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利子率と流動性選好──ケインズ素人の読み方(6) [経済学]

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 雇用を決定するのは投資である。そして、投資は利子率に左右される。すると、利子率はどのようにして決まるのかが今回のテーマである。
 古典派は利子率が投資と貯蓄が一致する水準で決まるとした。だが、そう簡単には言えない、とケインズはいう。
 そもそも貯蓄は所得にたいする貯蓄性向によって決まる。さらに、人はその貯蓄を流動性の高い金融資産で保有するか、流動性が低くても収益性の高い金融資産で保有するかを迫られる。これが流動性選好である。流動性選好は、すぐ出し入れできる貨幣をどれだけ確保するかの指標だといってよい。古典派は流動性選好の問題を無視している、とケインズは批判する。
 古典派は利子率を、消費を将来に引き延ばすこと(待忍)の報酬だと考えていた。だが、これはまちがいだ、とケインズはいう。
 利子率は文字どおり、貨幣と利息収入の比率にほかならない。その利息は、貨幣保有を犠牲にして、銀行に預けるなり債権を買うなりして、利息を生み出す負債を保有することによって得られたものである。
 つまり、ケインズは利子率を貨幣の流動性を放棄したことにたいする報酬と考えるわけだ。
利子率が低くなれば、金融資産を保有する欲求は低くなり、利子率が高くなれば、金融資産を保有する欲求は高くなる。
 そして、実際の利子率は、貨幣供給量との関係で決まってくる、とケインズはいう。

 もう一度、貨幣について考えてみる。貨幣には取引の決済手段と富の保蔵手段という機能があることがわかる。
 保蔵に関していうと、人びとはさまざまな負債(金融資産)で貨幣を保全する。そして、負債を取引する市場が存在するときには、それぞれの予想にしたがって負債を売買する。市場は弱気の売りと強気の買いが等しくなる価格で均衡する。
 したがって、流動性選好、つまりどういう形態で貨幣を保全するかの背後には、3つの動機がある、とケインズはいう。それは(1)取引のため、(2)予備のため、(3)投機のため、である。
 流動性選好が高まって、投機的傾向が強まるのは、貨幣供給が増大し、証券価格が高まるいっぽうで、利子率が下がる場合である。ただし、その場合は、経済は不安定になりやすい。
 一般に貨幣供給量が増えると利子率は下がり、投資量は増える。投資が増加すると、雇用が増え、所得水準が高くなる。そして雇用水準の増加とともに価格水準が高くなる。
 ケインズが想定したのは、こうしたプロセスである。

 古典派は投資にたいする需要と貯蓄による供給が等しくなる水準で利子率が決まるとしたが、この考え方をケインズはあらためて批判する。
ケインズによれば、企業は投資の限界効率にもとづいて、投資行動を決定する。いっぽう貯蓄性向は利子率によってではなく所得水準によって決まる。さらに流動性選好が利子率に影響をもたらす。
 これにたいし、古典派は完全雇用を前提に、所得水準を一定としたうえで、一定の利子率のもとで、貯蓄と投資が一致するという図式を描く、とケインズはいう。
 ケインズはさらに利子率をめぐる古典派理論の矛盾をついているが、それはややこしいので、ここでは省略しよう。
 それよりも流動性選好について、ケインズのさらなる分析をみておくべきだろう。
 流動性選好は貨幣需要や貨幣の流通速度と密接に関係する。
 貨幣が保有されるのは、収入から支出までの期間、商品の販売から製造までの期間、突然の支出や購入に備える期間、投機を待つ期間などである。
 このうち利子率の変動に敏感に反応するのは、投機を動機とした貨幣需要である。
 中央銀行は通貨量を調整するため、一般公開市場において、いわゆるオープン・マーケット・オペレーションを実施する。
 オープン・マーケット・オペレーションによって、貨幣供給量(マネーサプライ)は変化する。それによって、流動性選好は変化し、株式市場での取引に影響を与える。
 こうした条件や期待が変わることで、新たな均衡利子率が決まってくる。ケインズがえがくのはそうした見取図だ。
貨幣供給の増加は利子率(金利)の低下をもたらす。金利の低下は取引そのものや予備的な資金にはさほど影響をおよぼさないが、投資にはそれをうながす方向に作用する。
 とはいえ、中央銀行は金利を一定水準以下に抑えるわけにはいかない、とケインズはいう。金利がいちじるしく下がっている段階で貨幣供給量を増やしても、投資はほとんど増えず、貨幣保有だけが増える。
ケインズ自身はこう指摘する。

〈金利がある程度まで下がると、流動性選好が実質的に絶対的になってしまう[固まってしまう]かもしれません。つまり、債権[債券]の金利があまりに低すぎると、ほとんど全員がむしろ現金のほうがいいと思うようになるのです。こうなると金融当局は、金利に対する実効支配を失ったことになります。〉

 ケインズを継いだヒックスは、この現象を「流動性のわな」と名づけた。
 ある最低限以下に金利を下げるわけにはいかないのは、借り手の信用にもかかわっている。短期の貸し付けについては、どんな状態のもとでも、最低限1.5%から2%の金利は必要だろう、とケインズは述べている。
 いまの日本経済は「流動性のわな」におちいってしまっているのだろうか。
 ケインズの利子論はなかなかむずかしい。
 伊東光晴は前出の『ケインズ』のなかで、こう書いている。

〈ではこの流動性選好利子論の政策的帰結は何であろうか。それは利子率は市場の自由な動きに任せるのがいちばんいいという投資・貯蓄、利子率決定理論を否定することによって、利子率を人為的に動かし、それによって投資量を増やし、完全雇用を維持しようという、金融市場への政府介入の正当性を描き出した点にある。〉

 ケインズが古典派の図式に疑念をいだき、みずからの利子論を案出した。そして、市場にまかせたままなら、資本主義経済が大量の失業をかかえたまま均衡してしまうことを示したのだといえる。
 ケインズは現在の不況下では、政府が貨幣発行量を増やすことで、金利を下げ、投資誘因を刺激することによって、雇用の増大をはかるべきだと考えていた。だが、同時に、流動性のわなにおちいらぬよう細心の注意を払うべきだとも述べて、安直な通貨政策に一種の警告を発している。

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