SSブログ

『遅刻してくれて、ありがとう』を読む(3) [本]

 ここから第3部にはいる。「イノベーティング」と題されている。加速するイノベーションが人びとや社会、文化、政治にどのような影響を与えているかを論じたパートである。第3部は日本語版で500ページ近くあるので、何回かにわけてメモしておくことしよう。
 著者がジャーナリストとしての仕事をはじめた1970年代後半はまだタイプライターと初期ワープロの時代だった。そのころはまだ携帯電話もメールもなかった。急ぎの記事は必死に電話を確保して、口頭で送稿しなければならなかった。
 80年代半ばには変化の速度がすこし早まり、大きなフロッピーディスクを差し込むIBMのデスクトップが登場する。そして90年代半ばになると、コンピュータでメールやインターネットが使えるようになった。
 それ以降、ウェブ接続はどんどん速くなっていった。アメリカでは新聞配達がほとんどなくなり、新聞の廃刊も増え、広告はどんどんウェブに移り、記事は携帯で読まれることが多くなった。ところが、記者の仕事はますます忙しくなる。ウェブのために1日に何本も記事を書くだけでなく、ツィッターやフェイスブックの投稿もこなさなければならなくなった。
 スーパーノバ(高度化するコンピュータ・ネットワーク・システム)のおかげで、ブルーカラーの仕事は奪われ、ホワイトカラーのスキルも変更を余儀なくされた。
 車も自動運転の時代が着実に近づいている。もはや人が車を運転するより、ソフトウェアに運転してもらったほうが安全と思える時代なのだ。どこかに行きたいときはスマホでプログラミングするだけでいい。未来の工場は、ほとんど人がいなくても稼働するようになるだろう。リラックスしたいときは、コンピュータがここちよい詩や音楽を流してくれる。
 ともかく、変化が速すぎるのだ。だが、それを阻止するすべはない。「あらたな速度の変化を学び、順応するほかに、手立てはない」。要するに、動的安定をうまく維持するほかないのだ。
 社会はテクノロジーの変化に追いつけない。そのため空隙が生まれ、多くの市民が漂流しているような気分におちいり、不安を解消する単純な答えを聞かせてくれるような人間を望むようになっている。しかし、脅し戦術や子供だましの単純な解決策では、安心が得られるわけがない。不安な空隙を埋めるには「創造力とイノベーション」を発揮する以外にない、と著者はいう。
 ロボットが雇用をすべて奪うことにはならない、と著者はみる。だが、そうならないためには、教育と仕事のイノベーションが必要だ。一所懸命に働けば何とかなるという時代はすぎさった。
 かつてのように中スキルでも高給という仕事はなくなってしまった。たえず自分をつくりなおし、いっそう努力しなければ、ミドルクラスにはいられない。これからはスーパーノバが生みだすツールとフローを、みずからのモチベーションによってすべて利用できる人間が生き残っていくのだ。
 しかし、だいじなのは全員が成長していくことだ。幸運な少数の人間だけが資産やビジネスチャンスを手に入れられるような社会は健全とはいえない。これからの知識・人間経済では、人的資本が資産になってくる。
 これまでの経験でいうと、労働の自動化はかならずしも雇用を奪わなかった。自動化によって商品の価格が低下すると、商品の需要も用途も増え、あらたな仕事が生まれた。たとえば銀行のATMもその例外ではない。ATMのおかげで、銀行の支店運営コストは下がり、そのため銀行は支店を多く開設することができるようになった。
 テクノロジーの影響は一様ではないが、それによって仕事はなくならず、新しい仕事が生みだされる、と著者はいう。古いありきたりのスキルはもう役に立たない。ただし、一部のスキルだけが貴重になり、その他のスキルは時代遅れになるため、スキルの格差が生じ、貴重なスキルをもつ人びとの需要と賃金が高騰する公算が高い。
 自動的な反復作業は最低賃金になるか、ロボットの仕事になる。ミドルクラスの仕事は高度化しており、仕事を首尾よくやるには、より高度な知識とそのための教育が求められる。専門的な能力に加え、新しい時代への対応力がだいじになってくる。
 AIをIAに変えることだ、と著者はいう。すなわち、AIを知的支援(インテリジェンス・アシスト=IA)する仕組みをつくること。人間の能力を拡張して、AIを駆使できるようにならなければならない。
 企業は常時、社員全員のスキルをアップするよう努めるべきだ。そのためには、勤務時間外に大学や大学院で学べるよう支援をおこなってもよい。一生ずっと社員でいるためには、一生学びつづけなければならない時代なのだ、と著者はいう。
 手軽なコストで空いた時間にオンラインで学べる生涯学習講座(MOOC)も便利なツールだ。それによって、受講者はたとえばグラフィック・デザインその他の手法を身につけることができる。モチベーションさえあれば、グローバルなフローによって学び、それを仕事に生かせるようになるのだ。
 ここで著者が紹介するのはLearnUp.com(ラーンナップ・コム)というサイトだ。このサイトでは職探しを斡旋している。そこにアップされているのは、該当する会社に必要なスキルや条件、求職者のためのミニ講座、面接にさいしての手法など。
 ラーンナップ社は、企業と組んで、求人サイトで企業に適合する人材を集めている。求職者をふるいにかけるのではなく、具体的な求人に合わせて求職者を訓練し、指導するのだという。これを試しながら、求職者は仕事のできそうな会社を選ぶ。このサイトを利用すれば、求職者は職業安定所に行かなくても、自分の仕事を見つけることができる。
 カーン・アカデミーはユーチューブの動画を使って、無料の授業を英語で提供している。その授業は多岐にわたる。これを見れば、学習塾に行ったり家庭教師をつけたりして、大学進学のために大金を払わなくてもよくなった。カーン・アカデミーの無料模擬試験を受ければ、どの科目のどの部分に弱点があるかもわかり、それを克服するための練習プログラムを選択することもできるという。
 多くの学生が無料の演習ツールを利用して、自分にもっとも適した大学を選べるようになった。こうしたツールが役立つのは大学受験だけではない。生涯学習にも役立つはずだ。ただし、生徒はこれまで以上に集中力を発揮し、演習に没頭しなければ、大きな成果が得られないだろう。学ぼうという意欲がある者は、どこまでも進むことができるのがいまの時代だ、と著者はいう。
 またネットワーク上の活動で評価されて、学位がなくても雇用されるケースも増えている。「知的アルゴリズム[いわばコンピュータの扱い方]と知的ネットワークが登場して、新しい社会契約を可能にしている」と、著者はいう。それは新しい経済的機会を提供することにつながる。
 ウェブのサイトで、編み物やガーデニング、配管工事、その他の専門知識を学び、それを仕事で役立てることもできる。
 リンクトインはビジネスのつながりを広げ、人材を採用するためのネットワークだ。職種や本人の能力とは無関係かもしれないのに、いまだに世の中では学歴が幅をきかす傾向がはびこっている。しかし、あらたなネットワークは、学歴ではなく専門技能によって人的資本を発掘し、雇用を創出しようというものだ。
 アウトソーシング、自動化、ロボット化、デジタル化できる仕事は、どんどんなくなっていくだろう。これから残るのは「テクノロジーと対人関係のスキルの両方を利用する能力が求められ、それで報酬が得られる仕事」しかない、と著者は断言する。
 仕事は手から頭に、そして心に移っていく。知的な機械が存在する時代に人間であることがもつ重要な意味は、心しかない。技術力はもちろん必要だが、これからはそれに加えて、協力、共感、柔軟性などの社会的スキル、言い換えればソフト・スキルがますます求められるようになる、と著者は考えている。
 仕事の形態も変わってきている。企業に雇用されなくても、自営のプラットフォームを運営すれば、じゅうぶん仕事ができる時代になっている。
 変化が加速する時代には、大学で学んだ知識など、あっという間に古びてしまう。長い仕事人生のなかでは、一生学びつづけることが求められるだろう、と著者はいう。
 これからは職を探すのではなく、みずから職をつくりだすくらいの気構えと努力がなければ、生き残れない。みずからが常にビジネスチャンスをつくりだしていかなければならないのだ。
 けっきょくは自分次第、やる気の問題だ、と著者は断言する。オンライン・ツールを利用して、一生学びつづけ創造しつづける人間が勝利するのだ。政府や企業には、それが可能になる環境を市民や労働者に提供する義務がある。
 未来予想では現在の雇用の47%が失われるとされている。だが、著者はこの見方に否定的だ。「新産業、あらたなかたちの仕事、人間が自分の情熱を利益に変える新しい方法を生み出す、人間の工夫と意志の力を見くびってはいけない」。
 そうした例として著者があげるのが、ウーバーとAirbnbだ。ウーバーは、スマホの画面をタッチして目的地を入力すればすぐにタクシーが来て、目的地に到着するとスマホで料金が支払えるというシステム。Airbnbは前に書いたように世界最大の民宿ネットワークだ。ほかにもコンピュータ・ネットワークをもとに、多くの新たな企業家が生まれている。
 9時から5時までという古い労働の時代は二度と戻らない。これからは加速度的に発展するAIとセルフ・モチベーション、思いやりを組み合わせた仕事だけが生き残っていく、と著者は断言する。
 ぼくのような年寄りは、やれやれと嘆息するばかりである。

nice!(7)  コメント(0) 

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント