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収穫逓減の法則──マーシャル『経済学原理』を読む(8) [経済学]

 長らくご無沙汰してしまったが、ここからは生産要因についての考察にはいる。
 はじめにマーシャルは生産要因を土地・労働・資本に分類する。土地とは人間にたいし自然が提供してくれるもの、労働とは人間の経済的なはたらき、資本とは財の生産に役立つ富のたくわえを意味する。
 マーシャルはこの3つの生産要因がからまって、生産、すなわち供給がどのように形づくられていくかをみていくのだが、最初に論じられるのが土地、すなわち自然要因についてである。
 マーシャルはいう。

〈人間は物質を創造する力をなんらもっていず、ただそれを有用な形態に組みかえることによって効用を創造するだけなのである。そして人間によってつくられた効用は、その需要が増大すればその供給も増大させることができる。それらは供給価格をもっている。〉

 ここでは人間の経済の仕組みが説明されている。人は物質そのものを創造するわけではない。物質を人に有用なものへと変換することによって効用をつくりだすのだ。そして、貨幣経済においては、その効用が一定の価格で売買されて、生産・消費・分配のシステムが機能し、それを通じて、人びとはみずからの生活を築き、向上させてきたというわけである。
 しかし、そもそも人間に有用なものたりうる物質を提供する自然、とりわけ土地がなければ(それは海洋や鉱山であってもいいのだが)、そもそも経済は成り立たない。「地表のある区域を利用することは、人間がなにごとかをおこなうためには、その始原的な条件となる」と、マーシャルも書いている。
 土地とのかかわりといえば、まず思い浮かべるのが農業だろう。
 土地が植物ないし動物の生育を支えるには、水と太陽をはじめとしてそれなりの条件が必要である。人間はこれに肥料などを加えることによって、土壌の肥沃度を高める。さらに土地を改良したり、灌漑施設をととのえたり、土壌に合う作物を栽培したりする人間の努力と工夫が、土地のより効果的な利用をもたらす。それでも、土地には本源的な特性があり、人間の努力をもってしてもいかんともしがたいものもある、とマーシャルは述べている。
 とはいえ、どのような場合にも、資本と労働の追加投入にたいする土地収益は早晩次第に減少していく。これが、いわゆる収穫逓減の法則である。
 開墾しないでも役に立つ広大な土地が存在するのなら、資本と労働を投入することによって、ときに収穫逓増が生じることもある。だが、変わらない農業技術で、同じ土地を耕作しつづけるかぎり、収穫逓増がいつか収穫逓減に転ずることはまちがいない、とマーシャルは論じる。
 新開地に入植する場合、最初に耕作されるのは、いうまでもなく耕作に適した肥沃な土地である。ただし、農業や牧畜では、それぞれ適した土地があって、肥沃度の意味合いは異なってくるだろう。
 また、耕作法の変化や需要の変化が、土地の評価を変えることもある。たとえばクローバーを植えて地力を養成してから小麦をつくったほうが、よく小麦が育つことがわかると、それまで見向きもされなかった土地ががぜん注目されるようになる。木材の需要が増えたことによって、山の斜面の地価が上がることもある。ジュートや米への需要が低湿地の開発を促すこともある。また人口の増加によって、かつては無視されていた土地が開発されていくこともある。このように考えていくと、肥沃度というのは絶対的な尺度ではなく、相対的な尺度にもとづく、とマーシャルは述べている。
 収穫逓減の法則を打ち出したのはリカードだが、リカードは肥沃度を絶対的なものととらえたために、その法則をあまりに単純化してしまい、多くの誤解や批判を招くことになった、とマーシャルは論じている。肥沃度というものは、周辺の人口の変化や、市場の広がり、新たな需要の発生などによって、その評価が異なってくる。
 逆にいえば、土地にたいする収穫逓減の法則は、きわめて限定的な条件のもとで成り立つのである。それは耕作可能地がかぎられていて、しかも生産方法が変わらない場合に、追加労働によって得られる収穫が次第に減少していくという仮説なのである。マーシャルはこうした前提を抜きに、この法則を拡張することには慎重でなければならないとしている。
 にもかかわらず、収穫逓減の法則が重要なのは、それが生産の「不効用」という考え方を導く土台になっているからである。同じ生産方法のもとで、いくら追加労働を投入しても、生産量の増加割合は次第に減少していく。それは農業に限らない。
 マーシャルはたとえば次のような事例を挙げている。

〈製造業者がたとえば3台の平削盤をもっていたとすれば、これらの機械によって容易になされる作業の量の限界があるはずである。もしこの限界以上のことをしようと思えば、その機械をつかう平常の作業時間のあいだ時間をむだなくつかうように細心の努力をしなくてはならないし、たぶん超過勤務をもしなければなるまい。このように機械を適正な操業状態までもってきてしまえば、それからあとは努力を注ぎこむにつれて収益逓減が起こる。そしてついには古い機械を無理して稼働させるより新しく4台目の機械を購入したほうがかえって経費の節約になるほど、純収益は減ってしまう。〉

 これは農業における収穫逓減の法則を、製造業にも拡張したケースといえる。
 マーシャルはおそらく、次のような構想をいだいている。古典的な収穫逓減の法則が成り立つのは、限定的な条件のもとにおいてのみである。しかし、一定の条件のもとでは、収穫逓減の法則は、農業だけでなく、生産(供給)一般の法則に拡張することができる。
 こうしてみると、供給面における収穫逓減の法則は、需要面における限界効用逓減の法則とペアになっていることがわかる。
 それにしても、生産面では労働者が搾取され、消費面では消費者が高い品物を買わされるというマルクス主義的な発想とは逆に、生産面では生産者が「不効用」の発生を危惧し、消費面では消費者が消費者余剰を得るというマーシャルの考え方はなかなかユニークである。

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