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古山高麗雄の返事 [本]

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 本棚から古山高麗雄の『二十三の戦争短編小説』という文庫本を取り出して、ぱらぱらとめくってみました。
 文庫本の奥付は2004年3月となっていますから、そのころ買ったとすれば、もう10年以上もたなざらしになっていたわけです。
 買っただけで、読んでいない本がいかに多いことか。もう全部、読み切るのは、とても無理な状況です。
 この本も全部読んだわけではありません。
 そもそも、ぼくは古山高麗雄の小説を、『断作戦』という1冊しか読んでいません(しかも斜め読みで)。ですから、これから書くことには、大きな誤解があるかもしれません。
「過去」というエッセイがあり、これに、いたく感心しました。
 ほんとうのことが語られていると思ったのです。
 古山は九州の読者から手紙を受け取ります。
「借問(しゃもん)の書簡」だったといいますから、ちょっとした質問ですが、実際には、かなりきつい調子の手紙だったのでしょう。
 古山は、ある著書のなかで、「新聞の伝える百人斬り競争や南京の大虐殺事件の報道などは、作り物である」と書きました。それにたいし、その読者は、百人斬り競争と、南京の大虐殺事件をともに作り物とするのは、粗雑であるとし、新聞報道がなされた経緯を示して、どこがどう作り物なのかを説明せよと迫ったようです。
 これにたいし、古山はその読者に返事を出します。
「私は、マスコミが伝えるものは、百人斬り競争や南京虐殺事件に限らず、真実に近いか遠いかの差はあれ、事実を伝えることで、あるときは事実を伝えないことで、真実とは違う物だと思っている」
 マスコミの記事やニュースは、その時々の商品(売り物)にすぎないというのは、なんという透徹した意識なのでしょう。
 それだけなら、ただのマスコミ批判の表明であり、いまはやりの歴史修正主義かもしれません。
 ところが、古山の場合は、そこからみずからの「過去」の経験へとさかのぼり、日本の戦争がどういうものだったかを、われわれに伝えてくれるのです。
「私が見たのは、あの大戦争の、そして大軍隊の、ほんの一部である」と、ことわりながら。

〈私が強制連行されたのは、東南アジアである。中国大陸の帝国陸軍と東南アジアの帝国陸軍とでは、どこが同じであったろう、どこが違っていただろう。私は中国大陸で、帝国陸軍がどんな非道を行なったかを、自分の目で見ているわけではない。けれども、各地でひどいことをしたと思っている。話を聞いてそう思っている。話は中国人からも聞き、中国から帰還した帝国陸軍の兵士からも聞いた。その話に誇張があり、あるいは、ときには嘘も混じっていることがあったとしても、私は中国大陸での帝国陸軍の非道は、ひどいものであったに違いない、と思っている。〉

「私が強制連行された」という書き出しが強烈です。
 そう、徴兵とは、まさに国家による強制連行にほかならなかったのです。
 たとえばテレビなどで、池上彰が「靖国神社は国のために命を捧げた戦死者を祀っている神社です」などと、得意げに解説しているのをみて、ぼくはそこはかとない違和感をおぼえていましたが、その正体が、わかったような気がします。
 国は敗戦の責任をとりませんでした。みずから責任をとらないまま、あるいは国民から敗戦の責任を問われないまま、日本国の処分を占領国であるアメリカにゆだねたのです。
 何ら戦争の責任を明らかにしなかった国と、それを引き継いだ歴代の支配者が、国の「強制連行」によって戦死した何百万もの兵士を「国のために命を捧げた」として称える奇妙な光景が、この国ではいまだにつづいています。
 もちろん、そのなかには国の大義を信じて、命を捧げた戦死者が数多くいたことも否定しませんが、その魂柱のほとんどは「命を捧げた」のではなく、「命を捧げさせられた」のではないでしょうか。
 でも、古山高麗雄が書いているのは、そのことではありません。
 マスコミがどこまで真実を伝えているのかという不信感。それに戦争を経験した自分が、知っているつもりになっている、その「つもり」が誤りをつくっているのではないかという懐疑。
 そのうえに立って、かれは「私は中国大陸での帝国陸軍の非道は、ひどいものであったに違いない、と思っている」と書いているのです。
 なぜ、そう思うのか。それはみずからの「過去」の経験があるからです。
 ビルマや雲南の戦場に送られた古山は、司令部付だったおかげで、人を殺さずに復員できたといいます。
 それでも、戦場では、多くの死と出会いました。
 とりわけ、ビルマで、ある憲兵がカレン人を処刑した光景は忘れられなかったようです。
 戦争中、日本軍はイギリスの植民地だったビルマを占領しました。
 あるとき、著者の所属する部隊は、イギリスのスパイとされるカレン人のボスを捕らえるために、カレン人の集落を襲いました。
 そのボスは見つかりませんでした。憲兵の一人が村人にボスの行方を聞きましたが、だれも知らないといいます。そこで、憲兵が見せしめとして、カレン人の一人を処刑したのです。

〈集めた村人の前で、演説をしたあと、憲兵の一人が、穴の前に跪かせたカレン族の男の首を、江戸時代の首斬り役人のように、後ろにまわって斬った。……憲兵が二度軍刀を男の首に叩きつけても首は落ちなかった。二度目の軍刀を受けると、男は首をつけたままの姿で、ゆっくり前のめりに倒れた。それを憲兵が、穴に蹴込んだ。〉

 そのあと、憲兵は連行したふたりの男を拷問にかけました。
 射殺された男もいます。
 女も4人連行されました。
 そして村は焼かれます。

〈帝国軍隊というのは、なぜこんな愚かなことを、愚かとも思わずにやるのだろう、と思ったが、愚かであろうと何であろうと、私たちは出動の命令がかかれば、出動しなければならず、移動の命令がかかれば移動しなければならないのであった。〉

 そう記しています。
 古山は南京での虐殺を見たわけではありません。しかし、みずからの過去の経験からして、「南京でも、無惨な殺人があったことは確かだろう」と断言します。
 人を殺すのは、戦闘中の軍隊にとっては仕事のようなものです。敵を見つけ、敵を殺すこと。敵のいないときは、敵をつくり、敵を殺すこと。軍隊においては、より多く敵の殺戮に貢献した者こそが、評価され、たたえられるわけです。
 朝鮮人従軍慰安婦に関連して、日本軍が「朝鮮人狩り」など、するわけがない、という意見があります。朝鮮人慰安婦は、ほとんど全員、自主的に従軍したのだ、というわけです。
 これについても、古山は懐疑的です。
 というのも、実際にビルマで日本軍が「ビルマ人狩り」をした光景を見ているからです。

〈ビルマで出会った行列というのは奇妙なものであった。先頭の日本兵が義勇奉公隊と大書した幟(のぼり)を立てて歩き、手錠をかけられたビルマ人の行列がそれに続き、その横に何人かの武装した日本兵がついていた。/何ですかこれは?と武装した兵士の一人に聞くと、泰緬(たいめん)鉄道で働かせる労働者だということであった。なぜ手錠をかけているのかと聞くと、逃亡防止のためだと言う。それで服役中の囚人でも連行しているのかと思ったら、そうではなく、公園や市場でつかまえて連れて来たのだと言った。その兵士が嘘をついているのでなければだが、帝国陸軍というのはひどいことをするものだ、と思った。〉

「ビルマ人狩り」があるとすれば、「朝鮮人狩り」もあったにちがいない、と古山は憶測します。かれが見たのは労役のための「徴用」でしたが、朝鮮人慰安婦も、実際には軍が後ろから糸を引いて、性的サービスのために無理やり「徴用」したケースが多いのではないでしょうか。
 古山はさらに、日本人は南京虐殺事件のことばかりを問題にするけれど、「シンガポールやマニラの虐殺事件を、マスコミは伝えない」のはなぜかと問いかけます。
 とはいえ、それらはいちおう記録されています。「だが、あの惨殺や拷問のあった事件は、私たちや、当時被害を受けたカレン人たちが死んでしまえば、消えてしまう」といいます。
 戦争では、そんなふうに消されてしまった事件が、数限りなくあったのではないでしょうか。
 こんなことを書くと自虐史観だという批判が返ってきそうです。
 ぼくは戦争を知りません。
 しかし、母と結婚するはずだった叔父は、広島の原爆で亡くなっています。戦争を知らないといっても、戦争はすぐそこにあったのです。
 戦争の実態を伝えることを自虐史観だと批判する人は、戦争が正義だと思っているのでしょう。
 積極的平和主義というニュースピーク語は、平和は戦争であり、戦争は平和であるという考え方にもとづいており、戦争は正義だとする絶対観念に毒されています。
 今回の安保法制が、国の交戦権を認め、憲法改正を先取りするものであることは明らかです。
 戦争が忘れられかけていること。戦争の語られ方がおかしくなっていること。
 一読者の借問に答えた古山高麗雄の短編は、そのことを痛切に思い起こさせてくれました。
 

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krause

この本に興味を持ちました。入手してみようと思います。情報をありがとうございました。
by krause (2015-06-12 09:59) 

だいだらぼっち

krauseさん、こちらこそいつもお読みいただき、ありがとうございます。
by だいだらぼっち (2015-06-17 05:59) 

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