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35年ぶりのソウル [旅]

 3万9800円のパックツアーで、3泊4日のソウル観光に行ってきました。
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 ソウルに行ったのは実に35年前の1975年です。いまは亡き義父がソウルの合弁企業で働いており、生まれて4カ月の長女を連れて、両親に会いに行ったのでした。あのころはまだ朴正煕政権の時代で、韓国内はピリピリとした雰囲気に包まれ、ソウルの街も日本の1960年ごろのような雰囲気でした。
 今度行って驚いたのは、ソウルの周辺、中心部に高層マンションが立ち並んでいて、昔のような、あまり綺麗ではないけれども、どこかのんびりした街の様子がすっかり消えて、だれもが忙しく働いているようにみえることでした。
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 骨董などを売っていた仁寺洞(インサドン)も、昔はちょっと横道に入れば、ふとなつかしさを覚えるような家並みがつらなって、そこで子どもたちが遊びに興じていたのに、いまはほとんど原宿の通りと変わらなくなっています。
 ソウルの膨張ぶりは、またバブルがはじけるのではないかと心配するくらいで、中心部でも郊外でも、高層マンション開発がどんどん進んでいるような感じでした。昔は道の真ん中を堂々とリアカーを引いたおじさんが走っていたのに、いまでは何車線もある広い道路に車がびっしりと並んで、街中はいつも渋滞しています。車は国産車がほとんどで、日本車を見かけることはまずありませんが、どの車も左ハンドルという点を除けば、つくりは日本車とそっくりです。
 植民地時代の苦い経験がありますから、反日感情が強いのはとうぜんでしょう。しかし、日本に負けるものかという思いが、韓国をここまで引っ張ってきたのだと思います。車も船も電気製品も自国でつくる。それでも、それがどことなく日本製と似てくるのは、やはりどこかに東アジア共通の伝統がひそんでいるからでしょうか。
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 ツアーでは昌徳宮や宗廟、それに「チャングムの誓い」や「太王四神記」のセットを見学しました。最終日には飛行機の出発を午後便にして、景福宮と民俗博物館も見ることができました。35年前に訪れたときは、光化門の後ろに旧朝鮮総督府の建物が残っていて、そこが中央博物館になっていたのですが、現在、その建物はすっかりなくなって、中央博物館も龍山区に移転しています(ここは多分最近まで米軍司令部のあった場所で、その前は日本の朝鮮軍司令部だったところだと思います)。
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 ふしぎなのは、景福宮や昌徳宮には昔も行ったはずなのに、豪奢な宮殿を見たという記憶がまるでないのです。どちらかというと両方ともさびれていたという印象しか残っていなかったので、今回はその派手派手さにびっくりです。
 それにしても何やかや言われながら、いまの韓国には誇りと活力がみなぎっています。食事を終えて午後8時すぎから劇場で見たナンタにも圧倒されました。


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