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殺害される神主 [柳田国男の昭和]

img166.jpg《連載26》
 神が茶の木や竹で目を突かれたという話が各地に残っている。
 なぜ神は目を傷つけられるのか。というより目を傷つけられた者がなぜ神として祭られるのか。
 ここで柳田国男は実に大胆な驚くべき仮説を持ちだしている。

〈……ずっと昔の大昔には、祭の度ごとに一人ずつの神主を殺す風習があって、その用に当てられるべき神主は前年度の祭の時から、くじまたは神託によって定まっており、これを常の人と弁別せしむるために、片目だけ傷つけておいたのではないか。この神聖なる役を勤める人には、ある限りの歓待と尊敬を尽くし、当人もまた心が純一になっているために、よく神意宣伝の任を果たし得たところから、人智が進んで殺伐な祭式を廃してのちまでも、わざわざ片目にした人でなければ神の霊智を映出しえぬもののごとく見られていたのではないか……〉

 民俗学者の飯島吉晴は、このぞっとするような見解について「実は、柳田は王殺しをテーマとしたイギリスの人類学者フレーザーの『金枝篇』全13巻を、大正の初めのころから繰り返し読んでいたといわれ、それが『一目小僧』にも大きな影響を与えたと思われる」と書いている。
 フレーザーの『金枝篇』とは、そもそもどういう物語なのだろう。
 ローマの南、ネミ湖の周囲にアリキアの森があり、この神々の住む森を「森の王」と呼ばれる祭司が支配していた。しかし祭司になるには前任者の祭司を殺害しなければならなかった。金の枝、すなわちヤドリギこそが「森の王」のしるしだった。そして、挑戦者はカシの小枝を折って、「森の王」に挑戦する。──
 王位の継承は王位の簒奪(さんだつ)、すなわち象徴的な王殺しでもあるという人類普遍の真理をフレーザーは暴きだした。
「一目小僧」の神主もまた、次の祭事まで神聖王として振る舞いながら殺される。しかし、その位置は『金枝篇』の「森の王」とは少し異なっているようだ。
 それは神へのいけにえであって、「くじまたは神託によって」選ばれる。神主の座は力によって勝ち取られるわけではない。むしろ、それはいやいやながらに承諾させられるようにみえる。
 承諾を迫るのは、陰の長老か、それとも神を一つとする共同体そのものか。
 いずれにせよ国男は一目小僧譚の根源には、神主に選ばれた人間を神へのいけにえとする「ずっと昔の大昔」の風習が現実にあったと考えた。
 神主は神に身をささげることによって神の代理者となる。しかし、その地位は神意によっていつも試されている。これは権力の発生を説明する物語にはちがいない。

 だが、神主となる者の目が実際につぶされたことを実証できるわけではない。そこから時間軸の漂流が始まる。
 国男は一目小僧という妖怪話とは別に片目の魚という伝説が各地に残っていることに注目する。そして、これは神にいけにえとして供する魚を一年前から放し飼いにしておいた痕跡ではないかとみなした。人びとは次第に、魚をいけにえとすることによって神意を知ることができると思うようになったが、これは「人の目を突く式をやめたことを暗示している」。
 国男は片目の魚からさらに中世の伝説的な片目の英雄、鎌倉権五郎景政(かげまさ)へと連想を広げ、ここから御霊(ごりょう)信仰の流れを導き出していく。
 鎌倉景政は平安後期の平氏の武将。奥羽で起きた戦乱「後三年の役」(1083-87)に源義家にしたがって出陣する。16歳だった。このとき戦場で片目を射抜かれるが、それをものともせず奮闘したことで知られる。
 鎌倉にある御霊神社はこの景政を祭っている。神奈川県内をはじめ全国に分社が広がり、眼病に効験があるとされる。
 ここでも国男は御霊が「片目」であることにこだわる。

〈記録上の御霊には戦場か刑場か牢獄の中で死んだという人ばかりだが、その今ひとつ前の時代の文化的の幼かった社会では人用にのぞんで特に御霊を製造したらしいことは、片目の突き傷という点からも想像し得られる〉

 つまり、早良(さわら)親王や菅原道真などに代表される怨霊を鎮めるために京都では御霊神社や[北野]天満宮が建てられたが、これとは別に古代では神意を得るためにわざと目をつぶし、「御霊」をつくる風習があったのではないか、と推測するのである。この段階では、神主殺害説はすでに後景にしりぞいている。

[連載全体のまとめはホームページ「海神歴史文学館」http://www011.upp.so-net.ne.jp/kaijinkimu/kuni00.html をご覧ください]


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