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抵抗地帯──『これがすべてを変える』を読む(5) [本]

 リスクの高い採掘プロジェクトにたいして、地域に根ざした抵抗が広がろうとしている。抵抗地帯はどんどん数が増えている。ギリシャでもルーマニアでもカナダでもイギリスでもロシアでも内モンゴルでもオーストラリアでも……。それは地域的な運動にとどまらない。グローバルな運動の一部をなすものだ、と著者はいう。

〈抵抗地帯が断固として掲げるのは、「地下にあるものはいっさい使わない」とでもいうべき考え方だ。それが拠って立つのは、地底から毒物を掘り出すのはやめて、地表で豊富に得られるエネルギーを活用する生活へと全速力で転換する時が来た、というシンプルな原則である。〉

 1970年代以来、ナイジェリアでは国際石油企業シェルの石油採掘にともなう被害(環境被害と健康被害)が拡大していた。これにたいし、1990年代にオゴニ族が立ち上がり、石油施設の操業を停止させることに成功する。運動はほかの地域にも広がった。しかし、ナイジェリア政府は運動を徹底的に弾圧し、多くの地方に戒厳令を敷いた。
 現在、抵抗地帯があちこちに生まれているのは、採掘産業が世界のあらゆる地域で資源開発に奔走しているからだ、と著者はいう。
 エネルギー産業がリスクの低い安全な産業だったためしはない。その採掘場所は「犠牲区域」になる。資源の輸送も多くの危険をともなう。しかも、資源が枯渇するにつれ、その場所は放棄される。さらに、新技術の開発にともなって、採掘場所はいくらでも増えていくのだ。

〈化石燃料依存が生んだ犠牲区域も、地球の上に巨大な影のように忍び寄り、広がっている。……こうして嫌でも目を覚まさせられる人が増え、化石燃料産業はかつての味方を大勢、敵に回している。〉

 現在アメリカではオイルサンドが開発され、その採掘場所が広がり、多くのパイプラインが敷かれようとしている。しかし、各地でオイルサンド・パイプラインへの猛反対が巻き起こっている。フラッキング(水圧破砕法)がもたらすメタンガス排出にも批判が集まっている。カリフォルニア州リッチモンドでは、住民がシェブロンの石油精製施設の大幅拡張阻止に成功した。
 いまや闘いは孤立無援ではない。ネットワークと相互交流が新たな広がりを見せつつある。「ひとつの闘いが別の闘いの勢いを削ぐどころか、闘いの数を増やすことへとつながり、一つひとつの勝利がほかの人々の決意をより強固にしていく」と、著者は記している。
 オイルサンド由来の原油、フラッキングによるシェールオイルやシェールガスの危険性は、従来のものより高い。オイルサンド油田が生態系と人体にどのような影響をおよぼすかも、よくわかっていない。
 それなのに、現在、環境監視予算は大幅に削られている。そのうえで、「業界と政府は基礎研究を片端から妨害し、健康と環境に関する不安についての調査を託される専門家を黙らせ」ようとしていると、著者は書いている。
 アメリカではフラッキングによるシェールガス採掘が飲料水井戸を汚染している。「政府と業界の主張とは異なり、多くの井戸でメタン濃度がアメリカ地質調査所の設定した安全基準を上回っている」と、著者はいう。
 2010年にはイギリスの石油大手BPが、メキシコ湾で史上最悪の原油流出事故を引き起こした。利益を優先し、コストと時間を節約しようとしたことが、こうした事故を招いたのだ。それはBPに限られたことではなかった。多くの人が政府や業界の言葉を信じなくなっている。人びとはもはや業界の広告にだまされなくなっているのだ、と著者はいう。
 予防原則を復活しなければならない。予防原則とは「人間の健康と環境が著しくリスクにさらされる場合、科学的確実性が完全でなくても対策をとるべきとする原則である」。しかも、その安全性を証明する義務は企業に課されなければならない、と著者は述べる。
 著者は地元カナダのブリティッシュコロンビア州キャンベラ島で開かれた、パイプライン敷設反対運動のもようを取材している。先住民が多く住むキャンベラ島は、パイプラインのルートからは外れているが、もし沖合でタンカーの原油流出事故が発生すれば、深刻な被害を免れない場所にある。実際、1989年には北のアラスカ沖で大事故がおきている。島の住民は土地と海を守るため、こぞって反対運動に立ち上がった。
 採掘企業は土地に愛情をもっているわけではない。かれらが欲しいのはカネになる資源だけである。そこで、「採掘産業のもつ構造的な根なし草的一時性の文化が、大地に深く根を張り、生まれ育った土地を心から愛し、それを守り抜く強い意思をもつ人たちとぶつかれば、激しい衝突が起きても不思議はない」。
 資源採掘地になったルーマニアの村人はいう。「私たちはそんなに貧乏というわけじゃない。お金はないかもしれないけど、きれいな水もあるし、健康だし、このままにしておいてもらいたいだけです」
 著者はいう。このことばは、ブリティッシュコロンビア州の住民にもあてはまる。かれらの目的はきれいな水を守ることだ。
 フラッキング(水圧破砕法)によるオイルサンドやシェールガスの採掘には大量の水を必要とする。そして、採掘に使用された水は毒性を帯び、汚染されたまま池となってたまる。
 そのため世界各地で、フラッキング反対運動がくり広げられ、多くの地域がフラッキングを禁止するようになっている。加えて、世界銀行なども、すでに石炭プロジェクトへの資金提供をとりやめている。
 カナダのオイルサンド・パイプライン反対運動はまだ勝利を収めていないが、少なくとも計画を遅延させることに成功している、と著者はいう。いっぽうインドでは石炭火力発電所への反対運動が起きているし、中国では都市の大気汚染が危険なレベルに達し、石炭依存からの脱却が求められている。こうした動きがクリーンエネルギーへの移行を促進することを著者は期待する。
 オイルサンドを含む新たな化石燃料採掘を阻止する動きが広まりつつある。北極圏やアマゾンでの採掘を全面禁止しようという運動もはじまっている。
 ダイベストメント(投資撤退)運動が組織されようとしている、と著者はいう。これは化石燃料企業に投資撤退を求めるものだ。そのために、個人や団体などが石油関連株を売却するなどして、企業に圧力をかけようとしている。アメリカでは、化石燃料企業のテレビ広告を禁止させる動きさえみられるという。
 だが、採掘企業側も反撃をはじめている。フラッキングを禁止したケベック州を企業が提訴する事態も生じている。「現在、投資紛争の数はかつてないほど増えており、化石燃料企業が起こしたものが相当部分を占める」という。とはいえ、こうした自由貿易協定にもとづく提訴にたいし、政府は反撃せず傍観している、と著者は憤懣を隠さない。
 化石化した民主主義にたいして、草の根運動をおこそう、と著者は提唱する。政府はこれにたいし、しばしば逆の動きを示す。

〈住民の同意はどうやら重要とは見なされないらしい。政府は、こうしたプロジェクトがコミュニティの真に最良の利益にかなうものであるという説得に失敗すると、たびたび企業側と結託して、身体的な暴力と、平和的な運動家をテロリストに分類する硬直した法的ツールとを使って、反対を叩きつぶしている。〉

 新自由主義のもとでは、人の命よりカネのほうが重いとみられている、と著者は嘆く。企業と結びついた国にたいし、住民にとって身近な存在である地方自治体は、化石燃料ラッシュにたいする抵抗の拠点となりうる。とはいえ、その地方自治体すらあてにならない。最後は住民の強い意思がすべての方向を決めるのだ、と著者は信じている。

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