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飛んでイスタンブール──15日間エジプト・トルコツアー(6) [旅]

2日目 2012年6月14日

カイロの考古学博物館を見たあと、あわただしく空港に向かいました。
14時20分発の飛行機で、イスタンブールに飛ぶのです。
早朝エジプトに着いて、ちょっと博物館を見学したかと思うと、お昼すぎにもう空港というのは、情緒も余韻もないですね。
エジプトとトルコを両方見て回るという超絶ツアーですから、この離れ業も仕方がないのかもしれません。それに、どこか添乗員さんも、情勢の不穏なエジプトを離れたいという気分が表情ににじみでていました。
途中、ニューカイロと呼ばれる地区を通ります。一瞬で通り過ぎただけなので、はっきりしなかったのですが、ここがムバラク大統領の別荘ですとガイドさんにいわれた場所には、りっぱな門があったような気がします。
道の脇にはピンク、赤、黄などの花をつけた木が並んでいます。ピンクシャワーツリーやホウオウボク、ブーゲンビリアなどのようです。
早朝に着いたときは気づかなかったのですが、カイロの中心街から東に位置する空港は、まさに砂漠の空港という感じです。
ひょっとしたらカイロという町は東西が砂漠に囲まれ、わずかにナイル川とその運河によって命脈を保っているのではないかと思わないわけにはいきませんでした。
われわれはなぜかサハラ砂漠はアフリカの北西部に広がっていると信じています。それはけっしてまちがいではないのですが、カイロの東側にも砂漠が広がり、それが紅海を越えてアラビアの砂漠へとつながることをかんがえると、サハラはまさにこの大砂漠地帯の一部にすぎないことを実感しました。エジプトの苛烈さということばが、頭をよぎりました。
カイロ市内にいるとよくわからないのですが、空港までくるとエジプトが砂漠の国だということがよくわかります。
DSCN6994.JPG
[後日見たピラミッドの光景]

それにしても、驚くべきことは、砂漠の国エジプトに古代、きわめて高度な文明が発達したことです。
ピラミッドがつくられたのは、いまから4500年前、ツタンカーメンの時代がいまからほぼ3500年前です。その遺跡や遺物をみただけでも、その文明がいかに高度だったかがわかります。
このころ日本はまだ縄文時代です。
ヨーロッパに文明をもたらしたのはエジプトだといってまちがいないでしょう。
ノーマン・デイヴィスの『ヨーロッパ』の冒頭にエウローペーの物語がでてきます。
伝説によると、ポイニキア(フェニキア)の王女エウローペーは海岸を歩いていたときにユピテル(ゼウス)の化けた真っ白な牡牛にさらわれ、クレタ島につれてこられます。そして、彼女はミノス王を生むことになります。
資料193.jpg
[エウローペーの略奪]

もうおわかりですね。エウローペーはヨーロッパの始原を象徴しています。
デイヴィスはこう書いています。

〈エウローペーの伝説には多くの含意が込められている。が、ともかく、ゼウスがポイニキアの浜辺からクレタ島へ王女をさらってきたとき、古くから栄えた東方のアジア文明の果実が、エーゲ海の島々の新しい植民地にもたらされたことはまちがいない。ポイニキアはファラオの勢力圏に属している。エウローペーが牡牛の背に乗ったことにより、古代エジプトと古代ギリシアとが神話の中で結ばれたのである〉

クレタ文明が栄えたのは、紀元前2500年くらいから紀元前1500年くらいといわれます。この文明を築いたのはミノア人ですが、これがどういう人びとだったかについては、まだ論争がつづいています。
ギリシャ人でないことはたしかです。
現在、有力なのはエジプト人かヒッタイト人だったというものです。ヒッタイト王国の遺跡はトルコに残っていて、このツアーでもこれから訪れることになっていますが、いずれにしても、おもしろいですね。
資料194.jpg
[ミノアの王子と漁師]

エーゲ海にヨーロッパの起源ともいうべきクレタ文明が登場したのは、ツタンカーメンの時代です。
もしクレタ島でエジプト人とヒッタイト人の遭遇があったとしたら、それはまさにエジプト・トルコ大周遊ツアーにおあつらえ向きのロケーションといえますね。
われわれの飛行機は約2時間飛行して、イスタンブールに到着しようとしていました。
クレタ島の上を飛んだかどうかわかりません。しかし、いずれにせよ地中海、エーゲ海を越えて、マルマラ海にはいり、何回かその上空を旋回して、イスタンブールのアタチュルク空港に着陸したことはたしかです。
エジプトとトルコには時差が1時間ありますから、到着は17時半となりました。
着陸時、風にあおられたのか、飛行機が滑走路にどすんと降りたので、ひやりとしました。
荷物を受け取ったあと、到着ロビーに。
現地ガイドのケナンさんは、37歳で独身。
背が高く、ほっそりしていて、いかにもトルコ人らしく口ひげをはやしています。ハンマー投げの室伏広治さんにちょっと似ています。
イスタンブールの市内は渋滞しています。城壁の中からが旧市街ですが、われわれは夜8時前に城壁にほど近いアクギュンホテルに到着しました。
もう暗くなっていました。部屋からはライトアップされたモスクがみえます。機中泊したとはいえ、東京からカイロに寄り、さらにイスタンブールまで飛んで、その間、休みなしだったのですから、じつに長い1日でした。
ビールで乾杯して、あとはゆっくり休みます。
そうそう、イスタンブールといえば、庄野真代の「飛んでイスタンブール」を思い浮かべますね。
DSCN6966.JPG
[後日、ガラタの塔からみたイスタンブールの光景]

歌詞もすぐ口の端まで出てきます。

飛んでイスタンブール
光る砂漠でロール
夜だけのパラダイス

ガイドさんによると、この歌詞はまちがい。トルコに砂漠はないそうです。
まあ、しかし、きょうはエジプトから飛んできたのですから、大目に見てください。

[旅行の話を再開したばかりですが、来週からひと月ほどブログをお休みします(予定)。エジプト・トルコツアーの話はまたおいおいと]

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mwainfo

「後日見たピラミッドの光景」、友人は、現地で見るとその圧倒的なスケールに立ちすくむ、と言っていました。機会があれば是非行ってみたい。
by mwainfo (2012-08-21 17:36) 

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