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実像か幻像か──『北京のアダム・スミス』を読む(3) [本]

跳んだり、はねたり、ひねったりのウルトラC級体操。この本をめくっていると、何となくそんな印象を持ってしまう。アカデミズムの世界は独特で、とてもついていけない。
まだ1章も進んでいない。困ったものだ。
むずかしい話は苦手である。そこで、ぼくみたいなしろうとは、頭に明滅するおぼろげな想念だけを、さしあたりつづるしかない。
ふつう北京というと毛沢東、さらにはマルクス主義(実はスターリン主義)を思い浮かべるのだが、そこにアダム・スミスをもってきたのが、本書のミソだと思われる。
著者はマルクスについても論じているが、現代中国の動きはマルクスよりスミスによるほうが理解しやすいと考えている。ただし、マルクスやスミスもいろいろ。
著者のいうマルクスは、社会主義運動家のマルクスでなく、経済学批判の手法により資本主義の構造、とりわけ労働過程に鋭い分析を加えた人物として位置づけられているように思える。スミスもまた新自由主義者がもちあげるような市場原理主義者ではない。弱肉強食の資本主義というより、もっと牧歌的な市場社会の意義を唱えた思想家としてのスミスを思い浮かべればよい。
ちょっとややこしい。ここにすでにひねりがきいている。だが、ぼくなどは、それでもスミスと中国の組み合わせは、ちょっとちがうんじゃないのとの疑念をどこかおさえきれない。
日本語版には山下範久による巻末解説が含まれている。それを参照すると、著者のアリギはウオーラーステインに近い人のようだ。
ただし、ちがう部分もある。15世紀以降、現代にいたるまで世界では西洋(欧米)を中心とする資本主義的な世界システムが築かれてきたというのが、ウオーラーステインの考えだ。これに対して、アリギはこうした世界システム論では、周辺と位置づけられるアジアの動きがうまくとらえられないと主張した。現にアメリカのヘゲモニーが崩れ、東アジア、とりわけ中国が大きく台頭してきたことをみると、世界システム論へのアリギの異議にも一理ある。
18世紀後半に産業革命が起こるまでは、世界の大商業国はイギリスなどより中国だったというのがアリギの見方だ。その中国がなぜいったん没落し、20世紀後半になって復興してきたのか、そして中国の台頭によって、これまでの西洋中心の資本主義的な世界システムがどのような変貌をとげようとしているのか──そういった問題意識をアリギはもっている。
第1章をざっと読んで思うのは、中国の「社会主義市場経済」なるものの評価がずいぶんわかれているということだ。中国の「市場経済」は「巨大な不平等と堕落の一般化」をもたらしており、いつまでもつづかないという見方。もういっぽうで、それは中国に国家統制されたみごとな「市場経済」をもたらしたという見方。
アリギは「社会主義的市場経済」を「資本主義」ではないととらえている節がある。
そうなると、資本主義の分析家であるマルクスはあまりあてにならない。
ここで、アリギが市場社会の発展に重きを置いたスミスを登場させるのは、何となくわかる気がする。実際、スミスは中国ではヨーロッパ以上に市場社会が発展していたとみていたという。
ところが、ヨーロッパではその後スミスが予期していなかった産業革命(安価な鉱物資源の産業利用)が発生する。いっぽう中国ではあくまでも農業が中心だった。何もおこなわれなかったわけではない。農村共同体では、人口が増加するなかで、生活改善が試みられた。それが強い労働倫理となってあらわれ、アリギはこれを「勤勉革命」と名づけている。
19世紀における西洋と東洋の大きな「分岐」、それは「産業革命」と「勤勉革命」による分岐でもあった。
19世紀における東洋の没落は、実際の没落ではなく、西洋の急速な産業化と、それに伴う軍事技術の発達による相対的なギャップにすぎない。
だが、この「勤勉革命」によって形成された「人間資源」は、東アジアが産業化する過程で、大きな役割を果たす。
「東アジアの経済復興は、西洋の資本集約的、エネルギー消費的な径路への収斂ではなく、その径路と東アジア的な労働集約的、エネルギー節約的な径路の融合によるものであった」とアリギは書いている。
また、こんなふうにも指摘している。

〈西洋的径路を開いた産業革命は、世界の人口のわずかな部分の生産能力を著しく拡張した「生産の奇跡」であった。これに対して、東アジアの径路を開いた勤勉革命は、労働集約的、エネルギー節約的な産業化を通じて、世界の人口の大部分へと生産の奇跡を普及させる可能性を作り出した「分配」の奇跡であった〉

アリギがこのように中国の「市場経済」を高く評価し、そこにスミス『国富論』の理念を投影していることは明らかである。しかし、それははたして正しいのかという疑問をもたざるを得ない。
錯綜した議論をもう少し読み進めてみることにする。

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