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植民地主義を批判──スミス『国富論』を読む(19) [商品世界論ノート]

 第4編第6章の「通商条約」については省略し、きょうは第7章の「植民地」を読んでみます。17世紀以降、イングランドは西インド諸島とアメリカに植民地を築いていました。それが1776年のアメリカ独立宣言によって、大きな打撃を受けるのですが、その年は奇しくも『国富論』が刊行された年にあたります。
 以来、イギリスはインドを中心にアジア・アフリカ方面に植民地をシフトすることになります。ですから、スミスがイギリス植民地という場合は、ほぼアメリカを念頭においているといってよいでしょう。長い章ですから、なるべく簡潔にまとめることにします。
 スミスはまず、古代ギリシャ・ローマの植民地と当時の植民地を比較するところからはじめています。ギリシャの植民地は文字どおり植民を目的とし、ローマの植民地は農地を求めてのものでした。これに対し、近代のスペインやポルトガルは必要にかられてというより、ベネツィアに対抗し、東方貿易に乗り出そうとして、偶然、アメリカやインド航路を発見したのだ、とスミスは書いています。
 アメリカにはヨーロッパではみられない、トウモロコシ、ヤマイモ、ジャガイモ、バナナ、トマトなどの植物がありましたが、当初それらはヨーロッパで見向きもされなかったといいます。綿もみつかりましたが、当時ヨーロッパで綿はそれほど珍重されなかった、とスミスは書いています。
 コロンブスが注目したのは、それよりも鉱物でした。かれは先住民が金の装飾品を身につけているのを見て、この地には金がふんだんにあるにちがいないと思いこみ、この地を領有する決定を下したのです。こうして、スペイン人は金を求めて、メキシコ、チリ、ペルーを征服し、ついにメキシコとペルーで、金銀の鉱山を掘り当てるのです。
 スペインは植民地建設に熱心で、リマやキト、メキシコ市などに都市を建設しました。原住民は役畜をもたず、鉄製ではなく木製の鍬で農地を耕していました。もちろん鉄の武器もありません。通貨もなく商業は物々交換でおこなわれていました。
 スペインにつづいて、ポルトガルがブラジルを征服します。イングランド、フランス、オランダ、デンマーク、スウェーデンなどがこれにつづきます。スミスはオランダがアメリカとアフリカとのあいだで奴隷貿易おこなっていること、さらにフランスがミシシッピ流域に広大な植民地を築こうとして失敗したことなども記しています。のちにイギリスがオランダ方式を取り入れて、積極的な奴隷交易に乗り出したことも忘れてはならないでしょう。
 イギリスはニューイングランドやペンシルベニアなど北アメリカ東部に植民地を保有していました。その土地はよく改良され、耕作されて、価値の高い生産物を生産している、とスミスは論じています。入植者は先住民のもたない知識を活用して、本国では得られない広い土地を入手しました。その土地に雇われた労働者は、たちまち独立していきます。肥沃な原野が安く買えたからです。
 北アメリカの植民地はイギリス本国によって防衛され、スペインなど他国の植民地よりも交易面で厚遇されていると、スミスは述べています。とはいえ、植民地に対する本国の圧力が大きかったことを認めないわけにはいきませんでした。
 こう記しています。

〈しかし、イギリスが植民地の貿易に対してとっている寛大な姿勢は主に、植民地の生産物のうち未加工のものか、製造のごく初期の段階といえるものの輸出市場に関する点にかぎられている。加工段階がもっと進んだ製品や高級な製品については、植民地の生産物を原料にするものでも、イギリスの商工業者は独占を確保しようとし、議会に働きかけ、ときには高関税をかけ、ときには植民地での生産を完全に禁止する方法で、植民地にこれらの製造業が確立するのを防いできた〉

 こうしてアメリカの白砂糖には高関税がかけられるいっぽうで、製鋼所などの建設は認められなかったのです。とはいえ、砂糖やタバコ、鉄、生糸、麻、亜麻、インディゴ(染料)、木材などでは、植民地からの輸入に優遇措置がとられていました。スミスはイギリスの植民地政策が他国より寛大で、ある程度、自治権も認められていることを強調します。政治も共和的だといいいます。
 しかし、イギリスのほうが他国よりも寛大とはいえ、植民地政策それ自体が抑圧的な性格をもつことはたしかです。スミスはイギリスがアメリカ植民地に貢献したのは人材を育てたことだけで、政治面では何の寄与もしていないと断言しています。
 いっぽうヨーロッパ諸国は、アメリカからもたらされる物資によって、生活が豊かになり、産業も発展しました。砂糖やチョコレート、タバコなどもはいってきました。自国の余った商品をアメリカに輸出する道も開けました。しかし、植民地では本国が貿易を独占しているために、豊かさと産業の拡大が抑えられている、とスミスはいいます。
 すでにイギリスの貿易は、ヨーロッパ、地中海中心からアメリカ中心にシフトしようとしていました。しかし、その貿易は独占であるため、非効率性を免れませんでした。スミスは「植民地貿易の独占を定めた法律を少しずつ段階的に緩和していき、最終的には大部分を自由にすること」が、国の不健全な肥大化を改善する方策だと主張しています。
 しかし、それではアメリカを植民地にしておく必要はないということにはならないでしょうか。イギリス本国は1764年以降、アメリカ植民地への課税を強化し、現地の市民から反発を招いていました。1773年にはボストン茶会事件、74年にはイギリス製品の不買運動が起きています。イギリス人は、アメリカ植民地の防衛に必要な経費は、とうぜん植民地が負担すべきだと考えます。ところが、当のアメリカ人は、いままでさんざん、もうけをしゃぶりとっておいて、さらに税金を負担しろとは何ごとだと反発したのです。こうして1775年から83年にかけて、アメリカ独立戦争が勃発します。『国富論』が刊行されたのは、そのさなか、アメリカ独立宣言が出された1776年のことでした。
 スミスは独占的な植民地貿易に批判的だったといってよいでしょう。スペインやポルトガルを例に挙げて、肥沃な植民地の存在が、かえって製造業を衰退させてしまうこともあると書いています。植民地貿易によって利益を得るのはおもに商業資本であって、そのことで土地の改良が妨げられるいっぽうで、商人がカネに糸目をつけない贅沢に走り、本来なら回されてしかるべき生産的労働者の雇用に資金があてられなくなってしまうとも述べています。植民地帝国は、商人の国にはまったくふさわしくない計画だもいいます。
 スミスによれば、植民地支配の目的は貿易の独占にほかなりませんでした。しかし、それを維持するには多大な軍事費を要し、時に戦争も辞さなくてはなりません。アメリカ独立戦争が進展するなか、スミスは「イギリスは植民地に対する支配権を自発的に放棄し、植民地がみずから総督を選び、独自に法律を制定し、みずからが適切に判断して、和戦を取り決めるようにすべきだ」とさえ提案しています。これはアメリカの自治を認め、イギリスとゆるい連合をつくる案だといってもよいでしょう。
「このように最善の友と別れることになれば、植民地では本国に対する自然な愛情が、最近の紛争によってまったく消えてしまったとしても、おそらくすぐに復活するだろう」と書いています。のちの英米間の「特別な関係」を示唆することばです。さらに、スミスはイギリスの議会にアメリカの代表が参加する方式も提案していますが、アメリカの独立運動は、こうした改良案を乗りこんで進んでいきました。
「アメリカの発見と、喜望峰回りのインド航路の発見」こそが、人類史上とりわけ大きな出来事だった、とスミスは書いています。それがどのような利点、ないし不幸をもたらすのかは、それから3世紀しかたっていないいまの時点では判断しがたいが、全体的には人類に好影響をもたらすだろうとも述べています。ヨーロッパ人の力は、いまのところ圧倒的に強いが、いずれはその力が弱まって、「世界各地の住民が対等の勇気と力をもつようになる」だろうとも考えていました。
 アメリカ航路とインド航路の発見によって、ヨーロッパ諸国は直接、アジア、アフリカ、アメリカの市場を手に入れます。しかし、独占的な植民地貿易が商品の自由なやりとりを阻害していました。たとえばハンブルクの商人がアメリカに亜麻布を売ろうとしてもロンドンを経由しなければならず、またハンブルクの人がタバコを買おうとしても高い値段でロンドンから買わなければならなかったのです。こうした独占的利益を守るために、ヨーロッパ諸国は大きな出費を余儀なくされます。そして、さまざまな規制が、資本の適切な配分に混乱をもたらす、とスミスは指摘します。
 スミスはアジア貿易にもページを割いています。インド航路を発見したポルトガルは、当初アジア貿易の独占をもくろみますが、やがて挫折します。オランダはモルッカ諸島の交易を独占しようとします。香料貿易ですね。オランダやイングランドは、特許をもつ東インド会社を設立しました。
 スミスの時代、イギリスはインドをまだ植民地化するにはいたっていません。しかし、スミスは東インド会社による独占が、アジアとの自由な貿易を妨げ、現地に破壊的な影響をもたらしていることを非難しています。
 植民地主義がいずれ終わりを迎え、西洋が世界の中心ではなくなり、「世界各地の住民が対等の勇気と力をもつようになる」というスミスの予言は、まだ道半ばの状況にあるというべきでしょう。

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