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『遅刻してくれて、ありがとう』を読む(1) [本]

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 著者のトーマス・フリードマンは著名なジャーナリストで、著作家でもある。『レクサスとオリーブの木』、『フラット化する社会』などのベストセラーで知られる。その信条は、社会の仕組みをわかりやすく説明することだ。
 その著者が、いまわれわれは歴史的な大転換点をくぐり抜けているという。「地球上の3つの大きな力──テクノロジー、グローバリゼーション、気候変動──が、いまはすべて同時に加速している」という。
 そういうときこそ、立ち止まって、じっくり考えてみなければならない。ジャーナリストの著者は、毎日、多くの人と会う忙しい生活を送ってきた。そんなとき、たまたま何かの事情で遅刻してくる人がいる。しかし、それによって自分の時間が奪われたとは思わない。むしろ考える時間ができたことに気づくのだ。相手があやまる。それにたいし、著者は「遅刻してくれてありがとう」と答える。この経験が本書のタイトルになっている。
 立ち止まって、じっくり考える時間ができたのだ。めまぐるしい変化に追いつくだけが精一杯の忙しい毎日。だが、そこで一時ストップして、回りを見渡してみると、そこから思わぬ発見や人とのつながりが生まれてくることに気づく。
 いまはだれもがブログで自分の意見や感想を発表できる時代だ。無数の人がキーボードを叩くだけで、歴史を創っている。ブログはみずからの心象に光を当て、読者の気持ちをかきたてる。そのテーマは無限にある。ブログでは、自分が世界をどう見、それについてどう思うかを発信することがだいじだ。そのためには常に世界への関心を広げ、世界について学びつづけることが求められる。
 あるブロガーにそんなことを教えているうちに、著者はいま自分が生きている時代はどんな時代なのかを、あらためて考えるようになったという。
「本書は、史上でもっとも変化が激しい時期、この加速の時代に、繁栄し、レジリエンス[復元力]を高めるための、楽観主義者のガイドブックだ」と書いている。つまりサバイバル読本だ(ぼくのような年寄りには、もう無用かもしれないが)。

 そこで、まずはテクノロジーの現状についてである。
 その変わり目は2007年だったという。この年、いったい何がおきたのだろう。
 2007年1月9日、アップルのスティーブ・ジョブズはサンフランシスコで最初のiPhoneを発表した。ジョブズはプレゼンテーションで、このひとつの機器に、世界最高のメディアプレーヤー、最高の電話、ウェブに接続する最高の方法が盛りこまれていると語った。その後、スマホ用アプリが爆発的に開発され、1年のあいだにスマホとインターネットがたちまち一体化していくことになる。
 この年には、1台のコンピュータで複数のOSを使用できるソフトも開発された。コンピュータのデータ容量も一挙に向上した。フェイスブックも世界的に拡大する。グーグルがアンドロイドを発表する。アマゾンはキンドルを発売する。ビッグデータの解析がはじまり、機械学習と人工知能(AI)を組み合わせたシステムが設計された。非シリコン素材の導入により、より高速で効率のよい新世代のマイクロプロセッサがつくられた。
 ほかにもソーラー・エネルギー、風力発電、バイオ燃料、シェールガス、LED照明、電気自動車、DNA解析テクノロジーなどが本格的に開発されるようになる。ビットコインの構想が生まれたのもこの年である。
 進んだのはテクノロジーだけではない。最初のコンピュータを動かすには、特別の知識が必要だった。しかし、現在のスマホは、幼い子供や、読み書きができない人でも、簡単に利用することができる。そうした利便性が暮らしやビジネス、政治の面にも大きな変化をもたらした。
 2004年の段階ではフェイスブックもSNSもSkypeも4Gもなかったのだ。ほとんどの変化は2007年前後におきた、と著者はいう。いまではAIを使う機械のほうが、人間よりもすぐれた判断をするようになった。それを可能にしたのはマイクロチップの演算処理能力の急速な成長である。自動運転車が実現するのも、そう先のことではないだろう。
 いまは加速の時代だ、と著者はいう。テクノロジーの変化を加速しているのは、グローバリゼーション、すなわち市場の勢いだ。

〈商業、金融、クレジット、ソーシャル・ネットワーク、コネクティビティの世界的な流れは、総じて、市場、メディア、中央銀行、企業、学校、コミュニティ、個人を、いままでになく緊密に織り合わせている。そこから生まれる情報と知識のフローは、世界を相互に、高度に連結しているだけでなく、相互依存を強めている──あらゆる場所の人々が、ますます他のあらゆる場所の人々の行動から影響を受けるようになっている。〉

 いっぽうでテクノロジーの加速とグローバリゼーションの進展が、社会や道徳、地球環境に大きな影響を与えていることも忘れてはならない、と著者は強調する。
 こうした変化の度合いに、はたして人間は対応できるのだろうか。20世紀にはいってから、テクノロジーの発展は急速に進み、ますます加速している。「イノベーションの加速度は、平均的な人間と社会構造が適応して吸収する能力を、はるかにしのいでいる」。それが、社会的・文化的不安をもたらしている。手術支援ロボット、ゲノム編集、クローン、AIなどの新テクノロジーは人間をどこに連れていこうとしているのだろうか。
 唯一の対応策は社会の適応力を増大させることだと著者はいう。人はいわば「動的安定」のなかで生きることを学ばなければならない。政府も大学もコミュニティもそのために力を貸すべきだ、と著者は考えている。
 テクノロジーの急速な発展、グローバリゼーションの広がり、地球環境の変化、そのなかで人はどう生きていくのかが本書のテーマだといえる。

 本書は膨大だ。コンピュータにもスマホにもついていけない、ぼくのような年寄りにはなかなか読むのがつらい本だが、以下、メモ代わりに、読み終わった部分の話だけでもつづっておくことにしよう。
 まず、テクノロジーがどう発展してきたかについて。
 ムーアの法則というのがあるらしい。
 1965年にフェアチャイルド社のゴードン・ムーアは、集積回路(マイクロチップ)の素子数がこれからは毎年倍増していくだろうと予言した。この予言は現実のものとなった。
 たとえばインテルのマイクロチップでいうと、1971年のものとくらべ、現在の第6世代インテル・コアは、性能は3500倍、エネルギー効率は9万倍向上し、コストは6万分の1になっているという。それによって、1992年のばかでかいスーパーコンピュータの演算能力を、いまでは2005年のちいさなプレイステーション3がもつようになった。
 ムーアの法則の勢いはつづいている。まだとまっていない。いまでは爪ほどのマイクロチップに10億個のトランジスタが組みこまれている。

〈チップ設計とソフトウェアを通じて、相互に強化し合うこの飛躍的進歩は、最近のAIの飛躍的進歩の基盤になった。次世代の量子コンピュータも進歩させた。従来では想像もできなかったような速度で機械が多量のデータを吸収し、処理できるようになったので、AIのパターン認識学習能力がヒトの脳に近づいた。〉

 あらためて、そういう時代なのだということを認識する。
 著者はセンサーの小型化がますます進んだことにも注目する。センサーは視覚、味覚、触覚、聴覚をデジタル化し、そのデータを伝達し、何らかの判断を促す。
 いまやセンサーはあらゆるものにとりつけられている。洗濯機や冷蔵庫、自動車、カメラ、スマホなど。それらは単なる機械ではなく、知的な機械、言い換えればインダストリアル・インターネットになっている。それがいわゆるIoT(インターネット・オブ・シングズ)と呼ばれるものだ。
 センサーは警告を与え、正しい判断を促す。労働の節約や効率にも役立つ。それは機械にだけでなく、人間や生物にも取りつけることができ、病気の症状や健康の改善、あるいは性能の向上をもたらす。機械が五感をもち、人間と交流する時代がはじまっている。
 ビッグデータによって、人間行動を調査し分析すれば、その目的に応じて、より効率的な対策をとることができる。ビジネス面でも、これまでの当てずっぽうな宣伝に変わって、より正確なターゲティング広告がなされるようになった。それは、アマゾンをはじめ、ネットで買い物をしたことがある人には、ちょっとうるさいくらいに痛感できることだ。
 こうしたことが可能になったのは、記憶装置(メモリ)の飛躍的発展があったからだ、と著者はいう。
 ソフトウェアの貢献も見逃せない。ソフトウェアによって、数百万台のコンピュータがつながって、1台のコンピュータのように機能し、すべてのデータを検索できるようになった。いまではグーグルは検索エンジンとしてウェブ生活に欠かせない道具になっている。グーグルは世界の全情報を整理するという野望をいだいていた。それが夢ではなくなったのはHadoopというソフトウェアができたからだという。
 Hadoopはビッグデータ革命をもたらした。デジタル情報の登場によって、情報の記録、保存、普及がほとんど無料になった。ビッグデータは生活にもビジネスにも欠かせないものになっている。そして、このデータをうまく生かせる能力をもち、製品を改善していく者が勝ち残っていくのだ、著者はいう。
 ソフトウェアの開発といえば、マイクロソフトのビル・ゲイツの名が思い浮かぶかもしれない。ゲイツはソフトウェアそのものに価値があると考え、それによって莫大な利益をあげた。ソフトウェアは複雑な手続きを単純化してくれる。人と人、人とものを容易に結びつける。垂直の積み重ねと水平の相互接続を可能にする。それが、アマゾンやウィキペディア、フェイスブックなどの素地となっている。
 こうしたソフトウェアの開発はいまでも加速度的に進められている。著者はそうした企業のひとつとしてGitHubを取りあげている。ここではオープン・ソース・コミュニティ方式がソフトウェア開発の原動力になっている。
 だが、接続の進歩が加速しなければ、現在のようなインターネットの発達は考えられなかった。それをもたらしたのは、世界中に広がる光ファイバー網、それにワイヤレス・システムの能力向上と高速化である。いまでは、それによって、ほとんど無限に近い情報量をゼロに近いコストで送信できるようになりつつある。iPhoneなどのスマホも、ワイヤレス・ネットワークの確立なしには普及しえなかっただろう。
 携帯電話革命を引き起こした人物はクアルコムのアーウィン・ジェイコムズだという。かれは1988年に最初の移動電話を発明した。それから、かれは電話とインターネットを接続する方法を確立し、さらにカレンダーやアドレス帳、予定表、メモなども組みこんでいく。それが1998年に開発されたスマートフォンのはじまりである。だが、そのかたちは不格好で、スマートフォンが製品として普及するには、アップルによる2007年のiPhoneの登場を待たなければならなかった。
 そして、現在はクラウドへの融合がはじまっている。
 著者によれば、クラウドとは「ありとあらゆるプログラムを動かし、膨大な保存・処理能力を提供するコンピュータの集合のことで、ユーザーは携帯電話、タブレット、デスクトップのコンピュータを使い、インターネット経由でそれに接続できる」。
「人間と機械のパワーの歴史でもっとも注目に値する増幅器」、それがクラウドだという。

〈クラウドへのアクセスによって、地球上の人間はすべてそれぞれの仮想頭脳、仮想書類キャビネット、仮想工具箱を利用できる機会を得た。それらを使って、あらゆる疑問の答えを見つけ、お気に入りのアプリ、写真、健康記録、本、演説の原稿、株の売買記録を保存し、モバイルゲームを楽しみ、思いついたすべての物事を設計する。そのコストは、想像を絶するほど低い。〉

 クラウドがどういうものか、ぼくはまったくわかっていない。だが、著者は人類にとって、クラウドというエネルギー源は、火や電気よりも重要なものだと述べている。著者によれば、それはクラウド(雲)などといったぼんやりしたものではなく、スーパーノバ(超新星)と呼ぶべきものだという。
 次回は、そのスーパーノバについての話からはじめよう。

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