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異端の経済学──ケインズ素人の読み方(9) [経済学]

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 最後の第6篇になって、ケインズは不況下の失業を解明したみずからの「一般理論」を、もう一度全体の見取図のなかで、とらえなおそうとしている。景気循環や国際貿易や歴史的な経済学説を視野にいれると、それはどのように位置づけられるのかを素描した。
 まず景気循環についてみておこう。
 みずからの理論装置でいえば、景気循環は投資の限界効率の関数グラフが、循環的に変動することによって生じる、とケインズは考えた。
 景気循環とは、いうまでもなく景気が上昇と下降をくり返すことである。
 最初、景気は上昇し、やがて下降する。下降するときは急激で、しばしば恐慌が発生する。そして、不況がしばらくつづくと、景気はふたたび上昇局面にはいる。
 好況期が終わりを迎えるときには、どんな現象が生じているのだろう。
 好況期には、投資が高い水準に維持され、資本設備も蓄積される。このとき投機的な株式市場では、短期的なキャピタル・ゲインへを期待して株価が大きく上昇する。
 しかし、こうした状況は長くはつづかず、やがて幻想が破れ、人びとの期待は大きく下方に修正される。それによって株価が暴落し、流動性選好のグラフは上方に移動し、利子率が上昇する。その結果、投資が減少し、有効需要ならびに雇用量が減少し、失業が大量に発生する。
 恐慌が発生すると、利子率を下げても景気は容易に回復しない。金融政策だけで恐慌から脱出するのはむずかしい、とケインズはいう。
 その理由は、投資の限界効率を回復させるのが困難だからである。ショック状態におちいった企業家の心理は、すぐには好転しない。
 景気回復にはある程度の時間を必要とする。固定資本も在庫も過剰状態となっているためだ。しかも、投資の限界効率の崩壊は、消費性向にもマイナスの影響をもたらす。
 だが、景気回復の局面にはいると、回復は急ピッチで進む。
 自由放任の資本主義経済では、こうした景気循環が避けられない。そのため、投資を社会的に望ましい水準に維持するには、国家による制御が必要となる。とりわけ不況のときには、投資だけではなく消費面においても、国家が何らかの手立てをとらなくてはならない、とケインズは主張する。

「一般理論」はこれまで貿易のことを無視して、もっぱら国内市場の均衡に目を向けてきた。そこで、国際貿易にも目を向けて、「一般理論」を少し拡張してみよう、とケインズは考えた。とはいえ、それはあくまでも素描にとどまっている。
 ここで取り上げられているのは、古くさい過去の考え方とされる重商主義についてである。
 ケインズは重商主義を頭ごなしに否定していない。重商主義とは貿易収支を黒字にする政策だ。そのため輸入制限もおこなわれていた。
 かつては利子率は貴金属の量によって決まった。その貴金属の量を決めるのが貿易収支だった。貿易が黒字だと貴金属が流入し、赤字だと貴金属が流出する。そのため、当局は貿易黒字にこだわった。貴金属の量が増えれば、国内の景気がよくなると考えていたのだ。
 ところが、輸入制限は、貿易規模自体をちいさくしてしまうことがわかってくる。そこで、保護貿易への批判が強まり、自由貿易と国際分業のメリットが強調されるようになった。
 ケインズは自由貿易の意義を認める。
 しかし、貿易収支にこだわらず、為替レートの動きに合わせて、自由に利子率を変動させるという当局の姿勢に疑問を呈する。利子率の決定を市場にまかせているかぎり、それは高めに設定され、低い投資水準と大量の失業を招くことになる。
 利子率を放置してはならない。
 ここで、ケインズは古くさいとされる中世スコラ派の学者に経済の知恵を見出している。かれらは高利を批判して、それを道徳的に規制した。そうしないと、適切な投資が実現しないことを知っていたからだという。
 ケインズは経済学者のあいだでは完全に無視されている評論家についても取り上げ、かれらがけっして荒唐無稽ではなかったことを証明しようとする。
 その一人として、ケインズは『蜂の寓話』を著したバーナード・マンデヴィル(1670〜1733)のことを紹介している。
 マンデヴィルはこう書いていた。

〈国を幸福に保ち、繁栄と呼ぶ状態にするには、万人に雇用される機会を与えることである。すると向かうべきなのは、政府の第一の任を、できる限り多種多様な製造業、工芸、手工芸など人間の思いつく限りのものを奨励することとすべきである。そして第二は、農業と漁業をあらゆる方面で奨励し、人類だけでなく地球全体が頑張るよう強制することである。国の偉大さと幸福は、豪奢を規制し倹約を勧めるようなつまらぬ規制からくるのではなく、この方針から期待されるものである。〉

 刻苦勉励と倹約を唱える多くの道徳家や経済学者は、贅沢は素敵だというマンデヴィルを嫌悪し、嘲笑した。しかし、ケインズはマンデヴィルこそが素晴らしいという。
 ケインズがリカードよりマルサスを評価している点にも注目すべきだろう。その意味ではケインズも異端派の経済学者なのだった。

 ケインズは最後に「一般理論」の含意する社会哲学について述べる。
 ケインズによれば、多くの失業が発生しているとき、富と所得の分配が不平等であるとき、その経済社会は失敗している。
 不平等を改善するには、直接課税がいちばんだ。
 ところが、いざ増税となると、金持ちの余剰が減り投資を損なうという議論がでて、所得税や相続税の議論は棚上げになりがちだ。
 それはまちがっているとケインズはいう。
 金持ちが貯蓄しても、富は増えない。
 ある程度、富や所得に格差があるのはやむをえない。しかし、現在ほどの格差は容認できない。所得の不平等は経済の停滞を招く。
 むしろ所得分配を平等化することで、消費性向は高まり、資本蓄積が進むのだ、とケインズはいう。
「一般理論」から結論づけられるのは、利子率が低ければ低いほど投資はうながされ、雇用量が増えて、消費性向が高まるということである。そのためには、政府が貨幣供給量を調整することで、利子率をできるだけ下げなくてはならない。
 利子率が下がれば、金利生活者階級は自然消滅する。資本の稀少価値を利用して支配力を高めようとする資本家階級が安楽死するのだ。
 これは革命を必要としない大きな社会変革だ、とケインズはものすごいことをいう。
 こうした社会変革を実行するには、政府の役割が欠かせない。
 政府は税制や利子率決定などを通じて、消費性向を望ましい方向に誘導し、完全雇用をめざさなくてはならない。しかし、それには金融政策だけでは十分ではなく、財政出動も求められる。大規模な公共投資も必要になってくるだろう。
 もっとも重要なのは、政府が将来を見すえた投資計画を策定し、民間経済の内発的意欲を引きだすことだ、とケインズはいう。
 これは全体主義的な社会主義体制とは異なる。国家は生産のツールを所有すべきではない。労働者を支配下におくべきではない。権威主義的な国家は失業問題を解決できたとしても、効率性と自由を犠牲にしてしまう、とケインズは断言する。
 ケインズも中央政府が経済政策をコントロールして、完全雇用を実現する方向をめざすべきだとしている。だが、それは経済生活の社会化を意味しない。
 重要なのは、あくまでも民間企業の創意と責任に依拠することである。伝統的な個人主義と自由を守りつづけることがだいじなのだ。
 さらにケインズはみずからの提示する新しいシステムが平和をめざすものであることを強調している。
 これまで戦争は経済的な原因からおこることが多かった。
 人口圧力と市場の競争が人びとを戦争に駆り立ててきた。自由放任経済と金本位制のもとでは、国内の失業と貧困の問題を解決するには、海外に進出する以外に方法がなかった。
 しかし、各国が国内の政策で失業問題を解決できるようになれば、戦争をもたらす経済要因はかなり解消される。貿易戦争であくせくすることもない。国際分業と国際金融の道も残され、自由貿易体制が保たれる。
 こうした発想ははけっして非現実的ではない、とケインズはいう。
 こう述べている。

〈現在では、人々はもっと根本的な診断を心底から期待しています。多くの人が喜んでそれを受け入れようとし、それが少しでも可能性があるようなら、喜んで試してみようとさえしています。
こういう現代の雰囲気はさておくにしても、経済学者や政治哲学者たちの発想というのは、それが正しい場合にもまちがっている場合にも一般に思われているよりずっと強力なものです。……
経済と政治哲学の分野においては、25歳から30歳を過ぎてから新しい発想に影響される人はあまりいません。ですから公僕や政治家や扇動家ですら、現在のできごとに適用したがる発想というのは、たぶん最新のものではないのです。
でも遅かれ早かれ、善悪双方にとって危険なのは、発想なのであり、既存利害ではないのです。〉

 最後のなぞのようなことばは何を意味しているのだろう。
 ケインズは発想の重要性を指摘した。
 人の考え方はだいたい25歳から30歳のあいだで固まってしまい、それ以降は昔ながらの発想で世の中に対処しがちだ。
 だが、困難な時代には新しい発想が必要なのではないか。新しい発想は危険でもある。それは善い結果をもたらすかもしれないし、悪い結果をもたらすかもしれない。だが、新しい発想こそが、既存利害を突破して、人を動かしていくことはまちがいない。
 ケインズのことばは、そんなふうに理解できるだろう。
 いまは「一般理論」から80年以上が過ぎた。ケインズの発想はもはや古くなったのか、それともいまも生きているのか。そのことをじっくり考えてみなくてはならない。

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