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「いけない本」とは何か [本]

 人文系の「いける本・いけない本」というアンケートが年に2回あって、元編集者のぼくも、それにこの4、5年答えているものの、「いける本」3冊はともかく、困るのは「いけない本」3冊です。今回も悩んで、ぼくはアベノミクスを絶賛した本と、『おどろきの中国』、それに『漂白される社会』を選びました。いかにも苦しまぎれの感があります。
 ちなみに2012年冬は竹内洋『メディアと知識人──清水幾太郎の覇権と忘却』、読売新聞『昭和時代──三十年代』、孫崎享『戦後史の正体──1945-2012』の3冊、2012年夏は中谷巌『資本主義以後の世界──日本は「文明の転換」を主導できるか』、与那覇潤『中国化する日本──日中「文明の衝突」一千年』、北原みのり『毒婦。──木嶋佳苗100日裁判傍聴記』を選んでいます。
 そんなふうに毎回、なんとか「いけない本」を3冊選んでいるものの、ほかの人はと思ってみると、意外といけない本を回避している人が多いことに気づきます。「いける本」だけ挙げるのは、誰にもうらまれないから、無難ですよね。
 しかし、あえて「いけない本」を挙げている人でも、本のつくりが悪いとか、訳が悪いとか、編集がざつだとか、タイトルやオビがおおげさとか、誤植が多いとかで、中身はともかく、編集技術面で「いけない本」をピックアップしている人が多いようです。値段が高すぎるというのもありますね。たしかに、このあたりの指摘は、アンケートの参加者がおもに人文系の編集者、元編集者である以上、これはいけない本だといわれても仕方がない面があります。
 しかし、もし中身についていうなら、「いけない本」というのは、どういう本を指すのでしょうか。内容に乏しいとか、むずかしすぎるとか、長すぎるとか、おもしろくないとか、冗長だとか、何がいいたいのかよくわからないとか、著者の主張が矛盾しているとか、いろいろあるでしょう。
 本はどんなふうに読むのも自由です。読者によって意見もさまざまです。だからAさんにとっていい本が、Bさんにとっては、いただけないということも、よくあることです。すべての人にとって「いい本」、すべての人にとって「いけない本」というのは、まずないといってよいでしょう。
 だから、いける、いけないというのは、あくまでも私的な好みです。ぼくにも経験がありますが、「いけない本」だといわれると、著者は落ちこみます。書店さんも、ほんとうは売れ行きに影響するから「いけない本」リストはないほうがいいといいます。どんな「いけない本」にも、どこかいいところがあるから、と遠慮がちに「いけない本」を挙げるのを避ける人もいます。
 しかし、「いける本・いけない本」は、やはり「いけない本」が挙がっているからおもしろいのではないでしょうか。それよりも最近はおもしろい「いけない本」がリストに挙がらなくなったことが、むしろ問題なのかもしれません。
 次々とやたら点数が出される出版の世界では、人文書にかぎってみても、つまらない本がごまんとでています。いかにも二番煎じで無内容な本を「いけない本」だといっても仕方がないでしょう。できれば、世間に評判がよく、大勢の人が絶賛していて、書店でもよく売れている本を「いけない本」だといってみたいものです。
 これは多方面に気を配らなくてはいけない編集者にとっては、なかなか勇気がいることですし、時に著者や出版社からの反撃があることも予想しなくてはなりません。そうなれば、とほほの孤立無援です。
 それでも、あえて諧調に不協和音を響かせること。評判の本にピンと耳をそばだてて、異論を唱えること。あら探しが習い癖になったら困るし、疲れるけれども、たまにはそんなことを試みるのもいいのではないでしょうか。
 批判はかならず自分に返ってくるものです。この本を「いけない本」と感じる自分とは、いったい何者であり、またいったいどういう考え方をもっているのか。「いけない本」を挙げるときは、いつも内心忸怩たるものを覚えますが、どこか、その本に異和を感じているのは事実です。その異和がどこから来るのか、それを説明できることがだいじです。
 なるべく偉大な「いけない本」をみつけるようにしましょう。その本は自分のなかの克服すべき他者となって、自分を反省させるテコとなり、自分を前進させるバネとなっていくはずです。
 となると、「いけない本」というのは、メフィストフェレスのようなものといえるのかもしれません。そんな「いけない本」は、最近なかなか見つかりませんが、たとえば『資本論』はその最有力候補かもしれませんね。

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