくの果てに離婚。ふたりの子どもを連れたまま、最初は託児所のある名古屋のキャバクラで働き、つづいて大阪の風俗店に移って、そこで子どもを放りだして、ホストクラブで遊ぶようになり、ついに育児を放棄する格好になった。
元夫や自分の父親、祖父母に、子どもをあずけようとはしていない。養護施設にあずけるつもりもなかった。最初は「母親である以上、強くないと」と語っていたのに、最後は「子どもなんていなければいいのに」と思うようになったのは、なぜなのか。
もともとは気丈な女性なのだろう。それでも、どこかでぷつんと糸が切れてしまった。ほとんどだれもアドバイスしてくれない、たった一人の子育てに、いつしかくたびれはててしまったのかもしれない。
子どもを捨てて、家を出た次の日のSNSに「まだやりたいこと やらなきゃだめなこと いっぱいあんねんもん」と書きこんでいたという。いったい、なにをやりたかったのだろう。
わからないことは、ほかにもいっぱいある。彼女が中学のころ、ぐれはじめたのはなぜか。結婚して子どもができたのに、夜遊びするようになったのはなぜか。離婚したあと、はたらきはじめたキャバクラの場所が、なぜ名古屋だったのか。どうして託児所もあるキャバクラをやめて、大阪の風俗店に移ったのか。ホストクラブで遊んでいたというが、そのことと育児放棄とは、どのような関係があるのか。
女性史家の高群逸枝は、かつてこんなふうに書いたことがあるという。商業主義の時代には、人はいっそう陽気にふるまい、漠然とした不安を忘れるために性を享楽する。そして、われわれはただ「在る」だけになって、その時がくれば、あっけなく死んでしまう。そういう「物質から虚無への道」を歩んでいるのだ、と。(山下悦子「戦後社会と女性」を参照)
この事件、どうも、ひとごとではないような気がする。

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