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ぼくの「いける本・いけない本」(2012年下期) [本]

またも恒例のアンケートにこたえて、ぼくの「いける本・いけない本」(2012年5月〜10月期)を書いてみました。「いけない本」は、むしろぼく自身の課題でもあり、挑戦すべき本という意味も含んでいます。「いけない本」は特に悩みますね。このアンケートもぼくのようなリタイア組はそろそろ退場すべきなのですが……。

【いける本】
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○原武史『レッドアローとスターハウス─もうひとつの戦後思想史─』(新潮社)
著者は子供時代を東京・西武沿線の団地ですごした。西武鉄道は堤康次郎を「天皇」とする王国であり、団地は日本共産党が勢力を伸ばす拠点となっていた。その沿線には複合的な思想状況が生まれており、アメリカニズムとは異質の戦後空間が渦巻いていた。ナショナル・ヒストリーに解消されない身近な場所から歴史をとらえなおした力作だ。
○中村稔『私の昭和史─完結篇─』(青土社)
全五巻、三部合わせて二一〇〇ページ以上になる大作が完結した。完結篇は弁護士としての仕事の記述が多く、昭和という時代は近辺を通り過ぎていく風景のようにとらえられている。著者は不正義を憎む。とくに正義をかかげながら、暴力や無言の圧力、巧言によって世を動かそうとする体制や運動を憎む。「未来はたぶん暗く、波瀾にみちているであろう」という末尾の予感が痛切だ。
○奥田博子『沖縄の記憶─〈支配〉と〈抵抗〉の歴史─』(慶應義塾大学出版会)
なぜ米軍基地が沖縄に集中し、それがいっこうに縮小されないのか、何のために米軍は沖縄を拠点としているのか、自衛隊と米軍はどのように協力しあっているのか。あまりにも知らないことが多い。普天間問題を契機に、実際には「全国の沖縄化」が進んでいる。沖縄の記憶は他人事でも過去の特異な体験でもない。われわれの未来を考えるための指標なのだ。

【いけない本】
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●竹内洋『メディアと知識人─清水幾太郎の覇権と忘却』(中央公論新社)
思想内在的にではなく、思想外在的に清水幾太郎という変転きわまりない思想家をとらえようとする試みだ。清水はもともと「メディア知識人」で、みずから「一種の芸人」と自嘲していたというのだが、やはり転回の内実を知りたかった。
●読売新聞昭和時代プロジェクト『昭和時代─三十年代─』(中央公論新社)
新聞連載を単行本にまとめる難しさ。一本一本はそれなりに面白いのに、まとめてみると断片的で、つながりが感じられず中途半端な感じ。文体も含めて新聞のスタイルと、読み物としての単行本はなかなかなじまないのかもしれない。しかし「四十年代」が出たら、またきっと買うだろう。
●孫崎享『戦後史の正体 1945─2012』(創元社)
快著だが、米国に対する「追随派」と「自主派」の二分法で、戦後政治史のレッテル貼りをする手法に疑問を持った。著者はみずからも「自主派」の立場をとり、岸信介や佐藤栄作を高く評価しているが、その先にどのような国家像が描かれているのかも気になった。

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morichihito

はじめまして。ちょっと遡りますが、2007年連載26で紹介されている、石牟礼さんが谷中村を訪れる記述は、どちらからの引用でしょうか。
ぜひ、拝読したいのですが。
by morichihito (2012-11-13 00:10) 

だいだらぼっち

すみません。やはり出典を明記しておかないとまずいですね。ぼく自身はっきりと覚えていないのですが、おそらく藤原書店から出ている『石牟礼道子全集』第1巻に収録されたエッセイだったと思います(まちがっていたらごめんなさい)。図書館で借りました。
by だいだらぼっち (2012-11-15 17:19) 

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