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消費の問題──マーシャル『経済学原理』を読む(6) [経済学]

 商品とは貨幣によって購入することのできるモノやサービス、情報、コトをさしている。
 商品世界では、そうしたモノやサービス、情報、コトが限りなく拡張していく。そのかんに、古い商品が新しい商品に取って代わられることもあるし、長いあいだ昔ながらの商品がそのまま珍重されることもある。
 激しく変遷する商品の歴史はそのまま人びとの生活史とつながっている。その背後にはどのような力がはたらいているのだろうか。
 商品世界は貨幣とともにはじまる。だが、こうした商品世界が本格的にはじまるのは、せいぜい16世紀からで、それが全面的に開花するのは19世紀になってからだといってよい。とりわけ20世紀にはいってからの進展ぶりはめざましかった。
 商品世界とそれ以前の世界とを比較対照することは重要である。そのことによって、商品世界のもつ意味や問題もあきらかになってくるだろう。さらに、商品世界が今後どうなっていくかを想像することもできる。
 ところで、このブログではマーシャルの『経済学原理』を読もうとしている。
 いまは予備的な考察や基本的概念の整理を終えて、第3編「欲望とその充足」にはいるところである。
 商品世界は生産だけで成り立っているわけではない。消費がなされなければ、その世界は回っていかない。
 商品世界を生みだす最大の要因は資本である。だが、その資本も、資本がつくりだす商品が流通し、販売され、購入されなければ、資本として維持できない。
 生産、すなわち供給の側だけで、商品世界がつくられているわけではない。消費、すなわち需要の側の動きがあって、はじめて商品世界は成り立つのである。
 マーシャルは、そのことを強く認識していた。そして、そのうえで、消費・生産・分配からなる商品世界の構造をさぐろうとしていたのだといってよい。
 とりわけ、かれが意識したのが、消費と生産、すなわち需要と供給のぶつかる場である市場の問題だった。
 しかし、その前提として、消費、すなわち需要の問題が検討されなければならない。
『経済学原理』第3編の「欲望とその充足」は、需要がどのように成り立っているかを考察しようとしたものである。
 ここで、若干われわれの問題意識をつけ加えておくと、近代において、消費・生産・分配からなる経済の循環構造、いいかえれば分離と結合からなる経済の仕組みが生まれるのは、貨幣と商品によって生活世界が形成される商品世界が社会の基本となることによってである。
 商品世界の実体は商品と貨幣からなり、それを支えているのが消費・生産・分配からなる経済構造だといってよい。商品と貨幣には、いわば消費・生産・分配の構造が隠されており、商品と貨幣は対になって商品世界を動かしている。そのことをまず踏まえておいてもよいだろう。
 それはさておいて、最初にマーシャルは「最近にいたるまで需要すなわち消費の問題はいささかなおざりにされてきた」と論じている。
 その原因は、第1にリカードが生産費に力点をおいて交換価値を規定してきたこと、第2に最近は数理的な思考が進んできて、需要についての綿密な分析が必要になってきたこと、第3に人びとの幸福や福祉と消費がどのように関係しているかを吟味しなければならなくなったためだとしている。
 とはいえ、消費、すなわち欲望とその充足は、人間の経済生活の一面であって、それだけを取りあげてすませるわけにもいかないと強調することも忘れてはいない。
 未開人にくらべ、現代人の欲求は多種多様、かつ大量に事物を求めるようになり、事物の品質の向上や、事物の選択の範囲の拡大をも望むようになった、とマーシャルは論じている。
 最初の重要な一歩は、火の発見だった。火によって、多様な食料を調理することを学び、それによって食品の種類も量も次第に増えていった。
 衣服にたいする欲求は、自然の欲求にとどまらず、風習や地位、それに自分をよりよく見せようとする欲望に支えられている、とマーシャルはいう。
 住宅は雨露をしのぐだけが目的ではない。人びとはより快適な住宅、「多くの高次な社会的活動をおこなうための要件」としての住宅の拡充を求めつづける。
 さらに、人間の欲求は衣食住にかぎられるわけではない。文学や芸術、音楽、娯楽、旅行、運動なども欲求の大きな要素である。
 また人間には優越性への欲求もある。「[よりよいものを求めるという]この種の欲求こそ最高の資質、最大の発見を生みだすのに大きな貢献をするのであるが、またそれらにたいする需要の側面においても少なからぬ役割をはたすのだ」と、マーシャルはいう。

〈おおざっぱに言えば、人間の発展の初期の段階ではその欲望が活動をひき起こしたのであるが、その後の進歩の一歩ごとに、新しい欲望が新しい活動を起こしというより、むしろ新しい活動の展開が新しい欲望を呼び起こしてきたとみてさしつかえないようである。〉

 原則的に、マーシャルは、欲望は「努力と活動」から導きだされたもので、重要なのはむしろ「努力と活動」のほうであり、欲望の充足はその結果、あるいは補完物だととらえている。このあたりはいかにもマーシャルらしい。
 次にマーシャルは消費者需要について取りあげる。流通業者や製造業者が生産目的で、何かを購入したとしても、それは最終的には消費者需要によって規制されている。「したがって、すべての需要の究極の規制要因は消費者需要にある」
 効用と欲求は相関しているが、欲求は測定できない。「その測定はある人がその欲求の実現ないし充足のために支払おうとする価格を介しておこなわれる」
 ここで、マーシャルは個々人の欲望の法則、ないし欲求を満たす効用の法則について論じる。
 ここで持ちだされるのが欲望飽和の法則、すなわち「効用逓減の法則」である。
「ある人にたいするある財の全部効用はかれのその保有量の増加につれて増大していくが、保有量の増加と同じ速度で増大していくわけではない」
 そこには限界効用(marginal utility)が発生する。誤解されやすいが、ここでいう限界とはあくまでも(最終的な)追加という意味である。つまりある財にたいする追加購入によって生じる効用が限界効用である。
 ある財の消費にあたっては、限界効用逓減の法則が成立する。
「ある人にたいするある財の限界(追加)効用はかれがすでに保有するその量が増大するにつれて逓減していく」
 追加の効用が逓減するというのは、たとえばビールは2杯目より、最初の1杯がうまいという意味である。
 人間の消費行動が、はたして限界効用逓減の法則によってのみ説明できるのかどうかは疑問の余地がある。それは仮説にとどまっているとみるべきだろう。
 だが、ここで限界効用逓減の法則がもちだされるのは、欲求は測定できず、それは価格によってしか表せないという次の展開を導くためなのである。
 効用の大きさは具体的な数字で表せるわけではない。それが数量で表せるとしたら、経済においては価格によらざるをえないということになる。
 いま、たとえばある銘柄のコーヒーの粉1袋が3000円だとする。ある人は1年のうちにこれを1袋しか買わない。かれがこれを2袋買わないのは、追加の1袋の効用が3000円の価値があると認めていないからである。
 この3000円の価格を、マーシャルは「限界需要価格」と名づけている。
 ところが、いまコーヒーが何らかの理由で値下がりして、1袋3000円ではなく2600円になったとしよう。すると、ある人は1年にコーヒーを1袋ではなく、もう1袋買うようになるかもしれない。そこでは、ある人にとって、新たな「限界需要価格」が逓減する限界効用を満たすものとなっているからである。
 限界効用が逓減すると仮定すれば、価格と需要について、たとえば次のような関係が成り立つ。

   値段   コーヒー
  3000円    1袋
  2600円    2袋
  2200円    3袋
  1800円    4袋
  1400円    5袋

 縦軸に価格をとり、横軸に数量をとって、これをグラフに表せば、右下がりの需要曲線がえがけるだろう。
 マーシャルはこれをひとりの需要にかぎらず、市場全体の一般市場についても拡張できるとする。
 それは日々の消費財だけではなく、耐久財についてもあてはまる。耐久財はいったん購入すれば、一定の時間がたたなければ、次の追加購入はなされないものである。ところが、その値段が下がれば、それまで耐久財の購入をためらっていた人が、それを購入しようと決断し、それによって需要が高まる。
 こうして、一般的には次のようにいうことができる。

〈大きな市場──そこでは富裕なものも貧しいものも、年とったものも若いものも、男も女も多種多様な嗜好・気性および職業をもった人々もたがいに混じりあっている──においては、個々人の欲望の特殊性はたがいに相殺しあって総需要の比較的規則的な階差を生みだしていくであろう。一般的に使用されている財の価格がたとえわずかでも低落すると、他の事情に変わりがなければ、その総売上高を増加させる。〉

 ここから、マーシャルは一般的な需要法則を導きだす。

〈売却しようとする量が大であればあるだけ、購入者を見いだそうとするには供給しようとする価格を低くしなくてはならない。あるいはいいかたを換えると、需要される量は価格の低落によって増大し、価格の上昇によって縮小するのだ。〉

 マーシャルは、この一般的な需要法則を、(競合商品の発達を含め)商品世界全体の広がりのなかで、さらに考察していくことになる。

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