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『隣国への足跡』を読む(4) [本]

 朝鮮戦争は1950年6月から53年7月まで3年間つづいた。
 戦争が長引いたことで、米軍の後方基地だった日本は特需景気にわいた。
 朝鮮戦争とは何だったのか。
 著者は明確にこう記している。

〈あの戦争は同じ共産圏の中ソの承認と支援を受けた北朝鮮が、韓国(南朝鮮)を併合・共産化するために仕掛けた「共産主義統一戦争」だった。戦後国際政治における共産主義の勢力拡張戦争である。東欧を支配したソ連共産圏が、北朝鮮を押し立て東アジアにも押し寄せたのだ。〉

 この定義は正しい。しかし、当時はこの真相がなかなか伝わらなかった。
 北朝鮮軍は奇襲で南朝鮮を圧倒し、たちまちソウルを占領、韓国政府は一時釜山まで追い詰められた。
 これにたいし米軍を主力とする国連軍が派遣され、北朝鮮軍を押し戻す。その後、中国軍が北朝鮮軍に加勢し、戦局は一進一退の状態となり、現在の南北境界線で休戦となった。
 これが朝鮮戦争の経緯である。
 そのころ、米軍の指揮本部は日本に置かれていた。そして、「日本は朝鮮半島での戦争のあらゆる後方処理を引き受けていた」と、著者はいう。
 日本の保守政権は、朝鮮半島全体が共産圏にはいれば、次は日本が共産化するのではないかと憂慮していた。
 著者はいう。

〈日本は朝鮮半島のすぐ南に位置し、そこからは永遠に引っ越せない。……日本にとって朝鮮半島の存在は一種の“業”のようなものである。〉

 日本は朝鮮戦争によって経済的に潤った。だが、朝鮮戦争にからんで、日本国内でも、政府と左派陣営とのあいだで「戦い」があった。
 自衛隊が生まれたのは朝鮮戦争の影響だといってよい。1952年5月には皇居前広場で、デモ隊と警官隊が衝突し、いわゆる「血のメーデー事件」が発生する。
 当時、日本の進歩派は、反米的で、圧倒的に「北朝鮮」を支持していた。著者によれば、その代表が作家では松本清張だったという。
 松本清張は、朝鮮戦争が北朝鮮ではなく、米国の謀略によって引き起こされたと考えていた。かれの考えには、一貫して、米韓悪玉論と北朝鮮称賛のイデオロギーがみられる。
 だが、「あの戦争は、松本清張の謎解きとは逆に、実は北朝鮮による『謀略朝鮮戦争』だったというのがマトを射ている」と、著者は断じる。
 著者は松本清張のうそを次々と暴く。
 そして、北朝鮮の実態を知ろうとしないことから、その後の北朝鮮による日本人拉致事件を許すことになってしまったのだと述べている。
 いま思えば、そのとおりだろう。
 ここで著者は少年時代に出会った在日朝鮮人の友人たちのことを思いだしながら、いわゆる「祖国帰還運動」の悲劇にふれている。
 祖国帰還運動とは、日本と北朝鮮の赤十字協定によって実現した、在日朝鮮人の北朝鮮への帰還運動をさしている。
 1959年12月にはじまり、67年までつづき、いったん中断されたあと、71年に再開され、84年に終了した。
 そのかん、9万3340人が北朝鮮に「帰還」した。そのなかには日本人妻約1700人とその子どもなど7000人が含まれていた。
 当時、北朝鮮は「地上の楽園」と思われていた。だが、実際、そこは「地獄」だったのだ。
 帰還運動は「貧困と差別と偏見と抑圧の日本」から「夢と希望の社会主義の楽園へ」の脱出と位置づけられていた。歴史的贖罪意識と社会主義幻想にとらわれる日本のメディアも、その帰還を「人道的措置」などと持ちあげていた。北朝鮮の宣伝にまんまとだまされたのである。
 その化けの皮は早くからはがれていたのに、日本ではなかなか北朝鮮の実態が明らかにならなかった。革新系の社会主義幻想があまりに強かったからだ。そうした幻想は、吉永小百合主演の映画『キューポラのある街』にも浸透している。映画では北朝鮮に帰還する在日朝鮮人一家の姿が描かれている。
 著者によれば、1970年に赤軍派の学生が「よど号」をハイジャックして北朝鮮に亡命したのも、「贖罪と反日という観念に革命幻想が加わり、人民が苦しめられているという苛酷な独裁国家・北朝鮮の真実が見えなかった、いや見ようとしなかった結果」だという。
 著者自身も北朝鮮幻想や否定的な韓国イメージから脱するには、1978年のソウル語学留学を待たなければならなかったという。
 本書には、ほかにもさまざまなエピソードがつづられている。
 たとえば1968年2月に銃とダイナマイトで武装し、静岡県の寸又峡温泉に88時間たてこもった金嬉老(きんきろう、キム・ヒロ)は、いったいどういう人物だったのだろう。
 そもそも金嬉老が人質をとって寸又峡温泉にたてこもったのは、ヤクザ相手のいざこざから殺人事件を起こし、警察に追われたためである。しかし、この事件が特異だったのは、本人が人質をとったまま生でテレビ出演し、自分の存在をアピールしたからだった。いわゆる劇場型犯罪の走りとされる。
「その結果、いわば単なる殺人・人質事件の凶悪犯人だった人物は一方で『民族的英雄』となり、人びとに記憶されることになった」と、著者は書いている。
 左翼の一部から、金嬉老が英雄とみなされたのは、かれが朝鮮人差別を体現した人物と想定されたからである。
 事件から31年たって仮釈放された金嬉老は、韓国に強制退去となり、釜山で暮らしていた。韓国のメディアも一時かれを英雄扱いしていた。
 ここで著者は、日本生まれの金嬉老が受けたとされる差別の実態をあばいていく。「事件までの39年間の人生で半分近くは少年院や刑務所暮らしだった」という。それは日本人からの差別というより、むしろかれのやくざな性格が原因だ。それにおびただしい女性遍歴。相手の女性はほとんど日本人だ。
 韓国に英雄として「帰国」した金嬉老の暴力沙汰は収まらなかった。韓国でも、女性問題にからみ、殺人未遂や放火、監禁などの容疑で逮捕されている。その行動は日本時代と変わらない。
 金嬉老の最後の願いは、生まれ故郷の日本に帰りたいということだった。朝鮮人差別の一点だけで、この人物を論じるのは無理がある。
 著者は1988年の大韓航空機爆破事件についても論じている。そのときテロを実行し、生き残った金賢姫には何度もインタビューしているという。
 この航空機爆破テロ事件が、北朝鮮による韓国にたいする破壊工作だったことはまちがいない。その目的は、ソウル・オリンピックを妨害ことだった。
 金賢姫に日本語を教育した田口八重子は、北朝鮮に拉致された日本人のひとりである。北朝鮮のテロ工作に日本人が利用されていることを忘れてはならない、と著者はいう。
 著者は日本が拉致事件を許してしまった背景には、日本の治安当局に「国民の安全より国家の安全」を優先しがちな体質があることを指摘している。加えて、それ以上に大きいのはジャーナリズムの責任だという。北朝鮮タブーと贖罪意識が、事実報道の目をくもらせていたのだ。
 拉致事件といえば、1973年の金大中拉致事件も日本が政治的・外交的にひどく悩まされる事件だった。
 1974年には文世光事件もおきている。大阪在住の文世光が、日本の警察から盗んだ拳銃を使って、ソウルで朴正煕韓国大統領を狙撃して失敗、大統領夫人が流れ弾にあたって死亡する事件である。このときには、日本大使館にデモ隊が乱入し、日本国旗を引き下ろす事態にまで発展している。
 著者はこう書いている。

〈朝鮮半島の政治的、社会的葛藤、混乱が時に日本に対し迷惑や被害となって及ぶことは、古代から繰り返されてきた。これはいわば地政学的な宿命かもしれない。宿命だとするとそれから逃れるのは難しい。後は過去の経験を教訓に、知恵を出して、迷惑や被害が少ないよう宿命をうまく“管理”するしかない。〉

 だが、これは朝鮮半島側から日本にたいしても言えることかもしれない。
 最後に著者は、戦後の日韓関係のパラドックスにふれている。
 日韓国交正常化が1965年までずれこんだのは、むしろ日本よりも韓国の事情だ、と著者はいう。

〈端的にいってそれは韓国に反日感情が強かったからではない。むしろ逆で、開放直後の韓国には反日感情がなかった(あるいは弱かった)ため、早期の国交正常化ができなかったのではないだろうか。韓国は国交正常化の前に、国民に反日感情をしっかり植え付ける必要があり、そのために時間がかかったからではないだろうか。〉

 韓国人の反日感情は戦後(解放後)に形成されたのではないか、と著者は疑っている。
 日本の統治時代、日本が朝鮮に鉄道や港をつくり、農地を造成したことはまちがいない。だが、韓国では「日本がいいこともした」ことは、ぜったいに認められない。それは北朝鮮でも同じである。むしろ、北朝鮮では、日本の統治時代のほうが、はるかに抑圧が少なかったといえる。
 日韓国交正常化に踏み切った朴正煕は、共産主義の北朝鮮に対抗するために、韓国を経済発展させることに成功した。かれが日本との国交正常化に踏み切ったのは「経済開発のための資金や技術を日本から手っ取り早く導入するのが目的だった」。
 こうして1970年代には、経済力で韓国が北朝鮮を上回るようになった。
 著者は、朴正煕も金日成も日本の「遺産」だったという。だが、朴正煕が国家運営に成功したのにたいし、金日成はなぜ失敗したのか。
 それは「抗日独立闘争の英雄」として君臨した金日成が、過去の反日に安住し、未来を築くことができなかったからだ、と著者はいう。
 そして、けっきょくは「親日派」のトラウマを背負った朴正煕のほうが、「反日」にあぐらをかいた金日成に勝ったのだ、と著者は結論づけている。つまり、南北の格差は、日本を受け入れたかどうかのちがいが、大きく影響しているというわけである。
 歴史は皮肉にみち、時に予期せざる結果をもたらす。とりわけ日本と韓国(朝鮮)の歴史においては、その傾向が強い。
 いろいろ考えさせられる本である。

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