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産業の発展と停滞──ミル『経済学原理』を読む(11) [経済学]

 第4篇にはいる。そのタイトルは「生産および分配に及ぼす社会の進歩の影響」となっている。
 これまで検討してきたのは社会の静止的・普遍的な経済法則だった。いわば、社会の時間を止めて、経済の仕組みを構造的にえがいてきた。しかし、経済は実際にはずっと前進し、変化している。そうした時間をともなう進歩の方向が、経済にどのような影響をおよぼしているかについて、これから検討してみたい、とミルは述べている。
 近代になって、自然にたいする人間の支配力はますます増大しつつある。科学技術の発展はめざましい。いっぽう国家の成長は、国民の生命財産の安全を守ることに寄与している。そうした事情を背景に、人びとのあいだでは勤勉と節倹が広がり、生産と蓄積の一大増加がみられるようになった、とミルはとらえている。
 近代社会の特徴は個々人の能力が向上したことではない。能力という点では、むしろ、未開社会の人間のほうが現代人よりまさっていたかもしれない。しかし、個々人の能力は劣っているとしても、近代においては、あきらかに共同活動の能力、協業の能力が増大した。その意味では規律と計画が近代社会の特徴であって、これからは株式会社や協同組合の普及に期待することができる、とミルはいう。
 さらにミルは、産業が発展している状況では「人口の増加が生産の増加を超過しはしないかと恐れる理由は、あまりない」と述べている。これはマルサスの原理を批判したものといえる。とはいえ、産業の進歩と人口の増大は、物価や賃金、地代、利潤に影響をもたらす。それを詳しくみていこうというわけである。
 産業の進歩は、一般に諸商品の価値に変化をもたらす。機械の発明や改良、生産工程の短縮などにより、生産費が減少し、貨幣価値が変わらないとすれば、諸商品の価格は下落する。さらに、通商や交易が拡大すれば、輸入品をより少ない費用で取得することも可能となるだろう。
 いっぽうで、ミルは農作物や原料については、生産費が増加する傾向があるという。ただし、それも一概にいえない。たとえば人口が増えて、食料にたいする需要が増えた場合、農業技術が一定ならば、収穫逓減の法則がはたらいて、食料価格は上昇するだろう。石炭や金属などに関しても、採掘が次第にむずかしくなり、価格が上昇することはありうる。しかし、農業や鉱業においても、技術改良をはじめ、開発や探索が進められれば、価格の上昇はある程度抑えられるだろう。
 さらに言えるのは、社会が進歩すると、市場が拡大され、それまで地域ごとに不均等だった商品の価格を均等化させるということである。たとえ、ある地域が食糧不足におちいったとしても、市場の拡大によって、それを解消することができるようになった。ある土地の不足分を他の土地の剰余分のなかから補うことが可能になったからである。
 穀物商人は投機業者として非難されがちだが、ミルは食糧の安定がはかれるのは、むしろ穀物商人のおかげだとして、かれらを擁護している。
 次にミルは産業発展と人口が、賃金や利潤、地代にもたらす影響について、さまざまなケースを挙げて考察している。
 以下、そのケースを列挙してみよう。

(1)人口は増加するが、資本と生産技術は停滞する場合
 この場合は賃金が下落し、労働者階級の生活状態が悪化する。賃金率が下落するので、利潤率は上昇する。いっぽう、人口の増加によって、食料はより多く必要となるので、食料価格は上昇し、借地農業家(貴族から土地を借りる農業経営者)はより多くの利潤を取得し、地主貴族に支払われる地代も上昇する。ただし食料価格の上昇によって、賃金の下落は歯止めがかかることも考えられる。
(2)資本は増加するが、生産技術と人口は停滞する場合
 この場合は賃金が上昇する。賃金の上昇によって、労務費が増え、利潤は減少する。労働者の生活状態は改善され、食料にたいする需要も増える。エンバクやジャガイモの代わりに、労働者はいまや小麦を消費するようになるかもしれない。すると食料価格は上昇し、それに応じて地代も騰貴する。
(3)人口と資本は均等に増加するが、生産技術は停滞する場合
 この場合、労働者の生活状態は変わらないが、人口増によって食料にたいする需要が増大し、食料価格は上昇する。地代も騰貴する。賃金もまた上昇するため、利潤率は低下する。ただし、資本は全体として増加しているため、利潤率が低下しても、総利潤は増加することもありうる。
(4)生産技術は進歩するが、資本と人口は停滞する場合
 ここでいう生産技術の進歩とは、画期的な機械の発明や生産工程の改良、さらには安価な外国商品の輸入などを指している。そのうえで、資本も人口も増加しないケースをミルは想定する。
 ミルの時代はまさに産業革命の時代だった。蒸気機関が産業の諸分野に応用され、力織機や紡績機械など、さまざまな機械が発明され、機関車や汽船など交通機関が発達するようになった。
 生産技術の進歩により、一般に商品の価格は低廉化し、消費者は利益をこうむった。農業技術も改善されて、少ない労働でより多くの食料を生産できるようになり、農産物価格も安くなった。こうした状況においては、地代は低下する。
 リカードは農業技術の急速な改良によって地主は不利益をこうむるという逆説を述べたとされているが、これは正しいとミルは論じる。地代が低下するからである。
 ただし、農業技術の改良によって、地代が現実に下落したことがないのは、それが急激におこなわれることがなく、だいたいにおいて人口が増加傾向にあるためだ、とミルは説明している。
 いっぽう、労働者の賃金は変わらないとしても、物価の下落によって労働者は利益を得る。労働者は食料をはじめ、より多くの商品を買うことができるようになる。人口が増えなければ、労働者の生活水準は上昇するだろう。だが、実際には、物価の下落によって、労働者の賃金も次第に下落し、資本の利潤は上昇していく傾向がある、とミルは想定している。
(5)生産技術、資本、人口がすべて増加する場合
 最後に検討されるのが、以上の3要素がともに上昇する場合である。
 農業上の改良が人口よりもすみやかになされるときは、賃金と地代は下落し、利潤は上昇する傾向がみられるはずだ。しかし、人口や資本の増加に比べて、農業上の改良は遅く、食料価格はほとんど下がることがない、とミルは論じている。
 そして食料価格が下落せず、にもかかわらず土地の改良や開拓によって、農業生産物の収穫量が増えるなら、地代は上昇し、地主階級の富裕化が進む。さらに、その場合は、労働者の生活費は増大し、利潤は下落する傾向がある、とミルは推測する。

 こうした5つのケースについては、さらに詳しい分析が必要だろう。だが、それはわずらわしいので省略する。
 それよりも、5つのケースを踏まえてミルが展開しようとするのは、利潤の一般的下落傾向についてである。
 ミルは、社会が進歩するにつれて、利潤は下落する傾向があると指摘している。だが、どうしてそうなのかは、これまでじゅうぶんに説明されてこなかったという。
 アダム・スミスは、資本が増加していくと、資本の競争が激しくなり、利潤が下落すると説明した。それは競争が物価を下落させ、実質賃金が上昇するためだ。しかし、ミルは物価が全面的に下落するのは、貨幣価値が下落する場合であって、資本の競争が物価全体を下落させるのではない、とスミスを批判する。
 価格の下落が生じるのは、大きな生産上の改善がみられる紡績や織物などの商品にかぎられ、それ以外はかえって物価は上昇しているというのが、ミルの論点である。
 ミルは利潤率の低下傾向について、次のように説明する。
 どの国においても、最低限の利潤率というものが存在する。それを決定するのは、ひとつは将来における利潤の見通しであり、もうひとつは資本の安全性である。利潤の獲得には危険性がともなうから、このふたつの要因は矛盾するといえる。しかし、利潤率はこのふたつの要因のバランスによって決まる、とミルはいう。
 貯蓄にはさまざまな動機があるが、資本を増加させるのは、貯蓄にほかならない、とミルはいう。とはいえ、貯蓄すること自体が危険であったり、貯蓄しても利潤(あるいは利子)がつかなかったりすれば、そもそも貯蓄(言い換えれば資本の蓄積)そのものが成り立たなくなってしまうだろう。
 したがって、資本が増大するには、最低限の利潤率が必要になってくるのだが、「社会的進歩は、その利潤の最低率なるものを低下させる傾きをもっている」と、ミルは断言する。
 一般に利潤率が低下するのは、ひとつに社会的進歩により社会の安全性が増し、投資の危険が減少したからである。第二に、人類が目前の事態だけではなく遠い将来に思いをはせることができるようになったことも理由に挙げられる、とミルはいう。つまり、投資に回る貯蓄額の増大が、かえって利潤率を押し下げる要因になるというわけである。
 そして、ある国がすでに大規模な生産力をもち、じゅうぶんな預金と資力をもつときには、その国の利潤率は最低に近づき、経済はまさに定常状態に落ち着いていく、とミルは述べている。
「資本の膨張は、もしもその限界が絶えず打ち開かれ、そしてより大きな余地がつくられてゆくのでなければ、間もなくその最後の限界に到達するであろう」と、とミルは論じている。
 そこでは、新たな資本のために収益のある用途を探すのが困難となり、「一般的過剰と呼び慣らされてきたところのものが発生し、いろいろな商品が生産されるが、売れずに残り、あるいは損失をもってのみ販売されるであろう」。
 資本が増加しても人口が増加しなければ、賃金は上昇し、利潤が下落する。いっぽう資本の増加とともに人口が増加したとしても、労働者が生活状態の低下に甘んじなければ、利潤は低下せざるをえない。そして利潤率が最低限に達すれば、資本の増加が一切停止する状態が訪れる、とミルはいう。
 だが、いっぽうで利潤率を最低限に押し下げるのを阻止する作用も存在する。
 ひとつにそれは、過度の取引と無謀な投資にもとづく資本の浪費である。この場合、資本は不生産的に消費され、何ら利潤をもたらさないまま、事業所が閉鎖され、労働者は解雇されることになる。こうした商業的反動は、好況から恐慌にいたる過程として周期的に発生する、とミルはいう。
 もうひとつ、利潤の引き下げを阻止する要因が、生産上の改良である。それは、労働生産性を上昇させるとともに、利潤率を高め、商品の低廉化をもたらす。
「生産上の改良というものは、ほとんどいかなる商品の場合でも、すべて停止状態に到達するまえに通過すべき空地をある程度まで広くする傾きをもつ」と、ミルは記している。
 さらに、諸外国から廉価な商品を輸入するという方法もある。それによって、労務費は引き下げられ、利潤率は高くなる、とミルはいう。イギリスでは、穀物条例の廃止がまさにそうした効果をもたらした。安い食料品を海外から輸入するなかで、人口が増大していけば、労働賃金は低下し、それによって利潤率は上昇する。
 最後に利潤率の低下を阻止する要因として考えられるのが、資本の輸出だ、とミルはいう。国内で得られる利潤よりも多くのものを求めて、資本は海外へと流出していく。国内から持ち去られた資本は、けっして失われてしまうわけではなく、海外でつくられた低廉な商品を国内にもたらす原動力になる。
「資本の輸出というものは、国内にのこる資本のための使用分野を拡大するうえに、大きな効力をもつところの要因となる」と、ミルは指摘している。
 しかし、利潤率を上げようとするこうした動きにもかかわらず、最終的に利潤率の低下傾向は収まらず、経済はどこかの時点で定常状態に達するというのが、ミルの見方なのである。
 次回はそのあたりをみていくことにしよう。

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