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ダニエル・コーエン『経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える』(林昌宏訳)を読んでみる(1) [本]

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 それにしても長いタイトルです。最近はこんな長々しくも凡庸な言い回しがはやりなのかと思いながら、ページをくりはじめると、原著のタイトルがもともと『悪徳の栄え』であることに気づきます。その含意は「資本主義という悪徳がなぜ栄えるのか」ということでしょう。むしろ本の内容としては、このほうがしっくりときます。
 長い旅行に出かける前に一読しました。しかし、戻ってくると、その内容をすっかり忘れています。学術書というより、エッセイのように読めたような気がしていました。たしか水野和夫さんが朝日新聞の書評で、この本を取りあげていたはずだと思い、ネットでたしかめてみると、そこにはこんな一節がありました。

近代社会になって生産性は飛躍的に向上し、モノの価格は安くなったが、モノの数は急速なテンポで増え続けていると著者は指摘し、「使い捨て経済」を躍進させていると警告する。……本書の結論はとても考えさせる。つまりサイバーワールドの時代に入って、人類は事後に自らの過ちを正すことはもはや許されない。これは人類史上初めてのことで、人類は18世紀以降欧州が辿(たど)って来た道筋を精神的には逆方向に走破すべきだと。すなわち、世界は無限だという考え方から閉じているという方向にである。

 何となくエコロジーの危機を説いた本のように思っていたのですが、いろいろ考えさせられるところがあるようです。
 しかし、旅行から帰ったばかりで、頭がぼうっとし、体調もいまひとつなので、ふだんの調子が戻らないままでいます。そこで多少なりとも脳のリハビリとして、この本を読みなおしてみることにしました。雑然とした落書きのようなものなので、きちんとした書評にはほど遠いかもしれませんが……。
 まず「序文」です。
 ここで指摘されているのは、いまだに世界中で西洋化が進んでいることへの危惧だといってよいでしょう。著者によると19世紀はじめまで、人びとの生活はずっと貧しいままだったといいます。新技術の出現によって経済が成長しても、人口の増加がそれを打ち消し、過剰になった人口を飢餓と疫病が襲うというパターンがつづいてきました。いわゆる「マルサスの法則」ですね。その傾向が止まって、人口増と生活改善が並行して進むようになるのは、西洋を起点とする産業化が成功を収めたためです。しかし、産業化には、常に創造と破壊がともない、人びとは日々、経済生活に追われるようになった。世界中に広がる産業化の波と、人びとの飽くことのない渇望は、いまや生態系に大きなダメージを与えている。そして、現在進行している非物質的なサイバー化が、人類に何をもたらそうとしているかを検討してみたい、と著者は述べています。
 これが、ほぼ本書の内容といってよいでしょう。

 全体は「なぜ西欧が経済発展したのか?」、「繰り返される経済的繁栄と危機」、「グローバル化/サイバー化する経済と社会」の3部に分かれています。いわば西洋化以前の段階、西洋化の段階、そしてポスト西洋化の段階が論じられています。
 これを一気に紹介するのは骨が折れるので、きょうは第1部の「なぜ西欧が経済発展したのか?」にしぼって、内容をダイジェストしてみますね。

[以下はきわめて雑駁な要約です]
 人類が農耕と牧畜をはじめたのは1万年ほど前だといわれる。農業が本格化するにつれ、人びとは一定の土地に定住し、神を信仰するようになった。その後、人類は「活動的な生産者として自然に介入していく」。1万年前の人口は1000万人。それが、キリストの時代には2億人に達していた。
 その間、紀元前3500年には青銅、紀元前1000年には鉄がつくられるようになる。中国では紀元前1300年に文字がつくられた。シュメール、エジプト、クレタ、インド、中国に文明が発生した。
 キリスト教西欧文明は古代ギリシャ・ローマ文明を起源とする。ギリシャはさまざまな発見や発明、知識や技術をもたらす。ローマ人の生活は、人口の35パーセントを占める奴隷の犠牲の上に成り立っていた。しかし、戦争による領土の拡大が限界に達すると自壊していく。10世紀のヨーロッパは自給自足状態で、ギリシャ・ローマ時代の科学知識もほとんど失われていた。
 11世紀から13世紀にかけて、ヨーロッパでは農機具の改良により農業生産性が向上し、都市と商業が発達していく。多くの職人や商人が都市で暮らすようになった。紙、印刷機、望遠鏡、楽器、高級布地、振り子時計なども発明され、高い建物がつくられるようになる。こうして徐々に科学革命がはじまる。
 14世紀には黒死病(ペスト)が猛威をふるい、ヨーロッパの人口は、およそ3分の1となった。そのいっぽう、ほとんどの農民は自由の身となり、封建制が衰退し、王の力が強くなった。戦争は絶え間なく起こった。王権を制限するため議会が誕生する。王国の財政は議会の監視下に置かれるようになった。国民国家が誕生する。
 だが、国家間の緊張はつづき、軍事力の拡大はやまない。こうして西欧は「卓越した軍事力を確保し、科学的な革命があふれ出るアイデアを蓄積」する。そして西欧は、アメリカとアジアに乗り出し、世界を征服しようとする。
 太古と変わらない生活水準から人びとを救いだしたのは、産業革命だった。ワットの蒸気機関により、繊維産業、鉄道、蒸気船が発達する。ジョン・ケイは飛び杼(ひ)を発明し、機織りのスピードをけたちがいにした。アークライトによる水力紡績機の発明も、労働生産性を増大させた。「イギリスは、繊維業や製鉄業をはじめとして、機械製造業や造船業など、いくつかの先端部門によって経済全体が成長を遂げた」
 いずれ息切れを起こしたはずの経済成長を支えたのは、引きつづく科学技術の波だった。カルノーは蒸気機関の理論を構築、ジュールは「ジュールの法則(電流と熱に関する法則)」を打ちたて、クラウジウスはエントロピーの概念を導入、ウィリアム・トムソンは熱力学をつくりあげた。こうして電気と内燃機関の技術革命が第二次産業革命をもたらす。
 1801年に850万人だったイギリスの人口は1841年には1500万人に達した。しかし、人口は増大したものの、一人あたりの所得は減少するどころか、かえって10パーセント近く上昇した。農業の生産性が飛躍的に増大したわけではない。イギリス人の生活は輸入農産物によって支えられていた。イギリスはカナダから木材、オーストラリアから羊毛、インドからジュート、西アフリカからパーム油、アメリカから砂糖と綿花を輸入した。自国内に眠る石炭も大いに利用された。
「石炭は繊維産業の主要なエネルギー源になった。さらには、鉄道や蒸気船など、新たな交通手段の燃料にもなった。とくに、蒸気船によって、大西洋の両岸を効率的に行き来できるようになった。こうしてイギリスと海外市場や資源調達先の距離は縮まった」
 しかし、そこに永遠の栄華はなかった。
 以下は経済思想についてのコメント。
 アダム・スミスは「見えざる手」によって、社会の協力体制が営まれていることを見いだした。人びとが市場を通じてみずからの利益実現に腐心すれば、それが公益をもたらすことになる、とスミスはいう。そして、各人の利益が増大するには、市場規模の拡大が至上命題となった。
 スミスから1世紀後、マルクスは資本主義の現実を目の当たりにする。「マルクスにとって市場は、社会全体を豊かにするものではなく、特定の人々が他者を搾取するものだった」。資本主義は職のない大量の労働者階級を生みだし、さらに機械が労働者を失業に追いこんでいく。
 しかし、現実は、技術進歩がかならずしも労働者の実質賃金を減らしたわけではない。「一人当たりの所得は……技術進歩と同じテンポで増加するようになった」。そのことをマルクスは説明できなかった。
 市場の拡大は技術革新を生み、経済発展のダイナミズムをもたらす。その過程で技術革新に遅れた企業は取り残され、駆逐されていく。だが、独占状態は長持ちしない。次々と新製品が生みだされ、前の商品を陳腐化していくからだ。技術進歩は労働生産性を高め、労働者の賃金を上昇させるのだ。
 しかし、次々と新製品を生みだしていかねばならない社会は、創造的であると同時に破壊的でもあり、人びとはその不確実性のなかに翻弄されるようになった。──

 以上が第1部の要約です。だいたいのイメージをつかんでいただけたでしょうか。
 少なくとも「経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える」というタイトルはピントがずれているように思えます。西洋はどうして世界の中心になったのか、西洋文明にはどのような問題が含まれているのか、そしてきたるべき次の世界は? というのが、本書のテーマだというような気がします。
 つづいて読んでみます。

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