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賃金と物価──ケインズ素人の読み方(8) [経済学]

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 ケインズは第5篇で、貨幣(名目)賃金の変化が、雇用量、国民所得、物価にどのような影響をおよぼすかを論じている。
 古典派は賃金が下落すれば、物価が下がり、需要は増加し、その結果、以前より雇用量が増大すると主張してきた。これはまったくのまちがいだとケインズはいう。
 古典派は賃金の低下によって生産費用が低くなることを強調するが、賃金の低下によって、労働者の所得が減少すれば総需要も減少するというのがケインズの見方だ。
 賃金の低下はどのような影響をもたらすか。

(1)物価の下落と利子生活者(資本家)の収入増。
(2)輸出の増加と投資の刺激による一部産業の雇用増。
(3)輸入の増加による交易条件の悪化と、一部産業の所得減と雇用減。
(4)投資の減退と消費性向の低下。
(5)市場利子率の低下と投資の促進。
(6)企業の楽観ムードと労働者の悲観ムード。
(7)企業債務や国債への負担増。

  賃金の下落には経済にプラスとマイナスの効果がある。だが、ケインズが重視するのは、賃金の下落が投資の限界効率と利子率にどのような影響をもたらすかという点である。
 ケインズはいう。賃金の低下が投資の限界効率を上昇させるのは、賃金が将来また上がるという期待を人々がもっている場合である。
 逆に、賃金が下がりつづけると予想される場合は、投資の限界効率が下降し、投資は減少し、雇用量も少なくなる。
 労働組合が存在し、賃金交渉がおこなわれる場合は、多少なりともこうした事態は避けられる。しかし、経済が安定するためには、できるだけ賃金を固定したほうがよい、とケインズは主張する。
 いっぽう、利子率に関していえば、賃金の低下は利子率の低下をもたらす。利子率が低くなるのはけっこうなことである。だが、賃金の低下は弱い立場の人びとを悲惨な状態に追いこむ。
 利子率を低くしたいのなら、貨幣供給を増やすほうが、社会の痛みはよほど少ない。労働者の受けとる賃金は低下させるべきではなく、安定させるべきだ、とケインズは重ねて主張する。
 また、たとえ賃金の下落によって利子率が下がったとしても、投資はそれによって増えることなく、かえって減少するとも述べている。

 賃金の切り下げは物価の下落を招く。それでも実質賃金は保たれるという考え方があるが、物価の下落がスパイラル状になって収拾がつかなくなる恐れがある。
 一般的には貨幣賃金を安定的な水準に維持することが、もっとも望ましい政策だ、とケインズはいう。
 短期的には物価は雇用量によって変化し、長期的には物価は新しい技術や新しい資本設備にともなって変化する。そして、短期的には賃金の安定、長期的には賃金の上昇をともないながら、完全雇用に近い状態を実現するのが、ケインズの目標だったといえる。
 そのとき指標となるのが、貨幣数量の調整だった。

 雇用関数に関する議論は専門的である。ここの部分は飛ばしてもよい、とケインズも書いているが、簡単に紹介しておこう。
 雇用関数は有効需要と雇用量の関係を示している。これまでは有効需要が変化すると、雇用量も変化するという一般的な理論を展開してきた。しかし、詳しくみると、有効需要の変化が与える影響は、製品や産業によって異なっており、雇用量に与える影響もそれぞれ異なる。
 産業全体の雇用関数は、さまざまな企業の雇用関数を合計したものである。だが、企業が扱う製品によって、有効需要の変化が雇用に与える影響は異なる。ケインズはそのことを数式を使って、こまかく説明しているが、このあたりになると、ぼくにはついていけなくなる。
ケインズは有効需要が増えても、当初、それは雇用には結びつきにくいと書いている。増えた部分の多くは、事業者の所得を太らせ、すぐには賃金労働者に回らない。余剰在庫や余剰生産能力があれば、企業は投資を控えていまい、雇用へと向かわないからだ。
 有効需要が不足すると、労働力は過小にしか雇用されない。つまり、失業が生じる。有効需要が増えると雇用は増えるが、物価と比較しての実質賃金は変わらないか、むしろ下がる。
 その後も好景気がつづき、追加の労働力を雇うとなると、賃金を上げなくてはならなくなる。しかし、追加の労働力による追加生産量の割合は少なくなるので、その分、価格を上げなくてはならなくなる。こうして、有効需要の増大は、雇用増と物価上昇をもたらす。
 そして、さらに完全雇用を越えると、生産量は増えず、価格だけが上昇するインフレーションが発生する。
 ケインズはこれらのことを雇用関数の数式によってあらわしている。

 第5篇をしめくくるにあたって、ケインズはふつう経済学が最初に取り扱う価格理論にようやくふれている。
 古典派のように価値論と価格論をわけて論ずるのはよくない。ミクロ経済学とマクロ経済学に分類したほうがいい、とケインズはいう。ミクロ経済学は個別の産業や企業を扱い、マクロ経済学は総産出量や総雇用量を分析する。
 ケインズが論じているのはマクロ経済学だが、そこでも貨幣経済の理論が必要になってくるという。
 経済が動態にあるとき、現在の均衡に影響を与えるのは将来にたいする期待である。貨幣(お金)はその指標となる。
 物価水準はどのようにして決まるのか。
 物価水準は、生産要素に対する支払いの大きさと、商品産出量の規模の大きさによって決まる。すなわち生産技術と資本蓄積が一定のとき、一般的な物価水準は、全雇用量の大きさによって決まってくる、とケインズはいう。
 物価水準は、賃金単位と雇用量に依存する。これに貨幣供給量がからんでくる。こうして、ケインズは価格決定メカニズムを数理的に分析していくのだが、その行程をたどるのはぼくにはむずかしい。
 要点だけ述べる。
 失業が存在するかぎり、貨幣供給量が増加しても物価にはなんの影響もでない。有効需要の増大に見合って、雇用量が増加するだけである。
 しかし、完全雇用状態になると、貨幣供給量の増加は同じく有効需要を増大させるだけでなく、貨幣賃金と物価を上昇させていく。
 だが、現実には、ことはそう単純ではなく、さまざまな複雑な要素がからんでくる。
 たとえば、

(1)貨幣供給量が増えても有効需要が比例して増えるとはかぎらない。
(2)労働力の質は同じではなく、雇用の増加にしたがって収穫逓減の法則がはたらく。
(3)労働力をひとつの産業から別の産業に移転するのはそう簡単ではない。
(4)賃金は完全雇用状態に達する前に上昇しはじめる傾向がある。
(5)賃金と雇用量の変化だけで価格の変化が説明できないこともある。

 ケインズはこうした現実を念頭におきながら、厳密にひとつひとつ数理的な分析を重ねていく。このあたりもむずかしい。
(1)については、ヒックスがのちにまとめるIS・LM分析が展開され、利子率がどのような水準をとったときに有効需要がどう変化するかが論じられる。
 さらに、ケインズは、労働効率と雇用の関係、生産規模と物価、供給が非弾力的な産業、時間的ラグの問題、完全雇用以前の賃金・物価の上昇などについても説明している。
 完全雇用が達成され、有効需要が増えても、産出量あるいは雇用量が増大せず、物価が上昇する場合を、ケインズは真のインフレーションと名づけている。
 ケインズはインフレに寛容だったのだろうか。
 経済学者の伊東光晴は、ケインズ理論はインフレ容認論と短絡的にとらえられがちだが、そうではないと論じている。

〈完全雇用になれば物的数量は増さず、価格だけが上昇するという真のインフレーションが生ずる。ケインズはこのような価格と物的数量と有効需要との関係を考え、賢明な政策により、一方において失業の救済を考え、他方において物価の上昇率を十分熟慮した有効需要政策をとることを期待した。〉

 有効需要を政府が知性と理性によってコントロールし、それによって雇用と物価を安定させるという立場をケインズはとっている。しかし、経済のコントロールは、はたしてそううまく行くものなのだろうか。

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U3

 そもそも経済とは人心に大きくされるものであるならば、数式や公式で表される様な理論になり得ないのではないかと思い始めている。
 なにしろ不確定要素が占める割合が多く、それがゆえに予測がつかないのであれば、そもそもそれは理論と言えるのかという根源的疑問が目の前に立ちはだかる。
by U3 (2021-10-18 13:17) 

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