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『犬が星見た』を読む(3) [われらの時代]

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 一行はグルジア(現ジョージア)のトビリシにやってきた。
「トビリシは、河を挟んで両岸に延びている細長い町。河に沿った断崖の上の古めかしい家々。森の中に見え隠れする赤煉瓦の屋根。寺院の丸屋根と塔。正面の丘の上には白い宮殿」
 ホテルの8階の部屋のバルコニーに立てば、それらがパノラマのようにみえる。百合子はそうっと見ただけ。「高いところは気が遠くなりそう」だから。
 グルジアで有名なのはぶどう酒。

〈皆、グルジアぶどう酒を、いつもよりたくさん飲んだ。「百合子はそのへんでやめておけ」と、いつもは言うのに、自分がたくさん飲んでしまったせいか、主人は何も言わない。私は、つがれると飲み、すいすいと飲んだ。〉

 ふたりで夕暮れの町に出て、市場で海老を買った。魚屋の老人はやめておけといったが、無理やりに買う。「スパシーバ」「パジャールスタ」ロシア語がずいぶんうまくなったような気がする。
 竹内が「ご機嫌いかがかね」と部屋にやってくる。「ご機嫌、二人ともよろしいです。武田はことによろしいです。ぶどう酒をたくさん飲んで寝ています」
 明け方に起きた武田は、ニシンの燻製となま海老を5匹食べた。
 皆に食べさせたくて朝食の席になま海老を持っていこうとしたら、廊下で出会った銭高老人に「これ食べたん? これは食べん方がええ。こないなもん食べるなんて、もってのほかじゃ」といわれた。どうやら、腐りかけているらしい。給仕もそういう。
 武田は料理の皿に海老をぶちまけた。竹内がたしなめる。「皿にひろがった海老は、いままで気がつかなかった臭気を放ちはじめた」。それでも武田は一緒に酒を飲んだから、アルコールで消毒したのと同じだとうそぶいている。
 どうやら国際会議に来ているらしいパナマ?の黒人から「ベトナム?」と聞かれた。「いいえ、日本人」と答える。アメリカと戦いつづけているベトナム人は尊敬されているようだ。
 バスで、クラ河畔の工事中の教会、町なかのギリシャ正教の寺(おそらくシオニ大聖堂)、ダビデの丘と回る。昼食はホテルで。ビーフカツがでるが、武田泰淳は歯がないので食べられない。つまらなそうな顔をする。
 午後は博物館をふたつ見ることになっていたが、武田も竹内も、午後は部屋でねているという。百合子だけ出かけた。
 博物館のイコンが気にいって、イコンの本を買おうとしたら、売店は開いているのに、係が休みだからといって売ってくれない。
 夕食前にのぞいた町の本屋にもイコンの本はなかった。絵葉書だけ買う。骨董屋にもはいってみた。
 銭高老人がたずねる。「コインとやらの本はありましたかいな」
「ございませんでした」と答えると、老人は嬉しそうに返事した。
「そうじゃろ。そうじゃろ。わしゃ、よう知っとったんじゃ。そういう国じゃ、この国は。ありゃせんのじゃ。問題にしとらんのじゃ」
 トロリーバスを待っていると、物乞いのジプシーがやってきて、手を出した。
 6月22日。やっと日にちの感覚が戻ってくる。泣きたいばかりのいい天気だ。「存分に泣け、と天の方から声がすれば、私は眼の下に唾をつけ、ひッと嘘泣きするだろう」
 朝食のあと、午前10時にバスがくる。ガイドさんは英語で話し、しきりにジョージア、ジョージアという。しばらくして、グルジアのことだとわかった。
 ムッヘダとやらに行くらしい。バスは草原を横切り、郊外の丘の上の要塞を思わせる古い寺院へ。途中、袖長の黒衣、黒いヴェールの老婆たちが、鉄の門扉にもたれて立ち話をしたり、杖をついて坂を歩いたり、急坂の石に腰をおろしたりしている姿をみた。
 ほかにも修復中の寺院や民家の庭を見学、その庭造りをしたという96歳の民家の主人とも会い、銭高老人が代表して握手した。「やあ、めでたい。めでたい。あんたも長生きされて。おめでとうさん。おめでとうさん」という銭高老人の目からは涙があふれていた。その96歳の主人は「スターリンがもっと年をとるまで生きていたら、こうなりそうな顔立ち」をしていた。グルジアはなにせスターリンの生まれ故郷なのだ。町ではスターリンに似た人がよく歩いている。
 夕方、トビリシ空港からヤルタに向かって飛ぶ。黒海がみえてくる。シンフェローポリ空港に到着。ヤルタはここから100キロほど離れており、バスで2時間だという。遠い。ようやくホテルに到着した。
「便所には白いトイレットペーパーがあった。洗面所には栓がついていた。ゆっくりと洗濯をした。私は風呂に入る。熱い湯が出る。タオルも、いままででいちばん大判だ」
 6月23日。にわか雨が降り、ひやっとしてきたのでセーターを着る。ホテルの窓の外はポプラ並木で、海はすぐそこだ。朝食前、泰淳は泳ぐといって聞かず、ほんとうに泳ぎだした。黒々としたとろりとした海だ。寒かったらしく、すぐに上がってきた。
 百合子が竹内の部屋に行って、午前中は「大したところへは行かないらしい」というと、竹内はまたミュージアムに行くに決まっているから、午前中は寝ているという。
 午前中に訪れたのは、100年前につくられたロシア皇帝の夏の宮殿(いまはリヴァディアサナトリウム[宮殿])だった。ここはヤルタ会談がおこなわれた場所だとか。庭にはヤルタ会談のとき、チャーチルとルーズベルトとスターリンが腰掛けた椅子が置かれていた。だれでも座っていいというので、交替で座って写真を撮った。そのあと、アイペトリ山にも寄る。
 雨が降ってきた。昼食のためホテルに戻る。

〈竹内さんは元気になって現われた。ヤルタ会談の城に行って椅子に腰かけた感慨を誰かが言った。
「えッ」と竹内さんは、ひどく驚いた。そして、つくづくと言った。
「午前中に行ったんですか、もう。残念だなあ、それは。あそこは行ってみたかったんだ。今度の旅行の目玉だったんだ。残念なことをしたなあ」
竹内さんは、もともと、やわらかい声なのだ。ひどく落胆して涙声に聞える。犯人は私だ。私は手にしていたパンを放り出して、どこかへ駈けて行ってしまいたくなる。〉

 午後からは遊覧船に乗るはずだったが、天候が急変したので、チェーホフの家に行く。住居と展示館があった。このときは竹内もでかけている。この家でチェーホフは「三人姉妹」や「桜の園」を書いた。

〈書斎の机には、眼鏡、ペンなどが置いてある。つい、いまさっきまでチェホフが仕事をしていたように。庭先を探せば、仕事に倦んだチェホフが海でも眺めているのではないかと思う。あるじがいない間に書斎に入ったときの、無神経なわるいことをしているような気持。〉

 泰淳はチェーホフ邸に帽子を忘れ、浮かぬ顔をしている。
 遊覧船に乗ると、丘の上には西洋菓子のような家が立ち並び、緑のなかに幻のように城が現れる。昔の貴族の館だ。いまはサナトリウムになっているらしい。
 銭高老人はつまらなそうにいう。
「なんじゃい。これもサナトリウムでっか。へえッ。またサナトリウムかいな。なんでもかんでもサナトリウムにしよる。えらい国じゃ。この国は」
 燕の城の岬を回って、ミスホという入江で船を下り、海岸通りを散歩する。桟橋近くの岩に人魚の像が乗っていた。アリババの泉というのもあり、長いスカートの娘を、ターバンを巻いたアリババがのぞき見している像が立っている。
 船に戻る。「夕暮れの船上は寒かった。陽がかげった海は、異様に黒く、油を揺らしているようだった」
 ホテルで夕食を終えたあと、泰淳は眠りにつき、百合子は人通りの多い海岸通りを歩いてみる。体重計り屋、食堂、食料品店、屋台もにぎやか。

〈暗い浜には、犬と一緒の盲目の大男、老人夫婦、家族連れなどが、海に向って脚を投げ出している。ギターを抱えた男が混っている五人連れの前を通ると、キタイ? ベトナム? と声をかけられた。日本人だと答えたら、早速「恋のバカンス」を歌いはじめた。わるいから並んで坐って歌い終るまで聞いていた。
「パジャールスタ、ヤポンスカヤ……」
日本の歌を歌ってくれないか、といっているのかな。何故だか、私は恥ずかしくなかったから、美空ひばりの「越後獅子の唄」を歌った。アンコールしてくれたので、ちょっと考えて、もう一曲、美空ひばりの「花笠道中」を歌ってしまった。〉

 ホテルに戻ったあとも、夜12時すぎまで、通りのちいさな映画館チャイカ(かもめ)のまわりはにぎやかさに包まれていた。
 翌日6月24日は快晴。朝食のあと、竹内はどうしても海で泳ぐという。武田が冷たいからやめておけ、写真を撮るだけにしろと忠告した。すると、竹内はズボンのままは嫌なので、海水パンツをはいてくるといって、ホテルに戻っていった。

〈竹内さんが、パンツ姿、頭に真黄色のタオルをターバンのごとく巻いて、ホテルの玄関から出てきた。アラブ石油王おしのびの海水浴姿のよう。もう一度、黒海に足をつけている写真を撮った。〉

 海岸通りの公園にはゴールキーの銅像が立っていた。男前のその銅像の前で、竹内と武田の記念写真を撮った。
 11時、マイクロバスとボルガ(乗用車)に分乗して、空港に向かう。途中、見晴らしのいいところで休憩する。「濃い紺青の黒海はキラキラと眩しい」。峠の道には真盛りのえにしだの花がつづいていた。熊のかたちにみえるという岬(熊山)も見えた。
 午後3時、シンフェローポリ空港を飛び立つ。5時半、レニングラード(現サンクトペテルブルク)空港着。地図や時刻表もある空港らしい空港だ。
 ホテルの食堂はダンスホールを囲んだ食卓で、ダンスがはじまっていた。楽団の演奏は間延びして、行進曲を吹奏しているようだが、大勢の人が踊っている。アメリカ人らしい老婆は、カルメンみたいに花までくわえて、ひとりで、ゆーらゆら踊りまくっている。

〈「いいなあ」酔いを発している主人は鼻がつまったような声を出した。
柔道試合のように、主人と私は踊る。踊りながら主人は何度も訊く。
「やい、ポチ。旅行は楽しいか。面白いか」
「普通ぐらい」
ホールを横切って、ロシア人らしい青年がくる。セニョリータなんとかと言う。(あたしのことを美人だなあと思ってからやってきたのだ。いい気持だ)はいはい、と私は踊った。〉

 しかし、それもひとりよがり。青年は百合子のことをベトナム人だと思ったらしい。何曲か踊っている途中、武田がうんこしたいと言いだしたので、ホールを出て、部屋に戻った。
 レニングラードは白夜。「顔は眠くなっているのに、内臓が眠たくならない。ずっと起きていた」

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