SSブログ

『暴露──スノーデンが私に託したファイル』を読む [本]

資料292.jpg
 本書の著者グレン・グレンウォルドは元弁護士でジャーナリスト、政府の活動を監視する立場から、とりわけアメリカの国家安全保障局(NSA)の活動を追いつづけていた。
 エドワード・スノーデンがグレンウォルドに接触したのは、秘密に包まれたNSAの実態を伝えようとしたためである。その秘密が公表されるまでの経緯はまさにスパイ小説もどきの展開で、ハラハラドキドキする。
 NSAはアメリカの政府機関で、日本とは関係がないと思われるかもしれないが、そうではない。NSAは世界じゅうから情報を収集しており、そのなかにはもちろん日本の情報も含まれている。
 また日本でも日本版NSAと称される国家安全保障局が発足し、加えて特定秘密保護法が成立している現状をみれば、本場のNSAが何をしているか、大いに関心がもたれてしかるべきだろう。
 スノーデンは、NSAが現代のテクノロジーを駆使して、国内はもちろん世界じゅうにユビキタス監視システムを張りめぐらせていることを白日のもとにさらした。このシステムのもとでは「いつでも、どこでも、なんでも、だれでも」が監視の対象となりうるのだ。
 監視されているのは、反体制派や活動家、テロリスト、犯罪者だけと思わないほうがよい。アメリカのある主婦が長期間、監視下に置かれたのは、あるとき彼女が友達あてのメールに「わたし、もう爆発寸前よ」と書きこんだため、という笑い話もあるくらいだ。監視対象は無限に拡大されうるとみてよい。
 ユビキタス監視システムは、Eメールやスカイプ、フェイスブックなどの通信、あるいは公開されているブログやホームページの記事にいたるまで、コンピューターが可能にした思想表現の領域をおおいつくしている。
 スノーデンは「自らの危険をも顧みず、NSAの驚くべき監視能力と彼らの野望を白日のもとにさらし、われわれが歴史の分岐点に立っていることをはっきりと示した」と著者は書いている。

 スノーデンはNSAのどのような秘密活動をあばいたのだろうか。
 その前にかれの略歴を簡単に紹介しておく。
 2013年6月、著者が香港でスノーデンと出会ったとき、かれは29歳の若者だった。ノースカロライナ州に生まれ、メリーランド州で育った。父親は沿岸警備隊で働いていたという。インターネットに夢中になったため、高校の授業についていけず中退。18歳のとき、マイクロソフト認定のシステムエンジニアになる。
 20歳になったとき、イラクで戦おうとして合衆国陸軍に入隊するが、訓練中の事故で除隊を余儀なくされる。しかし、テクノロジーの才能には恵まれていた。
 2005年、NSAの保安要員からCIAのテクニカル・エクスパートに昇格。2007年から2009年までスイスのジュネーブでCIAのために働く。そのころCIAの謀略工作に嫌気がさし、ふたたびNSAに戻る。
 2009年から11年まで、NSAの請負企業「デル社」の従業員として、日本で勤務。より高度な情報に接するうちに、NSAの監視能力の強大さを痛感する。スノーデンが日本でどのような仕事をしていたかは詳しく書かれていない。
 2011年、アメリカに戻ると、デルの従業員として、ふたたびメリーランドのCIA施設で、文書やデータを保管するシステムを立ち上げる。そして、そのころ、とりわけNSAが世界じゅうの通信アクセス権を掌握しようとしていることに気づき、義憤にかられた。
 2012年、ハワイに転勤。そこでNSAのスパイ活動の全貌をあばこうとして、防衛部門に密着する別の民間企業に就職しなおし、ついにNSAの機密文書を入手する。
 スノーデンはその文書を公表する場所として、香港を選び、著者と接触し、長時間にわたるインタビューを受けた。その記事が世界的スクープとなったことは記憶に生々しい。
 最初の記事は、こんなふうにはじまっている。

〈現在、国家安全保障局(NSA)は、4月に発せられた外国諜報活動監視裁判所の命令書にもとづき、アメリカの大手通信会社「ベライゾン」の国内加入者数千万人分の通信履歴を収集している〉

 日本の読者にはピンとこないかもしれない。
 ベライゾンは1億人以上が加入しているといわれるアメリカ最大の携帯電話会社だ。いわば日本のドコモみたいな会社だろう。その通信履歴のかなりの部分をNSAがつかんでいたというニュースにアメリカ人はびっくり仰天する。
 しかし、それだけでは終わらなかった。つづいてのスクープでは、NSAのPRISM計画が明らかになった。それはNSAがフェイスブックやグーグル、ユーチューブ、スカイプ、ヤフー、Gメールなどの通信データにアクセスしているというものだ。世界じゅうに衝撃が走った。
 そして、この事実を内部告発したのがスノーデンという若者であることも発表された。
 スノーデンが集めたファイルは、ベライゾンとPRISMの件だけではなかった。「すべてを収集する」というNSAのすさまじい監視活動の一端が収められていたのだ。
 ファイブ・アイズというのがあるらしい。アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの諜報同盟国5カ国をさす(本書には書かれていないが、ひょっとしたら日本も6番目の諜報同盟国となりたいと名乗りを挙げているのではないか)。
 何はともあれ、スノーデンの集めたファイルには、NSAが同盟国と協力しながら、世界じゅうのインターネットにアクセスし、1日あたり500億件以上の通信を傍受したことが記録されていた。
 通信会社からデータをもらうだけではない。対象ユーザーのコンピューターにマルウェアと呼ばれる不正ソフトを忍びこませて、パソコン上の動作をすべて監視する方法も試みていたというから驚きだ。
 NSAにとって日本は準協力国と位置づけられている。にもかかわらず、NSAは日本にたいする経済スパイ活動や、外交面での情報収集をおこなうことも忘れていない。国連の日本事務所のコンピューターが、NSAの監視下に置かれていたのは有名な話だ。
 著者はNSAがつくろうとしているシステムを「マジックミラー」というたとえで説明する。「アメリカが世界じゅうの出来事を俯瞰できる一方、反対側の人間は誰ひとりとしてアメリカの行動を監視できないというマジックミラー」──それがNSAの秘密の正体なのだ。

 もちろん政府の監視活動を擁護する声もある、と著者はいう。政府が国民を監視していたとしても、それは犯罪者を摘発するためであって、むしろありがたいことだというわけだ。
 何も悪いことをしていなければ、監視があってもへいちゃらだという意見もある。うるさくプライバシーをいうのは、隠しごとがあるからだろうとも。
 知られたくないことは、インターネットに書き込まなければいいだけで、それよりもインターネットを使って、交流の輪を広げたほうがずっと楽しいという意見もある。
 しかし、プライバシーは人間の自由と幸福にとって欠かせない、と著者は論じる。だれかに見られていると思うだけで、人間の行動は制約されるものだ。ほっとできる時間もなければ、自由に自分の考えを表明する場所も保証されないということになれば、いったい世の中どうなるのだろう。
 これはジョージ・オーウェルの描いた『1984年』の世界そのものだ。そして、ジェレミー・ベンサムが思いついた「パノプティコン(一望監視装置)」をも連想させる。

〈この管理モデルには、同時に自由の錯覚をつくり出すという大きな利点がある。服従を強制するのはその人自身の心である。見られているという恐怖から、人は自ら従うことを選択する。そこまで来れば、もはや外部からの強制は不要となり、自由だと勘ちがいしている人たちをただ管理すればいいだけになる〉

 これがおそらく大量監視活動がめざす目的だと著者は考えている。政府への反対意見や反対活動は押さえられるだけでなく、自主的に控えられるのだ。監視システムのもとでは、そもそも反対派が育たない。立ち上がるには、よほどの勇気がいる。
 NSAのデータには、個人の政治思想やオンライン上のやりとり、病歴、性生活、猥褻なコンテンツの閲覧履歴までが保管されているという。国家がターゲットとしたい個人に社会的ダメージを与えるのは容易なことだ。
 実際にNSAは「人間狩りタイムライン」という作戦を展開し、ターゲットにハニートラップを仕掛ける。かと思えば、アノニマス集団をあおって、その人物の評判を悪くするオンライン工作を展開したりもするという。
 サイバー攻撃、さらにはウィルスを仕込んでコンピューターを使えなくするのもお手の物だ。
「当局に眼をつけられずにすむ一番安全な道は口をつぐみ、彼らの脅威になるようなことは何もせず、従順でいることだ」──著者によれば、これが監視社会の暗黙の了解だ。
 国家は人の心のなかにまで権力の範囲を拡大しようとしている。あらゆるプライバシーは消えてなくなるだろう。
 テロを防止するために、監視を強化するというのが政府の言い訳だ。しかし、テロの意思があるかぎり、テロは監視の網をくぐりぬけるだろう、と著者はいう。本物のテロリストは膨大の情報の森に、かえって隠れがをみつけるからだ。
 著者は安全神話について、こういう。
「ほかのどんな価値より肉体的な安全を重視する人々や国家というものは、最終的に自由を明け渡し、完全な安全保障の約束と引き換えに、当局が振るう権力を求めることになる」
 絶対的な安全などはそもそも存在しない。監視国家のもとでは、無気力と恐怖に満ちた生活しかない。それは国家自体の衰退を招くだろう、と著者は予言する。
 最後に著者は政府による職権濫用をチェックすべきメディアが、いまではすっかり政府寄りの宣伝機関になり、政府の犯罪をあばくこと自体が犯罪だという意識さえいだくようになった、と警告を発している。スノーデンの告発は、政府にたいする批判であるだけではなく、メディアにたいする批判でもあったのだ。


nice!(3)  コメント(1)  トラックバック(0) 

nice! 3

コメント 1

krause

私も今、ページをめくっているところです。
by krause (2014-05-22 15:12) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0